電通社員で1.47倍の効果を実証!パフォーマンスを最大化する“攻め”のメンタルケアとは?
2025/06/30

本連載では、スタートアップ企業の起業家、経営者、投資家、CMOなどが、会社や事業の成長過程で直面した課題をどのように乗り越えたのか、スタートアップ支援を行っている電通社員との対談形式でお届けします。
今回のゲストは、AIとコーチがサポートする企業向けメンタルケアプラットフォーム「BOOST」を展開する、Boost Health代表取締役CEOの芳賀彩花氏。ベンチャークライアントモデル推進の一環として、電通のスタートアップ支援組織であるスタートアップグロースパートナーズ(SGP)内でBOOSTを導入した経緯と成果、今後の展望について、電通の高井俊輔と語り合いました。
高い成果を出す人とそうでない人の違いは、ストレス対処スキルにあった!?
高井:まずは、Boost Healthがどのような会社なのか、改めてご紹介いただけますか?
芳賀:私たちは2022年創業のスタートアップ企業です。「働くココロを前向きに。会社のパフォーマンスを上向きに。」をミッションに掲げ、企業で働く社員の方々がより健康になるだけでなく、高いパフォーマンスを発揮して企業の成長につながるように支援することを目指しています。
高井:起業の経緯についてもお話しいただけますか?
芳賀:前職はコンサルファームでして、メンタルヘルスの分野と直接的な関係はありませんでした。ただ、コンサルの現場では常に高いパフォーマンスを求められ、短期間で成果を出さなければいけないプレッシャーがあります。その中で、前向きに取り組んで成果を出す人と、そうでない人の違いが何なのかをずっと考えていたんです。最初は「地頭の良さ」が決定的な差なのかと思っていましたが、次第にそうではなく、ストレスへの対処法やコンディションの整え方が、大きな差を生んでいることに気づきました。

高井:なるほど。確かに成果を出している人ほど、自己流でも何らかのメンタルケアをしている印象はありますね。
芳賀:そうなんです。一方で、企業側のサポートは研修やOJTくらいで、ストレスへの具体的な対処法やセルフケアのスキルは、あまり体系的に教えられているところは多くありません。それは企業にとっても本人にとっても損失です。たまたま良い上司に恵まれたから、たまたま環境が良かったから、ではなく、再現性のある形で社員を支援できるソリューションをつくりたいと考えました。

高井:その原点には、東京大学で研究されていたテーマも関係しているんですよね?
芳賀:はい。学生時代は社会心理学を専攻し、組織の中で人がどう行動するのかを研究していました。ただ、当時はそれをビジネスに生かす道があまり見つからなかったので、まずはコンサルの世界に入りました。でもやはり、自分の興味は常に「人が前向きに働くにはどうしたらいいか」にあったんです。コンサル業務でも戦略を立案するだけでなく、それを現場の社員の方々が前向きに実践できるようになるにはどうすれば良いのかをずっと考えていました。
高井:最近では、ようやく日本でも社員のエンゲージメントやウェルビーイングが注目されるようになってきましたよね。
芳賀:本当にそう思います。欧米に比べて、日本企業は人への投資が非常に少ないといわれています。すでに欧米では教育やメンタルケアにかなりの予算をかけているのに対し、日本はまだこれからという段階です。とはいえ、少子高齢化が進む中で健康に長く働き続けてもらうための支援は、どの企業にとっても必要不可欠なものになります。だからこそ今が、私たちのようなソリューションを提供するにはちょうど良いタイミングだと感じています。
高井:そのようなミッションの実現に向けて、御社が提供している「BOOST」はどのようなソリューションでしょうか?

芳賀:当社の「BOOST」は、コーチングによる伴走支援と、認知行動療法をベースにしたAIツールを組み合わせたハイブリッド型のソリューションです。社員が抱えるストレスや不安を「具体的な課題」として言語化し、そこに対してどんな思考・行動の選択肢があるかを提案します。漠然とした悩みを見える化し、自ら前向きな行動を取れるようになる。そうしたストレス対処の力を育てていく仕組みです。
高井:認知行動療法とテクノロジーを組み合わせることで、より実践的でカジュアルに使える形にしているんですね。
芳賀:そうですね。認知行動療法はもともと、うつや適応障害といった臨床の場で用いられてきた手法ですが、近年は、元気な人がより前向きに働くためにも使えると注目されています。仕事をしていると大小さまざまなストレスがありますが、それにどう対処するかで受ける影響は大きく変わってきます。そこで、「受け止め方」や「対処の仕方」を変えることによって、ストレスに上手く付き合うのが認知行動療法です。BOOSTは、その考え方をベースに、ツールを通じて日常的に実践してもらえるように設計しています。

