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電通報ビジネスにもっとアイデアを。

東京防災No.2

ターゲットは全都民!
「東京防災」はこうしてできた(後編)

2015/12/08

2015年9月から、東京都の各家庭に1冊ずつ配布された「東京防災」。前回、都民の防災力を上げ、防災活動が日常になるために、この本は配って終わりにならないように、戦略的なコミュニケーションデザインをしていることを聞いた。今回は、この本がどのように作られたのか、さらに将来の展開について話を聞いた。

 

■パラパラと読んでも分かる。じっくり読んでも読み応えがある。

多様なスタイルに対応した構成

−−本の構成などはどのように決めていったのでしょうか?

榊:本の構成は、30分でざっくり内容が把握できる、1週間かけるとより深い知識が着く、子どもでも楽しめ、大人でも納得できる防災本。を目指しています。
そのために、基本的なページの構成は、「タイトル」「イラスト」「細かい説明」というシンプルな構造にしています。防災リテラシーが低い方にとっては、「タイトル」と「イラスト」をパラパラ見るだけでも、防災の知識が頭に入るようなデザインにしています。

忙しい人でも、最低限の情報が得られるように工夫しました。そして、時間をかけて読み込むと更に多くの防災知識が身に付いていく。という構成です。

本の構成としては、辞書的な本にするというアイデアもありましたが、どこから読んでも同じだと結局読まないので、第1章のシミュレーションまでは、一連の流れとして読み物のように読んでもらい、あとは辞書的に使えるようにしています。

時間をかけて読み込むこともできるよう、読み物としての魅力もあります。各章の最後には、コラムを入れました。例えば一章の最後には、阪神・淡路大震災、東日本大震災の被災者の体験記もさまざまな世代、環境の人の立場の方に取材し掲載しています。

また、辞書のように検索性を高めるために、インデックスを強化しており、地域別インデックス、世帯別インデックス、用語解説とインデックスを一体化したり、必要な情報にたどり着くまでのスピードを短縮する工夫をしています。

 

−−デジタル版の方もしっかり作られていますね。

榊:東京都はスマホ使用率全国1位の都市なので、デジタル版の用意は必須でした。デジタル版は、電通デジタルクリエーティブセンターのUXデザイナー松浦夏樹を中心に、本の内容が固まった後、1カ月くらいの間で完成させました。
デジタル版では、ダウンロードを1章単位にしています。Twitterなどでは評判が悪かったのですが、これはアクセス集中を避けるためです。いざというときに一斉にアクセスされても耐えられることを考えた仕組みです。


−−マップやカバーなども便利ですよね。

榊:カバーは、もしもの時に持ち出す際の耐久性を高めます。またカバーがあることで、家族の写真などをはさめるようにしています。災害時に離れ離れになったとき、写真が一番情報として伝わるんですよ。電源が使えなかったりするので、アナログな写真が強いんです。

実は、シールもついてまして。「なにこれ?」って言われるんですけど、本書は配って終わりではなくて、ムーブメントが起こるきっかけにしたいという思いから、読んだらこのシールを玄関のポストなど目立つところに貼る、ということを呼びかけています。東京で防災アクションを始めた人が広がっていることを可視化するための施策として仕掛けました。

 

■チーム全員で作った防災ブック。細部にわたる気遣いで日本的な仕上がりに

−−本のコンテンツはどのように作成していますか?

榊:僕はクリエーティブサイドの編集を統括しましたが、防災自体の知識は深くありません。そこは東京都総務局総合防災部の方々がものすごい量の知識、経験をお持ちなので、電通ビジネス・クリエーション・センターのチームが情報整理をお手伝いして伝えるべき情報を提供いただきました。

また、コンテンツとして何を掲載し、何を掲載しないのかといった部分でも、非常に明確な判断をしていただきました。実際に制作フェーズに入る前に、学識会をはじめとする防災の専門家、自らの災害体験からノウハウを持っている方、子どもの防災に詳しい方など、さまざまな方にヒアリングをして、最新の防災ネタをストックしていました。

また、実際の制作においては、ノザイナーというデザイン会社が深く携わっています。この会社はソーシャルイノベーションデザインを標榜しており、東日本大震災直後に「OLIVE」という災害情報共有サイトを開設するなど、社会貢献活動の意識がマッチしたこと、またデザイン力も非常に優れていることから、代表の太刀川さんに直接会いに行き、今回チームメンバーとして参加してもらいました。防災知識のある編集、ライティング担当として、ブレーンシップという会社にも参加してもらっています。「今やろう。」などのコピーは、電通のコピーライター武田さとみにお願いしました。他にも本当に多くの人々に関わって頂いており、情熱的で、一体感のあるチームで実現したプロジェクトです。

 

−−イラストはどのように作成していったのでしょうか?

