こどもの視点ラボ・レポートNo.12
【こどもの視点ラボ】こどもの視力体験。
赤ちゃんの目にはこんなふうに見えていた!
2024/11/26
「なんてつぶらな瞳(め)で見つめてくるんだ……」
生まれたばかりのわが子と見つめ合いながら、息子をこの上なく愛おしく感じた瞬間。
しかし!!子育てをする中で、“赤ちゃんってほとんど見えてないらしい……”という事実を知り、「えっ?!あの時息子は、私を見てたんじゃなかったのー!?」と軽く衝撃を受けた私。
「そもそも赤ちゃんの目ってどのくらい見えているものなのだろう?そして、今の息子(4歳)の目にはどんな世界が見えているのだろう?」
今回の研究は、そんな私、古井まどかと3歳半の娘のパパである尾崎賢司がお届けします。
※視力の発達には個人差があり、その強弱、色覚にも多様性があります。本記事は、発達と視力の関係についてよくある「見え方」をもとにした内容であることをご了承ください。
大人と同じように見えるのは、6歳ごろだった!
「こどもの見え方」について調査することを決めたものの、赤ちゃんに「どう見えていますか?」とインタビューするわけにもいかず……。人間の視覚について研究されている、高知工科大学の篠森敬三先生にオンラインで伺いました。
古井:先生、早速ですが、“赤ちゃんの目はぼんやりとしか見えていない”と聞いたことがあります。実際そうなのでしょうか?
篠森先生(以下、先生):はい、出生直後はほぼ見えていません。視力にして、0.001程度でしょうか。生後3カ月ほどで0.1程度、8カ月から1歳半で0.3程度、視力1.0程度見えるようになるのは、3歳ごろと考えられています。もちろん個人差はありますが。
古井:3歳でようやく視力1.0!1歳くらいになれば、大人とほぼ同じように見えているのかと思っていました。
先生:1歳では、まだ色も大人と同じように見えていません。あとは、ぼやけ具合や立体感、遠近感なども大人の見ている世界とは異なります。視野の狭さや立体視など差もありますが、大人とほぼ同等の色に見えてくるのは、6歳ごろになるでしょう。
古井:な、なるほど。一口に「見る」と言っても、いろいろな要素が複雑に絡んでいるのですね。
古井:こちらが、先生と一緒にこどもの月齢ごとの見え方を再現した「こどもの見え方一覧」です。
「もっと見えていると思っていた」というのが、率直な感想でした。さらに、私は裸眼で視力1.0以上あり、“見えづらい”という、その感覚を想像することも難しく……。
ということで、篠森先生のご協力のもと、月齢ごとの「こどもの見え方」を体験できるアプリを開発し、ラボメンバーで「こどもの見え方」を体験してみました。
さらに!!アプリを通して見るものはなんと、イケアさんご協力のもと再現された「こども部屋」!何ともスペシャルな研究になりました。
古井:アプリをインストールしたタブレット画面越しに、こども部屋をのぞいたイケアのみなさんの反応はいかに?!
「え~!こんなふうに見えてるの?!」「へぇ~、赤色から見えるようになるんだ~!」など、それぞれに驚きや面白い発見があったようです。
古井:後日、先生にもその様子をご覧いただきながら、こどもの見え方の真相に迫りました。
先生:ほぉ~!カラフルで、面白いこども部屋ですね!
古井:すてきですよね~。私がこの部屋に住みたいくらいでした(笑)。
先生:そして、この部屋は全てがこどもサイズでそろえられているのもいいですね。大人のサイズに合わせて作られた家具やアイテムでは大きすぎて、こどもたちにはサイズ感がつかみにくいですから。
古井:なるほど!まさに「こどもの視点」ですね!では早速、「生後2週間の新生児の見え方」を体験してみたいと思います。
古井:く、くらい。さらにぼやけも加わって、大人が見ている景色とは全く別世界ですね。
先生:新生児は、白・黒・グレーの濃淡をぼんやり認識できる程度です。
古井:そうなんですね。実は、わが子が生後間もない頃にも「ママの顔は見えているんだ!」と感動する瞬間があったのですが、あれは親バカな勘違いだったのでしょうか?
先生:勘違いではないですよ。ママだと生まれてから12時間も見れば好んで見るようになり、3、4日後には既に認識できるともいわれています。ただ、細かい部分は見えないので、目鼻立ちで認識しているのではなく、外界とママの境目、コントラストがはっきりする部分を見ていると考えられています。
古井:と、言いますと?
先生:「こどもの見え方一覧」の見え方イメージの画像からも分かる通り、ママの髪型は、他のパーツに比べて、わりとはっきり見えますよね。赤ちゃんはママの髪型を見ながら判断しているんですね。
尾崎:面白い!パパも同じように見えているのでしょうか?
