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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.21

未来ビジョンへと導く経営の羅針盤~ミツカンミュージアム

2023/02/15

シリーズタイトル

ミツカンといえば「味ぽん」でおなじみ、創業219年を誇るお酢づくりの老舗だ。国内でのシェアナンバーワンであることはもちろん、北米、欧州にも販路を持ち、グローバルに日本の食文化を伝えるリーディングカンパニーである。創業の地である愛知県半田市に本社を構え、同社のミュージアム「ミツカンミュージアム(MIM)」も同地にある。経営、そして働く者たちの羅針盤として存在するMIM。半田という創業の地のアイデンティティを大切にしつつ、地元コミュニティと一体化し、共存するこのミュージアムの設立目的や今後の展開について聞いた。

取材と文:井口理(電通PRコンサルティング)

江戸時代から続く老舗の意志を凝縮した施設

創業から200年を超えるミツカンは、江戸時代後期の1804(文化元)年に中野又左衛門(なかの またざえもん)によって愛知県半田市に酢屋として創業した。半田では日本酒製造が盛んであったが、製造後に残る酒かすを用いてお酢をつくり、これが米を使ったお酢よりも安価で旨味や甘味があり寿司によく合うことから地元だけではなく江戸まで拡販され、江戸時代の庶民に寿司が普及するきっかけとなった。

実はミツカンの企業ミュージアムは、「酢の里」として1986(昭和61)年に一度開設されており、江戸時代からの歴史を振り返る資料館となっていた。開設後、皇太子殿下ご夫妻(当時)がご視察され、その後に一般公開された。そして2015年にはその面積を3倍に拡大、体験型要素をたっぷり盛り込んで改修オープンしたのが現在の「ミツカンミュージアム(愛称MIM=ミム)」だ。

ミツカンミュージアム(愛称MIM=ミム)

ミュージアムのコンセプトは「伝統・革新・環境」

MIMのコンセプトは「伝統・革新・環境」。これまでの同社の歩みを振り返りつつ、200年余りの活動を経てさらに目指す革新の芽を提示、併せて全ての活動において環境配慮を忘れないようにしている。

またその役割も三つ規定されており、「ミツカンファンをつくる、エリアの観光資源となる、子どもたちの教育の場となる」としている。創業時から受け継がれている変革と挑戦の歴史を背景に、酢づくりの技術や醸造技術を使った食品による社会貢献を志し、また地域に根差す企業として観光や経済で地域活性化へ貢献し、さらには次世代の子どもたちに日本の食文化の魅力を伝えることを目指している。

ミュージアム設立への8代目の覚悟と細部へのこだわり

「実は改修には相当な覚悟が必要でした」と、同館館長の新美佳久氏。そもそものきっかけは、江戸時代の建屋が当時のまま建ち並ぶ中、従業員の安全のためにも耐震補強が必要になったことにある。しかし江戸時代から続く、文化財としても貴重な建築物を壊すことはためらわれる。特に現状維持にこだわったのが7代目当主だ。しかし200年を経てまだまだその先が続くとなれば、企業としてはやはり従業員の安全の方が大切だと、8代目当主が改修を英断した。木造から鉄筋になったが、外観は以前の蔵と同じで、一帯の景観はなんら変わっていない。先代の思いもしっかりくみ上げたものとなっている。

「8代目の随所へのこだわりも半端なく、壁一枚、床一枚の隅々まで議論しました。ある部分ではかつて愛知県半田市に存在した中埜(なかの)銀行の外壁を使うなど、歴史感を大切に当時の資材もなるべく再利用しています。館内の雰囲気を損なわないよう販促的なポスターなどは一切貼りませんし、外側だけでなく内側も含めてメンテナンスには気を付けています。中庭の草むしりなんかも社員みんなでやっています。館内の清潔さは利用者アンケートでも評価が高いのですが、清掃スタッフも施設を愛してくれていて、隅々まできれいにしてくれます。関係者の愛着がともかくすごいのです」と新美館長は述べている。

景観を損なわない昔ながらの趣を保った周辺の建屋(写真:筆者撮影)
景観を損なわない昔ながらの趣を保った周辺の建屋(写真:筆者撮影)

施設の愛称であるMIMもミツカングループの社員から公募するなど、社員の参加も大切にしている。ロゴはグラフィックデザイナーの佐藤卓氏によるもので、ミツカン半田工場の屋根が連なる姿を表現しているという。

MIMロゴ

ミュージアムは五つのゾーンで展開

ミュージアムは五つのエリアで構成され、それぞれ「大地・風・時・水・光」がテーマとなっている。最初の「大地の蔵」は江戸時代から脈々と受け継がれてきたミツカングループのものづくりの精神を伝えるゾーンである。ここでは、目の前にある大きな桶をのぞき込むと階下にある現代の工場がのぞけるようになっており、タイムトンネル的につながって見える演出もなかなか楽しい。その先のスペースでは桶を担ぐ体験や、たるをたたく音で中に入っている酢の量を当てるクイズなど子どもたちにも楽しい体験型スペースもある。

