loading...

電通報ビジネスにもっとアイデアを。

月刊CXNo.29

クリエイティブで社会課題に挑む。ジェンダー問題と正面から向き合った「#女子昔ばなし」

2025/01/09

日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。

今回取り上げる「時代遅れを昔ばなしに。#女子昔ばなし」は、今も存在する「時代遅れな話」を昔ばなし風に変換し、みんなで話し合うきっかけをつくったプロジェクトです。

プロジェクトの成り立ちや今後の展望について、全体設計やイラスト制作などを手掛けたアートディレクターの大久保里美氏に話を聞きました。

大久保氏
【大久保里美氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
アートディレクター
茨城県出身。東京藝術大学デザイン科卒業。ブランディングを軸に、プランニングからコミュニケーション設計・UI/UXまでも含めたトータルなアートディレクションを手掛ける。主な受賞歴にカンヌライオンズ ゴールド、CLIO Awards グランプリ、MAD STARS グランプリ、NY ADC賞、THE ONE SHOW、グッドデザイン賞など。猫とお酒が好き。
 
【「#女子昔ばなし」他クリエイティブメンバー】
佐藤佳文(第3CRプランニング局)・真子千絵美(第3CRプランニング局)・大淵玉美(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)

センシティブな話題をやわらかく伝える「昔ばなし」のフォーマット

月刊CX:まず「#女子昔ばなし」の概要について教えてください。

メイン画像
画像をクリックするとサイトをご覧いただけます。

大久保:女性にまつわる時代遅れの話を昔ばなし風に変換し、みんなで話し合うきっかけをつくるX発のプロジェクトです。2022年2月からXでハッシュタグ「#女子昔ばなし」を使って投稿を募り、集まった声のなかでとくに印象的だったエピソードを7つ選んで、それらを元にイラスト化して絵本にまとめました。(デジタル版絵本はこちら

絵本表紙
絵本中身

大久保:昔ばなしは世代を超えて語り継がれてきているものであり、さまざまな話をわかりやすく、かつやわらかく伝えられるフォーマットです。ジェンダー問題というセンシティブな話題に触れやすくすることを意識して、昔ばなしのフォーマットを活用することにしました。

月刊CX:このプロジェクトが誕生した背景を教えてください。

大久保:日本は主要先進国のなかでジェンダーギャップ指数が最下位で、とくに政治や経済において男女格差が大きいといわれています。世界経済フォーラムが発表するグローバル・ジェンダー・ギャップ指数2024では、146カ国中118位でした(※1)。また、イギリスの調査によると、日本人女性の約70%が「性差別的な発言に対して声をあげられない」といった結果が出ていることもわかっています(※2)。

こういった現状を変えるため、誰もが平等な世界を目指し世界80カ国以上で活動している国際NGOプラン・インターナショナルの方々(以下、プラン・インターナショナル)と協力して「#女子昔ばなし」のプロジェクトを進めることになりました。

(※1)世界経済フォーラム 「Global Gender Gap Report 2024」
https://www.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/
 
(※2)Ipsos「INTERNATIONAL WOMEN'S DAY - REPORT - MARCH 2020」
https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2020-03/international-women-day-2020-ipsos.pdf
 

月刊CX:Xではどのような投稿が集まりましたか?

大久保:働いている女性にまつわるものが多かった印象があります。そのほか「むかしむかし…“イクメン”なる言葉があったが、出産後にお母さんと呼ばれる者は、“イクウーマン”とは決して呼ばれはしない」「むかしむかし…『お茶は女性がいれたほうがおいしい』とかいうおじさんがいたそうな」など、思わずうなずいてしまうような投稿が約3000件集まりました。

なかでも「会社でのお茶くみ」や「飲み会でお酌をさせられた」といった話は反響が大きく、同じような経験をしている人が多いのだなと思いました。

月刊CX:Xだけで完結することもできたと思うのですが、なぜ絵本にしたのですか?