先生:残念ながら、「ママ+その他」という感じのようです。適切な表現としては、「最初に一番たくさんお世話をしてくれた人+その他」ですかね。赤ちゃんの正面からきちんとお世話をして、単独で正面顔を出すことでようやく認識される。お世話をする人の横から顔を出してあやす程度では、認識されないようです。
あと、赤ちゃんは4、5カ月ごろになるまで横顔も分からないため、たとえママでも、スマホやテレビを見ながら横顔で対応していると、赤ちゃんに認識されない可能性があります。真正面から本人の目を見てお話しすることが大事です。
古井:ぼんやりと、でも自分が生きていく上で絶対に欠かすことのできない人のことは認識しているんですね。
赤ちゃんが見ているのは、半径30cm以内の世界!?
古井:では、続いて「生後3カ月」の見え方です。うす~くですが、赤や緑といった色も見えていますね。でもまだぼんやりとしか見えていない印象です。
先生:赤ちゃんが見ようとしているのは、自分の手の届く範囲、つまり半径30cm以内の世界です。自分の近くにあるぬいぐるみや哺乳瓶、そしてその空間にママが入ってくれば、ママが見える、という感じです。それらを見たり触ったりすることで、目で見た情報と実際に触ったサイズ感を一生懸命連携し、学習していきます。
古井:なるほど!自分の手が届く範囲、というのは非常に納得感があります。
古井:続いては、「生後8カ月~1歳半」の見え方です。見える色味も随分増え、解像度も徐々に上がってきた気がします。
先生:この頃には立体感や遠近感、といったものも習得し始めています。
尾崎:そもそも、立体視できない、ということはペタンとした世界に見える、ということでしょうか?
先生:こどもが電車の絵を描く際に、電車と線路を上下に並べて別々に、2次元的に描くのを見たことがありますか?あんなイメージでしょうか?これは、こどもの描写力も影響するので、あの通り見えているとは言えませんが、立体視も影響しているのかもしれません。
尾崎:面白いですね!遠近感については、どうですか?
先生:こどもではありませんが、ある部族の遠近感についての興味深い研究結果があります。ジャングルのど真ん中で生活している、長距離を見たことがないその部族の人たちをサバンナに連れて行き、遠くにいるキリンを見せ、そのサイズ感を尋ねてみました。どんなふうに答えたと思いますか?
尾崎・古井:う~ん。
先生:「小動物くらいの大きさ」と答えたそうです。「遠くにある=小さく見える」と知っているわれわれは、網膜上に映ったキリンが小さくても、遠くのものは小さく見えるということが分かっているため、キリンが大きな生きものであることは想像できます。しかし、近くのものしか見たことがない人たちはその演算ができず、網膜上のサイズ=実物のサイズとして捉えます。キリンを見て、すごく小さい生きものだと認識するのです。
先程の赤ちゃんの半径30cmの話も同じで、まずは自分の手の届く範囲内のものしか、実際のサイズ感を認識できないといわれています。そこからいろんなものを見て学習することで、立体感や遠近感を習得していきます。
古井:すごく興味深いです!確かに、ビルの上から見た人が米粒サイズに見えても、頭の中ではその大きさを瞬時に実際のサイズに変換することができます。これまで何度も実物を見てきた経験も、きっと影響しているんでしょうが。
大人は見たものを脳内で瞬時に演算している
古井:最後に「3歳」の見え方です。ここまでくると、もう大人ともほとんど差がないように見えます。
先生:色などは大人とかなり近いところまで見えていますが、大きく異なる点がひとつあります。
尾崎:何ですか?
先生:視野です。こどもは視野が狭い。大人の視野は左右がおおよそ150°、上下は120°見えているとされる一方で、6歳でも左右がおおよそ90°、上下が70°といわれています。それより小さいこどもはもっと見えていません。
尾崎:なるほど、こどもと歩いているときによく「危ないよ!赤だよ!!」って言ってしまってましたが、そもそも信号機が見えていなかったら、気を付けようがないですよね。
先生:こどもは視野が狭いことに加えて、「歩く」という行為において、注意しなければいけない、という意識がありません。見たいものを見ているだけ、目の前にママがいたら飛び込んでいくだけです。注意の分散も難しく、足元の穴に注意すると、そこに意識が集中して頭をぶつけたりすることも。関心が一点に集中しがちです。
古井:私もよく「危ないっ!ほら、車来てるよ!よく見て!!」とこどもを注意していました。
先生:車に注意して横断歩道を渡るという行為において、大人は、車の実際のサイズ感や近づいてくる速度、さらには自分の歩行速度等も加味し、交差点を安全に渡れるかどうかを頭の中で演算し即座に判断しています。視野が狭く、まだまだ脳も発達段階にあるこどもに対して、この複雑なシミュレーションを求めるのは困難でしょう。
古井:確かに、今聞いただけでも、頭がプシューとパンクしそうです。
スマホやテレビ 受動的な「見る」に潜む危険
尾崎:話は変わりますが、前から気になっていることがあって。こどもにどうしても静かにしてほしい時などに、ついついスマホやタブレットを視聴させがちですが、目にはどのような影響があるのでしょうか?
