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未来を創るイノベーターたちNo.2

保育×テクノロジーで変わる、家族コミュニケーション

2016/07/08

日本発のイノベーティブな事業を展開するベンチャー企業を訪ね、事業にかける思いや、未来の社会について考える連続インタビュー企画。今回は、「保育園落ちた日本死ね」ブログをきっかけに一層社会的な注目を集めることとなった保育業界の課題解決に向けて立ち上がったユニファの代表取締役社長・土岐泰之氏を、電通のプランナー・西井美保子氏が訪ねます。

転職、移住、起業。全てのテーマは「家族」

西井:ユニファは、家族をつなぐコミュニケーションメディア「るくみー」や、保育園で活躍する多機能ロボット「MEEBO(みーぼ)」など、「家族×テクノロジー」を軸としたサービスを手掛けています。私も縁あって土岐社長をはじめユニファ社員の皆さんと、ワクワクするさまざまなプロジェクトを一緒に進めていますが、あらためて創業のきっかけを教えてください。

土岐:一番のターニングポイントは、東京から名古屋への移住です。かつて私は、東京の大手商社やコンサルティング会社に勤めていましたが、ある時仕事より家族との時間を優先させようと決意しました。しかし、そうした生活を何年か送るうちに、やはり自分の人生このままでは終われないという思いに駆られ、起業の構想を練り始めました。

西井:なぜ、保育事業の世界に飛び込んだのでしょうか?

土岐:週末を使ったり友人に相談したりしながら考え抜いた末に、自分らしい事業は「家族」だと気付きました。そこから、家族にまつわるさまざまなビジネスプランを考えていた中で、自分と子どものコミュニケーション不足や、子どもが通っている保育園が抱える課題に目が留まりました。当時は特化型のSNSが立ち上がり始めていた時期だったこともあり、子どもをコンテンツの核とした家族のSNSという構想が最終的に出てきました。

背景には、保育園で過ごす子どもの様子を撮影した写真や動画は、どこにもないコンテンツで非常に高い価値があるという確信がありました。今まで見たくても見られなかったコンテンツが日々自動更新されるような、家族のメディアを形にしたのが「るくみー」です。資金も実績もない会社が勝負するには、何をやるかという“What”しかないし、私はそこにこだわり続けてきた自負があります。保育園や幼稚園といった子育て支援業界を巻き込んだ形で、家族コミュニケーションをテクノロジーの力を使って豊かにしていくこと。これこそが、私たちの本質的なミッションであり、Whatだと思っています。

社名(UniFa)の由来は「Unify(一つにする)+Family(家族)」。父としての顔も持つ土岐氏は、「子どもにとっては、愛情をもって見守られていると感じられることが、将来自分を信じて社会に貢献しようとする全ての始まり」と考え、子どもの様子をコンテンツにしたメディアを手掛ける。

西井:広告業界の人間から見ると、Whatが確立された企業は、社会向けて何を発信すべきか、どう見せていくべきかという答えが非常に導き出しやすいです。また、スタートアップは特にそうだと思いますが、事業へのモチベーションが自分事かどうかという当事者意識が重要と感じます。ご自身の思いや保育にまつわるニーズがサービスに反映しているからこそ、「るくみー」が共感されているのかもしれません。競合他社と比較してみて、土岐さんは「るくみー」のどういうところを強みだと考えていますか?

土岐:よく競合だといわれるオンラインで保育園の写真を販売する会社は、運動会やイベントでプロカメラマンが撮影した写真の販売をEコマース化しているというパターンが大多数ですが、私たちは根本的な思想が違います。「るくみー」は保育士さんたちが撮影した園児たちの写真を日々公開していく、日常の写真メディアです。

また、保育士さんがデジカメで撮影して、園児が帰ってからデータをアップしたり印刷したりするところを、スマートフォンで撮影した写真が自動でアップされるようにするなど、現場の手間を極力ゼロに近づけるために開発を行ってきました。誰のためにシステムを作っているかという観点ではまったく違うサービスなので、その意味でも競合はいない、と思っています。

西井:スマートフォンの普及などにより、コミュニケーション自体の主流がテキストではなく写真や動画になってきており、「非言語コミュニケーション」が進んでいる傾向を考えると、写真をコミュニケーションツールにするというサービスは今後より一層の伸びが期待できるマーケットだと思います。そうした流れをうまく捉えつつ、特に子どもの写真は家族の記録でもあり、家族の記憶つまり思い出にもなるというところが、重要なポイントでしょうね。

マーケティングに視点を置いてみると、核家族や共働き世帯が増えている時代だからこそ家族コミュニケーションのニーズがあるのだと思います。

民間だからこそできる保育現場の課題解決

西井:自分のことに目を落としてみると、私はまだ自分自身に子どもはいませんが、今後を考える働く女性社員として現在の保育状況について不安が強いです。土岐さんは、保育の現状をどのように捉えていますか?