大久保:Xのキャンペーンで声をあげてもらって満足するのではなく、社会課題としてしっかり向き合えるようにしたかったからです。デジタルで女性差別に悩む人の声を集め、次世代を担う子どもたちに伝えることで、未来に還元していきたいと考えていました。

なお、制作した絵本は学校や図書館に配布していて、小学生向けに絵本を活用したワークショップも行いました。地道な活動が実を結び、2025年度から中学3年生の道徳の教科書に掲載されることが決まっています。

教科書画像

「デジタル」から「リアル」につなげる体験設計

月刊CX:小学生向けにワークショップを行ったとのことですが、なぜ小学生を対象にしたのですか?

大久保:京都大学の研究で、「男性=賢い」というステレオタイプが7歳ごろから見られるという調査結果があったからです(※3)。

また、年齢を重ねるにつれてステレオタイプを修正するのが難しくなってしまう可能性もあります。そこで、まだ社会的な刷り込みの影響が少ないであろう小学生の子どもたちに、ジェンダー問題について考えてもらうきっかけがつくれればいいなと考えました。

(※3)京都大学「子どものジェンダーステレオタイプが生じる時期を解明」
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-10-12-2
 
こども食堂での親子よみきかせ&オリジナル絵本つくりワークショップ
こども食堂での親子よみきかせ&オリジナル絵本つくりワークショップ
小学校でのよみきかせ会
小学校でのよみきかせ会

月刊CX:ワークショップでは、どんなことをしたのですか?

大久保:こども食堂を兼ねた駄菓子屋さんで行ったワークショップでは、ジェンダーという言葉を聞いたことがない子もいるだろうと思ったので、「消防士になれるのは誰?」「日本の女性の政治家はどれくらい?」「男女の家事の時間の差は?」といったクイズを出しながら、ジェンダー問題について説明をしました。そのあとに絵本のよみきかせをして、最後は子どもたちに生活のなかで気になったことを昔ばなし風にしてオリジナルの絵本をつくってもらいました。

オリジナル絵本

大久保:ある女の子は「女の子はピンクの靴を履くけど、男の子は黒の靴を履く。どっちを履いてもいいのに」と、自分の体験を踏まえて書いてくれました。

「痴漢対策の女性専用車両があるけど、男性も痴漢にあうことがあるので男性専用車両がないのはおかしい」と書いている女の子もいて、男性視点の意見を取り入れてくれたのが新鮮でしたね。

月刊CX:参加したお子さんからは、どのような反応がありましたか?

大久保:「自分も性差別をしないように気をつけようと思った」「『女の子だから』と言われても、これからは自信を持ってこれが好きだと言えるようになりたい」といった感想をくれました。「ジェンダーが男子の僕にも関係あるんだと思った」という感想もあり、ジェンダーは女性の問題だと思っている子もいるのだ、という気づきもありました。

ワークショップには保護者の皆さんにも参加していただいていて「子どもへの伝え方がわからなかったので、こういう機会はありがたい」と好意的な意見を多くいただけました。

そのほか「女の子だけでなく、男の子のバージョンもほしい」「障害者や高齢者のバージョンもつくってほしい」という意見もいただいていますし、いずれはそういったテーマのお話もつくっていけると良いなと考えています。

覚悟があったからこそ、走り抜けられた

月刊CX:ジェンダー問題などの社会課題は、炎上リスクなども含め、ミスコミュニケーションが起きないようさまざまな確認や配慮が必要な分野ですが、プロジェクトを進める上で、何か注意していたことはありますか?

大久保:ミスコミュニケーションが起きないようチームでも慎重に対策しました。捉え方は人それぞれですし、どのような企画でも、大なり小なり炎上のリスクは抱えています。法務担当者も「炎上対策に“完璧”はない」と言っていました。そのため、何かが起きた際にもすぐに対応できるように、プラン・インターナショナルのメンバーと密に連携をとっていました。

月刊CX:具体的には、どのようなことをされていたのですか?

