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変容する、「話題」の生まれ方・つくられ方No.2

若者の話題を戦略に変える。その手法とは

2015/11/30

コンテンツ、特にアニメの分野ではファンはSNSを通してさまざまな情報を発信し、時に“論争”にまで発展する。アニメというコンテンツと、SNS上で発生する話題、そこにどのような関係があるのか。マーケティングにはどのように影響を与えるのか。「おそ松さん」など人気アニメに携わるエイベックス・ピクチャーズ寺島ヨシキ社長と電通iPR局の石田茂氏が、その現状を探るとともに、若者の話題を戦略に変える手法を考察する。


ユーザー理解には、SNSの分析が不可欠

石田:話題のつくられ方が、これまでのマスメディアだけの時代からSNS全盛の時代になって、だいぶ変わってきました。話題づくりには、SNS上でのコミュニティーにも注目する必要が出てきています。その中にあって、アニメコンテンツにおけるマーケティングはどのような状況でしょうか。

寺島:テレビアニメの新作はワンクール約50本あります。コアなユーザーは全て録画し好きな作品から見ていきます。そのファンは、ツイッターで情報を集めるのが特徴なんですね。ツイッターなどに拡散した情報を見て10本程度に絞り、残りは消してしまいます。
さらにパッケージの販売となると、イベント抽選券を付けることで順位が決まってくる。これにはジレンマがありますが、それでベスト5に入ってくるという状況です。

石田:まずは10本に入り、そこから5本に絞られていくという。勝ち抜くのが厳しい世界ですね。

寺島:ですから、生き残るにはユーザーの意識分析が必要です。この春に「アニメ意識深掘り調査」を電通と実施しましたが、アニメファンは十人十色で趣味嗜好がそれぞれ違う。そんな彼らを理解するにはSNSの分析が不可欠なんですね。10〜30代が中心で、一番の接触媒体はSNSですから。私は毎朝、自社制作のアニメや所属タレントに関するツイートを全部チェックしています。

「おそ松さん」などの人気のアニメは秒単位でツイートが上がってきますが、人気のないものは上がってこない。興味度がすぐに分かります。さらにツイッターでのビビッドな反応は、リアル店舗やEコマースでのパッケージ予約数と比例しています。

石田:それは興味深いですね。SNSを活用したマーケティングは、まず最初にソーシャルリスニングからスタートするのが定石ですが、トップ自らがそれを理解してツイッターをチェックしていらっしゃる。日本ではなかなかレアなケースだと思います。

特に、アニメのようにコミュニティーがしっかり形成されるジャンルのマーケティングでは、コミュニティーの動向を把握することが成功の鍵となります。デジタルマーケティングを標榜する企業は、新しいマーケティングを目指すわけですから、トップ自らがそれを実践されているのは、非常に心強いですね。

「おそ松さん」
赤塚不二夫生誕80周年を記念したアニメ。名作ギャグ漫画「おそ松くん」の未来を描き、六つ子をはじめ国民的キャラクターが大人になって登場。ハイテンションな展開で人気を博し、公式アカウントのフォロワーは20万を超える。
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会

満足度にこだわり、批判をプラスに転換

石田:アニメコンテンツの周りには、SNSによってさまざまなコミュニティーが形成されます。その中を分析すると、各アカウントのコミュニティー内での役割が分かれています。われわれは、まずコミュニティー内で話題を起こすアカウントを「クリエーター」と呼んでいます。最初の話題提供者となるアカウントが全体の1%。そこにさらに話を盛ってくるアカウントが9%。合わせて10%のクリエーターが存在します。

その他には話題を横にスプレッドするアカウント(「スプレッダー」)が多くあり、残りは話題を見ている「ウオッチャー」です。コミュニティー内の構造を見抜いてアプローチすることが非常に重要となります。

寺島:コミュニティーを相手にする場合、一番怖いのは批判が集中することです。影響力のあるインフルエンサーの方に、良い評価をしていただきたいのですが、施策を間違えると台無しになってしまう。ですから、なかなか実施することができません。

批判が集中したケースといえば、今年の10月、「Wake Up, Girls!」というアニメから派生した声優7人組のファンクラブで企画したバスツアーがあります。仙台での1泊2日のイベントでした。ところが参加費が5万円と高額でしたので、ネットではかなりたたかれた。「よし! それなら参加者の満足度を徹底的に上げてやろう」と。オンリーワンの企画を実施したり、夕食のビュッフェでも料理をたっぷり用意しました。

ミステリーツアーでしたので、イベント中のツイートは一切禁止にしました。するとイベント終了後に皆さんが一斉にツイートし、「神イベントだ!」と大満足していただいた。「次回は参加しません」という書き込みにドキッとしましたが、「素晴らしいイベントなので他の方に体験してもらいたいので」と続いていた。批判をプラスに転換でき、話題にもなりました。

石田:なるほど、SNSでの状況をリアルタイムで読み取って、トップが判断して的確な対応を取るという素晴らしい対応をされたのですね。これは、リアルタイムマーケティングのお手本のような対応です。マスメディアを中心としたキャンペーンでは、仕掛けがある程度固定となってしまいがちですが、一方、SNSのリアルタイム性を生かしたコミュニケーションでは、この機転が非常に重要になります。その他にも例はありますか?