当時の酢づくりの様子を再現。大きなたるをのぞき込むと現在の工場とつながって見える工夫も
当時の酢づくりの様子を再現。大きなたるをのぞき込むと現在の工場とつながって見える工夫も

次にある「風の回廊」は半田の土地と共に歩んできたミツカングループの歴史を、昔からの地域交流の歴史をたどった写真で伝えている。面白いのは、写真パネルを両端に配した「風の回廊」の正面の窓の外に、その写真にも写っている昔ながらの一本の樹木が見えること。昔からこの地に積み重なってきた幾重もの歴史の存在を、何げない一本の木が示してくれているのである。「風の回廊」に入る前の通路では、水のたゆたう空間に独特な現代デザインの風車の立つ中庭が広がる。ここでは風や水、太陽光などさまざまな自然エネルギーを採り入れており、コンセプトの一つである「環境」に配慮した施設となっている。

風の回廊の一番奥に見える、昔からそこにある一本の木
風の回廊の一番奥に見える、昔からそこにある一本の木

歴史をひもとく最後のゾーンは圧巻の景観を誇る「時の蔵」である。江戸時代から続くミツカングループの変革と挑戦の歩みを、当時にタイムスリップするような空間と映像で見ることができる。会場にある巨大な船は江戸時代に半田から江戸へ酢を運んでいた長さ20メートル、高さ5メートルの大型木造船「弁才船(べざいせん)」である。

船尾から見上げる迫力の弁才船
船尾から見上げる迫力の弁才船

来館者は実際にその船の甲板に上り、3×15メートルの巨大な映像を見ることになる。半田から江戸へと酢を運んだ弁才船が再現されたもので、江戸の寿司文化を花開かせた物語を見るのである。嵐の海を揺れ動く場面では、強烈な風が顔に吹き付けるなどの臨場感も演出されておりアトラクションとしても楽しい。また船の周りの壁面にはミツカンの歴史絵巻もある。

「水のシアター」ではグループビジョンスローガンである「やがて、いのちに変わるもの。」を表現する映像が見られる。「食といのちの春夏秋冬」というテーマで、日本の食が季節の記憶と深く結びついていることを伝えている。この映像は全国各地の四季を一年半かけて撮影しており、出演者はロケ地の地元の人々である。

そして最後のエリアが体験型コンテンツのゾーン「光の庭」となっている。寿司の握り方を学ぶコーナー、自分の顔写真をプリントしたラベルの「味ぽん」をつくれる「味ぽんスタジオ」、さまざまな料理レシピを学ぶスポットなど、特に子どもたちに人気だ。

自らが寿司屋さんに扮(ふん)して体験できるコーナー(左)一番人気の「味ぽんスタジオ」(写真右)
自らが寿司屋さんに扮(ふん)して体験できるコーナー(左)一番人気の「味ぽんスタジオ」(写真右)
コースの最後にあるギフトショップで一番人気の数量限定販売のお酢「純酒粕酢 三ツ判山吹」
コースの最後にあるギフトショップで一番人気の数量限定販売のお酢「純酒粕酢 三ツ判山吹」

五つのゾーンの中で人気なのは「時の蔵」の弁才船、並んで「光の庭」の味ぽんスタジオだそうだ。味ぽんスタジオでは一日にこのオリジナルプリント商品が50本売れることもあり、結婚式の引き出物に購入していくカップルもいる。新美館長は、「他のミュージアムと違うのは見て回るだけでなく、能動的に楽しむ仕掛けが数多くあること」だと言う。「よくミュージアムの館長同士が集まり議論するのが、“学び”に重きを置くか“エンタメ”に振るかということ。当館では、思い出に残すにはやはりエンタメ要素は必要だと考え、ガイドにしてもいかに楽しんでもらえるかを常に考え、努力しています」と語っている。

90分のガイドツアーはあっという間に

ミュージアムの見学は、ガイドが付き添う90分のコースとして楽しむことができる。同館では、実はこのガイドにもかなり力を入れている。参加者の属性に合わせて説明を調整し、来館者の立場になってどう楽しんでもらえるかを常にシミュレーションしているのだ。子どもが多ければ歴史の解説よりも体験コンテンツの時間を増やすなどの工夫をしている。館長自身もいろいろなミュージアムに行っては、そこでのガイドの在り方などをいつも研究しているという。

新美館長によると、このミュージアムがなにより強いのは、そもそもその語りのベースとなる古文書を自ら保有しているからだという。200年余りの記録を残した史料は、一般財団法人をつくって研究もしており、その数は17万点ほど。江戸のどんな時代に何を仕入れたか、売り上げはどのくらいあったのかなどのデータをベースに「時の蔵」はできている。だから、この時代で酢の売り上げは2000両を超えていたなど、具体的なことも語れる。実際に帳簿が残っているからこそできることだ。

