【ウェブ電通報10周年】あの人気記事の、その後が知りたいNo.4
「させていただけないでしょうか禁止令」から4年。日本のビジネス文書はどう変わった?
2023/12/18
「させていただけないでしょうか」禁止令(2020年2月20日)
ウェブ電通報10周年振り返り企画、今回のテーマは、ビジネスシーンにありがちな煩雑過ぎる文章や、伝わらないコミュニケーションに一石を投じた連載、「言葉ダイエット」です!
「ご相談させていただけますでしょうか」
「ご確認させていただければと思います」
「ご報告させていただければ幸いと存じます」
…こんな文章が書かれているメールが、よく送られてくるようになった。
同業者のソーシャルメディアを覗いてみれば
「担当させていただいた仕事で、受賞させていただきました!」
…みたいな投稿がチラホラ。
テレビをつければ芸能人が
「入籍させていただいたことを、ご報告させていただきます」
…なんて記者会見をしている。
どこもかしこも「させていただきます」だらけ。なんでこんな世の中になってしまったのか?背景にあるのは「嫌われたくない」という心理だ。
(連載第2回「『させていただけないでしょうか』禁止令」より引用)
連載が始まったのが、2020年初頭。世界はまさにコロナ禍の入り口にあったタイミングでした。旧Twitter(現X)で大いにバズり、広く共感を集めた連載を、著者であるコピーライターの橋口幸生氏が振り返ります。
- 言葉ダイエット連載はこちら
<目次>
▼予想をはるかに超えて共感された「言葉ダイエット」
▼「企画書文学」をスルーしてしまった後悔
▼コロナ禍以降、ビジネス文書はどう変わった?
▼「当たり前」を疑い、勇気を出して一歩を!
予想をはるかに超えて共感された「言葉ダイエット」
「『させていただけないでしょうか』禁止令」は、Twitter(現在はX)でバズりにバズった記事です。当時の感覚を思い出しながら振り返ってみます。
記事公開後はリツイートや「いいね!」の通知が鳴りやまず、書籍のAmazonのランキングもどんどん上がっていきました。さらにはあるクライアントの社内メルマガでも取り上げてもらったりして、あまりの反響に驚きました。
そこで改めて確信したのが、普段そういう言葉を使っている人も、別にそれが良いと思ってやってるわけじゃなくて、しぶしぶ使っているんだなということです。
僕の経験上、一定以上バズると、ある段階から内容を読んでいないような反対意見やネガ意見が来るものなのですが、この記事については「よくぞ言ってくれた」という共感の声一色でした。ソーシャルメディアでのバズで、ポジティブな反応しかないって、そうそうあることではありません。
それだけ多くの人が、「させていただきます」のような過剰すぎるビジネス文体に疑問を持っていたのでしょう。
「企画書文学」をスルーしてしまった後悔
僕は社会人になってから、「なんで、みんなこんなに読みにくい文章を書くんだろう?」という疑問をずっと持っていました。
でも、ほとんどの人が、すごく読みにくい「ビジネス文書」を書くので、いつしか「仕事ではこんなふうに書かなきゃいけないんだ」と思い込んでしまっていました。読みにくいと感じるのは、自分の頭が悪いからなのかなと。
でも、よくよく観察してみると、本当に活躍している人や、仕事ができる人って、そういう文章を書いていないんですよね。そこで、思い切って小難しいビジネス文体をやめてみたところ、以前より楽しく、自分らしく仕事ができるようになりました。
本の中では、ビジネスパーソンが書きがちな読みにくい文章のことを、「企画書文学」と呼んでいます。例えば、以下のような文章ですね。
こんな文章が日本のビジネスシーンにまん延し、生産性を下げています。
とはいえ、この本を執筆するにあたっては、やはり勇気が要りました。多くの人のやっていることを否定することになりますから。
それでも書こうと思ったのは、とある競合プレゼンでの苦い記憶があったからです。電通のメンバーがつくった戦略パートのスライドが、すごく読みにくい、まどろっこしい、まさしく「企画書文学」になっていたんです。
僕は、読みにくいなとは思ったものの、戦略パートは自分の担当領域ではないし、余計な口出しはすまいと思って、何も言いませんでした。
いざプレゼンに臨んだところ、その戦略パートで、クライアントが明らかに退屈し始めたのが分かりました。案の定、競合プレゼンは負けてしまったのです。
僕はそのときの悔しさが忘れられず、もう二度とそんな思いをしないために、自分の担当以外の領域でも「こうした方がいいんじゃないですか」と言うようにしました。最初は嫌われるかな……と心配していたのですが、そんなことはありませんでした。むしろ、前向きなフィードバックだと歓迎されたんです。
それ以来、いつも気持ちよく、自分らしく仕事ができるようになりました。勇気と敬意を持ちながら伝えれば、なんの問題もなかったんですね。
この体験が、「言葉ダイエット」を提唱する原動力になっています。
コロナ禍以降、ビジネス文書はどう変わった?
