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あなたの会社を変える「専門人材」No.6

「ほぼ日」に学ぶ、個の生かし方と組織のスケール(前編)

2016/06/16

企業活動の多くの領域において、事業成長や変革のために自社内では育成しにくい専門人材を外部から採用するケースが当たり前になっています。本連載では、専門人材の育成や活用についてさまざまな分野の第一線で活躍する方々を訪ね、そのヒントを伺っていきます。今回は、6月6日に創刊18周年を迎えた「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する東京糸井重里事務所の取締役CFO、篠田真貴子さんに話を聞きました。“乗組員”と呼ばれるスタッフの一人一人が生き生きと働きながら、組織としての規模を拡大する、その秘訣はどこにあるのでしょうか?

ほぼ日の事業の特性とは?

神野:実は篠田さんと私はビジネススクールの同級生なんです。篠田さんは帰国してからマッキンゼーに務められていましたが、その後ノバルティスファーマ、事業部の買収に伴ってネスレへ、そして糸井事務所に入ると聞いたときには驚きました。

経営、組織、キャリアといった切り口でメディアにもよく出られているので、その話も伺いたいところですが、今回は一人一人が自由に働きながらも全体として強い個性を保っている「ほぼ日」という組織の管理部門の長として、どのようなことを考えて日々の業務にあたっておられるのかを聞かせてください。今、入社して何年目になるんですか?

篠田:2008年10月に加わったので、8年目ですね。CFOという役職ですが、管理部門の責任者なので、人事や採用なども見ています。

元々、新卒で入社したのは日本長期信用銀行で、ザ・ニッポンともいうべき企業から外資系に移り、そして今度は日本の小さいオーナー企業と、結果的に随分いろいろな職場を経験してきました。

神野:「ほぼ日」といえば、ウェブサイトの運営はもちろん、オリジナル商品も人気ですよね。今日お持ちの手帳ももちろん「ほぼ日手帳」だと思いますが(笑)、そのシャツも?

篠田:ええ、イラストレーターの大橋歩さんとつくっている「hobonichi + a.」というブランドの「みずたまシャツ」です。

神野:メディアからオリジナル商品の開発・販売まで、幅広い事業を展開されていますよね。一方で、そんなほぼ日の強みである多様性や生き生きとした感じを維持することと、事業規模を拡大し組織体制を整備することは二律背反なところがあり、難易度が高いチャレンジだと思います。篠田さんがほぼ日の事業と組織をどんなふうに見ているか、教えてもらえますか?

篠田:ほぼ日の事業は、ウェブメディアでオリジナルコンテンツを発信して生活者が訪れたくなる「場」をつくり、そこでオリジナル商品を販売しています。つまり、ウェブ上で行う純粋なBtoC ビジネスです。その形態であるが故に、いわゆるピラミッド型の組織を必ずしも必要としない事業だと思いますね。

どういうことかと言うと、まずウェブ上で行うビジネスなので、このコンテンツや商品が今どのくらい読まれ、売れているのか、担当者だけでなく社内みんなに瞬時に分かります。問い合わせや感想のメールアドレスも一本化しているから、こちらも担当者が隠しようもありません。さらに、ここ数年はSNS上でも読者の反響にリアルタイムで触れることができます。仕事の結果がすぐ分かる、しかもそれが同僚にも世の中にも見られている、という環境で仕事をしています。

もうひとつの特徴は、BtoCの事業だということです。BtoCでは、コンテンツや商品のつくり手である私たちの信条や組織のあり方まで、受け手に怖いくらい伝わります。逆に、それが指標に表れない味わいや個性になって、喜んでいただける、そういうタイプの仕事です。

ほぼ日が実践するプロジェクトマネジメント方法

神野:世の中のいろいろなBtoC事業の中でも、顧客との距離が極めて近いですね。

篠田:そうなんです。読者や商品のユーザーの反応が仕事の動機になりますし、次のアイデアの源にもなります。エンドユーザーの反応を直接受けた乗組員が、そのまま次の企画を進められるような、フラットな組織形態が向いている事業です。その点で、同じBtoCでも卸経由で販売する事業などとは、必要な組織の建て付けも運営もずいぶん違うと思います。

神野:ほぼ日について「発案者がその企画の“オーナー”として推進役になり、周囲の皆が知恵を出し合ってサポートする」と説明されている記事を読んだことがあります。今のところは役割分担せずに、企画の発案者が一気通貫で責任を全うするという運営の仕方をしているんですね。

篠田:もう、踏ん張ってますね、そこは(笑)。どこまで持つか確信はないですが。

神野:普通はいちスタッフが発案しても、責任者はディレクタークラスなど責任ある立場の方になりますよね。そうではなく、いわば新人でもプロジェクトオーナーになるとすると、仕事の質に差が出ませんか?

