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サウンドデザインから考えるCXNo.3

スズキ ユウリさんに聞くサウンドデザインの可能性

2022/10/31

「サウンドデザインから考えるCX」。この連載では「音」というメディアにフォーカスした電通のさまざまな取り組みをご紹介しています。

第1回では、UI(ユーザーインターフェース)とサウンドデザインの関係をひもとき、第2回では、耳のさまざまな機能に注目したDentsu Lab Tokyo の「33 Production」の取り組みについてご紹介しました。

第3回では、アーティスト活動をしながら、世界的デザインカンパニーPentagramのパートナーとして企業のブランドデザインなども手がけるスズキ ユウリさんと、Dentsu Lab Tokyoの土屋泰洋さんの対談を通して、サウンドデザインの可能性について考えます。


スズキ ユウリ氏

スズキ ユウリ
1980年東京生まれ。大学卒業後に渡英し、2006年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート (RCA) Design Products修士課程に入学。修了後はアーティスト活動と並行し、スウェーデンの電子楽器メーカーTeenage Engineeringや米ピッツバーグのDisney Researchにデザイナーとして在籍。08年、ロンドンにYuri Suzuki Ltdを設立。18年より世界最大のインディペンデントデザインコンサルタンシーPentagramパートナー(共同経営者)。サウンドアーティストとして、世界各地の美術館に作品が展示されている。「OTOTO」(DIYシンセサイザー)と「Colour Chaser」(共感覚をテーマにした音楽トイ)は、14年にニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品となった。


<目次>
音/音楽/楽器への興味からアート/デザインの道へ  
ライブラリーよりストラテジーを
公共のサウンドデザイン、日本とイギリスの違い
無意識に作用するサウンドの力

音/音楽/楽器への興味からアート/デザインの道へ

土屋:ユウリさんは、イギリスを拠点にアーティストとして活動しながら、世界的デザインカンパニーPentagramのパートナーとしても活躍されています。

スズキ:ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の大学院でデザインの学位を取得後、アーティスト活動を始め、ギャラリーやミュージアムで展示を行うようになりました。その後、スウェーデンの電子楽器メーカーTeenage Engineeringや、アメリカのDisney Researchといった企業にデザイナーとして在籍しました。2018年にPentagramから誘いを受けてパートナーに就任し、現在に至ります。Pentagramにおける僕のミッションは、サウンドデザインのディビジョンを立ち上げ、軌道に乗せることです。

土屋:ユウリさんの作品は、どれも音をテーマにされていますね。作品制作において音にフォーカスするようになったのは、どのような経緯からでしょうか?

YURI SUZUKI「The Welcome Chorus」
YURI SUZUKI「The Welcome Chorus」

スズキ:父親がレコードのコレクションをたくさん持っていて、子どもの頃から音楽が好きだったことが原点にあります。特に電子音楽が好きで、YMOの写真などでシンセサイザーを見て、そのデザインの美しさに魅了されました。その後高校生の頃から自分で電子音楽を作り始めました。音に対する興味や探究心は、そこで培われたと思います。自分の中で、「音」「音楽」「楽器」という3つの要素に対する興味が同時に湧き起こった感じでした。

その頃からイギリスへ渡るまでの間、アーティスト・ユニット「明和電機」のアシスタントとして働かせてもらっていました。彼らの、現代アーティストであると同時に音楽家、というスタンスに引かれたんです。当時、明和電機はメディア・アーティストといわれていました。ちょうど時代的にも、新宿にICC(NTTインター・コミュニケーション・センター)ができて、そこで岩井俊雄さんの作品に触れたりして、メディア・アートというものにすごく興味があった時期でした。明和電機ではメディア・アートのことも含めて、いろいろなことを教えてもらいました。

その後RCAで、プロダクトデザインを学ぶ中で、インタラクションデザインに興味を持ちました。勉強する中で「言葉を使わないコミュニケーション」こそがインタラクションデザインのメインのトピックだと考えるに至り、そしてそれは音のデザインにも共通するのではないかと思ったことも、作品において音にフォーカスするひとつのきっかけでした。

土屋:アーティスト活動とクライアントワークという二つの領域で数多くのプロジェクトを展開されていますが、どのように折り合いをつけているのでしょうか?

スズキ: 基本的には、切り分けることも、折り合いをつけることもありません。「クライアントワークは大変」「アート関連のプロジェクトは自由」などとよくいわれますが、そんなことは全然なくて、例えばGoogle のプロジェクトに関わったときは、自分の作家性を出すようなテーマで自由にやらせていただきました。その半面、ギャラリーなどのパブリックアートプロジェクトは制約が多くて大変なこともありました。なので、自分の中ではアーティスト活動とクライアントワークの境界線が実は全然ないんです。Pentagramのパートナーになってからも、アーティストとしての作品とクライアントワークが自分の中で相互に影響を与え合って、うまくいっていると思っています。

YURI SUZUKI「OTOTO」
YURI SUZUKI「OTOTO」

ライブラリーよりストラテジーを

土屋:現在Pentagramの中でサウンドデザインの領域を推進されているわけですが、サウンドデザインに対するニーズの高まりを感じることはありますか?

