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月刊CXNo.30

広告を、広告として愛してもらうためのCXづくり。Netflixシリーズ「三体」プロモーション企画が成功した理由

2025/02/12

日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。

今回取り上げるのは、2024年3月21日に配信を開始したNetflixシリーズ「三体」のプロモーション企画です。

ウェザーニュースとコラボした渋谷スクランブル交差点ジャックプロジェクトや、インフルエンサーとのコラボ施策などを展開し、SNSを中心に話題を呼んだ本企画。企画やディレクションなどを手がけたクリエーティブ・ディレクターの橋口幸生氏に、企画が生まれた背景や、成功に至った理由を聞きました。

橋口氏
【橋口幸生氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
代表作はNetflixシリーズ「三体」「明日は来ないでしょう」キャンペーン、世界えん罪の日「真実は、曲げられる」、ニデック「世界を動かす。未来を変える」、伊藤忠商事「キミのなりたいものっ展?with Barbie」など。DEI専門クリエイティブ・チームBORDERLESS CREATIVE主催。国内外の広告賞受賞多数。「言葉ダイエット」「100案思考」著者。Xフォロワー2万4千人超。趣味は映画鑑賞。

作品の名場面を再現し、原作ファン以外にもインパクトあるアプローチを

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月刊CX:まず、今回の施策について簡単に説明をお願いします。

橋口:今回はNetflixシリーズ「三体」の魅力を日本で幅広く伝えるためのプロモーションでした。原作は中国のSF作家・劉慈欣(りゅう じきん)による長編SF小説で、全世界の累計発行部数が2900万部を超えるベストセラー作品です。

本企画では「三体」の壮大な世界観を伝えるため、大きく分けて2つの施策を行いました。ひとつはウェザーニュースとコラボして制作したOOH施策の「『お前らは虫けらだ』キャンペーン」です。

「三体」はざっくり言うと“三体人”という悪い宇宙人が地球を侵略しに来るというストーリーです。宇宙人が地球上のすべてのサイネージを乗っ取って人類に「お前らは虫けらだ」とメッセージを表示し宣戦布告する、という作中の名場面を現実に再現しようと、ウェザーニュースとコラボして渋谷スクランブル交差点をジャックしました。


橋口:キャスターの駒木結衣さんが明日の天気を伝えようとすると、突然画面にエラーが発生し「YOU ARE BUGS お前らは虫けらだ」と表示されます。日本の象徴的な場所である渋谷スクランブル交差点で、誰もが知っているウェザーニュースの映像がジャックされる様子は、日本人にとって身近な現実が破壊されるスリルが味わえるものになっています。

月刊CX:作品を知らない人もあっと驚くような、インパクトある施策ですね。

橋口:原作ファンにとどまらない幅広い層にアピールしたいという意図があったんです。

もうひとつは、日本人インフルエンサーの「BossB」さん、「じゅじゅ」さん、「コヤッキー」さんの3人を起用したインフルエンサー施策です。

作品のなかで宇宙人の侵略により科学者たちの現実が壊れたように、インフルエンサーがジャックされ、普段の動画がだんだんとおかしくなっていくというものです。宇宙や物理、SFといった作品の文脈に合う方にお願いし、潜在的な作品ファンに向けて認知拡大と視聴意欲の喚起を狙いました。


月刊CX:反響はいかがでしたか?

橋口:どちらも非常に大きな反響がありました。OOH施策はSNSやメディアで話題になりましたし、原作ファン以外にもウェザーニュースの駒木アナのファンが熱心に拡散してくれましたね。「三体」とウェザーニュースの双方の文脈に沿った企画になっていたことが、拡散にも寄与したのではないかと思います。

インフルエンサー施策では、TikTok動画の再生数やエンゲージメントも通常よりもはるかに高い記録を達成して非常に好評でした。また、顔出しをしていないインフルエンサーの起用は過去にあまり例がなかったのですが、その点についてもマーケティングの専門家から高い評価をいただきました。ユーザーからは「さすがNetflix」「広告だとは思わなかった」という言葉が寄せられ、まさにそういう反応を引き出したいと思っていたので、とてもうれしかったですね。

