こどもの視点ラボ・レポートNo.13
【こどもの視点ラボ】好き嫌いの理由って!?こどもになって、初めてのもの、食べてみた
2024/12/20
わが子は離乳食を作っても作っても食べてくれませんでした。丁寧に裏ごししてもダメ、市販のものもダメで「結局、作る意味あったかな?」と徒労感だけが残った離乳食期。その後も納豆ごはんとトマトとバナナくらいしかまともに食べてくれず、何でもパクパク食べる子をみるとうらやましさが募るばかり。なんで?やっぱり私の料理スキルが低いから?(泣)。
ということで今回は、なぜ好き嫌いをする子が多いのか?偏食はどうすれば直せるのかを、私、石田文子と2児のパパである古久保龍士が探っていきたいと思います。
まず訪れたのは、味覚センサや分析装置を使って「おいしさ」を科学的に可視化し、さまざまな味覚研究を行っている味香り戦略研究所。主席研究員の髙橋貴洋さんにお話を伺いました。
赤ちゃんは生まれる前から、胎内で「食」の学習をしていた!
石田:髙橋さん、よろしくお願いします。早速ですが、こどもの味覚は大人より3倍敏感だと聞いたことがあります。こどもの方が味蕾(みらい、舌にある味を感じる受容器)の数が多いから敏感なんだ、と。こどもがピーマンやニンジンなど苦味やクセのある野菜をあまり食べてくれないのは、それが原因なんでしょうか?
髙橋:昔はそういう話がありましたね。でもこどもの味蕾の数は、統計的に大人より優位というわけではないといわれています。ですから「3倍敏感」ということもありません。
石田:え、そうなんですか!?実は今回の研究では「3倍苦いピーマン」などを作って食べてみれば、こどもの気持ちがわかるんじゃないかと思っていたのですが。いきなり出鼻をくじかれた感じです……。
髙橋:味覚というのは、いろいろなものを食べる経験によって、少しずつ養われていく感覚です。実は母親のおなかの中にいる頃から食の経験は始まっています。胎児は、胎内にいるとき、母親の食べた食品の風味を羊水を介して感じ、母親の食べる「体に安全な食事」や嗜好(しこう)性を学習しているんです。
古久保:おなかの中にいる時からですか?初めて聞くお話です。
髙橋:生まれてきた赤ちゃんに「甘味」「うま味」「塩味」「酸味」「苦味」の溶液を提示した実験では、「甘味」「うま味」には好意を示し、「塩味」は不思議そうな反応、「酸味」「苦味」については拒絶の反応を示した、というものもあります(※1)。
※1 Steiner, J.E. (1979) Human Facial Expressions in Response to Taste and Smell Stimulation. Advances in Child Development and Behavior, 13, 257-295./ 5味の表情録画実験Kawahara, S., Misaka, T., & Ishimaru, Y. (2012). Responses to umami taste in newborn infants. Chemical Senses, 37(2), 169-176.
石田:「酸味」は腐ったもの、「苦味」は毒の可能性があるからだ、というのは聞いたことがあります。
髙橋:そうですね。ただ、その決めつけも良くないんです。体に有用な有機酸の酸味や苦味もあり、単体の味を味わうことって大人でもないですよね?そしてヒトには個人差があるので。
古久保:と言いますと?
髙橋:海外の研究なのですが、ニンジンやニンニク、アニス(独特の香味をもつスパイス)を日常的に多く摂取している母親から生まれたこどもは、それらのにおいに「未知の拒絶」を示しませんでした。「既知のにおい」として、幼児期からニンジンジュースなどもおいしく飲むことができた。つまり、においの好き嫌いも胎児期の経験によって形成されているということがわかりました(※2)。母親の嗜好性や家庭環境、その土地の食文化などによって、赤ちゃんの味覚形成は変わってくるんです。
※2 Schaalet al.,Chem. Senses 2000
石田:ニンジンジュースを飲んでくれる幼児!うらやましい。そういえば、辛いものやスパイスが多い国のこどもたちは、なぜそれが食べられるんだろう?と不思議に思っていました。おなかの中ですでに経験しているからなんですね!でも私が好きなものでも、うちの子は全然食べませんでしたが……。
髙橋:それは「新規性恐怖」が強いタイプのお子さんだったからかもしれません。
古久保:「新規性恐怖」?初めて聞く言葉です。
髙橋:人間が初めての食べ物を見た時、そこでは「新規性恐怖」と「新規性好奇」がせめぎ合います。例えばお皿に青いケーキや虫の料理がのっていたとして「今まで食べたことがないからムリ、異物!」と思う気持ちが「新規性恐怖」。「食べたことがないから面白そう!食べてみたい!」と思う気持ちが「新規性好奇」。好奇心が勝れば食べられますが恐怖心が強い場合は食べられません。
石田:なるほど。うちの子はかなりの怖がりといいますか、石橋をたたいても渡らないタイプの幼児だったので、めちゃくちゃ納得感があります。
古久保:なんでもよく食べてくれる子は新規性好奇が強いタイプ、ということですか?