土岐:保育士が圧倒的に不足し、給料は安く、労働は時間的にも肉体的にも厳しいというたくさんの課題を抱えながら、解決策を誰も立てられていないという、珍しいほど深刻な状況だと思います。介護業界にも同じような問題はありますが、この二つに関してはまだまだ解決には時間がかかるでしょう。ただ、その本質的な原因の一つは経済的な理由にあると考えていて、私たちも解決に向けて貢献していきたいと思っています。

西井:労働環境や給与問題に加え、人口ピラミッドとして相対的にボリュームの大きい介護問題の方が注目を集めている中、あえて民間企業が保育の最前線に参入するのはなぜでしょうか?

土岐:税金を投じるだけでは解決が難しい状況で、私たちが着手していることが二つあります。まず、人手が足りていない割に書類業務が膨大にあるという問題。これは業務の在り方そのものを変えていかないといけません。そこで、開発を進めているのが、スマートフォンを使ったデジタルおたより帳サービスです。

そもそも、保育士の仕事の本質は書類作成ではなく、子どもが安心・安全に過ごせているのか、何ができるようになったのかなどを見守ることです。また現場の実態から、これまでは園児を片手に抱きながらでも書ける紙のおたより帳が使われ、保育士さんたちも手書きの温かさや良さを知り尽くしてきました。

しかし、子どもに作ってあげる首飾りは紙の方がすてきな一方で、おたより帳が手書きである必然性は本当にあるのでしょうか。私は親の立場としても、子どもの様子を家族に伝える上で、10行の文章を書くより3枚の写真で伝えられることの方が多いんじゃないかと思ったんです。そうした工夫で書類仕事を限りなくゼロに近づけることで、保育士の皆さんが子どもと接する時間が増え、保育の本質を全うできるようにしていきたいと考えています。

ユニファが開発した園児見守りロボット「MEEBO(みーぼ)」。親しみやすいルックスを生かした写真撮影機能のほか、検温、地震速報などの機能も備えており、すでに幼稚園や保育園など全国で20施設を越える導入実績がある。

もう一つの狙いは、このデジタル化したおたより帳を保育園で撮影した子どもの写真や動画を見られるプラットフォームにすることです。両親だけでなく、祖父母など家族みんなが見られるメディアを作り、有料コンテンツの提供や、子育て世代に向けた広告やスポンサーなどによる収益化を考えています。また、特に保育園に子どもを預けている両親は、共働きでお金はあるのに子どもに習い事などをさせたくても付き添いなどの時間がない、というインサイトがあります。そういうところをうまく橋渡しできるビジネスはまだないので、これらをしっかりと収益化して保育士の給与に還元していくところまでを視野に入れています。行政ができないこともあるという意味では、保育の世界にも多くのビジネスチャンスはあると思います。

社会に受け入れられるイノベーションとは?

西井:もともと個人的に教育分野において課題意識が強く、初めて土岐さんに会ってこうした議論をしたときから、私にとって「これは社会を変える一歩になるライフワークだ!」と、勝手に使命感を感じました。

土岐:以前、西井さんからユニファの成長ストーリーをどう描くかという提案を頂いたとき、「北極星」という表現をされていたのが印象的でしたね。私たちが作る家族メディアが、北極星をどのように描いて、どういうステップを踏んで理想を実現していくのかという話は、私の考えていたことと非常に近かったんです。思考の親和性というか、物事を組み立てていく中で、この人なら一緒に戦えるかもしれないという思いを抱きました。

西井:私もユニファのWhatを具現化するべく、デジタルおたより帳の開発をはじめ、社会的に単純に“良いこと”で終わらない持続可能な事業を一緒につくっていければと思っていますが、保育の問題はここで変わらなかったらこの先も変わらないという気持ちで向き合っています。教育現場にはいろいろな課題がありますが、少子化問題に最も関わり、特に解決すべきなのが保育業界だと思います。

土岐:このプロジェクトでは、社会に浸透するイノベーションを起こすために、どういうアプローチを取るのかがとても重要だと思っています。イノベーションを起こすには時間軸と、人々が全く新しいものに対峙したときの受容力が大切だと思うので、それらを踏まえてさまざまな角度からサービスを設計していかなければなりません。何十年も続いた紙のおたより帳という文化をデジタルに変えるということは、現状より5倍も10倍も良いものでないと、イノベーションはきっと起きません。

このチャレンジは、ITやデジタルの力でゲームやニュースメディア、自動車などの業界が進化してきたように保育や子育て支援業界そのものを変えていくというものです。社会的な文脈や慣習を尊重しながら、to Bである保育事業者にとって革新的で価値の高いサービスを提供し、その上でto Cである子どもやその家族と関わっていきたいと思っています。

西井:電通としては、さまざまなアプリケーション開発などの知見を生かしたUIのデザインや、女性の視点で現場の保育士やママたちを動かすようなマーケティングなどの視点で土岐さんたちをサポートしていきます。“北極星”を見据え続けて、一緒にイノベーションが起きる過程を楽しみたいと思っています。