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サウンドデザインから考えるCXNo.4

CXはサウンドデザインで進化する 「UNMUTE」始動

2023/12/08

私たちは、普段の生活の中で、音を介してさまざまな情報を受け取っています。メールが届いたこと。支払いが完了したこと。操作を間違えたこと。私たちが無意識に耳にしている音は、誰かが意識的につくった音でもあります。そう、音はデザインされているのです。私たちの暮らしを便利にするために。私たちの体験を豊かにするために。

Dentsu Lab Tokyoは、STARRYWORKSと共同で、音を起点に体験をデザインするソリューション「UNMUTE」を立ち上げました。記事では、メンバーの土屋泰洋氏(Dentsu Lab Tokyo)と木村幸司氏(STARRYWORKS)を迎え、サウンドデザインの現状や「UNMUTE」が提供するソリューションについて聞きました。

UNMUTEの土屋泰洋氏(Dentsu Lab Tokyo)と木村幸司氏(STARRYWORKS)


サウンドデザインの価値を明確にする

──お二人は、サウンドデザインの分野でさまざまな取り組みを行っています。サウンドデザインの現状について、どのような課題意識をお持ちですか?

土屋:まず、サウンドデザインという概念自体が、あまり知られていない状況があると思います。

例えば、何かしらのインターフェースをデザインする場合を考えてみると、多くの場合、ユーザビリティや美しさの観点で、画面をどう見せるか、どう動かすかといったことを検証していくと思います。これらはすべて視覚情報に重きを置いたビジュアルデザインのアプローチです。一方、サウンドデザインのアプローチでは、画面上のボタンをクリックした時にどんな音が鳴ると、ユーザーの操作を促すことができるか、操作が完了したことを認識できるか、体験として心地よいか、といった検証をしていくことになります。こういったサウンドデザインの視点を採り入れている企業は、まだあまり多くないように感じます。

また、サウンドデザインというと、ともすれば音楽制作の延長線上にあると思われがちですが、実はそうとは限りません。サウンドデザインにとって最も大切なことは、音を利用してユーザー体験をどのように拡張するか、UX(User Experience)の視点を持って適切に音を設計していくことです。この視点を持って適切に音をデザインできる人がまだまだ少ないのではないかと感じています。

土屋泰洋(Dentsu Lab Tokyo)
土屋泰洋(つちや やすひろ) zero/Dentsu Lab Tokyo クリエーティブ・テクノロジスト/リサーチャー。広告制作プロダクションを経て、2006年から電通。2021年からCXクリエーティブ・センター所属。テクノロジーを活用した「ちょっと未来のコミュニケーション」の開発・実装を目指し、生体信号、ロボティクスなどの分野を中心としたプロダクトの研究・開発に従事

──サウンドデザインに対する企業の意識は、日本と海外で差があるのでしょうか?

土屋:この連載のスズキユウリさんとの対談記事の中でも触れていますが、世界的に見てもサウンドデザインという概念は、ビジネスにおいても、公共空間においても、まだまだ浸透していないと言えるのではないでしょうか。これからだと思います。世界的にニーズはあるものの、まだ成熟していないという印象です。

──木村さんが所属するSTARRYWORKSはインタラクションデザインを得意とする会社と伺っていますが、サウンドデザインについてはどのようにお考えですか?

木村:STARRYWORKSは、インタラクションデザインがメインの会社ですが、過去にさまざまなプロジェクトで、単純にインタラクションのデザインをするだけではなく、そこに音を絡めてきました。また、インスタレーションなどのスクリーンメディア以外でのインタラクションデザインも多く、そういった場合は、サウンドデザインは当然のように必要でした。土屋さんとも過去にさまざまな、インタラクションとサウンドが絡んだプロジェクトをご一緒させていただいてます。

例えば、土屋さんと一緒に立ち上げたプロジェクトに「SND」があります。     これは、UI(User Interface)を操作した時に再生される音を変えると、見た目は同じでも触り心地が違って感じられることを、実際に体験できるようにしています。

この触り心地の部分は、音によってUIの分かりやすさを向上してブランドとユーザーの間のコミュニケーションを円滑にするだけでなく、ブランドの個性や価値観を表現することにもつながるため、今後、サウンドデザインの重要性は増してくると思います。

木村幸司(STARRYWORKS)
木村幸司(きむら こうじ) STARRYWORKS 代表取締役。1981年大阪府生まれ。2006年にSTARRYWORKSを設立し、エンターテインメント・広告・商品開発などさまざまな分野において、デザインとテクノロジーを融合したコンテンツを制作。15年に子会社としてホラーコンテンツに特化した株式会社闇を、16年には親子のコミュニケーションに特化した株式会社BUTTONを、21年に飲食事業の株式会社ヒューを設立。18年より大阪芸術大学特任教授

