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エクスペリエンス最終案内 ~乗り遅れないための4つのキーワード~No.4

UXマネジメント(後編)

2015/09/30

前回に続き、ユーザーエクスペリエンス(UX)の領域で世界的な第一人者であるソシオメディア代表取締役の篠原稔和氏を迎え、その知見に学びながら対談形式でお届けしたい。
後編では、2つ目の論点「UXを中核に据えた組織づくり」について、篠原さんにじっくりお話を伺った。

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米GE、「チーフ・エクスペリエンス・オフィサー」を新設

 

朝岡:ソシオメディアの篠原さんを迎えて、「UXの測定とメトリクス(評価指標)」と、「UXを中核に据えた組織づくり」の2つの論点を挙げてお話を伺っています。ここからは、2つ目の組織づくりについて話を進めていきますが、まさに先日その先進企業の視察に行かれたそうですね。

篠原:ええ、米ゼネラル・エレクトリック(GE)を訪問しました。今、日本でもUXを中核にした組織づくりに注目が集まっていますが、まだやはりデザイン部門や、マーケティングの一部の組織の話にとどまり、企業全体の動きにはなっていません。
米国では実験の地であるシリコンバレーを中心に、UXを企業の中に組み込む動きが本格化しています。GEで象徴的なのは、なんといっても「チーフ・エクスペリエンス・オフィサー」――CXOを置いたことです。もともとUXのマネージャーだったスタッフを、CEOみずから役員へと引き上げた形です。

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GEオフィス
 
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オフィス内 マルチディスプレーの部屋
 

朝岡:これは本当に、興味深いですよね。昨年5月に書籍『エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング』(ファーストプレス)を出版しましたが、当時はまだCXOという名称は出てきていなかったと思います。それでも、本の最後に予言として、ユーザーエクスペリエンスを事業経営の立場からマネージする右脳型のテクノクラートが出てくるだろうと書いたんです。GEがまさに、その典型だと感じました。

篠原:そうですね。GEでは、従来のプロダクトデザインの部署とは別に、もう少し体験型のデザインを志向する先端組織を立ち上げていることも注目です。さまざまなセクションの人が集まり、朝岡さんがクライアント企業で数多く行われているようなワークショップが展開されたりして、ユーザーや顧客を起点にものをつくることがいかに重要かを体感することを促しているそうです。で、体感した人はそれぞれの持ち場に戻って、その発想を広めていく。
この冬(12月10日~11日)に、そのCXOであるグレッグ・ペトロフ氏(GEソフトウェアのデザイン&エクスペリエンスセンター)を当社主催のセミナーにお招きするので、やはり一度しっかり見て、話しておきたいと思ったんです。ベストプラクティス的に、どうやってここまでUX型組織になれたのかと。そこでは、GEのマネージャー研修へのUXプログラムの取り込みや、組織自体を支えるサーバント型のリーダーの存在など、私たち日本の組織においてもヒントになることが多かったです。

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GEのCXOのグレッグ氏と篠原氏
 

ミドルマネジメント層の意識を変え、組織を変えていく

 

朝岡:GEはトーマス・エジソンが創業した伝統的なグローバル企業でありながら、企業文化をまるでスタートアップ企業のような方向へ抜本的に変えようとしています。ITやソフトウェア事業の強化のため、シリコンバレーに千人規模のソフトウェアセンターが立ち上がっていますが、これはまさにベンチャーの気風を社内に導入する目的もあるそうですね。
ただ、参考になる半面、これらの施策を日本にそのまま応用できるかというと、難しい部分もあると思います。篠原さんはどうお考えですか?

