DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~ #32

コンテンツとはなんなのか。クリエイターとはなにをやっている人たちなのか。

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    白石 正信
    株式会社電通 マーケティングソリューション局 シニア・プランニング・マネージャー

今回は川上量生氏の『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』(NHK出版)を取り上げさせていただきます。

川上氏はドワンゴの代表取締役会長であり、ニワンゴでニコニコ動画の運営にも携わっています。また、先日設立されたKADOKAWA・DOWANGOの代表取締役会長でもあるのですが、なぜか数年前からスタジオジブリでプロデューサー見習いをされています。本書はタイトルの通り、スタジオジブリでの経験を元に「コンテンツとはなんなのか。クリエイターとは何をやっている人たちなのか」について川上氏の考えたことが書かれています。

本書によると「コンテンツ」は「クリエイターの脳のなかのイメージを表現したもの」で、「コンテンツ」を媒介として「クリエイターは脳のなかのイメージをユーザーに伝えている」というのです。

客観的情報量と主観的情報量

上記の結論にいたるまでの考察に、ひとつ重要なキーワードがあります。それが「情報量」です。この言葉はアニメーション制作の現場で「このカットは情報量が足らない」とか「情報量が多すぎるから減らしたほうがいい」といったように、とてもよく使われるそうです。アニメーションにおける「情報量」は端的にいうと「絵の細かさ」、もう少し具体的に言うと「線の数」を指しています。

本来アニメーションが子どもに好まれるのは、実写と比べビジュアルが簡略化されていて「情報量」が少なく分かりやすくなっているからだそうです。しかし、ジブリ映画はアニメーションのなかでも「情報量」が多く、そのために大人でも楽しめて、しかも一度見ただけではすべてを理解できないので、映画館に何度も見に行くし、毎年のようにテレビで放送しても視聴率が下がらないと言われています。だからといって、「情報量」は多ければ多いほどいいのかというとそういうものでもなく、多すぎると難しくなってしまうというアンビバレントな側面もあります。

単純に「情報量」の多さで並べると

実写>線の多いアニメ>線の少ないアニメ

ということになるわけです。では、ジブリのアニメ映画は実写よりも表現として劣っているのか、受け取るイマジネーションが実写よりも乏しいのかというと、もちろんそんなことはないですよね。

ここで本書では、「情報量」には実は「客観的情報量」と「主観的情報量」の2つの種類があるのではないか?という仮説が登場します。「客観的情報量」とは「アニメの線の数からコンピューターの画素数まで客観的基準で測れる情報の量」のことで、「主観的情報量」とは「人間の脳が認識している情報の量」のことを指しています。先ほどの不等式はあくまで「客観的情報量」を基準にした場合で、「主観的情報量」に着目すればまた違った関係性が見えてくるのではないか、ということです。

「人間の脳が認識している情報の量」とはどういうことでしょうか?たとえば、宮崎駿監督が描く絵。よく見ると、目では見えないはずの部分まで1枚の絵に収まってしまっていることがよくあるそうです。

『ハウルの動く城』でハウルが町の上を飛んでいるシーンがあります。町の全景とハウルの両方が一枚の絵に収まっている。
本当なら町の全景が入る代わりにハウルはほとんど見えないくらいに小さくなるか、ハウルが大きく見えるなら町の景色はほんの一部しか入らないはずだといいます。町の全景を見せたいし、ハウルも見せたい、そうするとウソをつくしかないのだといいます。
結果としては町の全景もハウルも両方がはっきりと描かれた絵ができるのです。
(P.60)

相手の脳に見せたいものを見せるために、実写では映らないような部分までを圧縮して1枚の絵にしてしまう。逆に伝える必要のない部分は省略してしまう。このようなことが可能なアニメーションは「主観的情報量」が実写よりも多くなることがある、と言えそうです。

この「客観的情報量」と「主観的情報量」という言葉を用いて、本書では「コンテンツ」を以下のように定義します。

小さな客観的情報量によって大きな主観的情報量を表現したもの
(P.70)

同時にこのような不等式に整理します。

・客観的情報量:現実>コンテンツ
・主観的情報量:現実<コンテンツ
(P.70)

答えは脳のなかにある

この「客観的情報量=現実」と「主観的情報量=コンテンツ」という概念を理解するための例として、「似顔絵」が紹介されています。写実的な似顔絵(≒肖像画)はさておき、デフォルメが施され簡略化された似顔絵は知っている人のものであれば(もちろん、良く描けた似顔絵であれば)、ひと目で「誰それである」と分かるものですが、現実の本人の顔と並べてよくよく見比べてみると、似ていないものです。似ていると感じてしまうのに、実際には似ていない。妙な話ですね。

