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「素材」のブランディングで新たな可能性を拓く、ゼブラ企業との挑戦

2025/07/16

「ゼブラ企業」をご存知でしょうか?

“企業としての利益追求”と、“社会との共存性”を共に重視するスタートアップ企業を、白と黒の2色模様の動物であるシマウマに擬えた言葉です。

その内の一つ「KAPOK JAPAN」(以下、カポックジャパン)は、「カポック」という植物を活用し、サステナブルなアパレル素材の開発とファッションブランドの運営を手掛けています。

電通BXクリエイティブセンター(以下、BXCC)は、同社のビジネスパートナーとして、カポックの素材自体のブランディング(「マテリアルブランディング」)と、イタリアで開催される素材とテキスタイルの見本市「ミラノ・ウニカ」出展に向けたロゴ・ステートメント制作に取り組みました。 

本記事では、カポックジャパンの代表取締役社長・深井喜翔氏、BXCCの庄野元、三宅優輝、長谷川輝波にインタビュー。今回の取り組みでポイントとなった「ブランドストーリーを整理すること」の重要性や、マテリアルブランディングが広げる可能性、その際に必要なBXクリエイティブの観点についてお聞きします。

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電通BXCC・三宅、カポックジャパン・深井氏、電通BXCC・庄野、長谷川。

「木の実を使ったダウン」の発想で生まれた新たなブランド

──お一人ずつ自己紹介をお願いします。深井さんは「カポックジャパン」の事業内容も含めてお聞かせください。

庄野:BXCCでは、広告領域で培ったクリエイティブの力を、より経営や事業に近い領域の価値提供に生かしていくことをミッションとしています。本プロジェクトにはクリエイティブディレクターの立場で参加し、ブランディングを構想したり、事業価値の規定における全体設計部分などを担当しました。

三宅:ナショナルクライアントやスタートアップなど、幅広い企業のブランディングロゴやビジュアル制作を担当し、各ブランドの持つ世界観をアートワークでつくりあげています。日頃からSNSを通してファッション関連に携わりたいとつぶやいていたところ、庄野に声をかけてもらい参加しました。

長谷川:BXCCではプランナーなど複数の肩書を持っていますが、今回はコピーライターとして参加しました。持っている全ての肩書の業務にニュートラルに携わる中で、まだ見たことのないアイデアや事業のお手伝いをすることを仕事の軸としています。

深井:実家が代々アパレル稼業をしており、私はその4代目です。8年ほど前に家に戻り、2019年に新事業として「KAPOK KNOT(カポックノット)」というアパレルブランドを立ち上げました。そこで東南アジアに生えているカポックという木の実を使ったダウンのようなコートを製造・販売したところ、大きな反響があったため、別会社として「カポックジャパン」を設立し代表取締役社長を務めています。

KAPOK#1_カポックの木と実
(画像左より)カポックの樹と実。

深井:元々家業のルーツが綿などの“素材”だったので、僕も素材を軸にした事業ができないかと繊維に関わる資格の勉強をしていました。その中でカポックの存在を知り、興味を持ったんです。これまでもアパレルの素材に使おうとした企業はあったようなのですが、繊維にするのが難しかったそうで……ならばダウン(羽毛)の代わりに使うのはどうかと考えました。

カポックは軽くて保温性が高く、ダウンと同じような機能を有しています。木の実が原料なので鳥を傷つけることはなく、樹木本体の伐採も必要ない。また、CO2を吸収し、ダウンよりはコストもかからない。そのため、ビジネス的にも社会的にも意義があると思ったのです。

KAPOK#1_カポックノットのコート

“素材を扱うプレーヤー”を増やすことが、持続可能な社会を広げる鍵になる

KAPOK#1_庄野さんソロカット

──カポックのマテリアルブランディングと2025年2月のミラノ・ウニカ出展に向けたアートワーク制作を行った、今回のプロジェクト発足の経緯を教えてください。

深井:カポックの事業を始めた当初、この「素材」を採用してもらえないか他のアパレル企業に提案をしていたのですが、採用実績がないため、かなり厳しい状況でした。であれば、自分で実績をつくろうと考え開発したのが、カポックノットのコートです。当時このコートの約2年分の在庫を用意するつもりで作ったら、発売後ほぼ一瞬で売り切れるという予想以上の反響がありました。

