月刊CXNo.26
世界最高峰、プロダンサーたちの熱き闘い。ファンを増やし続けるCX設計とは?
2024/07/09
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
今回は、日本発・世界初のプロダンスリーグ「D.LEAGUE(Dリーグ)」の事例についてご紹介します。
世界的にもダンスの注目度が上がっている昨今、日本では10年以上前の2012年に中学校学習指導要領が改訂され、ダンスが必修科目となりました。またSNSの盛り上がりなども相まって、若年層を中心にダンスが身近な存在になりつつあります。
そこで今回は「D.LEAGUE」の立ち上げから関わり、セールス統括・企業プロモーションを担当する李 周桓(JUHWAN LEE)さんに、観客を引き付け熱狂させる同大会のCX設計について話を聞きました。
ダンサーにとって「目標となる場所」をつくりたい
月刊CX:まず「D.LEAGUE」について簡単に説明をお願いします。
李:D.LEAGUEは2020年に発足した日本発のプロダンスリーグです。全13チーム(23-24シーズン時点)が約半年間のレギュラーシーズンで全14ラウンドを競い合って、勝ち点を多く獲得した上位6チームがチャンピオンシップへと進出し、トーナメントで勝ち抜いたチームがシーズンチャンピオンとなります。
李:試合の模様は会場で直接観戦できるほか「D.LEAGUEオフィシャルアプリ」や各動画配信プラットフォームなどで無料配信しています。初回開催の2021年はコロナ禍で動画配信のみだったため、「観客を動員できずこのまま終わってしまうのでは」といった不安もありましたが、シーズンを重ねるごとに観客動員数を伸ばしており、来場者数は累計で10万人を突破しました。
月刊CX:観客層はどのような方々が多いのでしょうか。
李:現在は東京会場のみでの開催で、観客も関東在住の方が中心となっています。来場者は女性比率が圧倒的に高く、10~20代前半の方が特に多いのも特徴です。親子で来場される方も多く、30〜60代の年齢層の中には若年層の保護者も含まれています。アプリから配信を視聴するユーザー属性も7割が女性で、10~20代の方が多いです。
月刊CX:ここまで若者層からの支持が厚いとは驚きました。
李:やはり今のキッズ世代やZ世代にとっては、ダンスが当たり前の存在になっているのでしょう。2012年には中学校でもダンスが必修化されていますし、TikTokなど昨今のSNSで一番数字を出したコンテンツはダンスだったというデータもあります。そういったデータを見ても、野球やサッカーなど代表的スポーツに次ぐ第3のマーケットとして、ダンスは今後も成長していく業界だと確信を持っています。また、大会の運営には20代の若手が数多く関わっているため、若者の感度をうまくキャッチできているのかなと思います。
月刊CX:ダンスリーグというのは世界でもあまり例がないのではないかと思いますが、そもそも何を目的としてつくられたものなのでしょうか。
李:ダンス業界をよりいっそう盛り上げていくため、さらにはダンサーの受け皿を増やしたいとの思いから誕生したものです。
実は、D.LEAGUEが発足するまでの日本では、プロダンサーの定義が明確には定まっていませんでした。たとえば野球だと、大会を勝ち抜いて甲子園に出場し、スカウトされてプロテストを受け、日本プロ野球機構に所属して初めてプロ野球選手と呼ばれます。しかし、ダンス業界ではそういったプロセスが確立されていませんでした。
月刊CX:誤解を恐れずにいうと、誰でもプロを名乗れる状況だったということですか。
李:ええ。それが悪いわけではありませんが、ダンス関係者の中には「ダンサーやダンサーを志す方たちの目標となる場所をつくりたい」という思いがありました。そうした場所があると競技人口が増えていきますし、よりダンスに触れやすくなります。
私たちは「ダンスは世界を変える」という理念を持って活動しており、D.LEAGUEがそうしたプラットフォームになれば、というのが一番の願いです。
ダンスをもっと好きになれる多角的な接点づくり
月刊CX:D.LEAGUEの体験設計をされる際に意識したポイントはどのようなところですか。
李:ファンたちが競技の勝敗に介入できるような設計にしているのは、D.LEAGUEの大きな特徴だと思います。ポイント制で試合の勝敗が決まるシステムで、審査員だけでなく観客と視聴者のオーディエンス票も反映されるようになっています。
月刊CX:応援している人からすると、チームの勝敗による喜びや悲しみをより自分ごとにできるということでしょうか。
李:その通りです。勝敗はオーディエンス票を含めて6票の投票で決まるのですが、6票すべてが同チームに投票されると、SWEEP(ボーナスポイント)が加算されるようになっています。つまり、チームにとってもオーディエンス票が非常に重要になるわけです。審査員5人が同じチームに投票したとしても、オーディエンス票が入らなければ追加ポイントはありませんからね。オーディエンス票が試合の明暗を分けるシーンが、過去にも多々ありました。
月刊CX:ダンスは演者と観客が一緒になって楽しさをつくり上げていくものでもありますよね。オーディエンス票は、その特性が最大限に生かされるシステムだなと思いました。
李:そうですね。パフォーマンスとしては優れていても、ファンの投票を得られなければ、より高みを目指すことは難しい。そのためDリーガーたちはファンに向けて積極的にアピールしますし、そこでファンになってくれた方は、D.LEAGUE以外でもDリーガーを応援してくれるようになります。
オーディエンス票はそうしたファンコミュニティ醸成にも一役買っている側面はあるのかなと。Dリーガーたちも「ファンを大切にしたい」と思っているので、他のスポーツに比べてもプレーヤーとファンの絆は強いと思います。
月刊CX:そのほかに、何か特徴はありますか?
