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月刊CXNo.25

月面移住体験で話題になった「月でくらす展」。来場者と展示をつなげるCX設計の裏側

2024/06/17

日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。

今回ご紹介するのは、2023年4月28日〜9月3日に日本科学未来館で開催された「NEO 月でくらす展~宇宙開発は、月面移住の新時代へ!~」プロジェクトの事例です。

プロジェクトの道のりや展覧会の設計における工夫について、企画・統括を担当した高草木博純氏と宣伝・PR担当の相羽くるみ氏に話を聞きました。

高草木氏と相羽氏

【高草木博純氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
クリエーティブ・ディレクター/アートディレクター
36×36pixelのアイコンからボーイング747のペイントデザインまで、大小関係なく、幅広く、楽しく、クリエイティブすることを大切にする。近年はコミュニケーション全体を俯瞰(ふかん)する視点から「体験デザイン」を多く手掛けている。 カンヌ国際広告祭・NY One Show・CLIO Awards・NYADC・広告電通賞・新聞広告賞(日本新聞協会広告委員会)・グッドデザイン賞など国内外で受賞しつつ、審査員も行う。

【相羽くるみ氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
デジタルプランナー
PR・デジタル領域の部署を経て、現在はSNSやウェブ動画、オンラインイベントなどのデジタル施策にプランナーとして携わる。趣味のVRを生かしてメタバースの体験やイベントの企画も行っている。

※所属・役職は取材当時のものです。

ゼロから企画を立ち上げ、運営を担当

月刊CX:「NEO 月でくらす展」の概要と、この展覧会でのお二人の役割を教えていただけますか。

【月での生活を体験できる】特別展「NEO 月でくらす展」公式PV
【月での生活を体験できる】特別展「NEO 月でくらす展」公式PV
※画像をクリックすると、動画を見られます

高草木:「NEO 月でくらす展」は、人類が夢見る「月面移住」が実現した世界を科学的な知見をもとに描き出し、月面基地に住む一員になりきって、その「くらし」を体験しながら、楽しく宇宙を学べる展覧会です。未就学児から小学生の親子連れをメインターゲットに開催しました。

会場は月面探査を身近に感じられる「月面ゾーン」と「月面基地ゾーン」で構成されています。「月面基地ゾーン」は、月での暮らしを体験できる「生活エリア」、月での暮らしの安全を守る任務を担う「管制室エリア」、地質や水資源について体験しながら学べる「ラボエリア」の3つのエリアで構成。実際に月に降り立ったらどういう暮らしになるのだろうと、わくわくしながら学べる展示設計にしました。

私の役割は全体の統括です。通常は展覧会の訴求などコミュニケーションを担当することが多いのですが、今回は電通の社内で「宇宙事業を後押しする展覧会をやりたい」という意見が出たことをきっかけに、企画の立ち上げから行いました。

実際に月へ行った変形型月面ロボット「SORA-Q」のフラッグシップモデルを操縦し、月面探査機を撮影する「月面探査機撮影ミッション」
実際に月へ行った変形型月面ロボット「SORA-Q」のフラッグシップモデルを操縦し、月面探査機を撮影する「月面探査機撮影ミッション」
水に反応する地中レーダーの情報を頼りに、スコップを使って月面生活に必要な水資源を回収する「水資源探査ミッション」
水に反応する地中レーダーの情報を頼りに、スコップを使って月面生活に必要な水資源を回収する「水資源探査ミッション」
管制室メンバーになりきって月面ローバーを遠隔操作し、月面の隕石(いんせき)を回収する「隕石回収ミッション」
管制室メンバーになりきって月面ローバーを遠隔操作し、月面の隕石(いんせき)を回収する「隕石回収ミッション」

相羽:私はSNSを中心に、広告やPRなどイベント全体の宣伝施策の企画・制作担当として加わっていました。

本展示は日本科学未来館と、学習図鑑シリーズ「小学館の図鑑NEO」を発売する小学館、立命館大学の惑星地質学者・佐伯和人教授ら、さまざまな方と協力して作り上げたものです。

科学的なファクトをしっかりとりつつ、大人も子どもも一緒になって楽しめるような設計になっています。約4カ月強の会期中で12万人以上の方にご来場いただきました。

月刊CX:すごい反響ですね。中でも特に人気のあった展示はどれですか?

高草木:地球の重力の約6分の1の月面の重力を感じられる「月面重力体験」は大盛況でしたね。この展示は別料金をいただいていたのですが、夏休みはほぼ予約で埋まっていて、ずっと人が並んでいました。

ハーネス付きの専用衣装に着替え、月面の重力を感じながらジャンプしてみるなどのミッションに挑戦する「月面重力体験」
ハーネス付きの専用衣装に着替え、月面の重力を感じながらジャンプしてみるなどのミッションに挑戦する「月面重力体験」

高草木:この展示は安全レベルをクリアするまでの準備やオペレーションがとても大変で(笑)。さまざまなリスクがありましたが、実際に体験することで月面での動作の難しさを理解できるうえに、絶対に忘れられない体験になると思い、試行錯誤を重ねて実現しました。

相羽:設計段階から、監修の佐伯教授に「月なら飛んだ後の落ち方はこうなるはず」と科学的な観点でアドバイスしていただけたのも良かったですよね。そのおかげで、多くの方に「リアルな体験ができる」と興味を持っていただく結果につながったのだと思います。

月刊CX:(ずっと)人が並ぶほど人気の展示もあったのですね。混雑を緩和するための対策などもされていたのですか?