その後も好調な売れ行きに伴って、素材自体への手応えが見えてきたので、2024年4月に素材研究や販売に特化した「マテリアル事業」をスタートしました。本事業では海外販売の構想があり、まずは2025年2月にイタリアで開かれた展示会ミラノ・ウニカへの展示を目指していました。その過程で電通とのご縁があって、素材のブランディングやロゴなどのアートワークが必要だったため、協業させてもらうことになりました。

庄野:深井さんと知り合ったきっかけは、BXCCが企業のBX推進の取り組みの一つとして開催したイベントです。BXCC内にオープンイノベーションでスタートアップをサポートしていくプロジェクトがあり、昨年、国内の企業が自社事業を世界に発信していくためのイベントを開催しました。そこに深井さんにご参加いただいた際、お話を聞いて、互いに興味を持ったのです。

深井:それが2024年の10月頃だったので、翌年2月のミラノ・ウニカに向けてマテリアルブランディングができるとすごく助かる状況でした。プロジェクトの本格始動は12月頃、年末年始を挟んで1月中に終わらせるという非常にタイトなスケジュールではありましたが、短期で集中的に進められたらとお願いしました。

──当初からマテリアルブランディングに焦点を合わせたプロジェクトだったのでしょうか?

庄野:はい。当時深井さんも素材事業の構想はお持ちでしたが、カポックジャパンの基幹事業はあくまでもファッションブランドでした。その中で、われわれとしては素材自体に強い価値を感じ、カポックがより多くの企業で扱われるようになれば、さらに持続可能な世界が広がっていくのではないかと可能性を感じていました。

そこで、「素材」のブランディングを通して価値を伝え、カポックを扱うプレーヤーを増やす。その大元に、先行して独自の加工技術等を生み出していたカポックジャパンがいるという構造をつくれるといいのではないかと考え、マテリアルブランディングの提案をしました。

現代は“サステナブル疲れ?”ゼブラ企業が抱える課題とは

KAPOK#1_深井さんソロカット

──カポック自体をブランディングすることで市場を拡大できれば、ゼブラ企業としても、サステナビリティなどの社会性と事業性のバランスを取りやすくなりそうです。その両立にあたり、深井さんが今感じられている課題があれば、お聞かせください。

深井:カポックノットを立ち上げた2019年頃は、「サステナブル」や「SDGs」といった言葉がバズワード的に広がり始め、世の中のメインストリームになっていく気配が醸成されていました。しかし現在は、社会的に“サステナブル疲れ”の雰囲気が若干出てきていると感じます。

環境に良い素材の製品は価格が上がりがちです。以前はそれでも「サステナブルで良いものだから」という理由で選んでくださる方がいましたが、サステナブルの考え方が浸透し、ある種スタンダードになった今は、その理由だけで生活者が購入を続けるのが難しくなってきているように思います。企業側も事業を行う上でサステナブルを考えることは前提という風潮の中、他の付加価値や魅力を提示できないと選ばれなくなっているのです。

カポックも保温性などの機能面で価値提案をしていますが、価格帯はダウンよりは安価なものの、すごく手に取りやすい価格ではありません。僕らとしては、当時社会的価値と機能的価値を掛け合わせて訴求できれば選ばれていくだろうとの考えでアパレル製品を作り、当初は狙いどおり即完売したものの、その後は思ったよりも伸びていない状況です。

マテリアル事業を始める前から、アパレル製品における社会性×機能的価値というブランディングはうまくいっています。事業性のみを第一義としないゼブラ企業としては、このまま“健やかな成長”を目指す道もありました。しかし、そこで課題となるのが、カポックを栽培する人々の事業継続性です。

カポックの農園の方に、売れたらさらに木を植えたいと話したところ、ならば実が成る50年の間は買い続けてくれと言われました。カポックの製品を作る企業が多くない現状では、基本的にわれわれだけで発注量を増やし続けなくてはならない。「健やかな成長」と言いながら発注量がそのままでは、彼らの生活も守れなくなってしまいます。

そこで、素材自体を販売し、当社以外でも使い道をつくる構想を立てました。当初描いていた形とは異なりますが、事業として一定の規模にスケールさせることはやはり大切。カポックという素材自体を販売する「マテリアル事業」をスケールさせることで、社会性と事業性をうまく両立しようという、いい意味の変化が起きたんです。

庄野:今のお話は、ゼブラ企業全体の課題だと思います。サステナブルに関わる製品は、どうしても「いいもの」で終わる傾向にあり、最初は売れてもなかなか定着しない。いかに定着させられるか、共感されて買い続けてもらえるかが、重要で難しいところだと思います。サステナブルが当たり前になっていく中で、機能や本質的な価値がちゃんと伝わり、プロダクトとして定着させられるか。この点は今回のプロジェクトにおいて強く意識しました。

──今回のプロジェクトは成果報酬型のビジネスパートナーとして進められているそうですが、その理由も今の「サステナブルであるためには、ビジネスとしてスケールさせなくてはならない」というお話と関係しているのでしょうか?