李:Dリーガーとファンの距離を近くする取り組みとして、お見送り企画を実施しています。
李:観客が退場する際に、出演していたDリーガーたちが出口で見送ってくれるというものです。観客はさっきまで観戦していたDリーガーと間近でふれあうことができ、ダンサーは観に来てくださったファンに直接感謝の気持ちを伝えることができます。
月刊CX:ダンサーとファン、お互いにとって、より励みになりそうですね。
李:SNS以外で直接感謝を伝えあえる場所はなかなかないので、貴重な場になっているのではないかと思います。また、ファン同士の交流を活発化させるため、Dリーガーたちのトレーディングカードを制作して配布するという企画も行っています。
月刊CX:トレーディングカードがあるのですか!?
李:チケットをご購入いただいた方に、会場で必ず1袋(3枚入り)お渡ししています。中にはレアカードやダンサーのサインが描かれたものも用意していて、ファンの方にワクワクしてもらえるような仕組みづくりを意識しています。
カードをきっかけにダンサーのことをより深く知ってもらうことにもつながりますし、まったく知らないダンサーのことを好きになってもらえるような接点づくりを意図しています。
月刊CX:ファンの方にはたまらない仕組みだと思いますし、先ほど言われていたようにファン同士の交流が盛り上がりそうですね。
李:トレーディングカードについては、D.LEAGUEの会場にファン同士がトレーディングカードをトレードできるスペースを設けているのもポイントです。
李:それぞれ推しのダンサーのカードを交換するという行為を通して、ファン同士の交流が活発化されるといいなと考えています。
すべての人にダンスを身近な存在に
月刊CX:ファンがダンスを好きになる仕組みがちりばめられた秀逸なCX設計だと思いました。D.LEAGUEの立ち上げから関わってきて、どのようなことを感じていますか。
李:ダンスの可能性を強く感じています。私自身はダンスの経験がなく、D.LEAGUEの発足当初からしばらくは「ダンスだけで人々に感動を与え、沸かせることができるだろうか?」と不安な気持ちもありました。しかし、それはコロナ禍で無観客の運営をせざるを得ず、ファンの反応を間近で見られなかったことが大きく影響していたのだろうと思います。
有観客で開催できるようになり、幅広い年代のファンの方々が盛り上がっている様子を目にしたときには目頭が熱くなりました。
月刊CX:ダンサーや運営陣、全員が情熱を持って活動されているからこその感想なのだろうと思いました。
李:そうですね。運営に携わっているスタッフはもちろん、D.LEAGUEに出場しているDリーガーは、みんな本当に純粋で情熱を持ってダンスに取り組んでいる素晴らしい方ばかりです。
ダンサーやファンの方から感謝の言葉をいただくこともあり、日々励みになっています。まだまだ知名度・認知の部分で満足いく結果ではないと感じているので、これからますます頑張らなくてはいけないなと。
月刊CX:今後が楽しみですね。最後にD.LEAGUEの今後の展開や展望についてお聞かせください。
李:私たちは「ダンスの見方・見せ方のNEW STANDARDをつくる」ことを運営のビジョンとして掲げています。大会を盛り上げるだけでなく、すべての人にとって、ダンスをより身近な存在にしていきたい。そのために、今後も種まきを続けることが肝心だと考えています。
2024年7月からは「SD.LEAGUE」(エスディー・リーグ)と題して、全国800箇所以上あるダンススタジオの頂点を決めるという企画がスタートします。この企画を通して未来のダンス人材を発掘し、スポットを当てる場所を提供するとともに、育成にも力を入れていきたいと考えています。
またD.LEAGUEのチーム数を増やして2部リーグにするほか、地方での開催なども検討中です。日本全国を巻き込んだリーグに成長させ、ゆくゆくは世界進出したいと考えています。
私個人としては、日本から世界に展開できるようなコンテンツに多く関わることを目標に掲げつつ、今後もすべての過程でパートナーやコンテンツホルダーと併走できるプロデューサーでありたいと思っています。
(編集後記)
成長をつづけるダンス業界において、このD.LEAGUEというプロジェクトは、ダンスを競技としてスポーツ振興させる意味でも、ショービジネスの新しい形態を探る意味でも、非常に意義深いチャレンジだと思いました。そこにはファンと選手をつなぐためのさまざまな体験設計が施されていましたし、おそらくこれからも次々と、新しい体験が発明されていくのではないかと思われます。
今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。