私は似顔絵が描けないので、代わりに有名なネット上のネタをご紹介します。さて、これはいったい誰でしょうか。

にしこり

第1ヒント。テニスではありません。野球です。
第2ヒント。名前ではありません。顔です。

正解は元ヤンキースの松井秀喜さんです。見えますか?「り」を耳に見立て、ちょうど顔の真ん中当たりを抜き出している、と言えば見えてきませんか。これも、実際に松井秀喜さんの顔がひらがな4文字なワケはないので、似ているのに、似ていない、と言えますね。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

似顔絵や略画は、現実の人間や動物を模倣しているのではなく、脳のなかにいる人間や動物を模倣しているということです。
つまり、似顔絵や略画が似ていると思う人は、現実の人間や動物と比べているのではなく、自分の脳のなかにいる人間や動物と比べて似ていると思っているのです。
(P.81-82)

このことは同時に以下の重要なポイントを示唆しています。

①描かれているもののイメージが、あらかじめ脳に植えつけられていることが必要。(知らない人の似顔絵は、そもそも似ているかどうかも分かりません)

②現実の人間の顔と人の頭のなかにある人間の顔は、どうやら大きく違う。脳は情報を圧縮し簡略化して格納している。(頭の中には知人の顔が思い浮かべられても、それを紙に描くことは難しいですよね)

③それぞれの人間の脳のなかのイメージは近しい。共通性がある。(ある似顔絵に対して、多くの人が同様に「似ている」と感じることができます)

上記のポイントにおいて、実際の顔を「現実」、似顔絵を「コンテンツ」に置き換えれば、普遍性を持たせることができますね。本書ではこのようにまとめられています。

世の中でクリエイティブとされている仕事の多くは、自分の脳のなかにあるイメージをうまく見つけ出して、「こういうものだ!」と現実世界に差し出すことではないでしょうか。つまり、こういうことになります。
コンテンツとは脳の中のイメージの再現である
(中略)
コンテンツのクリエイターとは、脳のなかにある「世界の特徴」を見つけ出して再現する人なのです。でも、脳のなかからそれらを見つけ出すのは、簡単なことではありません。それこそが創作の苦しみであり、苦しみのなかで脳内から発見した「世界の特徴」こそがコンテンツの真理であり神秘ではないか、
(中略)
そう思ったのです。
宮崎駿監督は引退会見で「アニメーションとは“世界のひみつ”をのぞき見ること」という言葉を残しています。「風や、人の動きや、いろんな表情、体の筋肉の動きなどに、世界のひみつが隠されている」とも語っています。
(中略)
クリエイターの使命とは“世界のひみつ”を見つけて再現することなのです。
(P.89-91)

コンテンツとはなんなのか。クリエイターとはなにをやっている人たちなのか。その秘密がみえてきたのではないでしょうか。

広告コミュニケーションにおいても、コンテンツをクリエイトする手法が取られることが多いです。また、いわゆるマーケティング用語の「インサイト」ですが、これも脳のなかに隠された「人間に共通の想い」であるいえるのではないでしょうか。「インサイトは作るものではなく、見つけるものである」というやつです。「人間の脳のなかにある『世界の特徴』や『共通の想い』を見つけること」=「アイデアやインサイトの発見」と改めて定義しなおすと自分たちのやっていることが具体的にはどういうことなのか、少し明確になるのではないでしょうか。(簡単になるわけではありませんが…)

本書ではその他にも、最新の機械学習であるディープラーニングという研究分野で行われていることが、かなり人間の脳の働きに近いことができるようになり成果も出ている、という話(昨今話題の電王戦も川上氏のドワンゴが主催しています)や、コンテンツにおける「パターン」や「オリジナリティ」についてなど、「コンテンツとはなんなのか。クリエイターとはなにをやっている人たちなのか。」にまつわる非常に興味深い話題がたくさんありますので、ぜひ、手に取ってみてください。

【電通モダンコミュニケーションラボ】

プロフィール

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    白石 正信
    株式会社電通 マーケティングソリューション局 シニア・プランニング・マネージャー

    1979年生まれ。2002年入社。電通モダン・コミュニケーションラボ員。関西支社クリエーティブ局→京都営業局→東京本社第8営業局→マーケティングソリューション局。好きな虚業家は康芳夫。好きな仮面ライダーはライダーマン。好きな餅は 阿闍梨餅。

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