庄野:はい。カポックジャパンが成長することは、BXCCが提供できた価値の結果にもなりますし、それだけ本気になって考えられるということで、成果報酬型という形を提案しました。クリエイティブの力で、社会的な価値あるゼブラ企業のグロースを支援させていただくことは、われわれのチャレンジでもあります。

深井:成果報酬型という形でなければ、当社が電通とご一緒するのは難しかったので、とてもありがたかったです。また社内的にも、電通のような大きな企業のクリエイターとしっかり取り組む経験はなかなかありません。電通のプロジェクトの進行の仕方や考え方を目の前で見る経験をさせてもらえたことも、非常に良かったと感じています。

機能、社会性、ストーリー。消費者の心を動かすすべての“スイッチ”のバランスを考え抜いた「ブランド価値抽出セッション」

KAPOK#1_長谷川さんソロカット

──プロジェクトで行われた週1回の「ブランド価値抽出セッション」では、どのようなことを話し合い、実際のクリエイティブに反映されましたか?

庄野:セッションを通して、カポックという素材が持つ価値と、カポックジャパンが有する価値の両方を洗い出し、整理しながらアウトプットを作り上げていきました。今回の場合、特に企業自体よりも、カポックという素材の価値を強く訴求していけると良いと考えました。

現状では、まだ「カポック」という言葉自体が、世間に認知されていない状況です。そこで、「NEO DOWN KAPOK」のキーワードが生まれました。ダウンという言葉をあえて引き合いに出すことで、カポックが何なのかを分かりやすく見せるような意図です。また、海外への販売を念頭に「ジャパンクオリティを訴求できると良い」という議論もあり、日本的な要素をロゴにも反映していくことになりました。

三宅:カポックを知らない人に訴求する際、カポックの実の形を伝えた方がいいのか。あるいは素材の形状として「わた」を思わせるデザインがいいのかなどを悩みました。素材ブランドとしてのネーミングにおいても、機能をフックにするのか、新しさなのか、そうした点が議論のポイントでしたね。

その中でベンチマークにしたのは、例えば「ゴアテックス」のような、何かは分からないけれど聞いたことあるし、なんか良さそうな印象を抱くような素材の見せ方です。また、そもそもミラノ・ウニカに出品する際のロゴなので、“ジャパンクオリティ”で新しい素材を生み出していることを起点に検討しました。海外視点で見た時にこの素材を「日本から」持ってきたことを伝えたい。深井さんとも何度も議論を繰り返した結果、もこもこした日の丸のような形が採用されました。

KAPOK#1_ロゴ
日の丸のようなイメージも取り入れられたロゴ。

長谷川:これは素材に限らない話だと思うのですが、生活者が新しいモノやブランドを選ぶ時には、その人の心を動かすいろんな「スイッチ」があると思います。価格、機能、環境配慮などの社会性はもちろん、ブランドイメージや、ブランドの持つ物語で選ばれることも。その見せ方は0か100かではないと思っていて、どれか一つの「スイッチ」だけ選んで、用意しておくという考えではありませんでした。

機能、ストーリー、社会性、その他消費者の背中を押す全ての「スイッチ」をどうチューニングしてバランスよく見せていけるかを、入念にディスカッションして、まずは2月のミラノ・ウニカでテストタイプとして出すコピーとビジュアルを決めました。そうした進め方が非常に難しくもあり、楽しい部分でしたね。

深井:今のお話は僕自身がずっと悩んでいるところです。社会性だけに振り切るのならブランド名自体を「脱羽毛」や「セーブ・ザ・ダック」のようにする手もありますが、それだけが言いたいわけではない。では機能はというと、ハイスペックなダウンと比べたら確実に上とまでは言えない。かといってストーリーだけで選んでほしいわけでもありません。何か一つに定めた方が販促担当は推しやすいと分かっていながらも、全てのバランスがちょうどいいことをお伝えしたかったんです。

