えぐちりかの世界 #01

「心が動く瞬間」を届けたい

アパレルブランドから書籍や写真集の装丁まで、あらゆる分野のアートディレクションを自由自在に手掛けるのが、いま注目の女性クリエーター、えぐちりかさん。女性ならではのしなやかな感性で、どこか艶っぽく、見る人の琴線に響く独自のデザインを生み出し続けています。現在、東京・文京区の印刷博物館で行われている「グラフィックトライアル2016」に作品を出展(2016年9月11日まで)。作品のテーマやコンセプト、アイデアの源泉、ものづくりに込めた思いなどについて聞きました。

えぐちりかさん

「押し猫」や「剥離する印刷」を経て、「質感の異なるモザイク画」にたどり着いた

――第一線で活躍するクリエーターがさまざまな印刷技術を用いて新しい表現に挑戦する「グラフィックトライアル」。今回えぐちさんが挑戦したのは、立体感と質感の異なる印刷で表現したパッチワークのようなモザイク画です。どのような“実験”を経て、このテーマにたどり着いたのでしょうか?

えぐち:今回は、まず誰でも楽しめる、『足を止めたくなるポスター』にしようと思い、その上で「凸版印刷ならではの技術がなければ表現できないビジュアルを」と考えていきました。

「グラフィックトライアル」は、凸版印刷の優秀なプリンティングディレクターと進行担当の方が付いてくださり、普段のお仕事ではできないような印刷を、これでもかというぐらいぜいたくに試せる機会です。おそらく人生で二度とないくらいのトライアルの場なので、やってみたいことをどんどん相談していきました。

最初に考えたのは、インクを盛り上げて印刷したものをつぶして完成させる、押し花のようなもの。「押し猫」とか「押し富士山」とか(笑)、見たことのないものができるんじゃないかと思いました。他にも、フロッキー印刷で産毛やしわのようなテクスチャーが再現された人の顔など、いろいろなアイデアを出しました。

えぐちりかさん

そうこうしているうちにたどり着いたのが、「剥離する印刷」というテーマ。ポスターというのは、基本的に劣化しないようにできていますが、時間がたつと、汚れたり傷ついたりすることもあるわけで。よく昔の油絵の下から、さらに昔の絵が出てくることがありますが、そんなことがポスターでできたら面白いなあと思いました。

そこで、プリンティングディレクターの長谷川さんに「二つのビジュアルを重ねて印刷し、上のビジュアルが徐々に剥がれてきて二つのビジュアルが混ざり合っていくポスターを作りたい」と相談しました。いろいろ試していただいたのですが、これがなかなか思うようにいかなくて。私がイメージしていたのは、触ると粉が手について、少しずつ剥がれ落ちていくような印刷でしたが、印刷というのはよくできていて、スクラッチのようにコインや爪でしっかり削らないと剥がれなかったんです。壁に張ってあるポスターをガリガリ削るというのはちょっと不自然だなあと思い、結局、この方向性は断念しました。

そこからガラッと発想を変えて思いついたのが、モザイクを質感の表現で見せるアイデアでした。「剥離する印刷」にトライしていたときに、シルクスクリーンにガラスビーズを混ぜたものや、ニスを厚盛りにしたものなど、面白いテクスチャーの印刷をたくさん見せていただいて…。それを眺めているうちに、それ自体が面白く感じて、さまざまなテクスチャーをパッチワークのように集めて一枚の絵を作りたいと思ったんです。

厚みがあるもの、ザラザラしたものなど、さまざまなテクスチャーがあり、見る角度によって表情が変わる。
厚みがあるもの、ザラザラしたものなど、さまざまなテクスチャーがあり、見る角度によって表情が変わる。

想像をかき立てる、モザイクの持つ魅力とは

――なぜ、裸婦とモザイクを組み合わせようと思ったのでしょうか?