不調にならないだけではなく、120%の状態に引き上げたい
高井:SGPは電通の中でも比較的新しい部署で、これまでのセオリーやマニュアルのようなものに沿ったやり方が通用しない場面が多く、新しいチャレンジを日々重ねています。前例のない状況に向き合う中で、常に高いパフォーマンスを発揮するためには当然ながらプレッシャーを感じることもあります。そんな中で、私たちはSGPにおけるDEIプロジェクトの一環として、またベンチャークライアントモデルの実践として、BOOSTの活用を検討しました。多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まるチームなので、孤立を生まずに、レジリエンスを高め、前向きに働ける環境づくりが必要だと考えたのがきっかけです。
芳賀:当時、電通さんの中で新しい働き方やレジリエンスを重視する方向性が強まっていたタイミングでしたよね。BOOSTも単なる不調予防ではなく、企業の成長や社員の挑戦を支えるソリューションなので、その流れと非常に親和性があると感じていました。
高井:そうですね。いわゆるメンタルヘルス系のサービスというと、どうしても“守り”の側面が強調されがちです。でも、私たちが目指していたのは、メンタル向上によって成果を最大化すること。だからこそ、不調にならないだけではなく、パフォーマンスを高めるためのストレス対処力や、ストレスを跳ね返すレジリエンスの強化という視点に共感したんです。BOOSTの考え方は、不調予防にとどまらず、元気な人をさらに120%の状態に引き上げていくもの。そこがSGPの文化にもフィットしていました。
芳賀:企業が社員の健康に関心を持つのは当たり前になりつつありますが、そこからさらに「もっと成果を出してもらうためにどうサポートするか」という考え方は、まだまだ日本には十分に浸透していません。その点で、SGPをはじめとする電通さんが“攻め”の観点で人のパフォーマンスを高めていこうとされているのが印象的でした。
高井:極端な例かもしれませんが、私はBOOSTのソリューション内容を聞いたとき、大谷翔平選手のことを思い浮かべていました。あれだけのトップアスリートでも、フィジカル面だけでなくメンタル面も含めた優秀なコーチやサポート体制があってこそ、あの成果があるわけです。ビジネスの世界でも同じように、日々のコンディショニングや内面的なケアを大切にするべきだと。そんな考え方を体現しているのがBOOSTですよね。
芳賀:そうですね、アスリートにメンタルコーチがいるように、ビジネスパーソンにもそうした存在が必要だと感じています。
高井:実は、Boost Healthさんと出会ったときに“ビビッと”きた理由の一つは、提供しているソリューションの内容もさることながら、芳賀さんご自身の人となりでした。明るくて前向きで、すごくこのソリューションに“似合う”方だなと。心理的なケアや自己理解を深めるようなプロダクトって、人間味がすごく出るものですし、だからこそ誰がやっているかがとても大事になる。
芳賀:恐縮です(笑)。

高井:ベンチャーキャピタルの方々と話すときにも「その人がやるからこそ意味があるサービスかどうか」という視点が非常に重視されます。芳賀さんの場合、コンサル時代のご経験や社会心理学のバックグラウンド、そしてお母さまが心療内科医という家庭環境など、すべてがこの事業と深くつながっていると感じました。そういう積み重ねがあってこそ、スタートアップ企業が直面するさまざまな“ハードシングス”を乗り越えていけるのだと思います。
芳賀:本当にありがたいお言葉です。私自身も、過去の経験を通じて「人がより前向きに働くには何が必要か」を突き詰めて考えてきました。BOOSTはその答えの一つとして、企業や社会に貢献していきたいと思っています。
コンディションスコア47%向上が示す、確かな手応え
芳賀:SGPの中でBOOSTのプログラムを導入していただき、異動直後など環境変化によってプレッシャーやストレスを感じやすい方を対象に13人の方にご参加いただきました。内容としては、ツールと人によるコーチングを組み合わせたプログラムで、面談を通じて「こうなりたい」「これが課題」といったテーマを明確にし、毎週、次のアクションを設定していくというプロセスを繰り返していきました。
高井:忙しい中でも多くのメンバーが積極的に取り組んでくれて、普段の業務の中ではなかなか口に出しにくいことも率直に話せる場になっていたと思います。実際にプログラムの満足度は92%と非常に高い評価を得ています。
芳賀:BOOSTは参加者自身が「受けて良かった」と感じることを最優先にしていますが、同時に企業側にとっても成果が数字で見えることが重要です。今回、参加者の「コンディションスコア」は平均で47%向上し、特にストレスが懸念された参加者のスコアが顕著に改善されました。また、ストレス対処スキルも向上し、ストレス対処スキルが高い人ほど、エンゲージメント・生産性が高いことも明らかになりました。