長谷川:具体的には、キャッチコピーの目立つ部分に一番言いたいことを入れつつ、ビジュアルやボディコピーで、他の要素を少しずつまぶしていくことを意識しました。セッションの中で上がった訴求ポイントを全分解して、優先順位をつけ、何をキャッチコピーにするか、何をボディコピーにまぶしていくかの組み合わせを考える。そのバランスを緻密に設計することで、KAPOK JAPANの魅力が全て伝わるような、“左脳的”なコピーライティングだったと感じています。

KAPOK#_ステートメントなど

イタリアでは想定を超える50社との商談が実現。ヨーロッパ市場におけるビジネスの足掛かりに

KAPOK#1_三宅さんソロカット

──ミラノ・ウニカへの出展で、どんな成果が得られましたか。

深井:ブースでの関連企業のコンタクト数では、約30社の目標に対して50社近く商談ができ、期待を大きく上回りました。具体的なサンプル提供や、商談のテーブルに付いた上で、今も関係を継続している企業が10社程度あります。

ただし、アパレルの場合、こうしたイベントには、おおよそ1年から1年半先の企画を見越して参加する企業がほとんどです。現地ですぐオーダーがあるわけではないので、売り上げ面の成果につながるのはまだまだ先の話になります。2025年7月のミラノ・ウニカにも出展するので、ここでビジネスにつなげていく予定です。

とはいえ、これまでネットワークを持てなかったヨーロッパの企業と直接話せて、最初の扉を開けたのは大きな進歩です。電通のサポートを得て、ヨーロッパ市場に飛び込んで良かったと感じています。

──今後の取り組みや展開について教えてください。

深井:7月のミラノ・ウニカ以外に、実は10月3日(金)~7日(火)に2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)で展示することが決まりました。「未来航路-20XX年を目指す中小企業の挑戦の旅-」という体験型展示企画で僕らが取り組んでいる、「2030年のダウンのスタンダードを作る」というコンセプトの、「植物由来100%ダウン」を展示してほしいとお話があったんです。

また、カポックの市場が伸びたとき、ダウンに代わる素材としての使用量は増えたとしてもその「種」は今、副産物としてあまり使いようがない状況です。そこで、実はその種から抽出した油を燃料として使えば新しい経済圏をつくれるかもしれないといったプロジェクトを進めています。最終的にはカポックを丸ごと捨てるところなく使う、いわば“サーキュラーインパクトモデル”のようなものをつくっていきたい。アパレル企業が本気で考えた結果、サステナブル素材を使うだけではなく、種から新たなバイオ燃料を作るといった分野にも飛躍していけたら、すごく面白いと考えています。

カポックを軸に事業セグメントがさらに広がっていく可能性は大きくあります。その拡大やブランディング時には、また全然違う脳が必要になってくるので、引き続き電通のクリエイターと一緒に組めたら非常にいい形になると期待しています。

三宅:メインコピーの「NEO DOWN KAPOK」を作ったとき、今後この素材が綿やウール、カシミヤのように誰もが知ってるものになれたらいいねと話していました。そうなったとき、1つのアパレルブランドのロゴマークが浮かぶのではなく、もっと大きな規模の、「このマークさえついていれば高度な品質が保証されている」と認識してもらえるような話にしていきたいと考えています。

僕らとしても、1つのアパレル商品をブランディングしてロゴを作っている感覚ではなく、世界を変える新たなものに携わっている感覚で仕事ができたので、とても夢がありました。ぜひ次の機会でもお互いの発想と力をぶつけ合いながら、グロースしていきたいですね。

長谷川:私も今回はコピーライターとしてミラノ・ウニカ用のブランドコンセプト、ステートメントを固めましたが、次はより多くの人にカポック自体と、カポックジャパンという会社の魅力を広く発信し、ビジネスにもつながるようなクリエイティブやPRのサポートをしたいです。

庄野:今回のアウトプットは、まだ本当に1歩目を踏み出すためのもの。あくまでミラノ・ウニカという展示会で、海外企業に対してカポックという素材を打ち出すためのクリエイティブでした。

サステナビリティの受け止め方を含め、世の中は変化していきますし、カポックジャパンも成長していく。その中で、BXCCには事業の構造デザインや、事業自体のアイデアをクリエイターとして価値提供していけるメンバーが多くいます。ご支援できる領域はまだたくさんあるので、今後もぜひ伴走を続けながら、カポックジャパンの事業グロースに貢献していきたいと思います。

KAPOK#1_集合カット

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