榊:今回のプロジェクトでイラストレーターは極めて重要だったので、何人かのイラストレーターをオーディションさせてもらいました。その場で、災害が発生したときのイラスト、キッチンがぐちゃぐちゃになっているところ、備蓄用品が並んでいる絵などを描いてもらいました。事前には伝えずに、「今この場で描いて下さい。」というようにあえて唐突にお願いしました。

ここで見たかったのは、イラストのセンスはだけで無く。勘の良さ、スピード、緊急対応力です。というのも、実際にお願いした場合、2カ月で大量のイラストを書くことになります。多くの関係者が関わっているので、急な修正が大量に来る事も予想されますので、スピードや、緊急なお願いへの対応力が大事だからです。そのオーディションで選ばれたのがイラストレーターの岡村優太さんです。細かく頼まなくても、こちらの意図をくみ取り、さっと書いてくれる。そしてその安定感。非常に助かりました。

 

−−イラストもそうですが、お話を聞いてコンテンツが非常にきめ細かく作られていますね。

榊:今回の防災ブックは、爆発力のあるビッグアイデアではなく、小さなアイデアの丁寧な積み重ねを意識しています。コンテンツ制作の全てのプロセスに細やかな気配り、小さいアイデアをちりばめることで、全ての人が興味を持ち、読みやすいように作りました。

それは、多くの人に理解・浸透させる必要がある、今回のようなプロジェクトには重要なことだったと思います。瞬間的な訴求力が求められる。広告制作とは根本的に目的が違うので、個人的には新しいチャレンジでしたね。 読む人全ての気持ちを思いやり、きめ細やかで、丁寧な改善を重ねてつくりました。ある意味、極めて日本的な作業だったと思います。イラストでも、第1章は実際の災害を想起できるように人の表情に緊張感を持たせ、2章以降は日常を感じるイラストにするというように書き直しを何度もしました。文章でも、ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会のUCDA認証のチェックを入れて、中学生以上であればすっと頭に入ってくる、ひっかかることなく伝わる文章になるよう改善を重ねています。その結果、全ての人に優しい。世界に誇れる日本発の防災ブックになりました。

 

−−テロやパンデミックなどにも触れていることが話題になりました。

榊:そうですね。東京都は、防災ブックを地震含めさまざまな災害に対応出来る内容にしたいと希望していたので、そういった項目も入れました。

今回の防災ブックを通して東京都のブランディングに貢献し、東京が世界一の防災先進都市としてお手本になるといいと思っています。これまで国や自治体の防災は、インフラ整備などの「公助」が中心でした。今回のプロジェクトのテーマは、「自助」「共助」で、防災のインフラに乗るソフトの部分を高めるプロジェクトです。防災先進国として、戦略的にデザインされた本を配布していることは世界に誇れると思います。

 

−−本を配布してからの反応はいかがでしょうか。

榊:想像以上でした。ある程度は話題になると思っていましたが、ここまで話題にしてもらえるとは思いませんでしたね。Yahoo!のトップや、各局のニュース番組や情報番組などでも多く取り上げて頂きました。

そして驚いたのが、ネット上での評価が非常にポジティブだったことです。今回のような大規模な公のプロジェクトは少し間違えると、たたかれる場合もあるので、少し不安もあったのですが、そのほとんどがポジティブな声でした。「税金の正しい使い方だ」「内容が分かりやすい」「デザインが素晴らしい」など、ここまでネット上でポジティブな反応をされるのも珍しいのではないでしょうか。

なにより新鮮だったのは、「ありがとう。」と言われたことですね。僕は12年間広告の仕事をしていいて「面白い!」と言われることはありましたが、「ありがとう。」と言われたのは初めてです。今まで培って来たコミニケーションデザインの力が、社会課題の解決に生かせたと感じた瞬間でした。素直にうれしかったです。

 

−−今後、防災関連でどのような展開をしたいと考えていますか?

榊:今後の防災のプロジェクトに関しては、まだ具体的な事はお話し出来ませんが、次の展開をいろいろ準備中です。
防災はさまざまな人がバラバラにで活動しているので、それら「点」を「面」にすると、もっと大きなムーブメントになるのではないか…という様な事を考えています。 

−−榊さん自身はこれからはどんなことをやりたいですか?

榊:今回、自分が今まで多くのクライアントワークで蓄積してきた力を、「防災」という社会課題解決に還元することが出来たと感じています。

僕ら、広告クリエーターは、世の中のニーズをつかみ、企業の難しいメッセージを、面白そうなものに変換し、興味のない人に伝える特殊技能がある。そんな広告クリエーターの力を、社会の課題解決に生かす場が、もっと増えると良いなと思っています。必要なのは、戦略とアウトプット、発信側と受信側の両方の気持ちを同時に想像してコミュニケーションをデザインしていく力。
それは、これからのクリエータや、デザイナーに必要な力だと思います。
今後も、このスキルをさらに研磨し、社会課題の解決にチャレンジしていきたいと思っています。

 

−−本日はありがとうございました。