「組織に浸透するMVV」をエンジンに、芸能界の変革に切り込むレプロの挑戦
2025/07/04

前回に引き続き、芸能ビジネスの変革にチャレンジするレプロエンタテインメントと、それに伴走する電通BXチームの取り組みについて、レプロエンタテインメントの経営企画室長・本間隆平氏と電通のアートディレクター・河瀬太樹氏が対談。
芸能ビジネスの変革に向けて、事業の多角化、実演家とのフェアな契約形態への転換、社内制度の見直し、そして4年ぶりの新卒採用など、さまざまな挑戦を重ねてきたレプロ。その一環として取り組んだのが、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の策定でした。
MVVの浸透に悩む企業が多い中で、レプロはなぜ策定に踏み切り、どのようなプロセスを経て「浸透する言葉」をつくっていったのか。そして、MVVを起点にどのような未来を描こうとしているのか。その思いに迫ります。

一人一人が自律し、チャレンジし続ける組織を目指して
河瀬:前編では、芸能ビジネスの構造変化や、レプロさんの多角的な事業展開、そして4年ぶりに実施された新卒採用の背景についてお話を伺いました。その一連の変革の中で、次に取り組まれたのが「ミッション・ビジョン・バリュー」、いわゆるMVVの策定でしたよね。まずは、その背景にあった課題感から教えていただけますか?
本間:レプロはコロナ禍になる前の2019年からすでに、フルリモートやフルフレックスといった「自由な働き方」を導入していました。ただ、コロナ禍を経てその「自由」だけがやや一人歩きしてしまった側面があると感じていたんです。
もちろん、自由は大切ですが、それは「責任」とセットで語られるべきものです。社員が自由と責任のもとで自律的に働くためには、レプロがどこに向かっているのかを一人一人が理解できている状態にならなければなりません。たとえば「エンタメをつくる会社」といっても、その定義はとても曖昧ですし、「自分たちの考えるエンタメとは何か」「事業領域はどこまでか」「やるべきでないことは何か」といった、判断の軸になる考え方を明確にする必要があると感じていました。
自律していくための指針として、まず「ミッション」と「ビジョン」をつくろうと考えました。そしてもう一つ、リモートワークによって人との距離が物理的に離れ、日常的な雑談の中でお互いの価値観を共有することが難しくなっていると感じていたんです。チャット中心の業務になると、必要最小限の会話しか生まれません。その結果、組織として「何を大切にしているのか」という暗黙の価値観のようなものを共有しづらくなってきました。だからこそ、価値観や行動指針を示す「バリュー」もセットで策定すべきだと考えました。自律的に、自由と責任を持って働くために必要な前提を明文化する。それが、MVVを策定しようと思った一番の理由です。
河瀬:採用クリエイティブに続いて、今回のMVV策定も私たちにご相談いただいたわけですが、そこにはどんな背景があったのでしょうか?
本間:まず、自分の中で「自律的に働いている理想の組織」って何だっただろうと考えたときに、電通で働いていた頃のことを思い出したんです。先輩たちがみんな同じ目標に向かって、それぞれ責任を持って自律的に動いていました。決して仲良しというわけではないのですが、バラバラに動いているようで実は一体感があって、結果として会社の大きな目標を達成していく姿がありました。
なぜ、あのチームワークが機能していたのか?会社のミッションや目標を常に意識していたかというと、正直あまり覚えていません。でも、一つあったのが「行動規範」が明文化されていたこと。それが電通社員として仕事をする上での判断基準になっていたのだと思います。そのようにしっかりと機能する行動規範をつくりたいと思ったので、MVVの策定は電通さんにお願いしたいと思いました。
そしてもう一つ、レプロは従来の芸能プロダクションのイメージから脱却し、新しい価値を提案する存在になろうとしています。その方向性を理解している人でないと、どうしてもコミュニケーションコストがかかってしまう。そう考えたときに、採用活動を通じて今のレプロの考え方を深く理解してくれていた河瀬さんたちにお願いするのが最もスムーズだと感じました。
しかも、河瀬さんが所属されている部署では、企業変革やMVVをはじめとする企業の理念策定、ブランディングも支援領域とされている。と聞いていたので、お願いするならもうここしかないと確信を持って依頼しました。
河瀬:ありがとうございます。
本間:レプロの社員は普段からさまざまなコンテンツを通じてクリエイティブなものに携わっているぶん、言葉の感度がとても高いんです。だからこそ、表現の細部にまでこだわったクリエイティブなアウトプットじゃないと心に響きません。また、芸能プロダクション特有の構造や文化に対する理解も不可欠です。クリエイティブセンスと業界理解という2点において、電通さんにお願いするのが最適だと判断しました。