先生:10分程度の一時的な動画視聴は、視覚には大きな影響はないと思います。しかし、心理的に10分で終われるか、という問題がありますよね。人間は常に新しく、強い刺激を求めがちです。ずっと動画を見続けてしまうと、絵本に戻れるのか……という心配があります。
尾崎:一時的にスマホの動画を見せたものの、結果的にそれ以外のものに興味を示してくれなくなり、後々自分が困る……という事態に陥りそうですね。
先生:あとは、スマホは画角が小さく迫力に欠けるので、画面に近づいて見たくなります。その結果、20cmなどの近距離で見続けると、リアルの世界と矛盾が生じます。
尾崎:どんな矛盾が生じるのでしょうか?
先生:リアルで見る際は、正しく距離を把握して、近くのものを見るときは寄り目で近くにピントを合わせ、遠くを見るときはまっすぐ見ます。スマホやテレビは自分の目から画面までの距離が一定なので、常に寄り目で近くにピントを合わせます。それはリアルの世界で遠くを見たり、近くを見たりする時に、目を動かしたりピント調整したりするのとは違いますので、画面を見続けると違和感や疲労を感じることになります。
尾崎:なるほど。
先生:さらに、動画の情報は限定的で、“受動的”にしか見ることができません。サバンナにいる動物の映像を見ても、遠近感などは取得できません。動物園に行けば、実物大の動物を見ることができます。さらに、近寄れば大きいし、遠くに行けば小さくなる。自分が動けば見え方が変わる、ということは視覚の発達においても非常に大切です。
尾崎:視力という点について、海外の研究で、紫外線を浴びている時間が長い方が目が悪くなりにくい、という記事を以前読んだことがありますが、実際そうなのでしょうか?
先生:太陽光に含まれるバイオレットライトと呼ばれる波長を浴びることが、眼球の過剰な成長を抑制する効果があり、近視が進みにくいと考えられています。台湾の小学校では「昼休みは室内にいてはいけない」といったルールがあり、近視になる人が統計的にも減っているという話を聞いたことがあります。
また、外遊びをすると、スマホやタブレットのような近距離のものがなく、自然と遠くのものを見ることにも、効果があると考えられます。
実物を見て体験することで、精度が上がる
尾崎:先生が視覚という観点で、今のこどもや周りにいる大人に伝えたいことはありますか?
先生:「体験」が大事。小学校に上がる前に、いろんなものを「実物」で見せた方がよいということですね。例えば、動物園に行けば、においや鳴き声を感じながら、動きや時には動物のやる気のなさも見えます(笑)。自分が歩きながら見る“能動的”な視覚情報は、発達においても非常に大切です。
動物園のような体験施設では、そもそも見る・見ないの選択、ちょっとだけ見る、じっくり見るなど、自分の興味や意志に応じて、見ることができます。
尾崎:ほぼ見えていないであろう乳児期などでも、動物園のような場所に足を運ぶことに意味はあるのでしょうか?
先生:こどもはただひたすらいろんなものを見続ける、という視覚体験を積んで、精度を高めていきます。また、寝返りをうつのが精一杯の赤ちゃんでも、見る・見ないの選択は存在します。右側を見れば右側の景色が見える。左側を見れば左側の景色が見える。一方向を向いて暫時(ざんじ)映像がやってくる環境とは全く違います。
自分の興味や関心に応じて、見る・見ないを決めることが、大脳の発達にも非常に重要だと考えられます。たとえこどもが覚えていなくても、視覚と脳の発達には効果があると思います。
古井:たとえば初めて雪を見るときに、「ふわふわしているね」「雪真っ白だね」といった大人の声がけは、視覚の発達に影響するのでしょうか?
先生:初期認知においては、おそらくそこまで大きな影響はないですが、声がけをしていると、曖昧なところから意味のあるものを引き出せるようになります。「色」はおのずと見えるようになりますが、それが「何色」だということは教えてあげないと分からないですよね。豊かな言葉で語りかけることは、目に見えているものの背景知識を授けるという点で非常に意味があると思います。
古井:寒い中、無反応な息子にひたすら語りかけていた自分の行動が、意味あるものだと分かってよかったです(笑)。
大人の私にとっては盲点だった「見え方」にまつわるエピソードの数々。こどもの見え方を知ったことで、こどもへの声掛けや対応を再考するきっかけになりました。先生、非常に興味深いお話をありがとうございました!では、今回のまとめです。
●生まれたての赤ちゃんの視力は0.001程度。生後3カ月ほどで0.1程度、8カ月から1歳半で0.3程度、視力1.0程度見えるようになるのは、3歳ごろと考えられている。
●「最初に一番たくさんお世話してくれた人」のことは生後3、4日で分かるように。正面顔が認識しやすいので、きちんと赤ちゃんの顔や目を見てお世話してあげたい。
●大人とほぼ同じ視力になるのは6歳ごろだが、視野は大人よりかなり狭い。「ほら、よく見て!」と言いがちだけど、そもそも視野に入っていない可能性があることを知っておきたい。
●リアルなものを能動的に見ることは、興味関心に応じて「見る・見ない」を選択する行為でもあり、視力だけでなく脳の発達にも重要。画面ではなく“本物”を赤ちゃんのうちからたくさん見せてあげたい。