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サウンドデザインから考えるCXNo.5

EVをサウンドデザインする
VDX Studio×UNMUTE

2023/12/22

エンジン音に替わるEV(電気自動車)の走行音はどうあるべきか?
EVの走行音の違いはドライバーの運転にどのような影響を与えるか?

ドライビングシミュレーター施設「VDX Studio(Virtual Driving eXperience
Studio)」を企画・運営する電通国際情報サービス(ISID)※/エステック(ESTECH)、サウンドデザインに特化したソリューション「UNMUTE」を提供するDentsu Lab Tokyo/STARRYWORKSは、EVの本格的な普及を前にして、EVのサウンドデザインに取り組む共同プロジェクトを始動しました。

※2024年1月1日より、ISIDは電通総研へと社名を変更
 

プロジェクトの中心メンバーである、友安大輔氏(ISID)、姫野信幸氏(ESTECH)、土屋泰洋氏(Dentsu Lab Tokyo)、木村幸司氏(STARRYWORKS)の4人に、現在の活動内容と今後の展望について、横浜市金沢区にあるVDX Studioで聞きました。

VDX Studioの施設概要はこちら
 
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左から、VDX Studioを企画・運営する姫野信幸氏(ESTECH)と友安大輔氏(ISID)、サウンドデザインに特化したソリューション「UNMUTE」を提供する土屋泰洋氏(Dentsu Lab Tokyo)と木村幸司氏(STARRYWORKS)
(座談会は11月16日に行われました)

 

「低騒音化」の次の課題へ

──はじめに、EVのサウンドデザインに取り組む共同プロジェクトは、どのような課題意識と経緯から始まったのでしょうか?

姫野:長い間、自動車の開発においては、音をどう静かにするかという「低騒音化」が課題となってきました。ところが、EVの登場によってエンジン音がなくなると、エンジン音がしなくなったことで、耳につくようになった別の音を消したり、走り心地を演出するためにあえてエンジン音を擬似的に加えたりといった、音を消すだけではなくて、どう積極的に音をデザインして快適な車内環境をつくるのか、いわば「快音化」の課題が浮かび上がりました。

しかし、こうしたサウンドデザインを検証する際に、実際に車を使って検証を行うことには限界があります。例えば、走行時のロードノイズや風切り音の大きさを自由にコントロールしながら、そこに音を足したらどうなるか、といったシミュレーションを、実車を使って行うのはなかなか難しいです。

友安:コンピューター・シミュレーションによる音の評価は、以前から行われていました。しかし、耳から入ってくる音だけで評価するという方法では実は不十分で、特に車に関連する音の評価は、実際に振動から伝わってくる体感や、目から伝わってくる速度感、そういった複合刺激も含めて評価しなければなりません。

そこで、VDX Studioのようなバーチャル環境での評価が重要になります。バーチャル環境といっても、どんなドライビングシミュレーターでもできるわけではなく、高度な再現性が必要となります。VDX Studioは、没入型ディスプレーや振動装置、そして音の再現性にこだわって設計されており、できるだけ実車に近い検証環境をつくることを目指している施設です。

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友安大輔(ともやす だいすけ) 電通国際情報サービス(ISID) 製造ソリューション事業部 先進CAE技術部 部長
入社以来、機構解析を用いた“物の動き”を評価する技術者として製造業の製品開発を支援。また“人の動き”の評価環境開発にも携わるとともに、自動車メーカーとのドライビングシミュレーター共同研究にも参画。現在は「リアルとバーチャルを組み合わせた独自検証技術」として小型ドライビングシミュレーターを用いたソリューション開発を推進中。

土屋:ISIDとESTECHがVDX Studioを開発していたころ、アーティストのスズキユウリさんと私の対談記事がウェブ電通報に掲載されて、その記事の中で、まさにEVのサウンドデザインをどう考えるべきか、という話をしていたんです。それを読んでくださった友安さんから、「何か一緒にできないですか」とお声がけいただきました。

実は、お声がけいただいたころ、ちょうどサウンドデザインに特化したソリューション「UNMUTE」をDentsu Lab TokyoとSTARRYWORKSとで立ち上げ準備をしているところだったんです。それでまずは、木村さんとVDX Studioを訪問し、デモを体験させていただいたり、システムを解説していただいたり、実際の細かなデータを共有していただきながら、われわれサイドでどういう仕組みをつくったらVDX Studioのシミュレーターと連動する形で走行音をリアルタイムに生成できるか議論しました。