高井:面白かったのは、ストレス対処スキルのパターンが人によってまったく違うということです。BOOSTのツールではストレス対処スキルを「情報収集」「気晴らし」「肯定的解釈」など6つの軸で可視化できるのですが、自分がどこに偏りがあるのかがよく分かる。たとえば私は「前向きな諦め」がすごく弱かったんです。確かに言われてみれば、昔から諦めることに少しネガティブな印象を抱くタイプだったと思うのですが、「どうにもならないことを手放すのも一つのスキル」とコーチからアドバイスいただいて、その視点は自分の中になかったと気づくことができました。
芳賀:素晴らしい気づきですよね。高井さん、BOOSTの講師になっていただけそうですね(笑)。
高井:いえいえ(笑)。でも本当に、「回避する」ってネガティブじゃなくて、時には最善の選択なんですよね。積極的に計画を立てる、情報を集める、ポジティブに解釈する——そういう対処法だけでは、乗り越えられない場面もあるんだなと。そうした際に回避したり切り替えて別の選択肢に目を向けるといった選択肢も、実はすごく重要だというのが勉強になりました。
芳賀:もちろん、人生はゲームのようにはいきませんがRPGに例えると分かりやすいかもしれません。草むらでモンスターが出てきたとき、プレイヤーは「戦う」「逃げる」「道具を使う」など選べますよね。自分の残りのHP(ヒットポイント)や相手の強さによって、取るべき対処は変わります。働く上での困難やチャレンジに直面したときも毎回同じ手を使うのではなく、その場に応じた最適な方法を選ぶ。それを一人一人が自ら実践できるようにするのが、BOOSTの狙いなんです。

高井:それがまさに、今回の13人にとっても大きな気づきだったと思います。もちろん、プライバシー保護の観点から特定の個人がどのような結果だったかは私も分からないのですが、匿名で集計されたレポートや感想を見ていると、パフォーマンスの向上や、不安の乗り越え方に関する気づきが多数ありました。
たとえば、仕事の中でうまく乗り越えられなかったポイントに対して、第三者からの視点が加わることで「この対処方法で良いんだ」と思えたという声。あるいは、AIからのアドバイスが意外と効果的だったという声もありました。
芳賀:それはよく聞きますね。AIだからこそ言える、聞けるという感覚。人に話すと気を遣ってしまうけれど、AIなら率直に向き合える。自分が入力したことに対して、一般論としてのアドバイスが返ってくることで、妙に納得できるというのはありますね。
高井:そうなんです。「相手にこう思われるかも」などと、余計なことを考えずに対話できますし、AIの返答にも余計なフィルターがかかっていません。結果として「確かにそうかもしれない」と腑に落ちる。そうした体験を通じて、自分の思考のクセに気づけたり、行動の選択肢が広がったりする。それが、BOOSTを導入して得られた大きな価値の一つだと思います。
ベンチャークライアントモデルでの強い成功体験が、提案の説得力に
高井:今回の取り組みはベンチャークライアントモデルの実践という側面もありましたが、その視点でいうと「自分たちで実践して成果を得られた」という事実を持てたことは非常に大きいと思っています。今後電通のクライアントにも、BOOSTをご提案していきたいと思っています。やはり、自社が当事者として導入・活用した上で納得できる結果が出たことは、クライアントに提案する際にも最も説得力のある材料になります。
ベンチャークライアントモデルは本当に難しいと思っていて、必ずしも成果が出るとは限らないですし、曖昧なまま終わってしまうケースも少なくありません。でも今回に関しては、目に見える形で成果を得られた稀有な例だと感じています。
芳賀:本当にありがたいことです。まずは高井さんのように、BOOSTを信頼して伴走してくださる方と出会えたことが、大きな成功要因だったと感じています。そして、これまでの実績を振り返ってみても、電通さんとの取り組みを通じて得られた成果はかなり高い数値となっています。もともと優秀な方が多い中で、より高い成果を出そうとすると、それだけプレッシャーも強くなる。そのような環境にいる方々だからこそ、BOOSTのようなコーチングや支援を必要としていたのだと思います。
また、私たちのようなソリューションは日本ではまだ新しいため、興味はあっても様子見の企業が多いのが現状です。そうした中で、電通さんのような企業がBOOSTを活用し、明確な成果を出したという事実は、非常に大きなメッセージになります。