篠原:確かに、いろいろな大企業の方にGEの事例を話すのですが、「外部から一気に人を入れて“血”を入れ替えるようなまねは無理」という反応がほとんどです。では、それをどう日本的に行うかというと、企業にとって一番“外部的”な人は、新人なんですね。新人をプロジェクトに抜擢して、UXのさまざまな側面を習得させてから、いきなり経営戦略に近いテーマのワークショップに参加してもらう。まあ、これも挑戦すべき課題が多いとは思いますが。
いずれにしても、新しい血を入れて抜本的に変革し、成熟させていくという過程にどういうステップとどういう変数があるのか、また日本ならではのやり方はいったい何なのか、今とても興味がありますね。

朝岡:先のGEの企業文化の改革で参考になると思ったのは、一度そのセンターに集まってUXを体感した人が、持ち場に戻って考えを広めるという点です。本連載の初回で取り上げた「リーン・スタートアップ」を提唱した起業家のエリック・リース氏を講師に招いて、ミドルマネジメント層から選抜された約30人に対して徹底的にその考えを叩き込んだんです。彼らがそれぞれの部署に戻り、エバンジェリスト(宣教者)となってそれを広げてくれるように。これは本来、ドラッカーのいう「オーケストラ型」の組織でなら自然発生的に起こるのかもしれませんが、成熟した大企業ではなかなか難しいですよね。その意味で、このGEのプロセスは多くの日本企業にも参考になると思います。

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篠原:ミドル層自体がスタートアップマインドを持って、ミドル層から組織を変えていくという意味合いも、とても日本にマッチしたやり方ですね。
日米の違い以外に、スタートアップと大企業の違いを考えてみても、実はリーン・スタートアップは大企業にも大いに転用できると考えています。ここにも象徴的な話があって、米グーグルでUX担当副社長を務めたマリッサ・メイヤー氏は、同社をUX起点の組織に変えた功績を認められ、ヤフーの社長に抜擢されました。チームにUXの考えを根付かせるだけでなく、いろいろな立場の人たちをそこへ巻き込むことを経営者視点で行った。これ以降、スタートアップだけでなく、大企業にもUX重視の考えが目立つようになりました。
日本ではまだ、こういった才のある人を抜擢するのは難しいので、ミドル層の活躍による底上げ型のボトムアップに、もしかしたら組織における何らかの危機に端を発するかもしれませんが、あるタイミングでのトップの気づきとがうまくシンクロすることで、企業にUX中心のマインドが根付くのではないかと考えています。

組織の「UX成熟度モデル」から、成熟へのKPIを探る

 

朝岡:日本でも、私たちがお付き合いさせていただいている企業の中には、経営直下にUXを推進する社内横断組織を立ち上げた企業が何社かあります。そういう企業では、新しい試みとしてユーザーエクスペリエンスの改善を事業経営の最優先課題のひとつに位置付けて自社のマーケティングプロセスの刷新に踏み込み、それを組織として責任を持ってやろうとしています。
篠原さんの興味に関連するところだと、その方向で組織としてどう成熟するかという点が挙がると思いますが、この点でどんな研究・分析が進んでいるのでしょうか?

篠原:前半でお話ししたUXの測定をベースに、UXの各種データをKPI化する一環で「UX組織の成熟度リサーチ」を行っています。UXの観点から、各企業がどのような成熟段階にあるか、ヒアリングを元にマッピングします。そして、なぜその企業がそこまでの成熟度に辿り着いたのかを探って、そこでのKPIを導き出そうとしています。つまり、まだKPIを探している段階なんですが。

朝岡:具体的に、どんな段階があるのですか?

篠原:UX成熟度モデルは、6段階を想定しています。いちばん下が「Unrecognized」、そもそもUXを重要だと認識していない状態。一方いちばん上は「Embedded」、すでに根付いている状態です。ここまでくると、もはやその組織で当たり前になってわざわざ語られもしないので、実質的にはそのひとつ下の5段階目「Engaged」が、意識的に成熟度が高い状態と捉えています。Appleなどは、もうEmbeddedですね。

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朝岡:日本企業だと、どのあたりのレベルが多いでしょうか?