木村:STARRYWORKS側ではVDX Studioから車のシミュレーションデータを受け取り、土屋さんがデザインした音を生成するプログラムにブリッジするプログラムを開発しました。開発したものをVDX Studioに接続してみて、実際にうまく動くことがわかりました。開発中は机上で音を出していたわけですが、VDX Studioで実際に車を操作しながら音がでると想像以上に新鮮な体験でした。走行音に限らず、VDX Studioのような場所で、EVのサウンドデザインに関するさまざまな実験ができることに、とても可能性を感じています。

──皆さんは、それぞれ違う会社から集まっています。それぞれの得意領域やプロジェクトの中での役割をどう考えていますか

土屋:私は、音による体験デザインの土台のアイデア部分を担当します。どのような意図を持って、ドライバーや車体のどのようなデータを使ってエンジン音を生成するか、具体的なサウンドデザインの部分も、現段階では私が担当しています。それをどう実装するのか、というシステムの部分を木村さんに担っていただいています。

木村:今、土屋さんからもお話があったように、私は基本的にはSTARRYWORKSの得意分野であるインタラクションの仕組みづくりやUIのデザインを担いつつ、一緒に企画を出し合うといった感じです。

姫野:私はこれまでESTECHで、音、振動、車両の運動性能といった領域におけるお客さまの技術支援を行ってきました。お客さまの多くは、自動車メーカーで音の開発に携わる方々です。このプロジェクトのメンバーの中では、私がいちばんお客さまに近い立場にいるので、私の役割としては、お客さまと会話をしながら、低騒音化とサウンドデザイン両面から音に関するコンサルティングをしていくことを想定しています。

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姫野信幸(ひめの のぶゆき) ESTECH(エステック) 技術実験部 プロジェクトマネージャー 
前職では、自動車メーカーのエンジニアとして、振動騒音、操縦安定性、乗り心地の性能開発に従事。
エステック入社後は、自動車を軸としながらさまざまな機械製品の技術コンサルティングに尽力。現在はドライビングシミュレーター等を活用して、ダイナミック性能における人の官能感性を性能設計するミッションを推進中。

友安:ISIDとしては、グループ会社であるESTECHの強みをISIDのソリューションの1つとしてしっかりと反映し、お客さまに提供することが大事だと考えています。

ドライビングシミュレーターにしても、さまざまなお客さまのニーズに対応するには、ISIDの知見だけではちょっと弱いところがあるので、ESTECHが有する実車の計測の技術をISIDの解析のモデル技術と組み合わせることで、かなりリアリティを高めることができています。また、ISIDには自動車業界をはじめ、さまざまな業界に向き合っている営業メンバーが多数いるので、お客さまの課題を正確に把握し、ソリューションを企画・開発・提供することがこのプロジェクトにおけるISIDの役割だと考えます。

さらに今回、Dentsu Lab TokyoとSTARRYWORKSにもプロジェクトに加わっていただくことで、従来のエンジニアリング視点に加えて、よりクリエイティブな音の提案ができるようになったと思います。

サウンドデザインで、ドライバーの行動も変わる?

──あらためて、VDX Studioの概要や特徴について教えてください。

友安:ドライビングシミュレーターには、大きいものから小さいものまでさまざまなタイプがありますが、VDX Studioのドライビングシミュレーターはどちらかというと小さい部類に入ります。ですが、運転席に座ったドライバーが知覚する「音」「振動」「映像」の3つの要素の再現性にはこだわっていて、非常に高いレベルにあると言えます。

VDX Studioのドライビングシミュレーターは、お客さまへの貸し出しも行っています。自社だけでなく、お客さまの課題を解決する施設として運用している点が、今までのドライビングシミュレーターとの大きな違いになっています。
 
姫野:音環境を良くするために、VDX Studioの壁面には「グラスウール」という素材を敷き詰めています。この素材は音を吸収するので、完全な「無響」とまではいかないのですが、「簡易無響」の状態をつくることができます。

また、音の再現性を良くするために、自社開発の立体音響システムを導入しています。スピーカー15個とウーファー1個の全16チャンネルから耳位置までの音響伝達特性を計測し、このシステムにより音を補正することで、ドライバーの耳の位置で高いレベルでリアルな音を再現することができます。

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VDX Studioの概観。ドライビングシミュレーター(奥)に搭乗するドライバーがアクセルを踏むと、そのデータがコンピューター(手前)に送られ、プログラムが走行音を生成、スピーカー15個とウーファー1個の全16チャンネルを使って、ドライバーの耳の位置でリアルな音を再現する。

