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進化するEC 新しい時代のあり方とは?No.4

購買データ開放、プロダクトデザイン…LOHACOとメーカーの共創がつくる未来のEC

2016/10/03

この連載では13兆円を超える規模に成長した、日本におけるEコマース市場のキーパーソンに、今後どのような強みをもって生活者と向き合っていくのか話を聞いていきます。最終回は、オフィス用品のアスクルが手がける、B to Cの日用品Eコマースサービス「LOHACO」を訪ねました。同サービスを統括するアスクル取締役の吉岡晃氏が目指す“第4のEC”とは。


 

メーカーに購買データを公開するEコマース?

神野: 2012年にスタートした「LOHACO」は、旧来の業界構造にとらわれず、メーカーと流通の協働体制を構築しながらユーザーに対して新しい価値を提示し、この4年で年商は300億円を超えて、日本の主な個人向けEコマースの一つになっていると思います。一方でEコマース市場全体を見ると、今後も市場規模は伸長していくものの、ユーザーからは商品数の拡大やスピード配送の拡充などといった画一的な基準での評価ではなく、各サービスが特色を出すことを一層求められるのではと考えています。現在の状況を、どうご覧になっていますか?

吉岡:確かにこの20年で、Eコマースは私たちの生活に欠かせないものになってきました。趣味性、嗜好性の高い限られた商品から、生活雑貨や食品、さらにドラッグストアが扱う医薬品にまで品目が広がり、流通全体の完全なるパラダイムチェンジが起こっています。価格や配送エリア、そのスピードなども、各社がかなり追求してきました。

神野:LOHACOでは、オフィス用品などBtoBの通販事業であるASKULでのノウハウがあることが大きいですよね。自社で所有している物流センターもあります。

吉岡:そうですね。それに加えて、ヤフーの協力によるネット上での大きな集客力をもとに、短期間で一定のご支持を得てきました。ただ、どの企業のサービスも便利さが一定の水準になったからこそ、「今後どう動くか」が今問われていると思います。お客様がさらなる便利さや効率を求めているのか、もしくはある程度の便利さは前提としつつ、もっと生活が豊かになるとか幸せになるとか、そういった付加価値が求められているのか。

私たちは当初、「当日・翌日お届け」とメーカー直接取引による商品価格を訴求することで一定の成長をさせてきましたが、今後は利便性より豊かさを求めるお客様にも注目して、豊かなライフスタイルの提案も進めていく考えです。メーカーと直接つながっていることをもっと生かし、メーカーとお客様とを直結する存在になりたいと思っています。

神野:メーカーのニーズと、それに対してLOHACOがどう応えているのかをうかがえますか?

吉岡:メーカーと話をしていると次の三つを重視されているように思います。まず、①市場におけるシェアの拡大。次に、②商品の付加価値を高める。そして、③在庫廃棄の回避です。世の中のトレンドの変化は激しく、改廃が激しい商品もあるので、廃棄される商品在庫は少なくありません。廃棄は結局のところコストとしてお客様に跳ね返ります。

当社は、社長の岩田彰一郎が元々生活用品メーカーのマーケターだったこともあって、こうした課題をまず明確に見据えていました。LOHACOでは、ビッグデータをオープンにすることでこれらの解決を図れないかと、はじめから考えていました。

参加企業の売り上げが平均200%アップ「LOHACO EC マーケティングラボ」

神野:ネットビジネスの事業者にとって、データは極めて重要な資産ですが、それをすべてオープンにされていることはLOHACOの大きな特徴であり、英断だと感じます。元々そういう構想を持っていたのですか?

吉岡:はい。Eコマースは棚の制約がなく、お客様の行動をつぶさに“見える化”できるので、売れそうな兆しを確実に捉えてスモールスタートでコミュニケーションをとり、商品を長い目線で育てていくことができます。そうすることで、廃棄ロスも下がりますし、お客様にとっての付加価値も高まります。

こうした考えを打ち出していくと、メーカー側にも私たちが単に安売りしたいのではないと分かってもらえますね。マーケティングチャネルとして組む価値があると捉えていただけていると思います。

神野:メーカーと直接つながっていることを生かす、という点をまさに具現化しているのが、個人情報を除いたLOHACOの購買データをメーカーに開示している「LOHACO EC マーケティングラボ」(以下、ラボ)というメーカーとの共創プラットフォームではないかと思います。この取り組みは3年目だそうですが、概要を教えていただけますか?

他企業との共創プロジェクトはオンラインで進むケースも多いが、「LOHACO EC マーケティングラボ」はアスクル社内に実際に“場”が設けられている。参画メーカーはIDカードで自由に出入りし、この場でのみオープンにされているビッグデータにアクセスしたり、他メーカーと商談したりもできる。

吉岡:2014年1月に12社の参画を得てスタートし、そこから1社も抜けることなく拡大を続けて、今年は100社が会員になっています。ただデータをオープンにしているだけでは、活用する人のスキルによって成果が変わってきますが、ラボでは私たちのほうで効果的に成果が得られる複数のプログラムを用意しています。参加企業は平均で前期比倍以上の売り上げを出しています。

神野:御社が主催する勉強会なども、よく行われているんですか?