篠原:残念ながら、1段階目が多いですね。認識されていない。これは言葉遣いが微妙かもしれませんが、日本では「おもてなし」の概念が大事にされ、顧客サイドに立ってものを考えるのは当たり前だとされている一方で、実は組織体としては風土が伴っていないことが多いんです。
そんなことはない、と主張される企業に、では会社の中で具体的にどんなメッセージや行動スタイルがあるかをうかがっても、あいまいなんですね。実際に製品やサービスをつくる段階では、やはり提供側の論理一辺倒になっていることが多いのです。では顧客のことはどうか、と確認すると、「それはいつも考えていますよ」というのですが、いってみれば“ゴムまり”のようなぐにゃぐにゃ変形するユーザーというか。提供する側に都合よく顔が変わるんです。

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朝岡:「大事にしている」といいながら、実は本当の顧客は見えていないと。

篠原:そうなんです。日本の企業の分析では、1段階目、しかも「顧客を見ている」と思っている状態からどうやって成熟させていくかを考えなければいけないので、かなり難しい。ただ、これを分析できると、有効な提言につながるのではないかと考えています。

社内での継続的なワークショップで組織文化も変えていく

 

朝岡:私も今、クライアント企業のUXデザインワークショップを毎月かなり数多く行っていますが、経営者の英断により社内横断でユーザーエクスペリエンス刷新を目的としたワークショップを行おうという企業は、篠原さんの定義だと成熟度が比較的高いわけですね。

篠原:そう思います。自分たちの状況に危機感を持ち、変えていこうとされている。

朝岡:そういう企業は、マーケティングプロセスを顧客主語であらためて見直して、変えていかなければ企業として生き残れない、という強い意志を感じます。それに加えて、というよりこちらが主かもしれませんが、UX発想の人材を育てたり、顧客主語で変革したりすることを、組織の文化として根付かせようという狙いがあると思っているんです。インターナルブランディングにかなり近い効果を、相当強く期待されている感じがしています。

篠原:そうなんですね。今のお話を聞いて思ったのは、ファシリテーターを社内に招いて長期的に行うスタイルではなく、外部へ受けに行く一回性の強いワークショップは、定着しないんですよね。社内外で、企業の視点と生活者の視点が切り替わってしまうように、外で受けたセミナーでは分かったつもりになっても、社へ戻るとまた企業の視点になってしまう。その点で、企業内で定常的にUX発想を身に付けるワークを行うことは、組織文化を変える手法として大事なアプローチですね。たしかに、そういうやり方が増えている印象があります。

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朝岡:今回は「UXマネジメント」をテーマにしましたが、UXにはまだ具体的な認識が及ばないまでも、どの企業も多少は「顧客主語でマーケティングプロセスを見直すべき」という危惧があると思います。いわずもがなですが、市場が成熟化・同質化が進み、機能価値やイメージ価値を一方的に訴求するだけでは、ブランドの差別化できないという課題に多くの企業が直面しています。

篠原:それにはまったく同意です。機能で差別化できないことに加えて、グローバル化する中ではユーザー視点に優れたグローバル企業に相当の差がついている点、さらにIoTなどのキーワードも出てきていますが、複数の業界を横断してものづくりをする可能性・必要性も生まれています。
業界を横断すると、その業界の視点ではもはやサービスが開発できず、体験しているユーザー起点でしか次のサービスを生み出せないというところに来ている。その点でも、体験の生まれている場に立ち返り、その体験を豊かにしていく恒常的なプロセスを組織に根付かせる必要がありますね。

朝岡:あらためてお話しさせていただいて、UXマネジメントの重要性と、それに対してまだまだチャレンジする余地があると実感しました。今後もイノベーターとして企業の経営トップの方々と向き合い、篠原さんともさまざまな取り組みをさせてもらいながら、マーケティングプロセスを刷新するお手伝いを顧客視点で行っていければと思います。最後に、今後ソシオメディアで予定されていることなど、教えてください。

篠原:当社ではUXデザインコンサルティングと同時に、UXを企業の戦略として位置付けるためのイベントにも力を入れています。10月7日~8日には、UXを計量化することの世界的な第一人者であるジェフ・サウロ氏をお招きして、企業のROIとして捉えることにも言及してもらう予定です。当日は、朝岡さんにもご登壇いただくことから、とても楽しみにしています。そして、2016年5月27日(金)には、先にご紹介した米GEのCXO グレッグ・ペトロフ氏を筆頭に、世界各国のUXリーダーや国内企業組織のUXリーダーによるイベント(「ソシオメディア UX戦略フォーラム Spring」https://www.sociomedia.co.jp/6879 )も開催する予定です。是非とも参考にしていただければと思います。

 

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対談最後に、篠原氏と朝岡氏の体で「UX」!