髙橋:その可能性は高いですね。もうひとつ、味覚に影響を与える遺伝的な要素というものもあります。舌(味蕾:みらい)の感じ方として3つのタイプがあるんです。まずは味の感じ方が一般的なノーマルテイスター。人間の約50%はこのタイプだといわれています。次に味をあまり強く感じず、一部の苦味物質をまったく感じないノンテイスター。全体の約25%といわれるこのタイプは好き嫌いも少ない。そして3つ目が、苦味・辛味を強く感じるスーパーテイスターといわれる約25%の人々。アジア・アフリカ系の人種や女性に多く、コーヒーやお茶、苦味の強い野菜、油などを嫌うといわれています。
石田:3つの舌のタイプ!初めて聞きました。新規性恐怖が強くてスーパーテイスターだった場合は、かなりの偏食になりそうです。そういう子の場合、どうやって食べられるものを増やしていけばいいんでしょうか?
苦手なものの味をごまかしていると、食べられるようにならない!?
髙橋:先ほどもお話ししましたが、人間の味覚は経験によって養われます。ですから、大体の人間は、その味を10回以上トライした経験があれば食べられるようになります。例えばピーマンなら、調理した1カケラを定期的に口に含ませてみる。最初はベーっと出すかもしれませんが、そのうちに食べられるようになります。食行動心理学でいう「単純接触効果」というものです。
石田:なんと!じゃあ別の食材や調味料で味をまるっとごまかしていると、いつまでたっても食べられるようにならない?
髙橋:そうですね。コーヒーが苦手な人が、慣れようと牛乳や砂糖を入れて飲んだりしますよね?それではブラックコーヒーは飲めるようになりません。ブラックのまま毎日1口ずつトライする経験を10回以上やった方が飲めるようになります。
古久保:驚きです。やってみようと思いますが、こどもは嫌いなものは本当に上手によけるので……簡単にはいかなそうではありますが。
石田:たくさん入れないで、しれっと少し食べさせてみる、を繰り返せばいいのかもしれませんね。
髙橋:無理やり食べさせるのは逆効果なので、そこは気をつけてください。昭和生まれの人は特にこどもの頃、給食を残さず食べなさい!と言われましたよね。モッタイナイという文化は大切ですが「お残し禁止!」は、逆に食べられないものを増やすことにつながることが今ではわかっています。
石田:ひぇー、そうなんですね!そういえば、おばあちゃんから「健康にいいから納豆を食べなさい!」と、こどもの頃に何度も言われたことが原因で今でも納豆が大嫌いだ、というラボメンバーがいます。
古久保:でも、納豆を好きな幼児って多くないですか?うちも納豆ごはんはよく食べてくれます。くさいし糸を引いてるのに、なんでなんですかね?
髙橋:理論上、納豆は「うま味」であるアミノ酸をとても多く含んでいますから、おいしいはずです。腐敗臭への嫌悪がないうちに食べれば好きになる確率が高いでしょうね。
石田:なるほど。「こういうにおいはくさい」「糸を引いてるものは腐ってる」という先入観がなければ、納豆は「うま味」の塊のような食べ物だと。面白いですね〜。
「大人がおいしそうに一緒に食べること」が、こどもの味覚を育てる!
古久保:他にこどもの偏食を減らす方法はありますか?
髙橋:大人がこどもと一緒に食事を楽しむことですね。誰かと一緒に食事をすることを指す「共食」は、豊かな味覚を形成していくためにとても大切です。食べたことがないものを大人や友達がおいしそうに食べていると、先ほどの「新規性好奇」が高まります。自分も食べてみようかな、という気持ちになっていく。そもそも「おいしい」という感覚は5感覚(味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚)に加え、その時々の心と体の状態やその地域での食文化が相まって成り立っています。周りの人がおいしそうに食べていたり、食事の時間が楽しかった、という記憶は「おいしさ」を形成する重要な要素なんです。
石田:なるほどー。こどもが小さいうちは食べさせることに必死で、こどもが食べた後で自分は立ったままご飯をかき込む、という生活でした。それだと新しい料理を「食べてみたい」とはなりませんよね、反省です。
古久保:あまり気負わずに、自分が食べたい料理を中心にして、こどもに分けてあげる、という感覚でもいいのかもしれませんね。
髙橋:そうですね。あと、味についての会話もどんどんしてください。「パリパリしていておいしい」「うま味が口に広がるね」など、大人が味や食感など、おいしさについて語る機会が多いほど、食に対するこどものボキャブラリーも増えていきますから。
古久保:言葉で表現することが大事なんですか?
髙橋:表現する言葉がないと表現できません。その味や食感も認識しにくい。例えば「渋み」という言葉がない民族は「渋み」も含めてすべて「苦味」と表現するといわれています。そういう意味では表現する言葉が多いほど、味覚も豊かになっていくと言えます。
石田:「肩こり」という言葉がない国には肩こりがない、という話を聞いたことがあります。あるけど、ないことになってしまう。それと同じですね!
髙橋:また「こどもにはこれは食べられないだろう、好きじゃないだろう」という決めつけをしないこと。何度も言いますが、残したものを無理に食べさせないこと。
石田:保育園の先生が、少食の子には最初から少なく盛っておいて「食べ切れた」「おかわりした」という達成感を与えてあげるのだ、とおっしゃっていました。そうすれば残すこともありませんしね。あと、今は昔よりも「孤食」が増えている印象です。習い事や塾の合間に急いでこども一人で食べる、ということも多いですよね。毎食は無理でも、こどもと一緒に「食事を楽しむ時間」をなるべく増やしていきたいと思いました。
髙橋:ところで、私の方で「はじめてのものを食べたこどもの気持ち」に近いかな?と思う体験をご用意したのですが、試してみますか?
石田:実は目の前の食材がずっと気になっていました(笑)。ぜひお願いします!
思ってた味と違う!ベーっと出しちゃうこどもの気持ちがわかった
髙橋:今から感覚を消して予想できない味を味わう実験をします。ここにあるギムネマ・シルベスタ茶を、30秒ほど口に含んでから飲み込んでください。
石田:に……苦いですね、このお茶。
髙橋:そして、ここに用意したお砂糖、チョコレート、ロールケーキ、みかんを食べてみてください。あとコーラ、ビールも。
石田:ん?んん???砂糖は砂をかんでいるようだし、チョコレートは粘土を食べているみたいです。ロールケーキのクリームも……絵の具?のような。なんですか、これ!!
髙橋:ギムネマ・シルベスタ茶には、甘味を感じさせなくする作用があるんです。甘味を感じないと、どれも全然おいしくないですよね?
石田:みかんはレモンのように酸っぱいし、コーラもビールも酸っぱ苦い汁!ぎょえー!こ、これは。期待していた味と全然違うものを口にした時に、こどもがベーっと出してしまう気持ちが理解できたように思います。ひー。
石田:これはすごい体験ですね。めちゃくちゃ面白い。そしてものすごく勉強になりました。髙橋さん、ありがとうございました!
はじめてのものを食べるこどもの気持ちになる体験
「なにこれ?ランチ」を作ってみた
味香り戦略研究所では「期待して食べたら、全然おいしくなかった!」という気持ちを体験させてもらいました。それを参考に、こどもの視点ラボでは「新規性恐怖」と「新規性好奇」がせめぎ合う中で「初めてだけど食べてみたらおいしかった!」というメニューを作れないだろうか?と考えました。名付けて「なにこれ?ランチ」です。
まず「ITOCHU SDGs STUDIO こどもの視点カフェ」を訪れてくれたこどもたちに、自由に味覚のイメージを描いてもらいました。「おいしい(うま味)」「あまい」「しょっぱい」「からい」「すっぱい」「にがい」の6種類です。1歳〜10歳を中心とした192人のこどもたちから味のイメージ画が集まりました。これが実に面白い!