「Wake Up, Girls!」
仙台を舞台に7人の少女がアイドルを目指すアニメ「Wake Up, Girls!」および派生する声優ユニット。キャラクターを演じる7人のキャストは、現実世界でも声優ユニットWake Up, Girls!として活動する。今年7~8月に開催された単独ツアーでは4都市で約1万人を動員、この秋にはファンクラブ限定のバスツアーも開催し、12月11日にはアニメ劇場版の最新作が公開予定。
©Green Leaves / Wake Up, Girls!2製作委員会

寺島:「ノラガミ ARAGOTO」の放送前イベントを日比谷公会堂でこの夏に実施しましたが、熱中症で倒れる人がニュースになっていた時期。そこでミネラルウオーターを1000本無料で配った。すると「神対応だ!」とツイッターで拡散しました。

利益を追求し過ぎたり、それが見え隠れすると反発がすぐに上がってくる。お客さまに誠意を持って対応し、「これいいじゃん!」と言ってもらうことが大切なんですね。誠意を持って接することが真の話題につながると感じました。

石田:コミュニティーを相手としたマーケティングを行う場合は、コミュニティー内のレピュテーションを重視した対応をすることが最も重要です。コミュニティー内のコンセンサスがポジティブになるのかネガティブになるのかは、常に動く可能性があります。ここではファンの心情を第一に考えられた寺島さんの判断と対応が伝わったんだと思います。

「ノラガミ ARAGOTO」
月刊少年マガジンで大人気連載中のダーク・アクション・ファンタジー作品。アニメ化後、コミックスの売り上げが5倍に。あらゆるものを斬(き)る能力を持つが、貧乏でマイナーな神様である主人公「夜ト(やと)」、神の道具である神器(しんき)となった死霊の少年「雪音(ゆきね)」、魂の抜けやすい半妖体質となった少女「壱岐(いき)ひより」を中心に、神々との戦いや夜トの秘められた過去を描く。10月から2期「ノラガミ ARAGOTO」が放送中。
©あだちとか・講談社/ノラガミ ARAGOTO製作委員会

ファンと会話しつつ、コンセンサスを形成する

石田:しかし、SNSやオタクをまだニッチだと思っている経営者が多いのも事実なんですね。「もうメジャーです」と説明しても、自分自身のこれまでの体験から想像しにくい。でも、時代は変わって、SNS発信の話題というものが増えていくと思っています。

寺島:経営者でしたら自分たちの商品やサービスがどう評価されているか、知りたいのは当然です。ターゲットが10〜30代であれば、SNSにはそれが瞬時に反映される。既存のメディアにはない特徴であり、逆に今や一つのメディアとして確立しています。なぜ、これを活用しないのか、私には理解できないところですね。
SNSを活用するのは今や不可欠で、経営者自身も直接チェックすることが重要だと思います。

石田:SNSを積極活用して、若者層に対し新しいマーケティングを仕掛けていくジャンルとして、今回お話しいただいた「アニメ」ビジネスは先進的な事例だと思います。ここには、他のカテゴリーの企業も取り入れるべき知見が多くありますね。

デジタルマーケティングを推進する場合、コンテンツマーケティング、コミュニティーマーケティング、リアルタイムマーケティングの要素が必須となりますが、ここでは自然と全ての要素を駆使した活動をされています。もちろん、ファンビジネスであることがよりデジタルマーケティングを加速させる理由でもありますが、トップ自らがよく内容を理解してリードされている面も大きいと思いました。
ファンコミュニティー内の話題を観察しながら、新しい話題のキッカケを提供していく。つまり、ファンと会話をしながらコミュニティーのコンセンサスをつくっていく。これも現代的なPRであると考えています。

マスメディアが世の中やコミュニティーのコンセンサスを形成していた中にSNSが出現して、コミュニティーの文脈が可視化されてきた。今では、マスメディアとSNSが混在している中で、新しい話題形成の在り方に変化していくと思われます。PRに携わる者として、この分野に注目し、さらに研究・分析を続けていきたいと考えています。