──この座談会に先立って、ドライビングシミュレーターのデモンストレーションを見せていただきました。それにより何が検証できるのかについて、あらためて教えてください。

土屋:先ほどデモンストレーションしたのは、このプロジェクトが始まった初期に実験的にデザインした走行音です。この走行音は車内の音、つまり、ドライバーに聞こえる音としてつくりました。アクセルの踏み込み量と、それによるモーターの回転数の変化といったシミュレーター側の数値を取得して、それに連動して音を生成するようなプログラムになっています。

先ほど見ていただいたデモンストレーションでは、通常の走行音からコンセプトの異なる4つの走行音まで、幅を持たせてシミュレーションを行っています。

●通常の走行音
実際のEVの走行音をシミュレートしたもの。エンジンではなくモーターなので、非常に静かな音になっている。



●走行音1
アクセル開度と回転数をベースにエンジン音のメカニズムをシミュレートしつつも、実際のエンジンでは構造的にあり得ない倍音の組み合わせをつくり、浮遊感を感じるような音にしている。



●走行音2
音楽的に響くようにデザインした走行音。回転数が上がっていくと弦楽奏のように響く。



●走行音3
レーシングカーのようなパワフルなエンジンをシミュレートした音。



●走行音4
アクセルを踏み込むと、速度に応じて音楽が展開していく。

 

土屋:事前にデザインをしていたものを実際にVDX Studioのシミュレーション環境で鳴らしてみて、興味深く感じたのは、アクセルやブレーキやハンドリングといった運転制御に連動して音が細やかに変化すると、自己帰属感、いわゆるドライバーと車の一体感が生じることです。ほんの少しの操作に連動して微妙に音が変化するだけで、自分が車を確かに制御しているという感覚が生まれる。アクセルを踏み込むと、エンジンの回転数が上がっていく音が全身で感じられる。エンジン音というのは、元々そうした自己帰属感を補強してくれるものでもあったのだと思います。

今回、複数タイプの走行音を検証してみてわかったのは、アクセルを踏み込むと音楽が展開したり、変化量が大きい音をデザインすると、なぜかドライバーが他の走行音よりも速度を出しがちになる傾向がわかりました。アクセルとブレーキを激しく踏んで、変化を楽しむような運転をするようになるんです。

ここで示唆されているのは、エンジンのサウンドデザインのアプローチによって、ドライバーの行動を制御できる可能性があるのではないか、ということです。例えば、特定の危険な運転をしたら音が濁ったり、法定速度をオーバーすると走行音がうるさくなったり、そうしたサウンドデザインができれば、ドライバーがルールを守ることを後押しするようなUXが設計できるかもしれません。

今は、ひとまず環境がそろって、実験をしながらさまざまな発見をしている、という段階ですが、将来的には、お客さまのニーズに合わせて、実験をしながら、その都度オリジナルなサウンドをつくっていければと考えています。

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土屋泰洋(つちや やすひろ) zero/Dentsu Lab Tokyo クリエーティブ・テクノロジスト/リサーチャー。広告制作プロダクションを経て、2006年から電通に所属。2021年からCXクリエーティブ・センター所属。テクノロジーを活用した「ちょっと未来のコミュニケーション」の開発・実装を目指し、生体信号、ロボティクスなどの分野を中心としたプロダクトの研究・開発に従事。

スマートウオッチの盤面のように

──最後に、プロジェクトの今後の展望について教えてください。

友安:まず、車のコンセプトを考えているような方々に、VDX Studioをぜひ使っていただきたいと思っています。今までにはないものをつくろうとしたとき、実際に試作車をつくって検証を行うことはなかなかハードルが高いと思います。VDX Studioはレベルの高い再現性を有していますので、コンセプトの検証やシミュレーションデータの蓄積の場として、お役に立てるのではないかと思います。

木村:個人的に思っていることなのですが、例えば、ハードウエアとして完全にできあがっている機械式腕時計に対して、スマートウオッチはバンドから盤面のデザインに至るまで、自分で幅広いカスタマイズが可能です。高額なスポーツカーというのは、言ってみれば機械式の超高級時計のようなもので、所有する喜びや、それを使う喜びを満たしてくれる、ハードウエアとそのデザインに振り切った嗜好品のようなものだと思うんです。もちろんそれはそれですばらしいものです。