相羽:はい。展覧会がスタートしてからしばらくして、当初の想定以上に大きな混雑が予想されたので、公式SNSアカウントの他に混雑情報をアナウンスする別アカウントを新たに作りました。それにより、現場のオペレーション改善や来場者の満足度向上に寄与できたのかなと思います。来場者アンケートでは満足度91%を達成しましたし、展示への手ごたえを感じることができました。

「自分ごと」として展示と来場者を結びつける

月刊CX:今回の企画の体験設計で意識されていたポイントを教えてください。

高草木:やはり、宇宙や月の暮らしを「自分ごと」として体験してもらうことでしょうか。宇宙や月にまつわる展覧会は今までも数多くありましたが、それらとどう差別化するかは明確にしていました。

展示では「宇宙すごい!ロボットかっこいい!宇宙飛行士の仕事ってすごい!」ということを伝えつつ、すべての展示を「あなたにも関係があることなんだよ」という見せ方にしたのがひとつのポイントでしたね。展示を見て「すごい!」で終わるのではなく、「これは展示を見ている君の未来なんだ。君が宇宙に行くんだよ」と伝えたくて。

2040年代の月面基地内の食堂をイメージした「月面食堂」や「月面コンビニ」を体験できる「月面基地生活ゾーン」
2040年代の月面基地内の食堂をイメージした「月面食堂」や「月面コンビニ」を体験できる「月面基地生活ゾーン」

月刊CX:来場者と展示をより密接につなげる設計だったのですね。

高草木:そうですね。宇宙開発はここまで進んでいるとか、科学的にどこまで判明しているとか、そういうことは展示でもちろん正確に伝えなければいけない。ただ、こちらから一方的に発信するだけでは「ふ〜ん」って、単なる情報で終わってしまうと思うんですよね。やはり来場者が自分ごととして理解してこそ、本当の意味で「こりゃすごい」と実感できるはず。実感してこそ、来場者にとって本当に価値のあるナレッジにつながるのではないかと考えています。

今回は来場者に「月面レポーター」「月面ワーカー」「月面科学者」というそれぞれ役割が違うバッジを選んで着けてもらっていて、それも大きく体験の充実に寄与したのではないかと思っています。バッジを着ければ、月面基地の一員になれるんですよ。休日、子どもの付き添いで来たお父さんも、子どもと一緒についつい「月面ワーカー」として月での暮らしを体験しちゃう、といった設計です。

バッジを選んで着けてもらう

月刊CX:バッジを着けるというのは、アナログな方法ですがとても効果的ですよね。

高草木:ええ。取材で来た報道の方や、現役宇宙飛行士・若田光一さんたちスペシャルゲストの方にも、全員着けてもらっていました。そうすることで月面展示と来場者を相互に接続できるし、すごく一体感が出るんです。家族で来た人なら「家族全員で月のミッションに挑むんだ」と意識できるようになるし、「自分のミッション」があることによって体験全体が格段に変わると思いました。

月刊CX:その他、企画を進める中で印象的な出来事などありましたか?

高草木:「月面着陸発表会」ですね。民間企業による世界初の月面着陸に挑んだ宇宙スタートアップ企業・ispace社「HAKUTO-R」プログラムの着陸の様子を会場でも中継しました。残念ながら着陸はかないませんでしたが、挑戦しているからこそ失敗も生まれ、失敗からしか得られないものもある。そうした事実や月へ挑戦する最先端のストーリーを会場からリアルに伝えられたことは大変貴重でした。

また、会場には月着陸船実寸大模型も展示していました。実機はすでに月面で破損したであろうその後にも、模型は会場にあって、暗闇の中、光を浴びてキラッキラ光っていて。まさに「人が見る“夢”がこの場所で光っている……!」と目頭が熱くなりましたね。

HAKUTO-R 月着陸船実寸大模型の展示の様子- 2023年4月撮影
HAKUTO-R 月着陸船実寸大模型の展示の様子-2023年4月撮影

相羽:会場の出口には「HAKUTO-R」への応援メッセージを書こうというコーナーも設けていました。ispace社代表・袴田武史さんの直筆サインのほか、さまざまな方のメッセージがたくさん貼られていて、すごく感慨深かったですね。

「HAKUTO-R」への応援メッセージ
2023年8月撮影

相羽:「月で暮らしたらこうなる」という今回の展示を体験したあとに、まさに今それを実現するために頑張っている「HAKUTO-R」という存在を伝えることで、月への期待感がよりリアルになることにもつながったのでは、と思います。

展覧会タイトルを起点にクリエイティブを拡張

月刊CX:先ほど「宇宙や月の暮らしを自分ごととして体験してもらうことを意識して体験設計した」とお話しいただきましたね。「暮らし」をテーマにすることは最初から決まっていたのですか?

