共創2015 #04

ヨコハマ・パラトリエンナーレの共創

~個性を掛け合わせ唯一無二の絵を描こう

  • Kurisu profile 23a3220
    栗栖 良依
    特定非営利活動法人スローレーベル
  • Hayashi profile 23a3218
    林 千晶
    株式会社ロフトワーク 代表取締役
  • Ashida pforile 23a3229
    芦田 秀
    株式会社電通 ビジネス・クリ エーション・センター

「コ・クリエーション(Co-Creation)」とは、多様な立場の人たち、ステークホルダーと対話しながら新しい価値を生み出していく考え方のこと。「共に」「創る」の意味から「共創」とも呼ばれます。電通とインフォバーンが運営する共創のポータルサイト“cotas(コタス)”では、3回目となる、優れた共創の事例を顕彰する「日本のコ・クリエーション アワード2014」を開催しました。当連載では、受賞事例や審査員の視点を通じて、共創のトレンドやムーブメントを読み解きます。

シリーズ第4回は、アワードのベストケーススタディの一つに選ばれた現代アートの国際展「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」から、総合ディレクターの栗栖良依さんにお越しいただきました。アワード審査員で株式会社ロフトワーク代表の林千晶さん、電通でダイバーシティーに取り組む芦田秀さんを交えての座談会をお送りします。

栗栖良依さん_林千晶さん_芦田秀さん

ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」は、障がい者と多様な分野のプロフェッショナルによる現代アートの国際展。2009年、障がい者施設とアーティストによる次世代型ものづくりを試みる実験事業「横浜ランデヴープロジェクト」がスタートし、その取り組みの中から「スローレーベル」が誕生しました。その後、3回の「SLOW FACTORY展」を経て、障がいの有無にかかわらず地域に暮らす人々がものづくりを通じて交流する市民活動へと発展しました。社会に存在する障壁を見つけ出し、ともに考える機会を創出することで、誰もが暮らしやすい街づくりを目指しています。

パラトリエンナーレがもたらしたもの

芦田:地域にもとづく活動では、自治体との関わりが不可欠になります。その際にどうしても意識の違いというか、壁のようなものがあると思いますが、パラトリエンナーレを実施するにあたって、自治体の方々とのリレーションはどのように築いていったのですか?

栗栖:パラトリエンナーレのメーン会場である「象の鼻テラス」は横浜市の施設です。この企画運営を市から委託された団体の一員として、パラトリエンナーレという企画を提案しました。もともと自治体の事業として始まっているので、途中から自治体を巻き込んでいったわけではないのです。

林:パラトリエンナーレを実施するずいぶん前から、栗栖さんは象の鼻テラスを拠点とした地域の活性化に取り組んでこられました。行政との取り組みという以外にも、多くの壁やチャレンジがあったかと思いますが、とくに難しかったことはなんでしょうか。

栗栖:これまで行ってきた、横浜ランデヴープロジェクトとスローレーベルでは、横浜市の文化観光局と一緒にアートの延長線上の取り組みとして障がい者施設と活動してきましたが、パレトリエンナーレでは初めて健康福祉局、つまり福祉の専門家と取り組むことになりました。彼らは福祉を専門にする方々ゆえに、障がいや障がい者に対する自分たちの視点を強く持っています。一般的には差別や悪意がないと思われるような文言一つにも、過敏に反応せざるを得ない立場にいます。

林:蓄積されたものが大きいのでしょうね。ただ、それは栗栖さんが考えてきた「弱い存在ではなく、特殊な能力を持った1人」を大切にする視点、本来の意味でのダイバーシティーとはぶつかることもあります。新しいことを始める時には必ずAという視点と、Bという視点のぶつかり合いが起こります。でも、そうした別々の視点がぶつかり合って、統合されたときに、アイデアがよりブラッシュアップされて、リアリティーのあるものになっていきますよね。福祉専門の人たちにも「あ、そういう視点もあるんだ」という新しい発見があったのではないですか。同じ視線で物事を見るようになっていくこと、それもコ・クリエーションの大きな力ではないかと思います。

栗栖さん

栗栖:福祉の専門家たちの中にも、今のやり方などに限界を感じている人たちはいるわけです。そういう人たちが、初めて別の角度で物事を見る者と出会ったときに、少し価値観が変わり、障がいのある人たちとの接し方がちょっと変わった。これまで「支援員と利用者」という関わり方だったのに、「そうじゃないやり方もあるんだ」と思った人が福祉の現場にいる人の中に出てきたと思います。

