WMS2015 特別インタビューNo.1
「三者共栄のイノベーション」
ロバート・ウォルコット×広瀬哲治
2015/12/01
イノベーションと組織
―マーケティング第一人者が見た、デジタル時代を勝ち抜く法
前編:ロバート・ウォルコット × 広瀬哲治 「三者共栄のイノベーション」
日本最大規模のマーケティング国際会議「ワールド・マーケティング・サミット(WMS)・ジャパン2015」が10月、東京で開かれ約2000人が参加した。WMSは2010年、「マーケティングでより良い世界へ」を目標に、現代マーケティングの父と称される、米ノースウエスタン大ケロッグ経営大学院のフィリップ・コトラー教授によって設立された。日本での開催は昨年に続き2度目。マーケティングの知見とノウハウを生かしてより良い社会の実現に貢献したい、という思いを共有するマーケティングの巨星が再び東京に結集した。
今年のテーマは「デジタル時代においてグローバルマーケットで勝つためには」。国内外のマーケティング第一人者や経営者ら総勢32人により、熱い議論が交わされた。イノベーションと営業組織マネジメントをそれぞれ研究するケロッグ経営大学院の教授二人に、かつて同大学院で学んだ、電通のマーケティングソリューション局 局長で電通コンサルティング社長の広瀬哲治氏が、デジタル時代を勝ち抜くための要件について聞いた。
前編は、イノベーションとアントレプレナーシップ研究が専門の、ロバート・ウォルコット氏。世界的研究者の目に映る日本企業の強みとは、そして、イノベーションに求められる視点とは?
産官学民が利害を超え触発。アットホームなネットワークが活動中
広瀬:ウォルコット教授は、米国ノースウエスタン大のケロッグ経営大学院の教授として、起業家精神とイノベーションの教壇に立たれる傍らで、産官学ネットワークであるケロッグ・イノベーション・ネットワーク(KIN)の共同創立者兼事務局長もなさっています。まずKIN設立の経緯やKINの活動についてご紹介いただけますか?
ウォルコット:そもそものきっかけは、2002年まだ私が経営工学の博士課程に在籍していたころにさかのぼります。当時の私の研究テーマは、「大企業におけるイノベーション」で、さまざまな企業幹部に取材をしていました。その過程で、名だたる企業の経営幹部たちが実は同じような課題で悩んでいること、企業内イノベーションの在り方について、損得勘定を抜きに議論をする場を求めていることを知りました。社内だけでは限界がある、同業他社が集まる業界団体では難しいこのテーマについて、大学であれば中立的な立場として、自由闊達に情報交換、議論ができる場を提供できると思い立ち、始まったのがKINです。
設立当初から参加者、参加企業は招待制で、彼らからの会費、企業からの寄付だけで運営されているのが特徴です。年に1回皆で集う国際会議の他、テーマ別に小規模な分科会、さらには研修視察ツアーのようなこともしています。年々参加者が増え、設立当初はビジネスリーダーだけでしたが、08年以降はNPO、政府関係者、さらには起業家も加わり、より多面的な議論ができるようになってきました。
今年の国際会議には世界中から250人の参加者が集まるほどになっています。この会議では、われわれは講義はせず、あくまでも多様な参加者の声を引き出すファシリテーター役に徹しているのが特徴で、参加者は、立場が異なる人の話を聞き、活発な意見交換をし、ネットワークを広げることで、さまざまな刺激、学びを受ける場となっています。
KINはケロッグ・イノベーション・ネットワークの頭文字ですが、英語のkinには、親類という意味があります。この会の参加者は、より良いイノベーションを起こすには何をすべきか、同じ志を持ってつながっている一つの家族のような存在だと思っています。
最先端課題に取り組む日本。世界はまだまだ学びたがっている
広瀬:ウォルコット教授は、慶応大のビジネススクールでも教壇に立たれたこともあり、日系企業と接する機会も多いかと思います。そのような中で、日本企業の特長をどのようにご覧になっていますか。