大久保:Xでポストしたあとにチームでミーティングをして、ユーザーの反応を見ながら次にポストする内容を見直したり、ポストの間隔をあけたりと、臨機応変に調整していました。そうやって丁寧に対応したことで、大きな炎上は発生せずに最後まで走り抜けることができました。

このプロジェクトは、プラン・インターナショナルのメンバーも覚悟を持って共に取り組んでくださったからこそ、進められた企画だったと思います。

月刊CX:お話を聞いていて、プラン・インターナショナルのみなさんと良好な関係を築かれていたのだなと思いました。

大久保:そうですね。同じ課題を解決するためのチームメンバーとして、素直に意見を言い合えるフラットな関係が築けたと思います。お互いの得意なところ、不得意なところをかけ合わせて、協力しながら一緒に進めていくことができました。

昔ばなしの雰囲気を出すため、細部までこだわり抜いたアートワーク

月刊CX:大久保さんはイラストの制作も担当したそうですね。

大久保:はい。イラストを制作する前には古い子ども向けの本を見て研究をして、直感的に「昔」を感じられるように、いろいろと工夫しました。

月刊CX:確かに、イラストを見ただけでどこか懐かしいような気持ちになります。どのような工夫をしたのですか?

イラスト

大久保:現代とは違って色のカスレがあり均一ではなかった昔の印刷を再現するため、大小の網点が入ったテクスチャーを入れたり、あえて版ズレしているようなデザインにしたりしてアナログ感を出しました。

月刊CX:こだわって制作したのですね。

大久保:はい。アナログ感を出すだけでなく、色使いにも気をつけていて、センシティブなテーマである分、見た人にネガティブな印象を与えないように、明るくチャーミングな色を使うようにしていました。また、Xのタイムラインで流れることを想定し、小さい画面でもちゃんと情報が伝えられるかどうか、視認性を確認しながらイラストを制作しました。

クリエイティブで社会の課題を解決。未来につながる体験・商品設計を目指したい

月刊CX:道徳の教科書に掲載されると決まったとき、どう感じましたか?

大久保:想像していなかったので、とても驚きましたし、うれしかったです。普段は短期間・短時間で多くの人に情報を伝える広告を手掛けているため、長期的に誰かに伝える・考えるきっかけとなるツールをつくるというのは、広告とは違った面白さがあり、やりがいを感じられました。何より、クリエイティブを使って課題解決ができることに希望をもちました。

月刊CX:教科書への掲載決定という結果を残すことができた理由はなんだと思いますか?

大久保:チームとして、最後まで方針をぶれさせずにプロジェクトを進められたからだと思います。企画の段階から「未来を変える仕組みをつくること」を目指していて、それはプラン・インターナショナルのメンバーとも共有していました。

デジタルの声をリアルな体験に生まれ変わらせることが、このプロジェクトの最大のポイントでしたし、教科書への掲載が決まったことで目標に近づいてきたと感じています。

月刊CX:最後に、これから大久保さんがCXクリエイティブでやっていきたいことを教えてください。

大久保:「#女子昔ばなし」のように、未来につながる体験や商品を設計していきたいです。良い体験があれば、自分には関係ないと思っていた社会課題を“自分ごと”として捉えられるようになりますし、それを積み重ねていけば社会を変えることにつながります。

短期的なプロジェクトももちろん面白いのですが、長期的な目線で誰かにとって良い未来をつくるCXクリエイティブに積極的に携わっていきたいです。


(編集後記)

今回はデジタルの声をリアルの体験に生まれ変わらせる「#女子昔ばなし」の事例について話を聞きました。デジタル上で声をあげやすい場所をつくり、集まった声を絵本にして配布することで、普段はあげづらい女性たちの声をリアルな場に届けて考えてもらうきっかけをつくった同プロジェクト。教科書の掲載がスタートしたときにどのような反応があるのか、別テーマでのプロジェクトが進むとしたらどのような絵本になるのか。この社会を生きる一員として、今後の展開を楽しみにしています。

今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。

月刊CXロゴ
月刊CX編集部
電通CXCC 木幡 小池 大谷 奥村 古杉 イー 齋藤 小田 高草木 金坂
X(Twitter)