芦田:それはコペルニクス的な転換ですよね。

栗栖:パラトリエンナーレでは、障がいのある方たちを含め、参加者全員と対等に接します。たとえば、健常者で普通の学校に通っているA君も、特別支援学校に通っているB君にも同じように接するし、2人がけんかを始めた時も無理に止めたりしません。一般的な障がい者支援活動には、どうしても障がい児に過保護な面があるそうですが、パラトリエンナーレの現場では親御さんから「こんな風に接してくれて、本当にありがたい」とか「すごく新鮮だ」と言われます。私たちが福祉の専門家だったら、そういう接し方をしなかったかもしれません。どうやって接するのが正解なのかわからないので、人としてお互い気持ち良いようにと、当たり前の接し方をした。それが逆に心地よかったということはありました。

議論よりも手を動かそう

林:栗栖さんはパラトリエンナーレ以前にも、コ・クリエーションに取り組んでおられて、見ていて感じるのは、いつもきっかけになるのは議論ではなく、体を動かすことだと考えていること。議論すると、大きな違いはないのに、細かい言葉の定義にとらわれてしまうけど、一緒に体を動かして笑っちゃうと、もう言葉の定義なんてどうでもいい、みたいなことになりますよね。

栗栖:そうですね。福祉の現場と同じで、他のプロジェクトでも私はいろいろな異なる文化や背景を持つ人同士をつなげますが、各分野みんな悩みがあります。ですが、この分野の悩みは、別の分野のブレークスルーかもしれない。こことここの悩みを掛け合わせたら、お互いに気持ち良く解決できることって、もういくらでも世の中にあります。だけど、皆、分野や業種、肩書に縛られているから、それを飛び越えた視点で物事を見られなくなっている。そんな時は実はすごく簡単で、誰かと会って話してみたり、一回、一緒に手を動かしてみればいい。

林:そのときに大切なのは、どうやって同じ視点に立つかということですね。最初に言葉で議論するのではなく、ワークショップをしたり、一緒に体を動かしたりすると、現象を一緒に見られるようになります。誰もが自分なりの考えを持っていて、それを持ったままだと、いくら多様な人が集まって議論しても、言葉がすれ違うだけ。先日、「思想同士はぶつかり合って解決がない」という言葉を聞きました。「火が燃えている。どうやって消す?」だと同じ行為が導かれるけれど、「どうするべき?」という「べき論」で始めると議論が必ずねじれてしまう。だから、体を動かすことで、現象の共有をすることがまず重要になるのだと思う。

林さん

栗栖:私の場合は、体を動かすこと=アイデアを考えることなんです。そして「この人の悩みとあの人の悩みを掛け合わせたら、こんな面白いことができる」っていうワクワクする絵を描くのが結構得意。そしてそれぞれに「ちょっとあの人と会ってみませんか」と声をかけていく。

芦田:そうやって体を動かしていくなかで、行政も含めて、いろんな人たちが一丸となれるのですね。

栗栖:そうですね。パラトリエンナーレの場合は、行政、福祉、アート、企業、学生と、いろいろな人たちがいて、それぞれに悩みや課題を抱えています。私は、解決へのヒントみたいなものをちょっと考えてあげて、「これでやってみませんか」と持ちかける役割です。

芦田:なるほど、まさにプロデューサーですね。

栗栖:そして、そのときには「多様性」と同時に「調和」を常に目指しています。すべての多様な一人一人の個性を掛け合わせた「調和の絵」が何かを常に考えています。「平和」って、私はないと思っています。平和って片方からの見方で、その人の平和をかなえるために逆側で苦しむ人がいる可能性がありますよね。でも調和は、すべての人にとって穏やかなのです。

林:視点がニュートラルですよね。

栗栖:コ・クリエーションってそういうことだと思います。「コ・クリエーションってなにするの?」と言われたら、調和を生むこと。そして、それがイノベーティブなシナリオになっていたりします。

芦田:でもその時に「これとこれを掛け合わせたら調和が生まれるよね」ときっかけをつくる人が必要だし、アイデアをぶら下げて「これ楽しいよ」と盛り上げる人がいないと前に進まない。

林:私はコ・クリエーションは化学反応だと思っています。同じ素材、たとえば木材だけあっても火はつかないし、火ばかりでもダメ。いくつかの物質が合わさったときに、すごく燃え上がる化学反応もあれば、じわじわと反応するものもある。栗栖さんや私はカタリスト、つまりその化学反応を起こす「媒介」の役割だと思います。自分自身が燃えて変わるというよりは、あれとこれを混ぜるときっとすてきだろうな、って化学反応を想像するのが好き。ただし、調和だとちょっと違和感があって、たとえば赤い砂と白い砂を混ぜるとピンクになります。でもよ〜く見ると砂は白と赤のまま。つまり、それは妥協の調和です。私が起こしたいのは、戻れない、不可逆な化学反応。栗栖さんと出会ったら「もう元には戻れない」みたいな反応を生み出したい。