ウォルコット:そうですね。私の限られた経験から受ける印象をお伝えすると、まず第一に年功序列が非常に強い点でしょうか。ベテランの経験・知見は当然重要ながら、イノベーションが起きるためには、風通しの良さ、若い世代の柔軟な思考を取り入れる風土が不可欠です。昨今は優秀な若者ほどどんどん転職していくことを踏まえると、優秀な若い才能を企業イノベーションにどう反映できるか、バランスを考える必要があるでしょう。
同様に、まだまだ男性中心の企業が多いと思います。イノベーションを育む土壌となる人材の多様性は、女性を含めすべての人に活躍の場を提供することから生まれるのです。もう1点特徴があるとすれば、あまりにも国内市場が大きかったが故に、国内市場に焦点を当てていた時期が長過ぎる、ということでしょうか。それが独自性となる場合もありますが、これからの時代を考えると、もっと国外に真剣に取り組む必要があるでしょう。
広瀬:日本も戦後の経済成長を通じてさまざまなイノベーションを生み出してきましたが、バブル崩壊後の失われた20年を経て、自信を失っている部分もあると思います。
ウォルコット:イノベーション領域における日本企業の強みとしては、モノづくりの文化、伝統に加えて人材の豊富さ、さらには世界的な企業・ブランドなど、いくつもあります。それらの強みを生かして新しい価値をどう生み出すか。
日本らしいイノベーションとは、例えば世界の最先端をいく日本のロボット工学が、世界の最先端をいく日本の高齢化社会に応用されて、全く今までにない商品・サービスを生み出すなどといった考えから生まれるかもしれないですね。やがて全世界がたどる道を先取りしている部分もあるからこそ、世界が日本から学ぶことはまだまだあると思っています。
その際には、先に自分から限界や制約を規定するのでなく可能性を見いだしていく、「きっとできる」Can Do 精神が大事になるでしょう。
利益(Profit)、人々(People)、地球環境(Planet)―三つの視点で社会をより豊かにするイノベーションを
広瀬:非常に心強いお話ですね。これからイノベーションにどう取り組んでいったらいいのか、さらにアドバイスを頂けますか?
ウォルコット:自分に自信がないときは、つい安全策を取りがちですが、安全策は誰もができる、失敗はない代わりに大きな成功もない道なのです。成功体験のためには、リスクを取ることも含めたイノベーションが絶対に必要です。どのような企業であっても、その創業期や急激に成長した時期には、起業家精神やイノベーションがあったはずです。
自分たちのDNAをさかのぼって、過去にどのような起業家精神とイノベーションがあったかを学ぶのも一つのやり方だと思っています。また、競合ばかりをベンチマークとして分析していても模倣にすぎずイノベーションは生まれません。異業種のノウハウを、自分たちのビジネスにどう生かすかといった幅広い視点も大事になります。
広瀬:最後に、これからの企業に求められる姿勢をお聞かせください。
ウォルコット:ビジネスというのは、当然営利目的ではありますが、イノベーションは、その結果人々の生活がより豊かになるものであってほしいと思っていいます。利益(Profit)、人々(People)、地球環境(Planet)、三つのバランスが取れていることが、これからの企業には求められており、また、持続可能な企業の成長のためにも必要だ、というのは実はKINの発足理念でもあるのです。
もちろんまだ利益追求型の企業もあるとは思いますが、人々は以前よりも企業の果たすべき社会的意義、ミッションに敏感になっています。地域社会に益をもたらし、人々のより良い暮らしに貢献でき、そのことで企業としての利益も出る。共存共栄の思想は、これからますます重要になるでしょう。
広瀬:電通も「Good Innovation.」を企業理念に掲げ、人や社会に新しい価値をもたらすことを目指しています。本日は貴重なお話、ありがとうございました。