──サウンドデザインの重要性が増す中で、「UNMUTE」を立ち上げた経緯について、教えてください。

土屋:先ほど木村さんからもお話のあった「SND」の取り組みがきっかけです。「SND」では、インタラクションデザインにおける音の重要性を伝えるために、商用/非商用関係なく、自由に使えるUIサウンドや、ウェブへの実装を簡単にするJavaScriptライブラリを無料で公開したのですが、この取り組みに国内外から反響があったんです。

「SND」の活動を発展させていくことも考えたのですが、サウンドデザイン自体の価値をどう発展させていこうかと考えたときに、個別の企業のニーズに合わせた、きめの細かいサウンドデザインをソリューションとして提供するべきではないか、との結論に達しました。そうした経緯から、Dentsu Lab Tokyoと STARRYWORKSが共同で立ち上げたのが「UNMUTE」です。私たちは、サウンドデザインの価値を明確にして、企業にその価値を提供することを目指しています。 

木村:STARRYWORKSは、もともと、ビジュアルデザインとインタラクション、サウンドをからめたコンテンツ制作を得意としている会社なのですが、Dentsu Lab Tokyoと組むことで、視覚体験だけでなく聴覚体験も含めたブランドデザインや、UI/UXデザイン、R&D(研究開発)など、より幅広い分野で自分たちの強みを生かせると思い、このお話をいただいた時にはとてもワクワクしました。

土屋:完全分離型イヤホンやスマートスピーカーの普及といったインフラ部分はもちろん、本の朗読コンテンツやポッドキャストの人気も高まっていますし、世の中的に音への注目度が高くなってきていると感じています。

木村:そうした時代背景もあって、音をデザインすることが今後どんどん重要になってくるのではないかと感じており、さまざまな分野で「UNMUTE」の出番があるのではないかと期待しています。


音の機能性と情緒性を生かして体験をつくる

──続いて、「UNMUTE」が提供するサービスメニューについて教えてください。

土屋:大きく3つあります。

●サウンドデザイン

サウンドデザインといっても、その範囲は広いので、概念上、ファンクショナルサウンドデザインとシンボリックサウンドデザインという2つに分けています。

ファンクショナルサウンドデザインとは、例えばスマホをロックした時に「カチャリ」という音が鳴り、その音でロックされたことを認識するように、音によって既存の機能を補強し、商品体験を向上させるアプローチです。

一方、シンボリックサウンドデザインとは、音によってブランド体験を補強するアプローチです。ブランドの世界観を想起させるような音のデザインや、音が鳴るタイミングを設計していきます。

一応、概念上は2つに分けていますが、具体的なサウンドデザインはこの2つを横断する作業になります。たとえば、エンジン音やシャッター音や決済音はファンクショナルサウンドといえますが、繰り返し聞くうちに、ブランドイメージやストーリーの想起に寄与するような情緒的な側面ももち得ます。一方で、空間のサウンドスケープデザインも、空間の雰囲気をデザインしつつも、周りの騒音を緩和したり、音によって時間や季節の変化を感じさせるなど、ファンクショナルな側面も持ち得ます。

●インタラクションデザイン

インタラクションデザインとは、機器やソフトウエアなどが使われる際の、ユーザー側の操作とシステム側の反応の関係、両者の間の相互作用をデザインすることです。音そのもののデザインだけでなく、音の特性を生かしたインタラクティブシステム全体のデザイン・実装を行います。例えば、ウェブサイト、アプリ、キオスク端末のUI、インスタレーションなどがデザインの対象となります。

「UNMUTE」のインタラクションデザインが従来と違うのは、インタラクションデザインがまず先にあって、後から音をつけるのではなく、初めからインタラクションと音のデザインを一体で考えることができる点だと思います。

●サウンド・ビジュアライゼーション

ライブ・コンサート演出やミュージックビデオ制作など、音をさまざまな手法で可視化することで、音の体験をより豊かなものにすべく、企画から実装まで行います。

以上の3つが基本的なメニューとなります。

木村:インタラクションデザインには、機能的な面と情緒的な面の2つがあります。

機能的な面についていえば、アフォーダンスとフィードバックがとても重要だと思っています。アフォーダンスとは、「ここを押すと、こうなりそう」といったように、どう操作すればよいかユーザーが容易に想像がつく見た目や所作のことです。フィードバックとは、「メッセージが表示されたから、操作完了だ」といったように、ユーザーが操作状況を認識できることです。要は、操作しているユーザーを迷子にさせないということが重要です。

情緒的な面でいえば、例えば子供が安心できそうな優しい顔をしていたり、知的で信頼できそうな顔をしていたりというような表情を、動きやUIの形状の変化などに持たせることができます。

一般的なインタラクションデザインではこれらを視覚的なインターフェイスで考えますが、音をしっかり設計することで機能的・情緒的それぞれの面で体験性をかなり向上できる可能性があると考えています。

土屋:上記の3つ以外にも、電通国際情報サービス(ISID)、エステック(ESTECH)と共同でEV(電気自動車)のエンジン音のデザインを行うプロジェクトも進行中です。