高井:BOOSTを単にテストして終わりではなく成功体験につなげられたのは、導入のプロセスにも要因があったと思っています。ベンチャークライアントモデルをうまく機能させるには、ソリューションが優れていることは大前提として、それだけでなく組織内でいかにコンセンサスを取り、丁寧に段階を踏んで進められるかがカギになります。
たとえば、今回はAIを活用したソリューションでもあるので、AI活用に関する社内のルールやガイドラインへの対応も不可欠でした。人事部門や関連部門にもきちんと説明し、理解してもらえるようにコミュニケーションを重ねる。そうした一つ一つの対応が重要になります。
芳賀:本当にその通りですね。どれだけソリューションが良くても、それだけでは大企業には導入していただけないというのを強く感じています。関係する一つ一つの部署に納得してもらいながら、段階を踏んで進めていく必要があります。
高井:そのようなプロセスの構築や合意形成も含めた成功体験を、クライアント企業への導入を支援する際にも役立てていきたいと思っています。

成長とケアの両立を、日本のスタンダードに
高井:今回の取り組みで得られた成果をもとに、BOOSTの導入を社内でもさらに広げていこうという動きが進んでいます。すでに別部署やキャリア採用の方のオンボーディング支援への応用も検討中で、具体的な計画も始まっています。今年度もSGP内で新たにプログラムを実施する予定ですし、取り組みを聞いて声をかけてくれるメンバーも増えていて、チームとしてもワクワクしています。
今後はより上位のマネジメント層、たとえば局長レイヤーや役員クラスにも参加してもらう計画を進めており、トップ層にもBOOSTの価値を実感してもらえることを期待しています。
芳賀:私たちとしても、BOOSTを日本企業の新しいスタンダードにしていきたいという思いがあります。これまでの日本の働き方は、前時代的なハードワークを良しとしていた“攻め”の時代から、働き方改革やウェルビーイングによる“守り”のフェーズに移行してきました。でも今、求められているのは、その中間——心身の健康をケアしながらも成長を後押しするような、バランスの取れた支援の形だと感じています。
そういった意味でも、電通さんのような「高いパフォーマンスと心身のケアの両立」を目指す企業と一緒に、新しい風を起こしていけることに、私たちは強い意義を感じています。
高井:BOOSTは、私自身がずっと使い続けたいと思えるソリューションなんです。実はBOOSTのコーチに「仕事をする上で高井さんが大切にしているポリシーが、今の自分を縛っているのかもしれません」と言われたことがあって。自分では信念だと思っていたことが、実は柔軟な思考を妨げていたという気づきがありました。このようにプログラムを通じて、明らかに自分の状態が良くなったという実感があるからこそ、人にもおすすめしたいと心から思っています。
芳賀:それこそ、スタートアップ企業や新規事業に取り組む部署との相性も良いですよね。人手が足りない中で、マネジメントが行き届かない場面もありますし、BOOSTがフォローしきれない部分を支える“影の伴走者”になれるのではないかと思っています。
高井:そうですね。誰かが疲弊する前にAIやコーチがアラートを出してくれる。あるいは本人が自力で立ち直る力を養える。そんな仕組みがあると、組織全体のレジリエンスが格段に高まるはずです。
芳賀:SGPの皆さんとの取り組みは、私たちにとって大きな一歩になりました。新しい価値を提案するスタートアップにとって、最初の導入実績を積み上げることは容易ではありませんが、そんな中でファーストペンギンとして飛び込んでくださり、実際の現場での手応えや丁寧なフィードバックをいただけたことは、BOOSTの価値をさらに磨く上でも本当に大きな前進の機会でした。社内調整も含めて真摯に伴走していただいたことに、心から感謝しています。
高井:ありがとうございます。私たちとしてもBOOSTという新しい選択肢を社内に届けられたことをうれしく思いますし、これからもワンチームで一緒にソリューションをより良くしていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします!