月刊CXNo.28
不完全さが人間の価値となる。電通CXCCと未来事業創研がデザインする「未来の暮らし」と「幸せ」
2024/11/18
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
今回は、最新のCR(クリエイティブ)ソリューションを活用しながらCRのプランニングを行う電通CXCCのセンター長・並河進氏と未来事業創研ファウンダー・吉田健太郎氏に、AI活用の現状と未来の暮らし、これから求められるCXについて話を聞きました。
デジタルを活用したCXで、未来を描く
月刊CX:まず、おふたりが現在取り組まれている業務について教えてください。
並河:僕はCXCCのセンター長として、クライアントの事業やコミュニケーションを拡張するべく、AIをはじめさまざまなテクノロジーを活用したCX(カスタマーエクスペリエンス)クリエイティブを設計しています。
2024年には、人が中心の未来を描いたときに「未来の暮らし」が大きなテーマになるという考えのもと、ユニットを再編して「未来の暮らし研究部」を新しく立ち上げました。言ってしまえば衣食住はすべて体験であり、人がどう暮らしていくかを考えるのは、CXを考えることと同じことだという意図からです。
現在は、吉田さんがファウンダーを務める未来事業創研をはじめとした電通社内のチームや各研究機関と連携して、さまざまな取り組みを進めています。
吉田:僕も並河さんと目指す方向は同じです。少子高齢化やコロナ禍などの影響で、人々の暮らしのスタイルや社会が変化していくなかで、社会全体で未来に対するニーズが高まっていると感じています。
そこで未来のクリエイティブをつくる体制と専門性を強化すべく、2021年に電通のナレッジを集結させた横断組織として未来事業創研を立ち上げました。僕自身が「次世代が未来に期待できるような取り組みをしていきたい」と考えていたことも、未来事業総研の立ち上げに関係しています。
月刊CX:それぞれの部署で、どのようなプロダクトが世に出ているのか教えてください。
並河:未来の暮らし研究部では、平時の備えから緊急時のアナウンスまで、リアルタイムに市区町村単位で配信可能な防災情報API「City Watch」を活用したサービス開発を行っています。「City Watch」は2018年にリリースしたサービスで、災害情報配信は15カ国語に対応。いざというときの対応の啓発コンテンツや生活に役立つ情報を発信するだけでなく、緊急時にはアラートを配信します。現在も情報を追加しており、フィードバックをしながらさまざまなシーンで活用可能なAPIに育ってきています。
並河:また今年の6月には、企業のR&D(研究開発)活動をクリエイティブで未来に加速させるお手伝いをするソリューション「R&D&C」をリリースしました。多様化する社会環境に対応するため、R&Dは企業や組織にとって戦略的に競争力を高めるために必要不可欠な活動ですが、推進していくにはさまざまな課題が伴います。「技術や製品の魅力が理解されづらい」「研究成果が事業化まで至らない」など。そこでわれわれが並走し、アイデア発想やプロトタイピング、そして事業化に至るまで、企業の状況と課題に応じた“Creativity”を提供し、一緒に乗り越えています。
月刊CX:未来事業創研についてはいかがでしょうか。
吉田:2023年12月にリリースした「電通 未来ファインダー100」があります。これは、2040年の社会実態を予測して中長期先の未来から逆算し、クライアントの持続可能な未来の事業創造を支援するサービスです。8カテゴリー・100テーマ別に、よりよい未来を構想するためのヒントがまとめられています。
未来について話すとき、高齢化や環境問題などの課題について触れがちですが、そうではない視点からの示唆も含めて「未来といえば電通」とクライアントに言ってもらえるような存在になれたらと思っています。今年9月10日に2024年版がリリースされましたので、ご興味がありましたらぜひお声がけいただければと思います。
吉田:その他、生成AIを使って未来の小説をつくる試みも行っています。未来を考えるときに、「どのような人が、どのような店舗で、どのような行動をして、どのような体験をするか」を言語化できる人はほとんどいません。しかし、抽象的なイメージを生成AIで具体化すると、より対象に寄り添ったアウトプットができるようになるのです。そうしたたたき台をつくる点において、生成AIは非常に優れていると感じます。
ウェルビーイングが、AI活用によるCX創造の大きな価値になる
月刊CX:生成AIの活用が社会的に進み大衆にも浸透しつつあります。そうしたテクノロジーを活用したCX創造では、どのような心づもりをしておけばいいでしょうか。