「言葉ダイエット」連載が始まったのは2020年の1月から。世界がコロナ禍に飲み込まれていく、そんなタイミングでした。
世の中ではテレワークが推奨されるようになり、Teamsなどのツールを用いたテキストコミュニケーションが急速に普及しました。
そこで、連載第3回で急遽提唱したのが、以下のテレワーク時代3か条です。
この記事の中で、僕は以下のように書きました。
テレワークによって、惰性で続いてきた無用な習慣が見直されようとしています。言葉も、そのひとつです。卑屈語やカタカナ語まみれの、ぜい肉たっぷりの言葉は、もう通用しません。
この予言は当たった部分もあれば、外れた部分もあります。
まず当たった部分ですが、Teamsのようなツールでは、回りくどい前置きを置かず、端的に必要なことだけを書いてコミュニケーションしますよね。さらに、合理的な人であれば、いちいち返事を文章で書かなくても、「いいね」をすれば了承したと解釈してくれます。
こうしたチャットサービスの普及によって、ビジネスシーンでの言葉ダイエットが実現している部分はあると思います。
でも、トータルでいうと、予言は「外れ」だったかもしれません。コロナ禍という災害の中で、日本語のコミュニケーションは、むしろ少し悪化したのではないでしょうか。
コロナ禍における公的発信や報道で、「なんでわざわざこんな分かりにくい言い方をするんだろう」と感じたことはありませんか?例えば、「緊急事態を宣言します」といえばいいのに、「緊急事態宣言を発出します」のように、みんなが知りたいことを、なぜかあえて分かりにくい言い方をすることが多かったと思います。
未曽有の危機において、なるべくつっこまれないように、なるべく批判されないように、「企画書文学」的なレトリックが多用されるようになってしまったんだと思います。
また、これはコロナ禍以前から感じていたことですが、僕が若い頃よりも尊敬語が過剰になってきています。昔はクライアントからのフィードバックを「戻し」「赤字」と呼んでいたのに、誰かが「お戻し」「おまとめ」といった言い方をし始めると、いつしかみんなが使うようになってしまいました。一度過剰になった尊敬語は、なかなか元には戻りません。
こうした現象がなぜ起こるのかというと、広く言えば「嫌われたくないから」でしょう。
こんなことをみんながしていたら、どんどん生きづらい世の中になっていきます。どこかで歯止めをかける必要があると思います。
「当たり前」を疑い、勇気を出して一歩を!
実はこんなふうに「当たり前を疑ってみる」というのは、僕の本業であるコピーライターの仕事そのものです。
常識とされている物事に対して、「実はそれってただの思い込みなんじゃないの?」と新しい視点を提供するという意味では、いつもとやっていることは変わりません。
そんな視点で書いた書籍「言葉ダイエット」は、おかげさまでたくさんの人に読んでもらえました。
基本的にはビジネスパーソンに向けて書いたつもりでしたが、女性誌から取材依頼があったり、いろんなところから講演依頼があったり、言葉ダイエットを求める人は想像以上にたくさんいたんだなと感じています。
ただ、本を読んで共感してくれた人たちも、実際に言葉ダイエットをするのはやはり勇気が要るようです。それこそ「させていただきます禁止令を読まさせていただきました!」と言われたことは1回や2回ではありません(笑)。冗談みたいな話ですが、やっぱり難しいんですよね。
講演の際によく質問されるのが、「言葉ダイエットすると、相手から失礼だと思われて、嫌われるんじゃないか?」ということです。
だけど、コミュニケーションの本質って、文体じゃなくて、「伝えたい中身」ですよね。例えばメールで伝えたい用件が「明日の朝までに納品してください」だったら、どんなに丁寧に書いても、嫌われるのは仕方ないことです。
そこを分かりにくい文章にしてごまかそうとせず、しっかりと「嫌われる」ことを覚悟すべきだと思うんです。相手に嫌われまいとするあまり、文章がゆがむことの方が大問題です。
それでもなかなか一歩を踏み出せない人は、まずはこれだけやってみてください。
「させていただきました」と書きたくなったら、「いたしました」と書き換えてください。
「受賞させていただきました」ではなく、「受賞いたしました」です。まったく失礼な感じも、嫌味な感じもありませんよね。
ぜひ、勇気を出して、今日から少しずつでも、言葉ダイエットしてみませんか?