篠田:周りが関わらないのなら、もちろんそうでしょうね。社歴18年の人と3カ月の人とでは、プロジェクトマネジメントの技術からほぼ日への理解、受け手への理解まで差があって当然だと思います。

でも、基本的にほぼ日のコンテンツは読み物でも商品でも「生活の中で楽しいもの、心動かされるものを提供しよう」としているので、ネタ元は普段の生活や、そこでの感覚や発見にあるんですね。その意味では、スキルや社歴がどうであれ、生活者としては等しいんです。

それをベースにして皆が協力して、質を保つ運営をしています。架空の例ですが、管理部門担当で企画力もデザイン力もないけれど、主婦として料理が大好きで、あちこち習いに行くうちに「この料理の先生のコンテンツがあったらいいな」と思い付いたとしますよね。それを皆に話して、いいねという人が複数いたなら、少なくともアイデアに“お客さん”がついたことになる。

そうしたら、その人はその事実をもって企画ができる人に相談します。この企画は成立すると判断されれば、「こうすれば形になるね」と膨らませてくれる。この場合は、その時点で実質的な企画のオーナーシップはその企画担当に移りますが、発案者は最初の客として企画に関わり続けます。プロジェクト内に常にテストユーザーがいるような形で、最初の動機の純粋さを保つ役割を担うんです。

神野:なるほど。発案者は動機の純粋さを保つ役割で、仕事の質を担保する役割とは分かれていてもいいんですね。具体的にその過程がスムーズにいくような仕組みはあるんでしょうか?

篠田:ある程度の完成形になる前に社内で見てもらうという最低限のステップはありますが、それ以前に常日頃から横の目が入りやすくなっていますね。当社は4カ月に一度、くじ引きで席替えをしているんですよ。それから、毎週火曜日は給食があって、そろって同じお昼を食べています。そうやっていろいろな人とランダムにおしゃべりする場面がたくさんあるので、お互いに今どんな仕事をしているのかが自然と分かるんです。

そうすると、自分も周りも「この企画、なんか足りないかも?」ということに早いタイミングで気付きやすくなったり、「これはこういうことだよね」という解釈の話が日常会話に出てくるようになったりする。だから経験の浅い人が担当する仕事でも、あるべき姿から大幅に外れてから発覚するといったことは少ないですね。

アイデアを生み出し続けられるのはどんな組織?

神野:どの部門の人でも、自分がやりたいことを実現できる可能性があるのは素晴らしいですね。しかし、そのような柔軟さやフラットさは、組織が大きくなると維持が難しくなるのではないでしょうか。

篠田:確かに簡単ではないでしょうね。でも、役割の柔軟さのほうは分かりませんが、フラットさを維持したまま組織を大きくしたお手本があるんです。それはリクルートのメディア事業です。以前聞いた話ですが、当時クーポン情報誌「ホットペッパー」は地域ごとにつくられていて、営業担当者が一人で企画から受注、記事の制作まで行い、場合によっては請求のフォローまで担っていたとそうです。一人が担う一連の仕事を束ねたのが、例えば広島なら広島のホットペッパー編集部。

それが全国でエリアの数だけ行われていたんです。一人の仕事と組織全体が相似形になっている、フラットな組織構造ですね。顧客に価値が届くまでに必要なさまざまな機能を一人でできるというのは、メディア事業ならではの特性です。それを生かしたまま、事業と組織を大きくしていった。当社とは商売の仕方がまったく違いますが、メディア事業であることと、一人の仕事と全体が相似形になっているという組織の基本的な構造が似ていると考えています。

これと対照的なのが、いわゆる伝統的な製造業などの事業と組織です。メディア事業と比較すると、製造業では利益を出すためにどうしても一気に規模を獲得しないといけない。そのために、研究開発、製造、営業、アフターサービスなど機能で組織を分けて、それぞれ専門性を高めて全体を速く大きくするという方法を採ります。

機能で組織を分けると、それらを統合する経営トップの負担がとても大きい。トップ以外の社員は、顧客に価値が届くまでに必要なさまざまな機能のうちのごく一部しか知らないのですから。こうした事業と組織を統合するために、トップダウンの指揮命令系統、規程などのルール、予算管理の枠組みといったツールが必要になる…と私は理解しています。

神野:メーカーにも在籍されていたから、その実感もあるのでしょうね。

篠田:ええ、欧州系のグローバル製造業で、その末端にいましたから、もう毎日ルールや命令が上からばんばん降ってくるんですよ。当時はそういうマネージメントしか知らなかったけど、糸井事務所で経験を積むうちに、やはり事業が違えば組織マネージメントの仕方やツールも違うし、人材への期待も違うんだなと理解するようになりました。

ちょっと話が大きくなってしまいますが、アイデアでユーザーの心を動かすことが価値になる事業は、当社のようなメディア事業やBtoC事業だけではなく、実はプロフェッショナルファームもそうでしょうし、家電メーカーでさえもそうなんだろうと思います。