ターゲットは小学3年生とその親世代

大人でも十分楽しめる内容であるものの、施設のメインターゲットは実は小学3年生である。「現在のお酢のメインユーザーは60〜70代です。若い子育て世代にどうアプローチしていくか。そこで小学3年生とその保護者が学び、体験し、また家庭でもお酢を使った料理をつくっていただけるきっかけになればと思っています」(新美館長)

お酢へのとっかかりとし親しみやすくするリーフレットも用意。クイズ形式でリラックスしてから見学コースへ
お酢へのとっかかりとして親しみやすくするリーフレットも用意。クイズ形式でリラックスしてから見学コースへ

実際、小学生の見学は盛況で、半田地域のほぼ全ての小学校が社会科見学として訪れるという。実は先に紹介した、桶を担いだり寿司を握ったりといった体験型コンテンツは小学3年生を想定して設計されているとのこと。

従業員や取引先も

このミュージアムは対外的なアピールのみならず、インターナルにも活用されている。200年を超える歴史をまずは社員に学んでもらう場となっているが、それは国内に限らない。海外拠点から出張で来日する社員もほぼ皆ここを訪れ、感動して帰っていくという。イギリスから来日した社員は各所の映像にほれ込み、イギリスの全社員に見せたいと映像を持ち帰った。

「ミュージアム従業員の『MIM』愛はとにかく強く、日頃の改善提案がすごいんです。業務委託の人も、アンケート用紙の置き場がよくないからこっちに置いたらどうかと進言してくれる。もちろん検討し、その提案は30分後には対応しました。また以前ここで働いていたOBが車椅子を寄付してくれたこともあります。自分がいた時に車椅子が足りず、見学できなかった人がいたことがずっと心残りでどうにかしたいと考えていて、ならば常設の車椅子を少しでも増やせればということで。とてもありがたいですね」(新美館長)。退職者までがMIM愛を継続させているのは聞いていてほのぼのする話だ。

またこの見学コースには取引先専用の時間帯もある。特別見学コースがあり、1日2枠で実施しているが、休館日(木曜日)にも駆り出されることが多いという。

ホールディングス会社の直轄部署として運営

ミツカンでは、ミュージアムはホールディングス会社に直接所属する組織となっている。ミツカンのコミュニケーションのハブとなっており、経営に直結しつつも、各部門との連携も密だ。対外的な情報発信の核としては広報部門と、社内研修では人事と連携し、地元コミュニティとの連携ということで総務とも近いポジションにある。さらには取引先との関係構築では、営業との連携も行われる。

ちなみに地元とのつながりでいえば、イベントがあれば必ずそこには参加しているとのこと。地元コミュニティに対しては自分たちがやりたいことをやるのではなく、彼らがやりたいことを手伝うというスタンスで、出すぎないことを心掛けているという。

8月に行われる「キャナルナイト」(写真左) と本社横の運河のほとりでブランチを楽しもうというイベント「HOTORI brunch」(写真右)。
本社横の運河のほとりでブランチを楽しもうというイベント「HOTORI brunch」

経営の羅針盤として

今回いろいろ教えていただいた新美館長は、実はMIMの立ち上げ責任者だという。設立からしばらくミュージアムを離れていたが、2022年の1月に館長に就任した。新美館長はもともとマーケターとしてミツカンに従事しており、企画を考えることが好きで、さらには地元出身ということもあり、半田市エリアでの交渉事などにもよく行くという。2022年3月には同じく宣伝やプロモーション、営業企画などを経験してきた赤松圭氏も異動してきており、そういった人材がここに投入されていることからもミツカンの本気を感じられる。

200年を経て次の100年、さらに創業500年へと企業が存続、拡大していく過程において、経営、そして働く者たちの羅針盤、つまり進むべき道を確認するよりどころとしてこのミュージアムの存在はとても大きい。改修オープンから7年たつが、途中2018年に掲げた「未来ビジョン宣言」をもっと具現化していきたいという思いで、さらにコンテンツを拡充させていく予定だという。常に先を見据えるミツカンの活動を楽しみにしたい。

お話を伺った新美館長
お話を伺った新美館長

【関連記事】
・ミツカンミュージアム 食といのちの春夏秋冬(前編)は、こちら
・ミツカンミュージアム 食といのちの春夏秋冬(後編)は、こちら


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

「お酢」と言われて、あらためて考えた。そういえば「おしょうゆ」とか「おみそ」とか言うなあ、と。「お酒」とか「お米」とか「お花」とかもそうだ。
「お魚」とか「お肉」とか「お布団」とかもそうだ。なんだろう?この気持ちは。

おそらくは「生命を維持していく上でかけがえのない、ありがたい存在」ということなのだと思う。だから、「お」をつける。感謝の気持ちから。その「お」に、企業や生産者は、全力で応える。子どもの頃からぼくらが愛してやまないのは「ミツカンの酢」ではなく、「ミツカンのお酢」なのだ。

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