前例を創ろう鼎談No.1
前例を創ろう 前編
2016/02/02
イノベーションという言葉がブームになっている。このブームが言葉だけで終わるのか、成し遂げるところまでやり抜くのかによって、日本の未来は大きく変わる。
会社によっては世の中を変えるアイデアのことをイノベーションと呼び、会社によっては自社の新規事業のことをイノベーションと呼んでいる。その定義はさまざまだが、新しく何かをしでかしたいという野望は共通している。イノベーションとは単なる技術革新のことだけではなく、社会に対して新たな変化をもたらすための概念全般を意味する言葉だ。ここで重要なのは、イノベーションとは“結果”を表現したものにすぎないという点。新たな変化といった結果だけを口にしていても何も生まれてこない。その結果をもたらすための“プロセス”にも影響を与えるイノベーションの再定義が必要となる。
イノベーションとは意志だ。志がなければ、多くの障害を乗り越える力が生まれてこない。イノベーションとは行動だ。唱えていても、動きださない限りは何も始まらない。イノベーションとは挑戦だ。やったことがないところにこそ革新は存在している。イノベーションとは決断だ。失敗しても、その先にゴールがあると信じなければいけない。こうしたプロセスから結果までを包含してイノベーションを一言で表現するとすれば、「イノベーションとは、前例を創ること」だと再定義したい。
戦後の日本はたったの50年足らずで、まさに前例のないレベルまでひとつの国を創生させた。これを奇跡と言う人もいる。でも、私は日本人の“底力”だと呼びたい。やると決めたら、やるのである。そして、日本人が歴史の中で培ってきた生命と共生する生き方を基盤にした、新たな時代に即した底力が起動されたとしたら、そこに創られる価値は世界を動かすものになる。先進国の定義を変えることだってできるかもしれない。
今回は独自の価値を創り続けている、新国立競技場のデザインを担当される建築家の隈研吾さんと、3年前にロンドンに移住し新たなスタートを切られたギタリストの布袋寅泰さんに話を伺って、そのヒントを探ってみたい。
2016年を迎えた。とうとう2020年へのカウントダウンが始まった。前例を創ろう。今やらないで、いつやるのだろう。
電通 未来創造室 国見昭仁
「解放」が日本を元気にし、
世界の前例を創る。
世界の中で日本の存在を高める
国見:いろいろなビジネスに関わる中、「日本はもっと元気を出すべきだ」と感じる一方で、「日本はこれから世界の注目を浴びる」という期待も持っています。それを、隈さんの建築に見られる木と緑を生かした設計思想にも感じています。新国立競技場のテーマにもされていますよね。木と緑は世界中にあるものなのに、それを「日本人らしい」と感じるのはなぜか。そこに、日本が注目を浴びる可能性のヒントを感じるんです。
隈:「木と緑」というテーマを本格的に掘り下げたのは、海外で仕事を始めてから。多くの海外の建築を見て、日本の木造建築のすごさに気付きました。例えば海外では、木造建築がコンクリートよりずっと高い費用になるんです。日本は逆で、木の存在が息づいている。それを知ったとき、これを掘れば世界の中で日本の存在を高められると感じました。
布袋:日本にいると気付かなかったことが、海外に行くと分かりますよね。日本のスタンダードと世界のスタンダードは全然違うと感じます。
国見:日本人の感性があるからこそ出来上がったものと感じるのは「①自動で開くトイレのふた」と「②おむつ」。共に日本人だからこそ追求した独特な技術だと思います。誰も気にしていないような領域に、時間と労力とお金を費やす。花見や川床や柚子(ゆず)湯といった自然、つまりは生命と共生してきた日本人ならではの発想や気付きがあるのだと思います。日本人も日本企業もこれからは「日本人らしさ」を意識的に大切にすべき。そこで発揮される価値は、世界に求められるはずです。
自分の感覚を信じ続けて、「らしさ」を貫く
国見:日本人らしさを表現するには、まず人も企業も“自分らしく”あるべき。お二人はまさにそれをやってきた人ですが、秘訣(ひけつ)はあるのでしょうか。例えば隈さんは、「③負ける建築」というコンセプトを掲げてこられました。
隈:これまで多かったのは、周りより目立つ建築です。でも現場に行ってみると、得てしてその建築の周りには、美しい川や自然がありました。そこに私は違和感を抱き、「もっと周りを生かした建築がしたい」と思いました。それで、周りより目立つ、勝とうとする建築に対して、自分のものを「負ける建築」と呼んだのです。
国見:布袋さんは、どのように自分らしくいようとされているのですか。
布袋:僕はとにかく快感原則を重視していて、自分がいいと思うものでなければ許せないタイプ。もちろん受け手の反応を考えつつですが、一番はあくまで自分の感覚。それは簡単に変わるものではないので、「自分らしさ」として貫けているのかもしれません。
国見:「自分らしく」というのは近年の潮流で、④ポートランドが話題になったのもその象徴です。お二人の自分らしさとは何なのかを熟知されている点は、自分らしくあるためのヒントになるのではないでしょうか。
中途半端なディテールは命取りになる
国見:先ほど述べた例のように、日本人の素晴らしさはディテールへのこだわりに顕著に表現されます。ただ、最近はコンセプトを偏重し過ぎて、実際に動けていないケースも多い気がします。私たちは、もっとディテールを重視すべきなのではないでしょうか。
隈:建築の基本は「コンセプトから考える」でした。でも僕はディテールから考えるんです。コンセプトに時間をかけると、納期や費用の問題で最終段階のディテールがおろそかになるから。ディテールからやればそこに力を入れられるし、そうすると、たとえコンセプトが普通でも、しっかりしたものができます。それに気付いて手順を逆転したのは、自分の大きな転機でした。
国見:布袋さんは、今年デビュー35周年を迎えました。その長い活動の中で、ディテールにこだわることの意味についてどのようにお考えでしょうか。
布袋:そうですね。隈さんのお話は共感すべきところで、中途半端なディテールは命取り。細部を攻めるなら徹底的にやらないと、満足いくところには到達しないですよね。
国見:⑤35周年のライブツアーも控えていますが、ライブとレコーディングではこだわるポイントも変わってくると思います。
布袋:ライブは瞬発力なんですよね。今感じたものをその瞬間に出す瞬発力。何かに頼らず、その場で自分がやるしかないんです。それを痛感したのが、⑥ザ・ローリング・ストーンズとの共演。彼らは何万人という観客の前でも、一つの音を楽しみながら、その場の瞬発力で勝負していました。ライブで完璧を目指すと、何かに頼って瞬発力をなくしがち。でも彼らは、その逆を貫いていました。
後編へ続く。