大人なら「あまい」をピンクでふんわりした見た目などにしてしまいがちですが、青かったり、緑だったり、トゲトゲしていたり。「すっぱい」が四角かったり赤かったりなんてことも。実にバラエティに富んでいます。
「この味がこの色やカタチなんだ!」と特に驚いたものを6味分それぞれピックアップし、その絵を元にした料理を作ってみることにしました。メニュー開発にご協力いただいたのは、オーダーメードで「食」を楽しむ時間&空間をデザインされているクレイジーキッチンさん。
見ただけでは、どんな味かわからない。でも食べてみると「おいしい(うま味)」「あまい」「しょっぱい」「からい」「すっぱい」「にがい」が表現された、どれもが素晴らしく美味なランチプレートを考案していただきました。
そのメニューを、イノベーティブなヨーロッパ料理で話題の東京・中目黒「cocon」の栗脇正貢オーナーシェフがお店で特別に提供してくれることに!ご招待したのは、小さなお子さんがいらっしゃるファミリー。冒頭でお話を伺った味香り戦略研究所の髙橋さんご家族、そして儘田さんご家族です。
さぁ、どの一品がどの味でしょうか?6つの味を予想しながら食べていただきます。ランチプレートがサーブされると、2組のご家族から驚きの声が上がりました。下の写真、左からマメ科の植物バタフライピーを使用した青いライス、寒天を使った透明なチップス、グリーンの香草焼き(?)、メンチカツのような何か、6色の鮮やかな小鉢、黒いソースがけの何か。見た目はカラフルですが、自然な素材にこだわったメニューばかりです。
「ご、ごはんが……青い」「この黒いソースは何?ぜんぜん味がイメージできない」
大人たちは戸惑い気味。むしろ、こどもたちの方がちゅうちょなく食べている印象です。やはり先入観がないからでしょうか。
※大人用の「からい」には唐辛子を使用。こども用には使用していません。
「これは辛いんじゃない?あれ?苦い!」「これはしょっぱいと思うんだけど……えー甘いんだ!?」「これ、からーい!あ、でも好きかも」「この色で酸っぱいとは思わなかった」「んーー脳が混乱する!」「あ、これは、うま味がすごい」
ワイワイ大騒ぎの楽しいランチタイム。終了後にみなさんに感想を伺いました。
「ドキドキしながら食べました。こどもたちは、まだ食べたことがないものがほとんどだと思うので、毎日がそういう体験なのかなっていう気づきがありました」
「こどもの恐怖心を考えさせられる食事でしたね。食べたことのないものを食べるって、こういう感覚なのか、と」
「最初見た時に、え、これ食べられるの?と思ってしまって(笑)。食べてもいいものだということを、こどもにわかってもらう必要ってあるんだなって」
「全然見たことがないと食べづらいんですね。まずは見た目をこどもが好きなものによせてみたり、という工夫もしてみようかなって思いました」
私たちラボメンバーもこのランチを実際にいただきました。知らないものを食べる怖さやワクワク、そしておいしかった時のうれしさを感じることができ、何とも不思議で豊かな食体験でした。では今回の学び、まとめです。
●胎児は、胎内にいるときからママの食べた食品の風味を羊水を介して感じ、ママの食べる「体に安全な食事」や嗜好性を学習している。
●初めて食べるものがほとんどの幼児の頭の中では「新規性恐怖」と「新規性好奇」がせめぎ合っている。恐怖心が勝る子は、すぐには食べられないことを知っておきたい。
●苦手な食材は調味料などで味をごまかすよりも、その味を1カケラずつでも10回以上食べた方が食べられるようになる。ただし、無理やり食べさせることは逆効果で、食べられないものを増やす原因になるので気をつけたい。
●「おいしさ」は五感だけでなく、その土地の食文化や、誰かと一緒に楽しく食べる「共食」の記憶によって形成される。バランスの良い食事を「孤食」させるよりも、大人が一緒にその食事を楽しむことで、より豊かな味覚を育ててあげたい。ちなみに、とてつもなく好き嫌いが多い幼児だったわが子は、いま10歳になり、この数年でぐぐっと食べられるものが増え、食を楽しむようになっています。こどもの偏食は一朝一夕には直りませんが、だからこそ「食べなさい!」より、「これおいしい!」と楽しみながら一緒に食卓を囲む方が、大人もニコニコしていられて(いずれはこどもも食べられるものが増えて)良いことしかないな、と思いました!