月刊CX:企画がはじまったきっかけについても教えてください。

橋口:僕は原作の小説も好きですし、映像化を手がけたクリエイターの作品のファンでもありました。そこで、Netflixに自主提案をして、オリエンを経て今回の企画が出来上がったという流れです。

月刊CX:もともとは、橋口さんの自主提案がきっかけだったのですね。

橋口:はい。そもそも「三体」はアメリカやヨーロッパなど特に欧米で非常に人気が高い作品です。その小説を「ゲーム・オブ・スローンズ(※)」の製作総指揮を手がけたデヴィッド・ベニオフとD・B・ワイスが映像化したことで、話題性もあり海外ではヒットするともくろまれていました。

しかし、日本市場でNetflixシリーズ「三体」が受け入れられるかどうかは未知数でした。というのも日本市場はかなり特殊で、ランキングの上位を占めているのがほとんど韓流ドラマや国内アニメなのです。

また日本ではタレントありきのコンテンツが多いですし、海外と日本国内での受容のされ方が異なるなかで、「三体」は苦戦するだろうと予想されていました。そうした状況のなかで、いかに日本の皆さんに「三体」の魅力を伝えるかにフォーカスして企画を考えました。

※ゲーム・オブ・スローンズ=世界中で社会現象を巻き起こした米国のテレビドラマシリーズ。原作はジョージ・R・R・マーティンの「氷と炎の歌」。(テレビドラマは2011年~2019年放送、2025年1月時点で原作は未完)

広告を、広告として愛してもらえるようなCXにこだわった

月刊CX:今回の施策のクリエイティブで特にこだわったところを教えてください。

橋口:原作ファンに向けた草の根的な盛り上がりではなく、世の中全体で話題化されるような企画にすることを強く意識していました。もちろん、僕を含めて原作のコアなファンが国内にもいるため、その熱を高めることも重要でした。しかし、それだけに頼るとマニアックな作品だという印象になってしまい、大勢の方が楽しめるものにはならないと思ったのです。Netflixからも、メジャーなSF作品としての見せ方を期待されていました。

純粋に広告の効果だけを考えるとデジタルだけでも成立はしますが、とても大きなエンターテインメントだということを見せるためにも、渋谷スクランブル交差点ジャック施策には特に力を入れましたね。

月刊CX:ウェザーニュースという協力者の存在も大きかったのではないかと思います。

橋口:正直に言うと、最初はウェザーニュースとコラボできるかはわかりませんでした。とがった企画ですし、コラボできなかった状況も踏まえて企画を練っていたのですが、ともに企画を進めていたプランナーが「ウェザーニュースじゃないとダメだ」と並々ならぬ意志を持っていて。

実際にコラボできることになってスタジオに入ったとき、プランナーの言うことは間違いなかったと確信しましたね。実際に天気予報を撮影するスタジオでアナウンサーがしゃべるということは大きな意味を持ちますし、本物にしか出せない迫力がありました。

ウェザーニュースの天気予報は社会のインフラという側面もあり、面白おかしくいじるとネガティブな反応を引き起こすおそれもあるため、うまくバランスを取ることは意識しましたね。

月刊CX:CX的に一番力を入れた部分についても伺いたいです。

橋口:広告という見方をされた瞬間、ユーザー体験は失われてしまうことが多いと思います。優れたコンテンツでも「なんだ、結局広告なのか」と思われがちです。とはいえ、表面上の広告っぽさをなくしただけのものにすると、ステルス的な広告になってしまいます。

ですから、広告的な顔付けはしていないけれど、広告として愛してもらえるようにするという微妙なニュアンスは大切にしました。

インフルエンサーの方を選ぶときにも、あえて映画やドラマ評論家といったジャンルは外していました。これはNetflix側の意向でもあったのですが、評論家の方がPRで映画やドラマを宣伝すると、宣伝感が強くなってしまう可能性があるためです。ユーザーから寄せられた「広告だとは思わなかった」というコメントが一番の褒め言葉だと感じています。

Customerだけではなく“Citizen”を意識した体験づくりを

月刊CX:クリエイターとして「三体」のような海外のSFコンテンツに触れる魅力は何だと思いますか?