経営層や社員一人一人の思いを集め、「共通言語」として再構築する
河瀬:今回のMVV策定にあたって、レプロさんの現在地や目指す方向についてはすでに多くのインプットをいただいていたのですが、採用のサポートからご一緒していたコピーライター長谷川輝波さんに加え、BXプロデューサーの飯塚勤さん、ビジネスデザイナーの島貫真亘さん、ビジネスプロデューサー寺崎慶さん、栗原大樹さんもチームに入っていただき、改めてプロジェクトの立て付けからていねいに設計することを意識しました。
近年、MVVにおいて多くの経営者が直面しているのが「2周目の課題」です。つまり、一度はMVVを策定したものの、それが社内に浸透せず、言葉がただ「飾られているだけ」になってしまうというケース。レプロさんとは、そうした事態を避けるために、初期段階から「どうすれば社内に根づかせられるか?」まで視野に入れたプロジェクト設計を行いました。
そしてよくあることですが、どの会社でも同じようなMVVになってしまうことも避けなければいけません。これは必要な情報のインプット不足と、その企業の方々が大切にしている「核」になることをつかみきれない状況でアウトプットをしてしまうことから始まっていると考えています。
まず大切にしたのは、「自分たちの言葉だ」と社員の皆さんが思えるようなものにすること。そこで、策定にあたっては全社的な巻き込み型のプロジェクトを前提に進めました。結果的にプロジェクト全体としては約1年かかりましたが、最初は経営層の皆さんにじっくりヒアリングする期間に充てました。創業からの社史を共有していただいたり、どんな時代背景のもと、どんな思いで事業を展開してきたのかを伺う中で、レプロという組織の「核」にあるものを言語化して集めました。
その後、社員の皆さんとも対話の場を設けました。全社員の約半数にあたる方々とワークショップを実施し、今のレプロ、理想のレプロ、そしてそのギャップについて意見を交わしていただきました。3〜4人の方と私たちで話す会を何度も、何度も実施し、そこで集まった膨大な言葉を一つ一つていねいに拾い上げていったんです。
本間:自分たちのことって一番見えにくいんですよね。だからこそ、客観的な視点で言葉を整理してもらうプロセスがとてもありがたかったです。
中でも印象に残っているのは、「愛とIのある10のアクション」というバリューができた背景です。これは、河瀬さんたちが「レプロさんには“他者への愛”と“自分の意思(I)”の両方が共存している」と整理してくれたことで生まれた言葉なんです。正直、私自身は言われるまであまり意識したことがなかったのですが、「なるほど、そうかもしれない」と腑に落ちましたし、経営層や社員の中でもすんなりと共感が広がった感覚がありました。

河瀬:社員の皆さんと対話している中でも、「愛」や「利他」、「世界」といったキーワードが何度も登場したんですよね。実演家の方々やステークホルダー、あるいは社会全体に対して、「自分たちの仕事がどう貢献できるか」を常に意識されている。そうした思いが自然とにじみ出ている印象がありました。
もちろん、そのようなキーワードは経営層の皆さんからも出ていました。社長も初期段階から「愛」という言葉をよく口にされていて。それが社員の皆さんから出てくるキーワードと自然と重なっていたんです。
そこから徐々に言葉の輪郭を明確にしていって、「What to Say?(何を言うか)」を整理した上で、最後に「How to Say?(どう言うか)」へと落とし込んでいきました。
本間:完成したミッションが「心にグッとを。世界にGOODを。」です。これは、100年変わらないレプロの思いとして掲げた言葉です。「感動」は、レプロが昔から使ってきたキーワードでしたが、今回それを「心にグッと」と言い換えて表現しています。
河瀬:ミッションには「エンタメの力で、世界の平和に少しでも貢献したい」という思いも込められています。作品に触れることで争うことも忘れ、明日もがんばろうと思えるようなポジティブな感情の変化や癒やしが生まれれば、それは小さくても確かな平和の一歩になる。そういった文脈から「世界にGOODを」という言葉が加わりました。

