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Experience Driven ShowcaseNo.32

地球目線で、世界の“食”と“農”を考える。(前編)

2015/11/04

5月1日から10月31日まで、ミラノ国際博覧会(ミラノ万博)が開催されました。日本館のシーンⅢ「イノベーション」では、京都造形芸術大の竹村真一氏による「触れる地球」の展示を中心に、さまざまな世界の食と農の課題を提示し、日本ならではのソリューションを魅力的な映像(ストーリー)で表現しています。竹村氏、企画制作を手掛けたロボットの清水亮司氏と電通の浦橋信一郎氏が、振り返って語り合いました。

取材・編集構成:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局

 

(左より)浦橋信一郎氏、竹村真一氏、清水亮司氏

 

食料の原材料価格は、世界的に上がっている

浦橋:ミラノ万博は「地球に食料を、生命にエネルギーを」というテーマで開催されていますが、竹村さんは地球が抱える食料問題についてどのようにお考えですか。

竹村:日本では、食料とか農業が危機的だというのは、そんなに実感が湧かない。食品の値段が上がるといってもパンが数円上がったとかいうレベルですけれど、それは日本みたいな先進国では、原材料価格が商品の中に占める割合が割と小さいからです。原材料価格が上がってもそんなに影響は出ないので鈍感でいられるのですが、世界では既に20世紀の水準の3~4倍に、世界中の小麦、トウモロコシ、大豆が上がっているのです。

基本的に中国など新興国が経済的に豊かになって消費が増える一方、例えば中国は温暖化の影響でヒマラヤの氷が溶けて水源がなくなっているので、黄河は水がもう流れなくなっている。あの四大文明の発祥である黄河が河口まで流れていないなんてことは、日本人もほとんど知らないのですが、1990年代半ばからその現象が顕著になっている。そうすると華北地帯は黄河の流域で農業地帯なんだけれど、農業ができなくなっているのです。

今までの中国では13.5億人が自給で生活できていただけでもすごいんですけれど、1~2割食料を海外から輸入するようになると、それだけで日本の人口分ですよね。ヒマラヤは黄河とか揚子江、メコン川とかアジアの東側の水源であるだけではなくて、西側にもアフガニスタンがあり、そこでも水が足りなくなっている。

ニュースの表面は難民問題や戦争問題でも、根本的には水問題や食料問題がある。中国リスクも、経済のバブル崩壊とか大気汚染とか工場の爆発以上に、水と食料がなくなって、これから先どうやって13.5億の民が食べていくかという問題のほうが深刻。農業学者はそれを「水バブル(崩壊)」と呼んでいるのですが一般的にはあまり認識されていない。

清水:本当に恐ろしいですね。

 

日本の技術を「ピース・ウエポン­=平和の武器」に

竹村:ミラノ博が2050年には人口90億になる、「Feeding the Planet/地球に食料を」と問題提起をしているのは、そういう地球の危うさに正面から向き合おうという話なのです。世界中では現在8億人が栄養不足で、先進国では20億人の肥満人口がある。それぞれが量的にも質的にも世界の食料問題として大きい。それにちゃんと向き合おうと世界に呼びかけたのがミラノ万博なのです。日本は世界のパビリオンの中でも、しっかりとその課題提起に対するソリューションを示したパビリオンになったと思います。

浦橋:例えば中東のUAEは水を中心にストーリーを展開されていましたね。いろいろな国が発信しているメッセージは、やはりお国事情が出るというか。地球に貢献できるような日本ならではの問題提起とソリューションについてはどうお考えでしょうか。

竹村:全部で16のソリューションを提示しました。全ては説明できないですが、例えば一つ分かりやすい例でいうと、世界の食料供給が危うくなっている上に、さらに逼迫を招いているのが肉食の増加なのです。世界中が経済的に豊かになると、肉食が増える。中国もここ数年で10倍ぐらいに肉の消費量が上がりました。

農業ができなくなる一方で肉食が増えるとなると、今まで10人分の食料になっていたトウモロコシが、牛の飼料にそれを使うと10分の1、なんと1人分になってしまうのです。だから肉食はとても贅沢な食事とも言えまして、穀物が余っている状態では問題なかったけれど、世界中で食料需給が逼迫してくると、肉食の増加が食料問題の大きなストレス要因になっていくわけです。

それに対して日本は、飛鳥時代や奈良時代から仏教が入って肉食を禁じて、肉を食べないで高タンパク、栄養の豊かな料理を寺院などで開発してきたので、ゆばとか豆腐とか大豆食が発達してきた。今はさらに先進技術でUSS製法(牛乳のように大豆成分をクリームと低脂肪分に分離する技術)、大豆をおいしく有効に食べる技法ができて、これは21世紀のスタンダードになるんじゃないかとさえ思います。

浦橋:日本食への関心は、これから高まるばかりですね。

竹村:このごろ、天候不順、異常気象、気候変動などいろいろな要因で農業が不作になりますよね。でも日本は、都市の中の空きビルみたいなところで、植物工場とか農業をやるという実験もしています。「都市の中の農業」というイノベーションが始まっているのです。マグロの完全養殖技術もすごい。マグロとかウナギなどの絶滅危惧種を、卵から完全養殖し、天然資源にはストレスをかけないで、二酸化炭素の増加で海洋酸性化が進み、海が危うくなっても人工的な環境の中でちゃんと魚が育てられる。

そういう日本の技術は「ピースウエポン=平和の武器」だと思っている。つまり難民が出てからどうしようか、紛争が起きてから空爆するとか、みんな対症療法なのです。病気になってからどう手術をするかと考えるような。そもそも病気にならないように解決策を事前に提供していくのが「平和の武器」だと思う。日本が「積極的平和主義」だというなら、日本にはそういう平和の武器がたくさんありますよ、お役に立ててくださいというメッセージこそ発信していきたい。

 

日本食は、未来食である

浦橋:清水さんは、このプロジェクトの中で気になるソリューション、清水さんご自身の日本再発見はありましたか。

清水:竹村先生の話を聞いて初めて知ることがいろいろあって、「日本食は未来食である」という大きなテーマの薫陶を受け、自分たちが表現するものが大きなテーマを持つものだということを感じられたのが醍醐味でした。映像クリエーターとして参加させていただいたけれどその視点のみならず、日本人として万博に関わるからには「日本食が未来食たり得る」ということを何とか具体的に表現しなきゃいけないと強く感じました。

竹村:ありがとうございます。補足しますと、肥満の問題に対しては、僕らにとっては当たり前のだしの「うまみ」、昆布や鰹節などのうまみ成分が入った食事というのは、脂肪分も糖分も塩分も低くて脳にも満足感を与えて、なおかつ過食を抑えられるという研究結果が出ている。

一方、チーズやトマトなどの世界中の食材にもグルタミン酸が入っているんですよね、今まで世界には「うまみ」という概念がなかっただけで。うまみを核とした日本の食のOSというのかな、世界の人を健康にする秘訣、技術がいっぱい詰まっているのだということをきちんと伝えたいと思いました。

また、日本の発酵技術は、たくあんなら大根自体が持っているビタミンとかミネラルを10倍以上に増やせたり、納豆もただのゆでた大豆と比較すると、ビタミンやミネラルが何倍にもなっていたり、我々が毎日当たり前に食べている食材の、素晴らしいノウハウ、魔法があるのです。しかも長期間保存できる技術という意味でも、世界に大きく貢献できます。