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月刊CXNo.27

漂着ゴミ×伝統工芸で未来に価値をつないでいく。「UP Craft」とは

2024/09/12

日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。

今回は、漂着ゴミを新たな資源としてアップサイクルし、その土地の伝統工芸をアップデートすることで未来へつなぐプロジェクト「UP Craft」の製作事例についてご紹介します。

全体設計やプロダクト企画などを手掛けた田中健人氏に、プロジェクトを立ち上げたきっかけや今後の展望について話を聞きました。

田中氏
【田中健人氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
コミュニケーションプランナー/エクスペリエンスデザイナー
大学院で培った建築思考を軸に「リアルとテクノロジーが融ける体験」をテーマとしてブランディング/空間演出/プロダクト/UI/UXデザインなどに幅広く従事。芸術祭での作品展示も。食やサウナが好き。

新たな価値を生み、未来に伝統工芸をつなぐ「UP Craft」

月刊CX:まず「UP Craft」の概要と田中さんの役割について説明をお願いします。

「UP Craft」

田中:「UP Craft」は海流により海岸に流れ着いた漂着ゴミをアップサイクルし、その土地の伝統工芸へと生まれ変わらせるプロジェクトです。私はプロジェクトの企画立ち上げからプロダクト、芸術祭の展示、ウェブサイトの制作などを担当しました。

今回紹介する企画第1弾では、種子島の伝統工芸「本種子包丁」を製作しています。製作した包丁は、2023年の種子島宇宙芸術祭でお披露目しました。なお企画立案から展示までは、半年ほどかけて進行しました。

月刊CX:伝統工芸ならではの美しさとモダンな雰囲気がマッチしていてすてきです。柄(え)の部分が漂着ゴミから作られているのでしょうか。

田中:はい。種子島の海岸に流れ着いた漂着ゴミを採集、色ごとに分別して粉砕、溶着しながら包丁の柄として成形しています。

行程画像

田中:それにより、色も風合いもこの世に1本しかない次世代の「本種子包丁」が完成します。色の表現はコントロールが難しかったのですが、企画段階からイメージしていたとおりの美しい仕上がりになって良かったなと。

月刊CX:プロジェクトを立ち上げたきっかけを教えてください。

田中:もともと建築の勉強をしていたこともあり、土着的なものへの視点を大事にしているので、伝統工芸にはかなり愛着を持っていました。昨今では担い手不足や資源調達難のため、伝統工芸の存続が危ぶまれている面もあります。その状況で、土着的なものをアイデアの力でさらに魅力的に生まれ変わらせられないだろうかと、ずっと考えていたのです。

そのようななかで、クリエイティブ×コマースのプロジェクトとして同じCXCCの案浦芙美と2人で企画をスタートさせ、漂着ゴミ問題に行きつきました。その後、チームに小田健児、荒木亮も加わり、ワンチームで企画アイデアの話し合いを重ねていきました。

月刊CX:漂着ゴミ問題から、どのような流れでこの企画を思いついたのですか?

田中:日本は島国ということもあり、海流に乗ってさまざまなゴミが海岸に流れ着きます。その漂着ゴミを各地で採れた固有の資源と読み替え、アップサイクルで伝統工芸として生まれ変わらせることができれば、漂着ゴミの問題も解決できますし、伝統工芸にも新たな価値が生まれて、未来につないでいけるのでは、と考えました。

「漂着ゴミ問題解消と伝統工芸の発展」をパーパスに、課題解決に取り組むべく、漂着ゴミをアップサイクルし、土地の海が放つ空気をまとわせることで伝統工芸の魅力や価値を高めるブランド、それが「UP Craft」です。

月刊CX:漂着ゴミ問題も伝統工芸にまつわる問題も解決できる、まさに一石二鳥の施策ですね。

種子島
田中:種子島を第1弾の場所に選んだのにも理由があります。種子島は海流の影響で、太平洋を漂うゴミが日本で最初に流れ着く場所なのです。漂着ゴミを拾うビーチコーミングをされている方にヒアリングしたところ、現地でも漂着ゴミは大きな問題となっていることがわかりました。

また、種子島は日本最大のロケット発射場「種子島宇宙センター」があり、豊かな自然と最先端の技術が集まった島でもあります。そこで「UP Craft」プロジェクトをスタートすることに大きな意義があると感じ、鹿児島県の伝統工芸を製造販売している池浪刃物製作所へ提案しました。池浪刃物製作所の方々に快く引き受けていただき、実現することができたのです。