本間:ビジョンに関しては候補がたくさんあった中で、最終的に選んだのが「放て、エンタメ。」でした。これはレプロの35周年のタイミングで発表した言葉です。勢いがあるし、コロナ禍で一度しゃがんだ業界や企業が、ここからもう一度ジャンプしていく、そんな裏テーマも込めています。チャレンジする社員の背中を押す言葉にしたかったんですよね。
河瀬:このMVV全体を通して大切にしたのは、「縛るためのルール」ではなく「挑戦を後押しする言葉」にすることでした。本間さんをはじめ経営層の皆さんが一貫して言っていたのが、「これさえ守れば、あとは好きにチャレンジしてほしい」という姿勢なんです。
本間:実際、MVVを決める過程で、マネージャー陣からも「若手にはもっと失敗してほしい」「もっとやらかしてほしい」といった意見が多く出ていました。だからこそ、MVVにはチャレンジするための空気感をつくる役割も担ってほしいと思っています。もちろん、自由と責任の枠組みの中でやってはいけないことのラインも規定していますが、レプロという組織の中で、思い切って挑戦できる風土を醸成したかったんです。

MVVをつくったのに浸透しない。「2周目の課題」を回避するには?
河瀬:MVVは策定するだけでは不十分で、それをどう活用していくかが非常に重要です。言葉がただ「飾られているだけ」になってしまう、いわゆる「2周目の課題」に陥らないように、ツールや仕組みの設計にも力を入れました。たとえば、社員証や名刺、オンラインミーティングの背景など、日々自然に目にする場所にもMVVを組み込み、意識せずとも触れられるようにしています。さらに重要なのは、評価制度への組み込みですよね。
本間:そうですね。レプロの社員に大切にしてほしい価値観を示した「愛とIのある10のアクション」は、評価制度の項目として取り入れています。1on1や面談のたびに繰り返しフィードバックとして登場することで、価値観が使われる言葉として定着していくのが理想です。
河瀬:毎日の仕事の中で自然に触れるようになると、やがて「自分たちの当たり前」になっていく。だからこそ、評価や対話の場にまで仕組みとして組み込むことが、MVVを浸透させる上で大切だと考えました。
本間:面白いなと思ったのが、10のアクションの中でも、時期や気分、仕事のフェーズによって「刺さる言葉」が変わってくることなんです。あるときは「細部にこそ、愛を宿らせよう。」がしっくりきたり、またあるときは「運・縁・恩に、味方されよう。」がやけに心に残ったりする。内省や自己チェックのきっかけにもなるような、そんな言葉たちになっていると思います。
河瀬:個人的には「運・縁・恩に、味方されよう。」がすごく印象的です。エンターテインメントには「運」の要素があるのは確かですし、レプロさんが大切にしてきた「縁」と「恩」をまさに体現している言葉だなと。
本間:この言葉は、社内でも早い段階で入れることが決まっていました。努力を尽くした上で、最後は天命を待つ。そういう感覚になじみがあるからこそ、この言葉に共感が集まったのだと思います。今回、映像をつくってもらった際にうちの実演家である宮沢氷魚がナレーションを担当してくれたのですが、彼もこの言葉が一番共感できると言っていました。
河瀬:芸能やエンタメに長らく携わってきた社員だけでなく、新入社員の間でも広く共感を得ているんですよね。
本間:個人的な見解ですが、コロナ禍や震災など、抗いようのない力によって人生を左右された経験を持つ世代にとって、「運・縁・恩を信じたい」という気持ちはとてもリアルだと思います。このように、MVVの言葉が一人一人の感情や経験に引っかかってくれることが大切なんです。単なるスローガンではなく、日常の行動や心の持ち方と結び付いていてほしい。その意味でも、社員たちが自分ごととしてMVV策定に関わるプロセスが本当に重要だったと思っています。
河瀬:こうやって1年近くかけてレプロさんの歴史や思いを徹底的にインプットさせていただきましたが、実際にお話を聞いていくと、社員の皆さんがどれほど真摯に実演家や作品と向き合っているか、どれだけ誠実に、心を込めてエンタメを届けようとしているかが本当に伝わってくるんです。「今の、あるがままのレプロ」が、もっと多くの人に届いてほしいと強く思いました。
本間:まさに、そこは今後レプロとして目指したいところです。これからの時代、個人がどんどん発信していくのが当たり前になる中で、芸能マネージャーという「黒子」のような役割も変わっていくべきだと感じています。社員一人一人が思いや価値観を発信し、これからのレプロをつくっていってほしい。過去を否定するのではなく、今ある私たちの姿を伝えていく。その発信を後押しするためにも、MVVという共通言語を持っていることは、ますます重要になってくると実感しています。