吉岡:そうですね。商品開発やデータ分析、広告プロモーションといったテーマ別で分科会を開き、当社が専門の研究員を置いています。同時にメーカー側からも分科会のリーダーを出してもらっていますね。当初は私たちがリードする形でしたが、今ではどんどんメーカー主導になっていて、メーカー同士で個別の商談もどんどん生まれています。

プロダクトデザインまで行う徹底したユーザー視点

神野:メーカー同士の商談とは、例えばどのようなものですか?

吉岡:例を挙げると、朝食という切り口でデータを見ると、野菜ジュースとシリアルは併買率がとても高いと分かります。あるいは介護の切り口なら、介護用おむつと介護食は相性がいい。これに気付いた各メーカー同士が「まとめ割」の販売を検討し、私たちにご提案いただけるといったケースです。

LOHACOで提供している「まとめ割」には、一つのメーカーが異なるカテゴリの商品をまとめたセットのほかに、メーカーの壁を越えて「忙しい女性・ママ応援!」といったテーマごとに商品を束ねたセットもあるのです。これは前述の、私たちが用意しているラボの販売プログラムのひとつですが、リアル店舗の棚では容易に実現しにくい企画のようです。

神野:この連載に際して、電通で実施したEコマースユーザーのアンケートでも、LOHACOでのまとめ買いに対する評価がとても高かったのですが、その理由が分かりました。売り手都合の押しつけのまとめ買いではなく、ユーザーが欲しいものをお得にまとめているからこその評価だったのですね。流通だけではできなかったことを、複数のメーカーを巻き込むことで実現されて、ユーザーメリットにつながっている。

ラボのプログラムには、他にどういったものがあるのですか?

吉岡:カテゴリ・商品間の併買状況や、購入者の属性などが全てデータで分かるので、それらを元にターゲットを絞り込んだサンプリングのプログラムは、高確率でその後の購買につながっています。サンプリング時にレビュー投稿を促せば、本腰を入れて販売するときの後押しにもなります。

それから、先ほど「在庫廃棄の回避」というメーカーのニーズを挙げましたが、これに生かしているのがアウトレットです。お客様には“アウトレット”という言葉で在庫処分品を安く買えるように仕立てていますが、有料サンプリングと見ることもできます。たとえ安さに引かれたとしても、購入者は改良品の有望な潜在顧客ともいえるので、その後のアプローチには見込みがある。結果的に、廃棄品の量も減らせます。私たちも、商品を捨てるのは社会にとってよろしくないと思っているので、アウトレットの社会的意義は大きいと考えています。

また、リピーターを細かく分析することで、効果の高い独自のインセンティブプログラムを立てることもできます。こういった丁寧なマーケティングが、メーカーに強く支持されていますね。1社の離脱もなくラボが拡大している理由ではないでしょうか。

神野:LOHACOとメーカーとの取り組みでは、商品開発でも注目が集まっています。LOHACOとASKUL限定の「くらしに馴染むデザイン」シリーズは、非常に売れているそうですね。

吉岡:昨年秋、デザインイベント「TOKYO DESIGN WEEK 2015」に、ラボの参画メーカーのうち21社とともにオリジナルのデザイン商品を開発し、出展したんです。元々、LOHACOのお客様から意見を得ながら開発したので、今年はじめの販売も開始後から大きな反響がありました。

Eコマースで扱う商品は、流通店頭で目立つ商品パッケージデザインである必要がありません。お客様のご家庭で、使っていて本当に気持ちがいいデザインって何だろうと、メーカーのデザイナーさんとお客様とともに考えていった結果ですね。アスクルでも以前からデザイン志向の商品開発を行ってきましたが、B to CでもEコマースだからできる商品デザインには大きな可能性があると思っています。

「くらしになじむデザイン」から、キリンビバレッジの健康麦茶「moogy(ムーギー)」、花王の除菌&消臭剤「リセッシュ」のナチュラルストーンデザイン。「例えば消臭剤は出しっ放しにしておける=消費量が増えるという副次的な効果もある」(吉岡氏)といった効果も。

食品・飲料・トイレタリーに加えて医薬や化粧品へ参入

神野:データ分析をベースに、ユーザー視点に基づく発想でヒットを実現されているんですね。パッケージデザインだけでなく、プロダクトデザインそのものにまで踏み込んだ商品もあったと思います。

吉岡:よくご存知ですね(笑)。日本製紙クレシアのトイレットペーパー「スコッティフラワーパック 3倍長持ちロール」は弊社とも協議を重ね、同社の高い技術力で実現いただいた商品です。

トイレットペーパーは家に持ち帰るまでにかさばるのでEコマース向きである一方、輸送時もかさばることから物流コストが大きかったんです。そこで、お客様の「取り替えるのが面倒」という地味な課題に注目し、1ロールあたり3倍巻きにして取り替え頻度が下がる商品を開発したところ、よく売れています。私たちにとっても、積載量が3分の1になることで物流コストの低減というメリットがあり、まさに三方良しなんです。

この以前に弊社で実施した、アスクルオリジナル開発のフィルム包装のティッシュペーパーでの知見も役に立ったと思っております。紙箱をフィルムパックに替えたところ、お客様にも余計なゴミが出ず残量も分かると好評でした。

神野:現在のラボへの参画メーカーをみると、食品や飲料、日用品から医薬品や化粧品、文具まで、日本のナショナルメーカーの代表格がほぼそろっているのも驚きます。カテゴリごとの温度感の変化などは、いかがですか?