スズキ:僕がPentagramに加入した18年当時は、クライアントから音によるブランディング、いわゆる「ソニックブランディング」の依頼は全くなかったのですが、この4年間で徐々に増えてきています。今後も増えていくでしょう。元々Pentagramはグラフィックのブランドアイデンティを多く手がけているので、相性が良いということもあります。

世の中に「ソニックブランディングを手がけています」、という会社はあるのですが、業務用音楽ライブラリー制作の延長で「100個ほど音を用意しましたから、好きな音を10個選んでください」といったライブラリーの提案にとどまっているところもまだまだ多い。そもそもソニックブランディングを「どこに任せて良いのかわからない」というクライアントも多いんです。こうした現状が、サウンドデザインの領域が停滞する一つの要因になっているのではないかと感じています。

今後ソニックブランディングに対するニーズが高まるにつれて、ライブラリーではなくストラテジーが問われるようになると思いますし、そうしていかなければサウンドデザインという領域が成長していかないのではないかと考えています。そのためには、ミュージシャンではなくて、もっとデザイン領域出身の人がサウンドデザインに関わるべきだと思います。

土屋:なるほど。音楽をつくったり、音をつくったりというサウンドの「エンジニアリング」はできているけれど、そもそもどういうストラテジーで音をつくっていくべきか、という考え方の部分、つまり「デザイン」ができていないところも多い、という状態なのですね。

やはり「デザイン」として捉える以上は、その音にどのような役割が与えられていて、それがどのような環境で、どのような頻度で鳴るのか、そういった条件などを踏まえて音を設計していく必要があると思います。

日常生活の中で、このプロダクトやサービスは、すばらしいサウンドデザインがされているな、と感じるものはありますか?

スズキ:音のUX(ユーザーエクスペリエンス)ですね。実際に世の中に出ているもので「がんばってデザインしているな」と感じるものはあまりない、というのが正直なところです。ただ、音のUXデザインに関して、講演を依頼されたり、クライアントから提案を求められることは増えてきています。企業の中でサウンドデザインに対する興味は高まりつつあると思います。今後、アウトプットとして世の中に出てくるのではないでしょうか。

土屋:サウンドデザインの話になると必ず出てくるのが、EV(電気自動車)の音の話です。速度感や車両接近を知らせるといった機能的な部分、いままでエンジン音が担っていたような「走り心地」といった官能的な部分など、複合的な課題をどう解くか、という点で、まさにサウンドデザインが求められている分野だと思います。今後自動車はどんどんEVへシフトしていくと思いますが、その中でサウンドデザインを適切にできる人材がどれだけいるのかというのが気になるところです。

電気自動車(イメージ)
スズキ:EVのサウンドデザインを誰に依頼すれば良いかは大きな問題で、少なくない企業が有名なミュージシャンに頼んでしまう。それも良いのですが、ストラテジーに基づいてサウンドデザインをすることができるデザイナーに依頼してほしいと思います。

EVの音のデザインについていえば、まず考えなければならないのはプロトコルです。例えば音の大きさという点でいうと、国が主導して、何デシベル以上の音を出すようにしましょう、といったルールは整ってきてはいます。一方で、その音がどのくらいの周波数帯(音の高さ)であるべきか、といったところは決められていません。もし、各社のEVが全く異なる周波数帯の音を出したら、騒音公害になってしまう可能性があります。

土屋:確かにEVの音をどうデザインするかによって、将来的にEVが大多数になったときの都市のサウンドスケープが大きく変わりますね。音をデザインするということは環境をデザインすることにもつながると言えますね。

公共のサウンドデザイン、日本とイギリスの違い

土屋:日本とイギリスでは、歴史的あるいは文化的に、街中にある建造物の大きさや構造などに違いがありますよね。そうすると必然的に音のデザインも違ってくるのではないかと考えています。公共の場におけるサウンドデザインという観点から見たとき、日本とイギリスで何か違いがあると感じますか?