価値観が自然に共有される組織へ。MVVがもたらした変化
河瀬:MVV策定後の社内の変化について教えてください。
本間:まず社員がMVVの映像を見て「うれしかった」「誇らしかった」と言ってくれる声があって、素直に良かったなと。特に、普段あまり感情を表に出さないような社員たちも、「何回も繰り返し見ました」とか、「これを実演家にも見せたい」と言ってくれたんです。レプロの実演家も社員ではないけれど、同じ仲間です。そういう人たちとMVVを共有したいという姿勢が自然と生まれてきたことに、大きな意味を感じました。
河瀬:人の心に届けるためのクリエイティブは、得意領域だと思っています。私たちは企業の経営活動全体に対してクリエイティブの力を生かす取り組みをしていますが、元々は広告やマーケティングで培われた力を生かしているのです。MVVを通じて社員の皆さんの行動や関係性が変わっていったことは、私たちとしても非常にうれしいです。
本間:MVVは、もともとレプロが大切にしてきた価値観をベースに設計してくれました。だからこそ、今いる社員たちにとっては違和感がない。むしろ「そうそう、これだよね」と自然に受け止めてくれているような感覚があります。これはすごく大事なことで、過去を否定するような言葉、今までにないような新しい言葉だったら、きっとすぐには受け入れてもらえなかったと思うんです。
また、キャリア採用や新卒で入ってくる人たちに対しても、MVVがあることで「レプロはこういう会社だよ」「私たちはこういう価値観を大事にしているよ」と自然に伝えられるようになった。共通言語があることで、コミュニティへの浸透スピードが格段に上がったと感じています。
河瀬:創業時にゼロからMVVをつくるのと、歴史のある会社でつくるのとではまったくアプローチが異なります。これまで積み重ねてきた文化や価値観に耳を傾けて、そこにある「暗黙知」をていねいに見つけ出さないと、かえって違和感を与えてしまう。今回は、まさにその暗黙知に形をあたえるアウトラインを引くことで共通言語に変えることができたと思っています。
本間:そうなんですよね。「なんとなく大事にしてきたこと」を言語化するのって、すごく難しい。自分たちでは気づけないことも多いので、そこを社外のプロフェッショナルと一緒に取り組めたことは本当に良かったです。
芸能界の未来を変えるために。MVVを軸に、愛あるチャレンジを
河瀬:今後、MVVをどのように活用・発展させていきたいとお考えですか?
本間:まずは、MVVを掲げるだけでなく、会社として「背負っていきたい」と思っています。価値観やバリューを業務の細部まで浸透させながら、「放て、エンタメ。」というメッセージを体現するようなチャレンジを、しっかり続けていきたいですね。言葉だけが独り歩きするのではなく、行動や文化として自然に根づいていく状態を目指したいです。
そして、私たちはこれを社内に浸透させるだけじゃなくて、芸能界全体に向けて発信していきたいんです。芸能界には、まだまだブラックボックスなイメージが根強く残っていますし、改善すべき点もあるのは事実です。そこを私たちがMVVで掲げている言葉を実践することで、率先して変えていきたい。共存共栄の業界なので、レプロだけが変わっても意味がないんです。
河瀬:業界全体のイメージをアップデートしていく。その視点、すごく良いですね。今回のMVVが業界全体の変革の一歩になるなら、私たちとしても本望です。
本間:これで終わりではなく、ここからがスタートだと思っています。「失敗を喜ぼう。困難を愛そう。」というバリューを掲げている以上、まずは自分たちがチャレンジして、困難を愛し、失敗を喜ばないと(笑)。だから、新しい企画をぜひ電通さんとも一緒につくってみたいですね。
河瀬:まさに、これからも事業のパートナーとして並走していけたら良いなと思っています。おっしゃるとおり、MVVはつくって終わりじゃなくて、どう生かすか、どう広げていくかが大事です。クリエイティブの力を使いながら、経営や組織文化の中でMVVをどう機能させるかに本気で向き合っていきたいですね。
本間:私自身、電通時代にクリエイターがどれだけ細部にこだわっているかをずっと見てきました。細部へのこだわりって、やっぱり「愛」なんですよ。そういう愛のある人たちと一緒に、日本の芸能界、エンタメ業界の未来を変えていきたいですね。
河瀬:ここからどんな冒険が始まるのか、私たちもワクワクしています。ぜひ、一緒に面白いことを仕掛けていきましょう。