吉田:AIは私たちの作業負担を軽減して新たな刺激をくれるものですが、その便利さはいずれ価値ではなくなると考えています。そのため、合理化のさらに先を見据えて「何がこれからの人々にとっての幸せなのか」を考えていく必要があります。そうしたウェルビーイングが、AI活用によるCX創造の大きな価値になっていくはずです。
一番大事なことは、人間が何をどう判断して、体験して、そのあとにどのような感動が待っているかをしっかり考えることだと思います。CXデザインをする手前で、AIがセレンディピティを生み出すことや、「欲しい、こうありたい、こうなりたい」と思える状態に導くような手前の欲求をつくることが人々を幸せにする要素だと感じています。
並河:それゆえ、AIの時代はなおさら“意志”が重要になってきますよね。
僕自身は自分が心地よい暮らしをつくるために「Will do」(こうしたい)という「行動の意志」が強いんですけど、「Will be」(こうありたい)という「状態への意志」を持っている人も多いと思うんです。これからは、「Will do」「Will be」といった意志がすごく大事になってくるのかなと。人は自分の意志で判断することに心地よさを感じますし、私たちが手放してはならない部分なのだと思います。判断の重要度が増していくなかで、AIはそこをうまく増幅してくれるものになるといいなと思っています。
吉田:その考え方はすごくいいですね。CXに当てはめると、暮らし全体のウェルビーイングは“マクロCX”で「Will be」ですね。それに対して、個人の楽しさ──何かを食べておいしいと思ったことや、何かをして楽しいと感じた体験などは“ミクロCX”で「Will do」だと思います。大切な人と健康に過ごすなど、毎日が幸せな状態をいかにつくるかが課題ですね。健康状態をトラッキングするサービスもありますが、幸せに対するAIの貢献は、まだそこまで議論されていないと思います。
月刊CX:個人が便利に気持ちよくなるための道具として捉えられていた技術を、社会やコミュニティをよくする方向で運用すると、また変化がありそうですね。
AIによるコミュニケーション創出機会をきちんと見いだす
月刊CX:AIが介入することで、人々のコミュニケーションはどのように変わっていくと思われますか?
並河:アイデア出しの場面では、生成AIによって議論がよりスムーズに進むようになると思います。電通では、企画会議に生成AIを導入する実験を進めています。生成AIが出した案をもとにクリエイターとクライアントでディスカッションをするなかで、人が出したアイデアには指摘しづらくても、生成AIが出した案には忖度(そんたく)なく意見できるようになったという実例もあります。
第三者として生成AIが介在することで、お互いがコミュニケーションしやすくなるといいますか、人同士の直接のコミュニケーションの価値が上がってくるのだと思います。
吉田:たとえばマッチングアプリは、生成AIが仲人として大きな役割を果たすのではないでしょうか。会話に詰まったときに話題を振ってくれたり、生成AIのアクションを見ながらお互いに何か話したりするような。
会議でも生成AIがいると、時間管理を徹底してくれて話が脱線したときにうまく流れを戻してくれるようになるかもしれません。誰か個人のバイアスで判断されることなく、客観的にまとめてくれるでしょうし。
月刊CX:AIがいるからこそ、ざっくばらんに話せるし、ファシリテーターの役割を代替してくれる、ということでしょうか。
並河:生成AIが持つバイアスを考えると、少し怖い部分もあると感じます。生成AIは全知全能の神ではありませんし、バイアスがないものとして扱うのは危険だと思います。
しかし、将来的には生成AIをうまくチューニングしていくことで、バイアスがかかりにくいようにできる可能性はあるのかもしれません。生成AIと向き合っていくなかで、自分自身のバイアスに気づくこともあるでしょうし。
吉田:少し話がずれますが、ダイバーシティの話にもつながりますよね。たとえば国籍が異なる人に偏見を持つ人がいたとして、生成AIが言葉を翻訳して第三者として仲立ちをしてくれるようになれば、わかり合えるかもしれない。
AIが心理的安全性を担保して、双方が相手を思いやれる状態になれば、さらにみんながハッピーに暮らせる世の中になるはずです。そのビジョンを念頭において、CXをデザインすべきなのではないでしょうか。
月刊CX:そうしたAIによるコミュニケーション創出機会をきちんと見いだして いくことが、私たちの未来の仕事ではすごく重要になってきますね。
AIの存在感が高まることで、人間のいとしさが浮き彫りになる
月刊CX:AIは、今後どのような存在になっていくのでしょうか。
並河:AIを道具として捉えるか人間として捉えるかによって、未来像は変わっていくと思います。ややSFチックですが、人口が減少している日本において、AIを道具ではない人間的なパートナーとして捉える道もあります。そこについて吉田さんはどう思われますか?