自動車のサウンドデザインというと、今までは、いかに車内空間を静かにするかという、「静音化」が重視されていたのですが、EVの登場で、静音化はある程度実現しました。次に必要な自動車のサウンドデザインとして、EV化で失われた、ある意味で「走り心地」を担保していたエンジン音や車内音を、ブランドの世界観にあわせて積極的にデザインしていく「快音化」ともいうべき考え方が重要になっていくのでは、と予想しています。

現在は、VDX Studioというシミュレーション環境を用いて、EVのエンジン音のデザインの検証を行っています。検証から分かってきた興味深い事実の一つとして、同じ速度で走行していても、ドライバーの体感速度がエンジン音によって違ってくる、ということがあります。この現象をより突き詰めれば、ドライバーがスピードを出しすぎるのを抑制するようなサウンドデザインができる可能性もあります。

──同じ速度で運転していても、どうサウンドデザインするかによって体感速度が違うというのは、興味深いですね。EVのサウンドデザインについては、次回の記事でまた詳しくお話を伺えれば、と思います。


音の可能性を解放する

──「UNMUTE」のメンバーは、サウンドデザインの領域でこれまでどんな仕事をされてきたのですか?

土屋:私が関わった仕事の一つに、「インタラクティブビジョン・エンターテインメントシステム」があります。スタジアムやアリーナで観客参加型のエンターテインメントを提供するためのシステムです。

海外では、いわゆる「キスカム」と呼ばれる、カメラに写されたカップルがキスをして会場が盛り上がる、というような演出がよくありますが、日本人の感覚としては、かなりハードルが高いですよね。かといって、シンプルにカメラで写された人だけが手を振って盛り上がるのも面白くない。もっとスタジアム全体が一体感を感じるインタラクションがつくれないかということで、音を利用したインタラクションシステムを開発しました。

観客席に向けたマイクの音をAIで解析し、全員がそろって手をたたいたタイミングを検出することができるようになっていて、みんなでタイミングをあわせて手をたたくことによって楽しむゲームが開発できるシステムになっています。三三七拍子や一本締めのように、みんなで同じタイミングで手をたたくと高揚感と一体感が生まれます。こうした音の持つ特性から体験をデザインした例です。

「インタラクティブビジョン・エンターテインメントシステム」

木村:私からは、2つ事例を紹介します。一つは、「lumen」という作品です。これは、四方の壁と床と天井が鏡になっている空間で、音楽に連動して壁面の鏡にモーショングラフィックスが映し出されます。鏡なのに映像が映し出されるのは、壁面がハーフミラーになっており、その裏にぴったりと設置されたLEDディスプレーによって描かれた光がハーフミラーを透過して見ることができるからです。中にいる人から見ると、音楽に合わせて模様が動く万華鏡の中にいるように、無限に反射される映像の中に入ることができるので、今まで体験したことがないような没入感を味わえます。


 

もう一つは、「みんなのこえ水族館」というコンテンツです。音というのは波形なのですが、この波形が魚の骨に似ていることに着目しています。マイクに向かって声を発すると、リアルタイムで波形になり、そこに目玉がついてアニメーションの魚になり、海の中を泳ぎ出します。壁面に映し出された海の中を泳ぐ魚にタッチすると、録音された音声がピッチを変えられて再生されます。人の声はそれぞれ波形が違うので、オリジナルの形をした魚が泳ぐのを楽しめるというわけです。これも音を起点にした体験になっています。

 


──最後に、「UNMUTE」の今後の展望について、お聞かせください。

土屋:「UNMUTE」は、音から体験をデザインする、というアプローチで、UIやサウンドロゴ、ドライビング体験まで、幅広く体験をデザインするクリエイティブチームです。音への深い理解と、インタラクションデザインの経験値が強みだと思います。従来の広告クリエイティブとはまた違った視点から、ソリューションとしてのサウンドデザインを提供できると考えています。

木村:企業のブランド価値を高めるということに関しても、「UNMUTE」にできることはあると思います。ブランドを構成する要素としては、ビジュアル的なアイデンティティや、バックグラウンドにあるストーリーなどが一般的ですが、音にもそれに劣らない可能性があると考えていますし、それを「UNMUTE」が先頭に立って提供していければ、と考えています。

土屋:「UNMUTE」とは、直訳すれば「ミュート(消音)しない」という意味です。音を不要なもの、なくてもよいものと考えるのではなく、「音の可能性を解放する」という思いのもとにメンバーが集まっています。

技術に根ざした企画力を強みとするDentsu Lab Tokyoと、クラフト力と実装力を持つSTARRYWORKSが組むことで、フィジビリティを担保しながらクオリティの高いデザインを実現することができると自負しています。まずは、音に関することなら何でも気軽にご相談いただければ、と思います。


UNMUTE公式サイト:https://unmt.dev/

 

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