栗栖:私は、企業人や職人では生み出せない、「自分にしかできない仕事」にこだわっています。少し変わったキャリアを積み、どこにも属さないフリーの立場でいるからには、一般的でないものを描かないと価値がないと思っています。そして、そのときには必ず専門家の力が必要なのです。企業の方や職人さんだったり、その道を極めた人の技術や力が、架空の物語を現実のものにします。私は絵を描いたあとは何もできないので、そこから先は皆さんに頑張ってもらう感じで、私はただブレないように見守っているだけです。

林:今回、この対談は「電通報」に載るわけだけど、2020年のパラリンピックや、栗栖さんが取り組んでいる障がい者を巻き込んだ文化的な活動、生活についてぜひ電通の人にも理解を深めてほしい。まだまだ「丁寧に扱えばいいんですよね」みたいなところがありますから。その意味では、これから2020年に向けて、さらにその後の日本の中で、今の取り組みがもっと自然に受け入れられて、お互いが自然に存在している状態になるため、栗栖さんみたいな人がステップやプロセスを描いて共有してくれると、「なにか企画を一緒に考えてください」と言われたときに、より具体的な企画を考えられるようになると思います。

栗栖さん

栗栖:2020年に向けて、今、パラトリエンナーレも含めて5カ年計画を立てています。その中ですべてに共通するのが、まず出会う機会をつくること。障がいのある人でも外国人でも、世代の異なる人でもいいのですけど、多様な人たちが出会う場所、機会をつくる。そして友達になってもらう。そこまで行けばなんとかなります。例えば、スロープは、ある人には便利になっても、別の人にはバリアになっていることもあります。すべての人に、ユニバーサルにというのは難しい。でも、そういう時も「隣の人が優しい」ということが一番。小さな段差をスロープで解決するのではなく、ちょっと隣の人が手を貸すことで解決する。そのためにはまず、いろんな人と出会って互いを知る機会がある、そして友達になることが一番簡単で、大事なことです。友達なら「どう接していいかわからない」ではなくて、一緒に出かけて、自然に支え合います。

芦田:パラトリエンナーレですてきだなと思ったのは、限られた時間の中で簡単には友達になれないかもしれないけど、あとから「あれ良かったね」と共通の成功体験を持てること。だから2年後にまたやろうね、となった時にも同じ目標に向かって進むことができる。

栗栖:今年は「場をつくる」プログラムをいくつもやる予定です。いろいろなアプローチで、横浜だけでなく、全国でやります。来年には海外でもやろうと考えています。

対談風景

「不完全」が集まって調和になる

芦田:いわゆる「障がい者アート」ってリハビリ的な側面で語られることが多いと思うのですが、パラトリエンナーレはそこで留まらずに健常者や海外の人も同等に参加するところにまで持っていけている。これは「まずは出会う場をつくる」というパワーで持っていけるものなのでしょうか。裏側で大変なご苦労があるのではないかと思ったのですが。

栗栖:私にとっては障がいのある人もない人も、国籍や宗教、世代が違う人もみんな同じなんですよね。だから、私の考えるプログラムは「この人向けにこういうもの」というのはありません。だから誰でも自然と参加できるものになっているのだと思います。

林:私が面白いと思ったのは、聴覚障がいのあるダンサーのために、音楽を電気刺激に変換したデバイス。テクノロジーを活用するといっても、宇宙開発とか人工知能とかの大げさな話ではなくて、耳が聞こえない人にちょっとした信号を送ることで踊りがビシッとそろった。そして、パフォーマンス中に音を無くすと、耳が聞こえない人はそのまま踊り続けたのに、聞こえる人は「ん?」となる。普段とは逆のことが起こる、そんなところがすごく好きなんですよ。

芦田:そんなことがあったんですね。すごいですね。

林さん

林:これからはすべてのものがインターネットにつながる、IoT(Internet of Things)の時代とも言われていますが、実は人間や人間の行動への科学的なサポートが一番遅れていると思っていました。たとえば、今は3人で会談していますよね。私たちがセンサーを付けることで、誰が相づちを打っているのか、誰と誰がコミュニケーションをとっているかということが可視化できる。それを見れば「少し話し過ぎた?」とか「皆と均等に話してるつもりだったのに、特定の人としか話していなかった」みたいなことがフィードバックされるようになって自分で改善していける。あれを見て、いろいろな可能性が広がっていくなぁとすごく感動しました。