スズキ:どうでしょうね……。イギリスは日本ほど考えられていないように思います。例えば、日本ではJRの発車メロディーが駅ごとに違っていますよね。公共のサウンドデザインという意味では、考えられています。イギリスには、そういった事例はあまりありません。

イギリスではなく、スイスの事例を一つ紹介すると、スイス鉄道の車両編成の中に、「しゃべってはいけない車両」というのがあるんですね。静かな車内環境を求める乗客のニーズに応えたものだと思うのですが、車内アナウンスのボリュームをコントロールできるパネルも車内に設置されていて、よくできているなと思いました。

土屋:それは良いですね。個人的にも、静かな車両の方がうれしいです。

スズキ:それに比べると、イギリスは遅れています。アナウンスの音が割れていて聞きづらかったり、音量も大きすぎてうるさかったり。

ロンドンの地下鉄(イメージ)
土屋:公共交通機関ということでいうと、僕が普段よく利用するモノレールの駅では、視覚障がいのある方を安全に誘導するための音声装置が設置されています。昔は「ピーンポーン」という玄関ベルのような音だったのですが、最近はリアルな鳥の鳴き声で、ほとんど繰り返しが感じられないくらいの長さの音になっていました。

モノレールの場合、駅と住居が近接している駅が多いので、常に同じ音が繰り返し鳴ることに対して苦情が寄せられていたようなんです。視覚障がいのある人は、鳥が鳴いている方向へ向かえば確実に出口を見つけることができ、近隣住人はベルの繰り返しの不快さから解放される。二つの問題を一気に解決する優れたアイデアだと思いました。

スズキ:繰り返しだと感じにくい音というのは、かなり重要ですよね。人間がいちばん辛く感じるのは、繰り返しなので。

以前、あるクライアントの依頼で、会議システムの呼び出し音のデザインをしたことがあるのですが、そのときの僕らのアプローチは、絶対にループがわからないようにポリリズムで音を設計するということでした。というのも、人間の脳は繰り返しに対して非常にストレスを感じるので、繰り返しを感じさせないプログラムを組むことが必要だと考えたからです。

土屋:なるほど。最終成果物としては音楽ですが、考え方を伺うと、「作曲」というよりも、まさに「デザイン」という言葉がしっくりくるお話です。

無意識に作用するサウンドの力

土屋:リモートワーク体制になって、テレビ会議が増えたことで気づいたのですが、3、4人で議論していると、どうしても声がかぶるタイミングが出てきてしまうんです。リアルな空間だと聞き分けることができるのですが、テレビ会議だと聞き分けることができなくて、その度に議論がストップしちゃうのが気になっていました。

そこで、最近Metaが開発している「Horizon Workrooms」という、VR会議システムで何度か会議をしてみたのですが、バーチャル会議室の中では、自分が向いている方向や、相手の居る場所、相手が向いている方向に応じて、ちゃんと聞こえ方が変わるんですね。そうすると、同時に何人か声を出しても、ちゃんと聞き分けられるんです。

スズキ:人間が音を聞くときは、耳に入ってくる複数の音をすべて聞いているわけではなくて、聞くべき音を脳が選択しているといわれています。でも、テレビ会議や、一度録音した音だと全部フラットに聞こえてしまうので、脳がフォーカスできない状態になってしまうんですよね。VRで音の定位を再現することでフォーカスできるようになるというのは、シンプルだけれど、とてもエレガントな方法だと思います。

仕事環境という話だと、僕は仕事をしながら音楽を聞くことが多いのですが、やはり聞いている音楽のテンポにあわせて少し作業のペースや身体の動きが変わりますよね。ビジュアルではあまりそういうことは起こらない。音楽のテンポが無意識のうちにパフォーマンスに影響するというのは音の可能性として非常に面白い現象だと思います。

土屋:オフィスや工場といった労働環境に流すためのレコードを提供する、いわゆるBGMビジネスは1930年代に始まったといわれています。BGM事業者の中でも、アメリカのミューザック社は、スローな曲は気分を落ち着かせる、アップテンポな曲は眠気を覚ます、といったように、音楽の効能を整理した上で、労働者の集中力を持続させるという独自の理論をベースに一日のBGMのプレイリストを組んでいたそうです。

レコード(イメージ)
スズキ:BGMというのは、アクティブに聞く音楽ではないけれど、無意識にパフォーマンスにも影響するから、掘り下げていくとおもしろいテーマですね。

土屋:BGMをはじめ、どのような音が人間に対してどのような影響を与えるのか、という関係性は、音響学の中でも音響生理学とか音響心理学と呼ばれる領域で長年さまざまな研究がされていますね。こうした研究をヒントに、どのように体験設計に落とし込むかというのが今後サウンドデザインの領域を広げていくためにも重要だと思います。

スズキ:音響心理学などの分野は、これまで経験的に理解していた音の持つ可能性について、証明したり、体系化してくれたりするものなので、とても興味深い分野だと思います。音響心理学の考え方を採り入れることで、より良いサウンドデザインができるのではないでしょうか。

土屋:非言語な情報で人間にダイレクトに影響を与えることができるというのは、やはりすごいことですよね。ビジュアルデザインと同様に、サウンドを入り口にしてデザインすることで、プロダクトやサービスをはじめ、さまざまな体験をより良いものにしたり、いろいろな問題を解決することができそうですね。

今日はサウンドデザインの可能性を考える上でヒントになるお話をたくさん伺うことができました。ありがとうございました。

 

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