例えば日本の家電メーカーのバルミューダはトースターが人気で、「ほぼ日」でも糸井がバルミューダの社長と対談したり、通販で扱ったりしましたが、同社も決して技術自体を売っているんじゃない。「どういう生活だったらうれしいのか」というコンセプトが本当の価値であって、それを実現するために技術を開発しています。心を動かすアイデアが、本質的な価値の源なんですね。アイデアが豊富な事業は顧客に喜ばれるし、働く人から見てより魅力的な職場にもなっていると思います。

また、上位職の出すアイデアが必ずよくてスタッフレベルの人のアイデアがいつもダメ、なんてことはないし、アイデアを出す専門部署をつくってもあまり意味はないです。アイデアの実現には事業のあらゆる機能を動員する必要がありますよね。特定の役職者や部署が出したアイデアを会社として実現しようとしても、機能別に分かれた組織を動かすのはなかなか大変だからです。このように、アイデア豊富な事業の運営は、従来型組織とは折り合わないところがあって、各社が試行錯誤しているのではないでしょうか。

神野:今の話はすごく示唆に富んでいると思います。私も常日頃多くのメーカーの方と話す機会がありますが、皆さんが抱えている課題だと感じます。モノづくりの基本的な役割が、モノをつくるのではなく、生活の中の「あったらいいな」をつくることになっていかないと生き残れないという時代ですね。顧客視点を重視するということでもあります。

ほぼ日が“らしさ”と多様性を両立させている秘訣

神野:私がかつて新規事業の立ち上げをやっていた際に、組織の規模とルールについて感じたことがあります。40人規模だった会社が3年ぐらいで200人規模にまで拡大したのですが、40人の頃は、極論すれば明文化されたルールなんてなくても家族みたいに「常識」でまとまれた。それが80人ぐらいになるとルールが欲しくなって、200人だとそれなりの会社組織になったと感じましたね(笑)。ルールをつくりながら、会社が私的な組織から公的な組織に脱皮していくような感覚を持っていました。

「ほぼ日」では、組織をひとつの船に見立てて、スタッフを“乗組員”と呼ぶのも特徴的ですよね。今は全部で何人くらい乗組員がいるのですか?

篠田:アルバイトを入れて、80人くらいです。それこそ、かつてはルールが要らなかったところでも、やっぱりこれはルールがないとやりにくいね、という場面も出始めています。成長痛だなと思います。

それでも、やはり同じエネルギーをかけるなら、ルールをつくって守らせる努力ではなく、なぜそうなのかという原理原則を浸透させる方にマネージメントエフォートを使いたい。コンテンツの受け手とじかに接して、伝わって初めて価値が生まれるという事業だから、表面上ではなく個々人がちゃんと原則を理解して判断できるようにならないと、すぐ立ち行かなくなるでしょう。

神野:ルールをつくって守らせるだけでは、本質的な組織のまとまりはつくれないですね。原理原則の浸透度が、個性を維持しながら拡大するためのチェックポイントのひとつかもしれないですね。そうした原理原則の浸透のために、どのような工夫をされていますか?

篠田:糸井の発信によるところが大きいです。一番は「水曜ミーティング」といって、毎週1時間から1時間半、乗組員に向けて糸井がそのとき考えていることを話すんです。

神野:そうなんですね! 毎週1時間って、けっこう大変ではないですか?

篠田:はい。糸井も皆に話したいことがたくさんある時期もあれば、そうでない時期もありますから、実際に前日に気が重そうな様子でいるときもあります(笑)。本人も、社長としていちばんしんどいのは水曜ミーティングだと。

でも同時に、いちばん大事にしている仕事もこれだと言うんです。社長として1週間でどれだけ成長したかを社員に見せ続ける場だと。皆はそれを通して、糸井事務所のものの考え方を身に付けていく。

加えて、糸井が毎日ほぼ日に書き続けている一日限定で公開するコラム「今日のダーリン」があります。これは読者向けですけど、社員にとっては社長の発信が1年365日、18年分あるともいえます。そういう意味では、ほぼ日のまとまりの源ですよね。仮にすごいクリエーティブ力が優れている人でも、糸井の発信内容に共感できなかったら耐えられないと思いますよ。

神野:なるほど。先ほどプロジェクトの進め方の話をききながら感じていた疑問が、少し解消しました。皆が自分の生活者的な感覚を頼りに自由に発想しているのに、それぞれの企画がばらけていかない。ほぼ日らしさというか、ほぼ日として世に送り出すものとしてどうなのか、という視点が養われている。それは、こうした努力と無縁ではないですね。


後編では、引き続き糸井さんの“言語化”への取り組みから、ほぼ日での評価軸や採用についてまで幅広く伺っていきます。