栗栖:そう一つ、いわゆる障がい者アートとパラトリエンナーレの最大の違いは、「障がい者アーティスト」にこだわってないところです。一般的な障がい者アートは、アーティストとして完成している障がい者にスポットを当てています。ですがそうなると、障がい者と健常者と線を引くことになったり、障がい者だから評価するのかしないのかという議論になってしまいます。パラトリエンナーレは、そうではなくて、知覚とか能力とかそれ単体では何物でもない「誰かの突出した部分」に注目しています。たとえば聴覚障がいのある人の「触覚」に注目しているのであって、その人がアーティストとして完成しているわけではありあません。よく「障がいのある人は感性豊かだ」などと言われますが、皆がアーティスティックな能力や表現力を持っているわけではありません。パラトリエンナーレでは一人一人の能力や個性といった要素だけに注目しています。

林:研ぎ澄まされた能力を持っているということですね。

栗栖:だからこそ、他の人とのコ・クリエーションが必須になります。

芦田:完成された人じゃなくても、皆で一つの形を目指していけばよいということでしょうか。

栗栖:そうですね。チームで相互補完しながら一つの作品を創ればよいと考えています。逆に、1人で完結している人は、パラトリエンナーレとはちょっと合わないかもしれません。よく「うちの施設にすごい絵が上手い人がいるんです」とか「うちの作品も飾ってほしい」というお話をいただきますが、それはアート展やコンペに出展されるとよいと思います。パラトリエンナーレは、障がい者の突出した能力をアートの力でいかに社会に還元していくか、ということに挑戦している活動だからです。

芦田:やはり化学反応の考え方なんですね。

栗栖:世間では障がい者はマジョリティーと同じ事ができないという理由で弱者と位置づけ、支援される人、と見なす傾向があります。ですが、私たちは、平均化するなんてとんでもない、彼らのその超人的な能力や個性は社会の貴重な資源だと考えているのです。それを活かすためには、その他の人々に創造力や柔軟性が必要で、その視点を養うパラトリエンナーレでありたいと思っています。

芦田:今後の取り組みがますます楽しみですね。私たちも周りを取り巻く人間として、なにか役に立つことを考えていきたいと思います。現在、私は食農や、地域創生の仕事などもしているのですが、かなりの数の地域が悲劇的な見通しです。若者がいない、農業では食べていけない、産業が育たない、などなど理由を挙げればきりがなく、多くの方々は行政に助けを求めることしかできていません。このような状況は、実は、今日のお話と一緒だと気づきました。
栗栖さんが障がいのある方々を「特殊な能力を持つ人」という角度から見て、「皆でつくろうよ」と声を掛けて一つの集団芸術を作り上げたように、食農や地域創生に取り組む人たちも、別の角度から向き合えばコ・クリエーションしていくことが可能なんだろうな、と前向きに思えてきました。 今日は数々のヒントをありがとうございました。

芦田さん

プロフィール

  • Kurisu profile 23a3220
    栗栖 良依
    特定非営利活動法人スローレーベル

    1997年東京造形大学でアートマネジメントを学ぶ傍ら大手イベント会社に所属し、イベント運営や舞台制作を学ぶ。2005年ドムスアカデミー(伊)に留学、ビジネスデザイン修士号取得。既存の領域に収まらない自由な発想で、異分野・異文化の人や地域をつなげ、新しい価値を創造するプロジェクトを多方面で展開。近年は、過疎化の進む地域などで住民が主役となる市民参加型エンターテイメント作品の制作に取り組む。2010年、骨肉腫を患ったことを機に障がい福祉の世界と出合い、翌年スローレーベル設立。ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014 総合ディレクター。「しゃったぁず・4」大地の芸術祭2009、「神山農響楽団」KAIR特別招聘作品2011、「ゆだまん」道後オンセナート2013などをプロデュース。

  • Hayashi profile 23a3218
    林 千晶
    株式会社ロフトワーク 代表取締役

    1971年生、アラブ首長国育ち。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年にロフトワークを起業。ウェブデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティーデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間560件を超える。書籍『シェアをデザインする』『Webプロジェクトマネジメント標準』(ともに共著)などを執筆。 現在、学びのコミュニティー「OpenCU」、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」も展開。 MITメディアラボ 所長補佐(2012年〜)、グッドデザイン審査委員(2013年〜)、経済産業省 産業構造審議会 製造産業分科会委員(2014年〜)も務める。

  • Ashida pforile 23a3229
    芦田 秀
    株式会社電通 ビジネス・クリ エーション・センター

    1966年生まれ。1991年電通入社。入社以来、様々な企業のセールスプロモーション、マーケティング企画・キャンペーン立案を手がける。2009年からマーケティングのプランニング・ディレクターとして、事業コンサルティング、店舗開発、顧客創造戦略立案、PRを含むコミュニケーション戦略立案多数。一連の作業を行う中で、社会全体の課題解決を図ることが市民・企業問わず重要であることに注目、2013年からソーシャルソリューション局(現ビジネス・クリエーション・センター)へ異動。現在は食農・地域創生を中心に各種企画立案に従事するとともに、電通ダイバーシティラボの事務局としての活動も行っている。

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