一方で、EVが普及し、さらには自動運転も進んでいくと、車に対する愛着や車による移動に対する人々の考え方が変わってくるのではないかとも思います。自分のスマートウオッチの盤面を、キャラクターの絵柄に設定する人もいれば、クールな絵柄に設定する人もいるように、車の中で鳴る音にしても、例えば、お父さんが一人で乗っている時は加速の楽しさを感じられるようなダイナミックな走行音を選び、お母さんが乗っている時はまた違う音が鳴り、家族で乗っている時は家族で会話ができるよう、会話を邪魔しない比較的静かに響くような走行音やUIサウンドを選ぶ……というように音をカスタマイズできるようになるかもしれません。

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木村幸司(きむら こうじ) STARRYWORKS 代表取締役。1981年大阪府生まれ。2006年にSTARRYWORKSを設立し、エンターテインメント・広告・商品開発などさまざまな分野において、デザインとテクノロジーを融合したコンテンツを制作。2015年に子会社としてホラーコンテンツに特化した株式会社闇を、2016年には親子のコミュニケーションに特化した株式会社BUTTONを、2021年に飲食事業の株式会社ヒューを設立。2018年より大阪芸術大学特任教授。

土屋:おもしろいですね。いろいろなデバイスの「着せ替え」機能のように、遠くない将来に、マーケットプレイスのような仕組みで、デザイナーがデザインした音のアセットの中から好きなものをダウンロードして、車にインストールすることができるかもしれません。

木村:将来的には、音はもちろん、内装やパネル類も全てスクリーンになっていくと思うので、ファッションのハイブランドが出すデザインテーマがマーケットプレイスにあったりするような未来がやってくる気がします。

姫野:一方で、自動車メーカーの目線で考えると、EVになり、エンジン音がなくなったことは、ある意味、自分たちのアイデンティティの一部を失うこととも言えます。だから、EVの開発にあたっては、自分たちのブランドの新たなアイデンティティをEVの走行音で表現することを考えるのではないかと思います。その意味では、EVのサウンドデザインは、ユーザーと自動車メーカーのそれぞれの目線で進化していくと考えています。

友安:そうですね。「ブランドの音」がどのような音なのか?それを決めていくには、数々の検証をしなくてはいけません。その検証するためにもVDX Studioは有効だと思います。車の音というのは、音単体で響くのではなく、実際に走らせた時に鳴るさまざまな音や振動とともに体験されるものですかから、実車でテストするよりも低コストで試行回数を回せるというのは重要です。

土屋:個人的にとても可能性を感じているのは、ドライバーの心拍数などの生体情報と走行音を連動させる試みです。車の調子が悪いとエンジン音がいつもと違って聞こえるように、生体情報と連動した走行音がいつもと違って聞こえたら、「なんか自分、今日体調悪いのかな?」と気づけるようになると、人と車の関係性は変わっていくはずです。車をドライバーも含めた1つのインタラクティブシステムとして捉えることで、音を通して、さまざまなデザインが可能になってくるだろうと思います。

姫野:実は、すでにドライバーの心拍数や脳波、瞳孔径、手の汗などの生体情報を取得できるようになっています。それらの情報で音を評価したり、データをAIに学習させることで、その時々で欲しい音を生成する、といったこともできるかもしれません。さらには、今集中して運転できているのか、それとも散漫になっているのか、といったことまで踏み込んでいきたいですね。

木村:「危険を察知する」という視点でいうと、車の外の音にも可能性があると思っています。四方の環境音をマイクで集音すると、窓を閉めた状態でも、状況に応じて聞こえた方がいい車外音を選択的に透過させるようなことができると思います。例えば、後方の視界に入らない車や自転車の音を車内で後ろのスピーカーから再生できれば、後ろが気になって事故の防止につながりますよね。車は知っているけど、人が察知しにくい状況を直感的に伝えることが音でできると考えています。

土屋:今、皆さんからいくつかアイデアが出てきたように、EVのサウンドデザインは、いろいろな可能性を秘めていると思います。こうした取り組みは、自動車メーカーをはじめ、自動車パーツメーカー、カーナビメーカー、カーオーディオメーカーなど、さまざまな企業が連携して実現していくものだと思います。ぜひわれわれも、知見を生かしながら、これからの新しい運転体験のデザインにご一緒できればと思っています。

お問い合わせ先:contact@unmt.dev
UNMUTE公式サイト:https://unmt.dev/

 

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