吉田:僕はそういう方向になっていくのかもなとは思っていますね。人は気持ちいい方向に流れていくので、そのなかで自分を承認してくれて、何か手伝ってくれて、いい気分にさせてくれる対話相手がいたら、その道が開いていくのは必然だと思います。
人口減少で労働力不足も大きな問題になっていますし、AIを労働力として活用していけば「AI社員」なんか生まれてきそうですね。そこで新たな倫理的問題も考える必要が出てくるのかもしれません。
月刊CX:「AI友達」や「AI恋人」などもですよね。
並河:ありそうですね。よくSF映画で、AIが反乱を起こして人間の権利を奪っていく、という物語がありますが、現実には「AIが相手のほうが楽だな」と世の中の人が感じて、次第にAIに頼っていく局面になり、そういう世界が出来上がっていくのかもしれません。
吉田:そうなる前に、人間の価値はどこにあるのかを、ある程度見いだしておかないといけませんね。
「何もかもAIに相談だ」という状況になったときに、人に何かをしてもらうとか、会話をすることが、どのような価値を持つのか。自分で体験する時間を増やして質を上げていくところに“ミクロCX”的な価値は出てくると思うのですが、まだ対人の価値ははっきりとは見えていません。
並河:先ほど話した「意志」は、人間の価値のひとつですよね。さらに言えば、AIより人間は器用ではない、ということも価値になるのかもしれません。ある意味、人間のいとしさというか。そこはアートやカルチャーに近い話になると思います。
月刊CX:AIがいることで、より人間の弱さが浮き彫りにされ、それが価値として 評価されていく、と。
吉田:そういう不完全さが人間の価値になるでしょうし、AIの台頭で人間が淘汰(とうた)されることはないと思います。もちろん計算やアイデア出しのスピードなど、人間が太刀打ちできない局面はあるでしょう。しかし、人間がイチから最後までやり遂げてアウトプットするプロセスがより重要視されるようになるはずです。
並河:物語性も大きなテーマですよね。
人が感動するのは、そこに達するまで積み上げてきたものがあるからだと思います。それぞれの原体験によって感じ取るものも異なりますよね。だからこそ、プロセスが可視化されるスポーツは、未来ではより人気を高めているかもしれません。地道に積み重ねることの価値が、ますます高まるはずです。
月刊CX:それによってこれからのCXも変わってきそうです。
吉田:AIが介入してきたときに、人がより寛容になれるのかどうかも気になります。不完全さが人間の価値になっていくということは、わがままになって自我が強くなっていくこととも考えられますよね。実際、最近はみんな寛容ではなくなって心が狭くなっているように感じることもありますが、AIの活用が進んで余裕ができたらお互いが優しくなれて生きやすくなるのかもしれません。
ルールで取り締まるだけではなく、お互いがわかり合うことによる気持ちよさをきちんとデザインしていければいいなと思います。
並河:すごく大事な視点だと思いました。AIをはじめとするテクノロジーはどんどん進化していくけれども、それらを使いながら、気持ちよさで多様性を認められる世界をつくっていくことができればいいですね。
(編集後記)
今回はよりよい未来をCXで創造している並河さんと吉田さんにお話を伺いました。
テクノロジーの登場で私たちの暮らしや社会はどう変わるのか。より人間の価値が認識され、プロセスが大事になってくるのではという話には思わず膝を打ちました。私たちの幸せとは何かを考えることで、おのずと未来は開けていくのではないでしょうか。
今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。