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Experience Driven ShowcaseNo.52

水のように空気のように、おもてなしを科学する:北川竜也(前編)

2016/02/15

「会いたい人に、会いに行く!」第3弾は、三越伊勢丹ホールディングス(HD)秘書室特命担当部長の北川竜也さんに、電通イベント&スペース・デザイン局の尾崎賢司さんが会いに行きました。3年前に大西洋社長に誘われ同社に入社し、新しいビジネスモデルの探求や、デジタルテクノロジーと百貨店が培った「売りのノウハウ」「体験価値」のコネクトを推進する北川さん。そんな北川さんが考える、未来の百貨店の在り方とは?

取材・編集構成:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
(左より)尾崎氏、北川氏

 

伊勢丹のテクノロジー施策が目指す、未来の「見せ方、売り方」

尾崎:今日は、三越伊勢丹HDのテクノロジー施策について伺います。まず、昨年の「彩り祭」ではどのように取り組まれたのですか。

彩り祭
北川:三越伊勢丹のグループ会社である岩田屋や丸井今井も含めて、全国で「彩り祭」という一つのキーワードでキャンペーンを行っているのですが、昨年は「デジタル」がその中心キーワードでした。購買して頂いた商品だけでなく、体験までお持ち帰りいただけるような企画を、全館で目指しました。

ファッション×テクノロジーの体験は、Makuakeのようなクラウドファンディングの仕組みで生み出されたものの展示や、人工知能を使ったスタイリングなどものすごく幅が広いので、一見雑多に見えるかもしれないですけれど、いろいろな角度から紹介してみようとやってみました。

尾崎:その他にも、「Decoded Fashion Tokyo」にも協賛されていますね。

北川:はい。「Decoded Fashion Tokyo」では、テクノロジーを使ったアイデアコンペティションを主催し、優勝した「Memomi」というデジタル技術を活用した姿見と、準優勝の糸から布までつくる3Dプリンティングの二つを彩り祭でも展示しました。ものづくりは3Dプリンティングの登場によって、本当に大きくこれから変わりますよ ね。

糸から布までつくる3Dプリンターそのものはまだ試作機がアメリカに1台しかないので、日本に持ってくるのはリスクがあり過ぎる。それで、縫い目のないタンクトップなどこのプリンターを使って作られた製品の実物を展示して、その製造工程は映像で見て頂きました。液状化された繊維がシューッと型紙に吹きつけられて、乾いて型紙から抜けばもう服になっている、というような工程です。

お客さまの将来の生活の中で、洋服がどのように供給されるのか、その可能性をお伝えしたかったわけです。全部が置き換わるとは思いませんが、3Dの技術がもっと進化すれば、体にぴったりくるものがわずか数分でパッとプリンティングできる。それが数百円で買える、というような世界が来てしまったら、オーダーメードの概念も変わりますよね。

「Memomi」の方は分かりやすくて、服を着ていただいて鏡の前に立ったときに、いろんな体験がそこでできるわけです。自分の背中側まで、全ての角度をじっくりと見られるとか、服の色が変えられるとか。そこで撮った画像を例えば恋人に相談したいときにSNSですぐ送れるとか。ネットでしかできなかった「体験」が、リアルな空間と結びついて出てくることに意味があると思うのです。

Memomi
3DプリンターでつくられたTシャツ

 

人工知能を使った、伊勢丹ならではのスタイリング提案

北川:実は、人工知能を使ったスタイリングの提案というのは、本館、メンズ館ともに既にやっています。われわれはライフスタイル提案企業なので、例えばウエアラブルデバイスを提供するとしても、それを使うことで健康管理ができて、よりアクティブに人生を生きるとか、自分の両親にそれをプレゼントして両親の健康管理を遠隔でやれるようにしようとか、テクノロジーによって今までできなかったことができるようになり、人生が豊かになったり楽しくなったりということを提供したい。時計型、メガネ型、スマートデバイスも販売していますが、5年後ぐらいを見据えて、体験の提案を重ねて学んでいきたいですね。

尾崎:「ISETANナビ」も導入されていますね。

北川:はい、伊勢丹新宿店の中にはすでにビーコンが数百個ついていて、そのビーコンを使ってナビゲーションをするのが「ISETANナビ」というアプリです。現時点ではまだ発展途上のアプリで、今後はお客さまとの1to1コミュニケーションなどにも活用の幅を広げてゆく必要があります。

尾崎:アプリを使ってもらいながら、どうやって売り場にも来てもらうか、難しい大きなテーマですね。アプリがあれば、何でもどこでも買えてしまうし。

北川:若い人が車を買わなくなったという話がありますが、どこかでお金は使っているわけです。食費とか通信料とか、要するに自分がお金を掛けるポイントが変わってきている。同じように1日24時間でも、その24時間をどこで使うのか、どう過ごすのかのポイントが変わってきているだけで、必ず時間は使っている。

お客さまが店に来てくださるときは、商品を買うためだけとは限りません。例えばコートを買いに来たとしても、暖かいという機能だけを買っているわけではなくて、それを着ることによって、例えば今日のデートに華を添えるだとか、そういう自分の日常生活を豊かにして、何かが変えるという体験を買っていただいているのです。その「体験」をご提供するという意味でリアルな空間はとても大事です。

その意味で、百貨店という空間の中で良い意味での魔法にかかっていただくということが非常に重要だと思っていて、ものすごくいい時間をお過ごしいただければ、購買の手段は店舗でもオンラインでもどちらでも良いわけです。買った商品を持ち帰って開けるワクワク感も一つの魔法かもしれませんが。

デジタルの仕組みはちゃんと整えるけど、本質的にはリアルの場にどれだけ知恵とリソースをかけられるかがこれから重要で、リアルな場の価値は、実はデジタルがあるからこそ相乗効果で高まると考えています。

 

デジタルテクノロジーは「水のように、空気のように」

尾崎:デジタルによって、リアルの価値が上がる。アプリの使い方でいうと、例えばどのようなことですか。

北川:僕は、「水のように、空気のように」というキーワードを最近よく使っていて、要するに、必要不可欠だけれども、その存在を常に意識することがないくらいのインフラ、という捉え方をデジタルにおいてはするべきだと思っています。例えば伊勢丹メンズ館2階が行きつけだとして、アプリを立ち上げて、アドバイスをもらうために、週末のいつものスタイリストの予定を予約しておこうとか。それを当たり前のようにお客様が行って下さるような状態になるべきだと思います。

尾崎:人工知能が自分のパーソナリティーを理解してくれて、1to1の商品を出してくれるとかもできますね。

北川:いくらアルゴリズムが進化したとしても、スタイリストのセンスなど人間対人間のコミュニケーションが当社として最も大事なところですが、一方で人工知能が事前にレコメンデーションをたくさん出してきて、発想の幅が広がると実際の会話の幅も当然広がる。スタイリストがお客様との過去のやり取り全てや、商品すべてを覚えておくことは不可能ですし。来ていただいた瞬間に情報は「分かっている」上で、店頭では1to1の対話を深める、そんなツールになっていくのが理想型ですね。そういうプロセスを当たり前のものにしていきたい。

 
※後編につづく