えぐち:モザイクというものは、女性のヌードに部分的にかけられるものという印象があるので、部分的ではなく、全部をモザイクにすることで、「どんな人なのか」「かわいいのか」「どんな場所なのか」と想像が膨らみ、より魅力的に表現できるんじゃないかと思いました。

パッと見た時は、質感の違う配色のきれいなカラーを集めたキュビズムの絵画のようなものに見えて、近づいたり離れたりしながら見ているうちに、それが裸婦であるということが分かってくる。

モザイクの中には、偏光パールなど、コスト面から普段あまり積極的に使わない印刷も混じっているのですが、角度によって色や光沢が変化するので、モニターでは表現できない、印刷だからこそ伝わる作品になったかなと思います。

「グラフィックトライアル」の作品の一つ。今回の作品は、1枚につき11~13もの版を重ねている。「通常のお仕事は、だいたい4版でやっています。できて4色+特色1色の5版が精いっぱい。こんなに版を使えるなんて夢のよう」とえぐちさん。
「グラフィックトライアル」の作品の一つ。今回の作品は、1枚につき11~13もの版を重ねている。「通常のお仕事は、だいたい4版でやっています。できて4色+特色1色の5版が精いっぱい。こんなに版を使えるなんて夢のよう」とえぐちさん。

余談ですが、社内で作業をしていたとき、いろいろな方に「これ、なんの仕事?」「なにをつくっているの?」とたくさん声をかけらました。普段は気にせず通り過ぎていくような方たちも足を止めて興味を示してくれて(笑)。モザイクって、はっきり分からないからこそ知りたいという気持ちをかき立てるのかもしれませんね。

私は、広告でもアートでも、この「なんだろう?」を、とても大事にしています。特に広告は、積極的に見たいものではないですよね。それでも見てもらうためには、一瞬のインパクトや、掴みがすごく重要で。そこからさらに、それを理解して好きになってもらうために、コンセプトやディテール、読後感までていねいに設計するようにしています。

えぐちさんが手掛けた「PEACH JOHN」春の広告。「春風のいたずら」をテーマにエッジをきかせた表現で、人に見られても動じないほど魅力的な下着ということを訴求している。決していやらしくない、キュートかつ、すがすがしいイメージに仕上がっている。
「PEACH JOHN」秋の広告。「AUTUMN DOLCE」をテーマにPEACH JOHNの下着を身に着けて、部屋でくつろぐ女性を12個のドルチェに見立てて表現している。

えぐちさんが手掛けた「PEACH JOHN」春の広告。「春風のいたずら」をテーマにエッジをきかせた表現で、人に見られても動じないほど魅力的な下着ということを訴求している。決していやらしくない、キュートかつ、すがすがしいイメージに仕上がっている。
下段は「PEACH JOHN」秋の広告。「AUTUMN DOLCE」をテーマにPEACH JOHNの下着を身に着けて、部屋でくつろぐ女性を12個のドルチェに見立てて表現している。

「心が動く瞬間」を届けたい

――表現をする上でいつも心がけていることはありますか?

えぐち:どんな仕事でも、「心が動く瞬間」を届けたいと思っています。私自身、自分の価値観をガラッと変えられる瞬間が大好きなんですよね。アートや旅行が好きなのもそのせいなのですが、いつもと違う角度から物を見ることで、知っていたはずのものの、知らなかった美しさに気がついて、ハッとさせられることってありますよね? そんな時に私は幸せや喜びを感じます。

「グラフィックトライアル」で扱った、モザイクと裸婦というモチーフは、良いイメージというよりも、場合によっては品のない印象も内包していると思います。けれど、そこに印刷で表現された立体感や質感を加え、美しいものに昇華させる。「PEACH JOHN」の広告では、誰もが知っている「スカートめくり」を、舞い上がる布の動きやカラフルな下着でビューティフルといえるところまで持っていく。

ハッとしたり、心が動いたものってなかなか忘れられないと思うので、そんな価値感がガラっと変わる瞬間を目指して、日頃から、一つ一つの物事に目を留めたきっかけを忘れないようにしたり、なるべくいろんな角度から物を見るようにしています。

#02へ続きます


グラフィックトライアル2016
期間:~9月11日(日)
時間:10:00~18:00
会場:印刷博物館P&Pギャラリー(東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル)
入場料: 無料
休館日:月曜日

グラフィックトライアル2016 in 金沢
期間:10月6日(木)~10月9日(日)
時間:10:00~18:00
会場:金沢美術工芸大学(石川県金沢市小立野5-11-1)
入場料: 無料

その他、仙台、大阪、福岡(西日本工業大学)にて開催予定

プロフィール

  • Eguchi kao
    えぐち りか
    株式会社電通 CDC アートディレクター

    電通でアートディレクターとして働く傍らアーティストとして国内外で作品を発表。
    2014年絵本「パンのおうさま」が発売。
    12年フィギュアスケート髙橋大輔選手の衣装を担当するなど、広告、アート、プロダクト、衣装などさまざまな分野で活動を展開。

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