吉岡:元々LOHACOが主に扱ってきた食品と飲料、トイレタリーメーカーの取り組みが早かったです。飲料は重いし、トイレットペーパーはかさばるため、そのあたりはEコマースへの移行が早く、生活者や流通の変化を各メーカーも敏感に捉えていました。昨年から今年にかけて、化粧品やドラッグストアで扱える医薬品、ファッション系として下着メーカーからもご参加いただいております。

これらは飲食や日用品に比べれば年間の購入頻度が低く、想起の回数自体も少ない。LOHACOが日常的に使われるEコマースとして育ってきたので、そこで露出する価値をよく理解いただけるようになったのです。高価格帯の化粧品などは、はじめこそブランドイメージを損なうという懸念もありましたが、各ブランドの世界観を生かしたページ作りをすることで、ブランド数が増えていきました。

神野:こうなると、ユーザーにとってもLOHACOはもはや“日用品EC”ではないですね。

吉岡:直近だと季節柄、キャンプ用のテントも売れていますからね。ビッグデータを生かした左脳的な分析と、メーカーと私たち、あるいはメーカー間の共創によって生まれる右脳的な発想で、豊かなライフスタイルを提供できればと思っています。

LOHACOがめざす第4のECとは

神野:最後に、今後の展開を教えてください。直近では8月末から、さらなるユーザーへのサービスとして1時間単位で配送時間を指定できる「Happy On Time」(ハッピー・オン・タイム)を開始しました。この時間指定サービスは、商品購入額が3,000円以上なら無料になります。

先ほどもご紹介したEコマースユーザー対象のアンケートの「あったら利用してみたい商品やサービス」という項目では、「受け取りの日時を指定できるサービス」への意向が約50%に上るなど、時間指定のニーズはとても高かったんです。すぐ届くというより、自分の生活のペースに合わせて受け取りたいという意向がとても強い。

吉岡:おっしゃる通り、時間指定のニーズは根強いです。現在のEコマースのメインユーザーは忙しく働いている世代、それから子育て中のママ層が多いので、2時間の指定枠でもまだ不便というのは分かります。土日でも、午前をまるまる空けるのは難しいですよね。そこで1時間刻みの指定と、30分単位でのお届け予定通知、10分前の直前おしらせも実現しました。

実は、一日24時間すべての時間帯での配送も検討していたのですが、グループインタビューなどではお客様が「深夜はやめて」と。深夜は怖い、近隣に迷惑という意見に加え、ドライバーへの負担も懸念されていました。利便性と同時に、働く人や社会への影響も当たり前に考える時代になっているんですね。このサービスも、実際のニーズに基づいて運用しながら進化させていく予定です。

神野:これからのEコマースは単にモノを並べて売るだけではなく、ユーザーニーズに合った特色のあるサービスを提供していくことが重要であるということを具現化した一つの例だと思います。この先、どういったポジションを狙っていくのでしょうか?

 

吉岡:個人向けEコマースの中でも、私たちが目指しているのは“第4のEC”です。この分類は、ネスレ日本の高岡浩三社長が提唱された考え方ですが、第1がEコマース専業のピュアプレーヤー、第2が既存の店舗型流通が展開する小売Eコマース。第3が、ネスレのようなメーカー直販です。LOHACOが狙うのは、集客力があり、「メーカー直結型」で価値創造ができる第4のEコマースなのです。

神野:まさに「メーカーとユーザーを直接つなげられる」存在ですね。これまでの様々さまざまな革新的なお取り組みをされてきてによって、もうすでに方向性は定まっていますから、これからは規模の拡大をより重視していくのでしょうか?

吉岡:はい、それが目下の課題です。まず、今後もヤフープレミアム会員をはじめとしたヤフーとの連携を強めます。本年8月のソフトバンクモールへのLOHACO出店を契機に、ソフトバンクユーザーをLOHACOへ誘導するなど、有力プラットフォームとの連携も進めてまいります。また、中国アリババ社との連携も加速させ、越境ECも更に拡大させます。そして、ライフスタイル提案を目的としたウェブマガジン「Style LOHACO」のマーケティング的活用も、模索していく予定です。品揃えも、物流センターで在庫している商品をお届けするのみならず、産直グルメなどメーカーや産地から直接お客様にお届けする商品の取扱も増やし、商品の品揃えを増やしていきたいですね。