デジタルの旬 #12

クラウドファンディングがつくる、

多様でカジュアルな「幸せ」のデザイン

~READYFOR 代表取締役 米良はるか氏

  • Mera prifile
    米良 はるか
    READYFOR 代表取締役
デジタルの旬

個人が発案したプロジェクトに対して、ネットを通じて共感した多くの人が資金を提供してその実現を支援する、クラウドファンディング。国内外で多くのサービスが展開されており、新技術を活用した製品開発、病院や学校の建設、さらには映画製作などと、その内容も多岐にわたる。今回は、日本においてクラウドファンディングの先駆けとなるサイト「READYFOR」を20代で立ち上げた、米良はるか氏に話を伺った。

聞き手:電通デジタル・ビジネス局 計画推進部長 小野裕三

みんながチャレンジし、応援し、お金が循環する国へ

 

――クラウドファンディングとして日本での先駆けとなる「READYFOR」を開始した経緯はどのようなものだったのですか。

米良:学生時代にパラリンピックスキーチーム代表の荒井秀樹監督にお会いする機会があり、何度も世界一になっている強豪チームながら、他国に比べて資金難で厳しい状況だという話を聞きました。「READYFOR」を立ち上げる前の話ですが、監督の話に強い感銘を受けた私は募金サイトを立ち上げました。募金は集まり、チームも金メダルを2個獲得して、それなりに成功したのですが、そのやり方だと、寄付をしたらそれでおしまいという面があり、支援者とのコミュニケーションがうまくいっていないと感じました。私はかわいそうだから寄付しようと思ったわけでは全くなく、監督からワクワクをもらって突き動かされたのです。障害を乗り越えて成果を出す姿はまぶしく、その人の熱や頑張っている姿勢に共感し、応援したかったのです。その感覚を、いかにサイトの中でつくっていくかが課題でした。その後スタンフォード大に留学し、米国で広まりつつあったクラウドファンディングを知りました。楽しく応援できる環境をつくるヒントを得て、帰国後「READYFOR」を立ち上げました。

――「READYFOR」は他のクラウドファンディングと比べても社会貢献的な色合いが強いのが特徴ですが、ご自身の中ではチャリティーというよりも、むしろ熱い思いをすくい取りたいという方が強かったのですね。

米良:そうです。私たちのミッションは、誰もがやりたいことを実行できる世の中にすることです。チャレンジする人の応援がサイトのコンセプトなのです。「READYFOR」を通じて、日本全体がチャレンジする人たちの国になってほしいと考えています。通常の寄付では、資金を集めるのはNPOやNGOで、そこが問題を解決するわけですが、私たちはそうではなく、いろいろな人がチャレンジし、それをみんなが応援し、お金が循環し合うという社会の仕組みをつくりたいと考えているのです。

――クラウドファンディングは、従来の募金活動と何が違うのでしょうか。

米良:一つは、ネットなので物理的な環境を超えて、今まで届かなかった層にリーチできます。もう一つは、支援してくれた人との関係が継続できることです。自分の出したお金がどう使われてどんな結果になっているのかが直接見えて、その温度感があるところが違いますね。

――「READYFOR」の立ち上げは、2011年3月でちょうど東日本大震災の時期と重なっていますが、震災復興について感じていることはありますか。

米良:スタート当初は、現場も分からないのにおこがましいとの思いもあって、震災関連のプロジェクトは出しませんでした。でも、5月頃に宮城大の学生がオフィスに来てくれて、ボランティアの宿泊施設や街灯などが壊れて現地で混乱が起きていて、そのような細かいニーズにはうまくお金がつかないので、「READYFOR」のようなサイトが必要だと言ってもらい、そこから震災関連の取り組みもオープンにしました。人間の生死に関わる悲しみの底から立ち上がる人のエネルギーは尋常じゃないです。自分が何とかしなければいけないという使命感が強く、現地でもそのような起業家が増えました。震災はすごく悲しい出来事ですが、その危機感から、自分がやってやるという気持ちになった人は多かったと思います。

――そういう気持ちを持った人たちがいても、クラウドファンディングみたいなものがなかった時代だと、なかなかうまく形にはできなかったかもしれませんね。

米良:そうです。今はチャレンジすることのハードルは相当下がっていますので、ハードルとしては後は「言い訳」くらいしか残ってないですね(笑)。

 

プロジェクトを核に、資金支援に留まらないコミュニティーが生まれる

 

