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夢をかなえる「見える」のイノベーション

2016/07/01

日本発のイノベーティブな事業を展開するベンチャー企業を訪ね、事業にかける思いや、未来の社会について考える連続インタビュー企画。初回は、視力矯正用のコンタクトレンズ「オルソケラトロジーレンズ」をはじめ、眼科医療機器分野で異彩を放つユニバーサルビューのお二人に、電通の京井良彦が話を聞きました。

「目が悪い」だけで夢を諦める子どもの力になりたい

京井:ユニバーサルビューは今年で16年目ですね。スタートアップというイメージで紹介すると失礼かもしれませんが、事業立ち上げの経緯を教えてください。

見川: 2001年、私がひとりで立ち上げたのが発端です。それ以前、私は地元の山口県の眼科医院で、臨床技術者として働いていました。

通常、視力矯正には眼鏡、コンタクトレンズ、レーシック手術の三つの方法があります。でも、レーシック手術は18歳以上でないと受けられないので、パイロットなど一定の裸眼視力が必要な職業に就きたくても、諦めざるを得ない子どももいます。僕は臨床の現場で、そうした子どもたちの悩みを目の当たりにしてきました。

そんな折、米国では、寝ている間に“寝グセ”みたいに角膜に型をつけるオルソケラトロジーレンズが普及していることを知ったんです。これなら子どもでも使え、第4の視力矯正法になる。しかも角膜は代謝組織なので、むしろ代謝が活発で角膜が柔軟な子どもの方が効果が出やすく、早く始めるほど視力低下の進行も抑えられるという学会発表が続いています。まだ日本では厚生労働省の医療機器承認が下りていなかったため、なんとか彼らの力になるべく輸入代行業を始めました。

オルソケラトロジーレンズは、就寝時に装用すると角膜の形状が矯正され、日中は「裸眼」で生活することができるというコンタクトレンズ。ユニバーサルビューのオルソケラトロジーレンズ「ブレスオーコレクト」(総販売元:東レ)は、現在約5割の市場シェアを誇る。

京井:輸入代行に留まらず、それを機に日本人向けレンズの独自開発に着手されたところに信念の強さを感じます。国内承認はハードルが高いですよね。

見川:はい。2012年に最終的に承認が下りましたが、それには億単位の資金が必要になるので、最初から狙っていたわけではありません。輸入レンズでも、先生方や患者さんの口コミで、2年ほどの間に全国70施設くらいに広がりました。しかし現場の声を聞くうちに、素材が硬くて酸素透過性が低く、デザインも欧米人の角膜に合わせてある輸入レンズには限界があると感じるようになったんです。

開発もビジネスも「逆を行く」から突出する

見川:特に大きかったのは、患者さんの親御さんの思いです。レンズが硬いと「子どもが寝ている間に割れたらどうしよう」という心配があるし、先生方も、やはり国内承認があれば親御さんに安心いただいた上で処方できると。そこで2003年くらいから、国内承認と独自開発を考え始めました。

どうしても使いたい理想的な素材が東レさんにあったので、極小企業ですが何とかつてをたどり、最終的に当時の副社長が会ってくださったときには、もう直談判です。「当社として世の中にこのレンズを出すためには、御社に素材提供いただくしかない、そうでないと目の前で夢をかなえたい人たちが途方に暮れてしまう」と。その場で了承を頂き、臨床試験(治験)のために有償で素材を提供いただくことになって、開発が大きく動きました。

鈴木:私はちょうどその後くらい、見川が慣れない資金調達に孤軍奮闘していた2006年に参画しました。医療系の投資コンサルティングをしていた縁で見川に出会い、事業性とその熱い思いに共感したのです。以降、私が資金調達や治験のための組織づくりなどの経営を担い、見川は研究開発に専念するようになりました。2009年からは、東レさんにも出資いただいています。

京井:見川さんの言葉の端々から「人を助けたい」という強い気持ちが伝わってきます。オルソケラトロジーもひとつの手段ですが、ユニバーサルビューが提供しているのは「見えることの先にあるそれぞれの夢」という価値ですよね。そんな熱意がそのままビジネスに転換されているんだと思います。先ほど“親御さん”の話が出てきました。子どもをターゲットにするというのは、当初からの戦略なのでしょうか?

見川:そう、そこはとても重要です。僕自身は、たとえば駅前の地図を見て悩んでいる人がいたら必ず声をかけるくらい、とにかく困った人がいたら放っておけない。だけど、「助けたい」だけでビジネスは成立しません。そのバランスを取るためには、トータルで考えていかないといけない。

普通、目が良くなった、悪くなったというのは、周りにはさほど伝わらないものです。でも子どもの場合は別です。ものを見るのに目を細めてしかめっ面になっていたのが、視力が回復すると本人の表情が変わります。するとずっと心配していた親御さんの喜びは、もっと大きいんですね。子どもへの処方は、そういう意味で満足度が高いんです。そして眼科医が感謝され、信頼度も増し、おこがましいかもしれませんが、先生方も「治療してよかったな」と満足していただける。すると、もっとこの技術は広まります。