「企画がシンプルで伝わりやすかった」のもひとつの強みだった

月刊CX:出来上がった包丁を見た方の反応はいかがでしたか。

田中:非常に好評で「発売されたら購入したい」などポジティブな反応が多く寄せられました。現地でビーチコーミングされている方からは「ビーチコーミングでゴミを集めているが、そのゴミをどう使っていくかのイメージはなかった。漂着ゴミを資源として活用しているところを見て感動した」とおっしゃっていただけました。

月刊CX:それは企画者冥利に尽きますね。

田中:はい。また種子島宇宙芸術祭のオープニングパーティの料理を作る際に、実物を使用した現地の料理人の方からは「とても使いやすい」と褒めていただきました。職人の方々とも密にコミュニケーションをとって連携を強めながら進めていたので、プロダクトとして結実できてとてもうれしかったです。

関連して包丁の展示演出用に、漂着ゴミが流れ着いた種子島の海の音と伝統工芸品を作る職人のあたたかみある手作業の音をリミックスした音楽も制作しました。こちらは芸術祭のパフォーマンスとしても活用していただきました。


月刊CX:ここまでお話をお伺いして、現地や関係者の方ととても良い関係性を築かれていたのだなと感じました。「UP Craft」がうまく進められた理由はなんだと思いますか。

田中:今回の企画がシンプルで伝わりやすかったことはひとつの強みだったと思います。現地の方を含めてたくさんの人に協力していただけたのも、企画をスムーズに理解いただけたからだと感じますね。ここはある意味、CX的な要素があったと言えるかもしれません。

月刊CX:たくさんの人に協力してもらえて、全体設計を担当した田中さんとしては大きなやりがいを感じられたのではないですか。

田中:そうですね。人を巻き込んでいく動力を持ったアイデアが実現できて非常に楽しかったですし、次の企画へのモチベーションにもつながりました。

日常の手触りから社会課題をリアルに感じる体験づくりを

月刊CX:「UP Craft」の今後の展望について教えてください。

田中:今回スタートした種子島を玄関口として、今後はどんどん日本を北上しながらそれぞれの土地の漂着ゴミをアップサイクルして、その土地の伝統工芸作りを手伝っていければなと。ゆくゆくは海外展開も視野に入れ、世界でも「UP Craft」プロジェクトを広げていきたいです。世界的に漂着ゴミへの取り組みは大きな課題になっているので、私たちのプロジェクトが解決に貢献できればとてもうれしいです。

バリエーション

田中:これからECサイトもリリースする予定ですが、買うこと、使うことだけでなく皆さんに新たな体験価値をもたらす仕組みも展開していければと考えています。たとえば、その地域のビーチコーミングプロジェクトに参加してもらって、拾ったゴミがアップサイクルされて伝統工芸に生まれ変わるまでの体験パッケージを立ち上げる、などですね。

そうすることで地域に還元しながら、より社会課題をリアルに感じてもらうことができ、日常の視点も変わると思います。実際に使うときにも体験を思い出してもらえるため、漂着ゴミと伝統工芸の課題をより啓発することにもつながるのではないかと考えています。

月刊CX:とても素晴らしいアイデアだと思います。田中さんが今後挑戦したいことはありますか。

田中:「リアルとテクノロジーが融ける体験」というテーマに今後も取り組んでいきたいです。今回は土着的な手触りのあるリアルな素材を、アイデアの力で新たに伝統工芸として生まれ変わらせるプロジェクトでした。今後は空間デザインや地域全体のブランディングになるようなことにも取り組んでいければなと思っています。

個人的には、伝統工芸のほかに、食べ物やお酒も好きなので、そうした食の領域の課題解決につながる体験づくりができるといいなと考えています。

月刊CX:これからの活動も楽しみにしています。最後に、田中さんが考えるCXクリエイティブとはなんでしょうか。

田中:CXクリエイティブは、課題設定の入り口も解決方法としての答えの出口も自由で何でもありのジャンルだと考えています。今回は伝統工芸という手触りのあるところから漂着ゴミという大きな社会課題にアプローチしました。そうしたさまざまなスケールの課題にニュートラルな手法で体験を生み出し、世の中に楽しいことやハッピーなことを増やしていけるのがCXクリエイティブの本懐ではないかと。

人が体験するコンテンツだからこそ、五感でどう感じるかの身体性、届いたときの手触りのデザインまで今後も徹底的にこだわり、いいCXを作っていければと考えています。


(編集後記)

今回は漂着ゴミをアップサイクルしてその土地の伝統工芸に変える「UP Craft」の製作事例について話を聞きました。漂着ゴミ問題を解決し、新たな価値と魅力を持った伝統工芸に生まれ変わらせる一石二鳥の取り組み。今後の展開からも目が離せません。

今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。

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