――プロジェクトの審査基準はどのようなものですか。

米良:基準は公表していませんが、誰もがやりたいことを実行できるという姿勢で考えているので、プロジェクトの中身は判断の対象には入れていません。それは支援者に決めていただくことになります。きちんと資金を活用できるかどうかという視点で人や内容などを見ていますが、基本的にはなるべく取り上げていきたいと思ってやっています。

――支援者とプロジェクト実行者の関係が継続できるという話がありましたが、資金援助以外のつながりが生まれることもあるのでしょうか。

米良:ありますね。例えば、「READYFOR」主催で毎年1回、プロジェクトを実行した人の集まりがありますが、支援者がいつの間にかプロジェクト自体を実行者と一緒にやっていたというような話もあります。「READYFOR」を通して、お金を出す以上の関係性が生まれています。

――やっていてよかったと感じた印象的なエピソードはありますか。

米良:いろいろありますが、最近でいえば、1100人から2200万円のファンドが集まった「マギーズセンター」があります。がんを宣告された人の心のケアについて相談できる施設をつくるプロジェクトで、自身もがんの宣告を受けつらい思いをした方が立ち上げました。カウントダウンパーティ-には支援者を含めた150人の方が集まり、その瞬間を見届けました。一人の思いから踏み出した一歩がたくさんの人に伝播し、みんなが仲間になり、実現につながる、という私が理想としていた形が半年という短い間に実現しました。やりたいという思いがあっても行動に移すのは大変で、でも行動しないと社会は変わっていきません。自分でイニシアティブをとってアクションし、いろいろな問題を解決していこうとする人たちが、社会を変えていく世の中になってきています。そしてこれからの日本を考えると、若い人だけでなく高齢の方も含め、一歩を踏み出すということがもっと広がっていけばよいと思います。

――プロジェクトを中心にしてコミュニティーができるという感じですね。確かにその部分は、街頭での募金活動などにはなかなかない大きな特長かも知れません。ところで、残念ながら目標金額が集まらなかったプロジェクトはどうなるのでしょう。

米良:目標に届かなければいったんそれで終わりになります。でも「READYFOR」では資金集めに一度失敗した人の再チャレンジが多くあります。大体は前回と同じキュレーターがつくので、キュレーターも頑張ります。失敗を許容し、再チャレンジをすることはとても大事なことだと思っています。それが「READYFOR」のそもそものコンセプトでもありますから。

米良はるか氏

社会貢献でもあり、ワクワク感を伝えるエンターテインメントでもある

 

――応募プロジェクトの一覧を見ると、社会に多様な問題があることをあらためて実感させられるという、いわば情報メディア的な側面があるようにも感じました。

米良:それはよく言われます。自分に近い問題からすごく大きな問題まで混在する、今までになかった形のメディアとしての価値があると考えています。次のチャレンジを増やしていきたいので、「こんな感じでもできるのですね」という感覚が生まれるのはいいことです。いろいろな人にとって身近になっていき、自分ならもっとこうするなど、考え方に多様性が出てくるといいですね。

――「READYFOR」での活動を見ていると、社会貢献でありつつ、一方でエンターテインメント的な要素もあるように感じました。それは意識しているのでしょうか。

米良:すごく意識しています。最初の気づきを与えてくれたパラリンピックで感じたワクワクする気持ちを、支援した人みんなが感じてもらえるようにすることが一番です。PtoP(Person to Person)の人のつながりの中で、テクノロジーの力をどのように使ってそれを実現していくかが重要です。

――従来の募金活動はCtoBtoCという感じで、どのように使われているか見えにくかったわけですが、そうではなく、PtoPやCtoCがキーワードなのですね。クラウドファンディングは資金を集めるだけでなく、事前に需要予測ができるのでマーケティング的にも活用でき、かつメディアが取り上げる宣伝効果もあるとよく指摘されますが、その点はどう思いますか。

米良:その通りだと思います。「READYFOR」でも多くのプロジェクトが、メディアに取り上げられています。個々から出た思いが集まっているので、他にはないネタがそろっているということもあるのでしょう。また、需要予測という点では、そのプロジェクトが人の興味を引くものか、社会に求められているかどうかが測れるので、起業を目指すステップとして活用できると思います。

――世の中では、起業すること自体が目的になってしまっているケースもよくあるように思いますが、クラウドファンディングによって、まずはその人のやりたいことが本当に社会に必要とされているかを測ることができるわけですね。