京井:オルソケラトロジーの仕組みは、角膜に型をはめて維持するという考え方で、極めてシンプルですよね。多くの業界がテクノロジーを駆使してサービスの進化を模索する中、ともすれば“ローテク”な解決策の提供は、課題の本質とは何かということを考えさせられます。

見川:皆と逆をいくことで突出する解決策もある。これはマーケティングとしても大事だと思っています。

鈴木:見川は意外と戦略家なんですよ(笑)。私がまだ加わる前ですが、田舎町の眼科にたくさん通ってくるおじいちゃん、おばあちゃんに手作りのDMを渡したり、相手によってはお孫さんにこんな視力回復の治療がありますよ、とお知らせしたり。人の心をつかむというか、ファンをつくるのがうまいんですね。

京井:開発者が起点となって、ファンをベースとしたエンゲージメントが構築されていったという感じですね。

見川:先生方にも、とにかく紹介、紹介で一人一人にじっくりアプローチしていきました。一人に熱心になると、その先生を紹介してくれた先生の顔も立てることになりますよね。そうやってどんどん味方を増やしていった。それも、考えてみれば最新の手法を活用した宣伝とは真逆でしたね。

シンプルなアイデアによるイノベーションで、海外にも大きなビジネスチャンスが

京井:もう一つ、ユニバーサルビューで世の中を変えるほど革新的な製品だと思うのは「ピンホールコンタクトレンズ」です。同じレンズで近視、遠視、乱視、老眼にも対応する、度数を持たないレンズということですよね?

見川:ええ。これも原理はとてもシンプルです。ピンホールカメラの原理を応用し、小さい穴をたくさん開けて、それで焦点深度を変えて見ることで、1種類で近くにも遠くにもピントが合うようになります。2018年ごろの商品化を目指しているところです。

鈴木:このピンホールコンタクトレンズは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成金や産業革新機構から出資も受けて開発を行っていますが、日本の技術をもとに世界初のレンズを提供することを目指しています。国内だと、これは老眼が始まった方々に大きな市場性があります。加えてグローバルでは、特にまだ視力矯正の治療自体が普及していない開発途上国にニーズがあります。途上国では概して、医師の数や視力診断の機器が十分ではありません。でもこれなら、複雑な診断は要らないですし、レンズもたくさんの度数や種類を仕入れる必要がありません。普通のコンタクトレンズを飛ばして、このレンズが普及する可能性は高いと考えています。

京井:ピンホールコンタクトレンズも、シンプルなアイデアによるイノベーションの典型的なものだと思います。テクノロジーを駆使する方向に逆らって、そもそもの着眼点を変えることで革新的なサービスが生み出されていることに、本当に感嘆します。

鈴木:われわれは企業理念として「『見える』を通して世界の人々・社会を幸せにする」ことが使命だと宣言しています。視力を回復することがゴールなら、また違う方向性があるのでしょうが、視覚の質が上がった先にある夢や可能性、豊かさを提供することを目指しているので、見川の発想力もいっそう生きているのかもしれません。先の海外の話も、ハイテクよりむしろローテクな機器だから発展途上国でも使えるわけですし、同じ考え方で、経験の浅い先生でもできる手術や処方、手術ができない地域に手術場をつくる策なども今後の開発案件として検討しています。

京井:最後に伺いたいのですが、「見たい」という欲求は、人間の根源的な欲求としてすごく強いと思うんですね。今、テクノロジー分野ではARやVRが発展し、ドローンを使って見たこともない視点の景色が見られるといったことも、ある意味で視覚の拡張ではないかと。他社ではコンタクトレンズ型デバイス開発への取り組みも聞かれます。そういった中で、医療領域を超えた「見える」に関しても御社は取り組めるのではと思うのですが、今後はどのように考えられていますか?

鈴木:おっしゃる通り、われわれの技術を使って、視力矯正以外の「見える」質の向上や体験の拡張は十分できると思っていますし、中長期的に取り組みたいところです。今も例えば、緑内障の患者が1日3回以上必要となる点眼をどうしても忘れてしまったりするため、センサーを埋め込んだコンタクトレンズを装用し眼圧が低下すると自動的に点眼するように促すことができるようなものを開発したりしています。その技術は医療以外にも活用できるでしょう。われわれのシンプルな技術を、世界も視野に入れてもっと広く展開していきたい。他の企業とも、得意分野を持ち寄って、柔軟に開発を進めていきたいと思います。

見川:例えばITや宇宙産業といった先進的な領域と掛け合わせて、新しい「見える」体験をつくることには確かに可能性があると思いますね。他社との協業にも興味があります。僕だけでは、そういった領域はたぶん難しい。というのは、僕自身は既存の事象を組み合わせるとか発想の転換で勝負する、ローテクなところが強みだと思うからです。先のマーケティングの話にも通じますが、やっぱり強みがあるところで勝負した方がいい。

でも、ビジネス的な発想だけでは、長く続かないとも思っています。自分たちの理念、「見える」質を変えることで人を助けたいという思いが根本にあり、そこにベクトルが重なることで、事業が前に進んできました。理念とベクトル、どちらが先にあってもいいでしょうが、これらがひもづいて初めて、世の中を変える結果を出せるのではないかと思います。