高草木:いいえ。展覧会をやると決まった段階では何も決まっていませんでした。そこで、まずはタイトルから決めることにしたのです。「月であそぶ展」や 「月面ピープル展」「月世界のサバイバル展」など、複数のタイトル案とイメージラフを出して、そのなかから「月でくらす展」が第1候補となりました。

月刊CX:なるほど。タイトルを最後に考える手法もありますが、今回はタイトルを先に考えてから展覧会のコンセプトを決めるという手法をとられたのですね。

高草木:はい。最後にタイトルを決めるとなると責任も重大ですが、企画が何も決まっていない段階なら、柔軟な発想ができると思っていて。“広告制作で培ってきた暗算力”といいますか、タイトルを考えていると、いろんな発想が生まれてくるのです。「月でクッキング展、というタイトルで月面ならではの料理の展覧会にするのも面白いな」とかね。そうやって案を出していくことで、企画の強度を測ることもできます。

あとは、タイトル案と一緒にイメージラフを出していたのも、企画の方向性をチームで共有する際にとても役立ちました。

月刊CX:詳しく伺えますか。

高草木:今はイメージラフを自分で描かなくとも、ネット上でキーワードを検索すればいろいろな画像が手に入る時代です。作業時間を短縮するという意味ではそのやり方も有効なのかもしれません。しかし、それだと企画書を見た相手には、面白さが伝わりにくい。下手くそでも、小ちゃくても、自分で手を動かして描くことが大切なのだろうと思います。それに、手描きのイメージラフがあると企画者の気持ちが見ている人にも伝わるし、具体的なイメージを共有することで、その後に考える企画の精度も向上します。

タイトル(言葉)とイメージラフ(ビジュアル)を起点に体験を創出、拡張していく。こうしたプロセスを経たからこそ、「月でくらす展」を多くの方に楽しんでいただけたのではないかと考えています。

複合的な想像力の大切さ

月刊CX:今回の企画を振り返ってみて、CX的な気づきはありましたか?

高草木:来場してくださった方の体験って、企画内容のほかに、会場でのスタッフの対応や会場の混雑状況など、細かいニュアンスにも大きく左右されるんですね。たとえばスタッフの服装を航空エンジニアっぽいつなぎにするだとか、そういうちょっとしたことで大きな効果があります。

コンテンツそのものの意味も大きいのですが、展覧会というスタイルではやはり、現場の人の存在や周辺環境のことをもっと想像しないといけないなって思いましたね。来場してくださった方にとって忘れられない体験にするには、そういった複数要素の積み重ねも必要だな、と。

相羽:広報としては、月面重力体験ミッションのように「展覧会に行かないと味わえないものがある」ということを、動画を交えて複数のプラットフォームで情報を発信するようにしていました。

最近は、展示を撮影してSNSにアップしてくださる方が多いので、実際に会場に行かなくても様子はわかるじゃないですか。ただ、実際に行ってみないとわからないことも多いですし、そこでしかできない体験を出し惜しみなく伝えることは、体験価値を伝えるうえで大事だなと感じます。自分が体験する側である時も、後から情報を知って「それがあるなら行ったのに!」と思うことってありますしね。

メインターゲットは未就学児から小学生の親子連れでしたが、SNS上で「大人のみで行ったけど楽しめた!」というような声もあがっていて、とてもうれしかったです。

月刊CX:ありがとうございます。最後に、何か伝えたいことはありますか?

高草木:今回はたくさんのチームメンバーに支えられましたが、いいクリエイティブをつくるためには、やはり、いいチームである必要があるなと思いましたね。今回もたくさんの意見が出て、予算の兼ね合いなどでカオスな状況にもなりましたが、そうやっていろいろな立場の人がお互いの想像力をぶつけあって、しのぎを削るからこそ、いいものができるんだなと実感しました。

起点はコミュニケーションですが「展覧会をつくる」という仕事は、「展覧会の広告をつくる」こととは当然違います。パートナー企業との多層にわたる調整が必要だからこそ、複合的な想像力のあるチームの存在に助けられました。


(編集後記)

今回は「NEO 月でくらす展~宇宙開発は、月面移住の新時代へ!~」プロジェクトについてお話を伺いました。

広告ではなく、ゼロから展覧会を設計し、来場者にかけがえのない体験を与えるクリエイティブ制作。今回の事例には、新たな顧客体験のヒントが数多く隠されているように思いました。

今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、ご興味がおありでしたらそちらも併せてご覧ください。

また、今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。

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