橋口:私個人としては、SFは未来の世界などを描いたものが多く、今の僕たち現代人がどういう存在なのかを俯瞰するきっかけになるのがいいところだなと思っています。日常ではありえない物語の世界に没入することで、自分の抱えている課題やキャリアについてメタ認知できます。SF以外に哲学やリベラルアーツが流行しているのは、自分を客観視する需要が高まっているからなのではないでしょうか。

また「三体」に限らず海外のドラマや映画を観ていると、世界の最先端のクリエイターが問題視していることがわかるという利点もあると思っています。こういうことを言うと映画好きやドラマ好きの方に怒られるかもしれませんが、世界情勢を読み解くビジネス本を読むような感覚で作品を楽しめる側面もあるかなと。そうした点は、多少なりともクリエイティブに役立っていると思いますね。

月刊CX:今後、CX領域で、電通はどのようにクライアントと関わっていくようになると考えていますか?

橋口:一言で伝えるのが難しいですね。そもそも僕は、電通とクライアントとのやり取りもエクスペリエンスのひとつだと思っていて。クライアントに僕たちとの仕事を楽しんでもらえるために何ができるか、ということは真面目に考えています。広告をつくることは基本的にすごく楽しいものですし、アウトプットはもちろん、そのプロセスも体験として楽しいものにしていきたいです。

その上で、クライアントともしっかり話ができるといいなと考えています。課題について愚直に考えつつ、クライアントの要望に対して客観的なアプローチを考え続けることが大切なのではないかと。クリエイターとしてアワードをとりたいという野心もあるかもしれませんが、そうした自分の欲が透けて見えると、一気にクライアントからの信頼はなくなってしまうでしょう。相手をリスペクトしつつ課題解決のことを考える、純粋で健全なストイックさが大事だと考えています。

月刊CX:橋口さんが考える「優れたCX」とは何かを伺いたいです。

橋口:クリエイティブに触れた人の幸せや人生の豊かさに寄与するものが、優れたCX体験といえるのではないでしょうか。

CXの“C”は「Customer(顧客)」のCですが、僕はもう少し広く解釈して「Citizen(市民)」のCと捉えています。ですから、そうしたCitizen向けの体験をつくっていきたいと常に考えています。

人間にはいろいろな側面があり、顧客や消費者としての側面はほんの一部です。その人をCitizenとして全人格的にリスペクトして、かけがえのない経験になり得るCXを追求していきたいですね。

月刊CX:最後に、これから橋口さんが挑戦したいことを教えてください。

橋口:今回の経験を踏まえて、海外で大ヒットしているものの国内ではそこまで話題になっていない作品の魅力を日本のユーザーに伝えるコンテンツづくりに積極的に挑戦していきたいです。

ドラマに限らず、洋画や洋楽といった海外の文化を、日本人が見なくなっているように感じているというのもあって。世界中のコンテンツを気軽に楽しめる時代において、日本のコンテンツだけを楽しむ内向きな姿勢は、文化の多様性という観点からあまり好ましいことではないと思います。

日本と海外ではコンテンツの楽しみ方が異なるため、どういうアプローチをするのが正しいのか未知数な面もありますが、今回の体験を生かして、人々の生活、ひいては世界を良くするような仕事にこれからも取り組んでいきたいです。


(編集後記)

今回はNetflixシリーズ「三体」のプロモーション企画についてお話を伺いました。

優れたコンテンツを多くの人に届けるためにはどうしたらいいか、というエッセンスが詰まったお話が多く、CXの“C”の解釈の仕方を聞いて視野が大きく広がりました。

今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。

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