米良:そうです。起業自体が目的になるのは本末転倒で、実際に成功している人はやはりきちんとしたミッションを持っていると思います。日本はやはり大企業社会で、大きい会社で働くことが安心とされがちです。急に会社を辞めて起業しても、人脈や知識が不十分で成功確率は低いですし、日本は失敗を許容しにくい文化ですので、失敗するとますます難しい状況に陥ります。なので、働きながら並行して起業できるようにするとか、起業までいかなくてもチャレンジをしやすくするというのは大事なことで、その文化と環境をつくっていけたらいいなと思っています。「READYFOR」でプロジェクトを実行した人がその後に会社を辞めて起業を決めることもありますが、段階を踏むことで自信を持ってできるし、支援してもらった人の顔を浮かべながら仕事をしていくので、責任感を持ってやっていけます。

――クラウドファンディングでは、投資を集めたけど製品化がうまくいかなかったとか、場合によっては詐欺行為なども米国などでは実際に起きています。そのようなリスクはどう考えますか。

米良:「READYFOR」では、支援者にものが届いたか確認するシステムを整えています。安心して使っていただけるよう責任を持ってやっているので、今のところトラブルはありません。米国とも違って、今の金額のサイズ感では詐欺行為はないと思います。ただ、製品化がうまくいかないケースでは、米国はチャレンジのリスクを理解し、失敗を許容する文化がありますが、日本人はその点が違いますので、いろいろな角度からリスクをちゃんと提示した上で進めていくことが特に大事です。

――クラウドファンディングにおいて、日本と米国の違いはありますか。

米良:米国人は自分のチャレンジを人に伝えるのがうまいですね。米国はそのような教育がしっかりしています。そのような米国のプレゼン文化は、クラウドファンディングを成長させる要因になっていると思います。

 

国境を超えて顔が想像できる環境の中で、人々の幸せをどうデザインするか

 

――クラウドファンディングはこれからどのように広がっていくでしょうか。そこでの課題は何でしょう。

米良:クラウドファンディングは新しいお金の流れとしてもっといろいろなところで使われるようになっていくでしょう。一番の課題は、チャレンジする人の環境を整えることです。仕組みや文化の面でそのハードルを下げてやりやすくしていき、チャレンジは楽しいことという環境をつくっていきたいです。

――これから、クラウドファンディングを通して社会や経済が大きく変わっていくことはあるでしょうか。

米良:そうしたいですし、実際あると思います。新しい産業を増やしていく必要があって、でも何が当たるか分からないので、とりあえず母数を増やしていくことが一番大事です。いろいろなチャレンジャーがいろいろなセクターに広がっていけば、確率で考えて、自然といい産業が生まれていくでしょう。チャレンジした方が楽しくて得だという空気感をどうやってつくっていけるかです。

米良はるか氏

――インターネットには負の側面があって、例えばプライバシーの問題やアカウント乗っ取りなど、社会問題化していることもありますが、どう感じますか。

米良:新しいものなので、リスクを捉えきれていない面は確かにあると思いますし、ネットは急激に成長して生活を変えているので、何かに支配されそうで怖いのでしょう。でも、そんなスピードでいろいろなことが起こっているのは、私としては面白くて、この時代に生まれてうれしいです。

――インターネットの未来の姿は、どのようになってほしいですか。

米良:ネットやテクノロジーはもっとリアルな世界に応用されていくでしょうし、社会がもっとフラットになっていくでしょう。言語の壁も取り払われていって、そうするとすごく楽しいですよね。国の外交では温度差やさまざまな問題などがありますが、ネットの中ではいろいろな立場の人がフラットにつながっています。顔を想像できない人を幸せにするのは難しいですが、リアルタイムで顔が想像できる環境をネットがつくっているわけです。それを感じている若い層がデザインする社会の幸せや在り方というのは、すごく大きな変化を生むのではないかと思います。国境などの分断された境界を越えて人々がつながる中で、人々の幸せをどのようにデザインしていくのかに興味を持っています。

プロフィール

  • Mera prifile
    米良 はるか
    READYFOR 代表取締役

    1987年生まれ。慶應義塾大経済学部、同大学院メディアデザイン研究科卒業。スタンフォード大へ留学後、2011年3月にクラウドファンディングサービス「READYFOR」を立ち上げる。「World Economic Forum Global Shapers 2011」に選出され、日本人史上最年少でダボス会議に参加。

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