「感情汚染回避」と「人間回帰」。若者の新たな行動価値観を読み解く
2025/08/13
電通若者研究部(以下、電通ワカモン)は、高校生、大学生、社会人1~3年目の若年層を中心に、2年ぶりとなる大規模調査を実施(調査概要はこちら)。その結果をもとに、若者の価値観をひもといた「若者まるわかりナレッジ2025」を作成しました。(お問い合わせはこちら)
本連載では、調査から得られたファインディングスを紹介します。
本音を言えない若者たち~「感情汚染」を避ける行動価値観~
誰かと話していて「相手の感情を傷つけてないかな」と不安になること、ありませんか?実は今、若者の間でそれが「日常」になっています。
今回、電通ワカモンが実施した大規模調査で明らかになった、最も象徴的なファインディングス。それは、「感情汚染を避けたい」という行動価値観が若者を中心に高まってきているということです。
人間関係の中で本音を語ることは、ときに他人を不快にさせたり、空気を乱したり、自分自身が疲れてしまうリスクを伴います。そのリスクを避けることを何よりも優先し、自分の本音を言わない、そして相手の本音に踏み込まないようにして、自分も他者の感情も疲弊させないようにする。
電通ワカモンは、このような考え方を、「感情汚染」を避ける行動価値観と定義しました。調査では、下記のような声が聞かれました。

喜びや不満の感情さえ、周囲に与える影響を想像しながら調整していく……。若者たちは今、「感情の出し方に慎重さを求められる時代」を生きているのです。
「全方位配慮」が、マナーの世の中

「『本音』を誰かに話すことは、相手が誰であってもリスクを伴うと感じる」。今回の調査で、実に76.8%の若者がこのように回答しました。ここでいう相手とは、職場の上司や先輩はもちろん、親しい友人や同僚も含まれています。若者にとって本音を話すことは、親密度にかかわらず「慎重に扱うべき行為」となっているのです。
なぜ、本音や感情を出すことがこれほどまでに気を遣う行為になっているのでしょうか?電通ワカモンによる若者へのヒアリング調査では、こんな声がありました。

めでたい話ですら、テンションを誤ることで誰かを不快にさせてしまうかもしれないという不安が先立つ時代。ポジティブな感情ですら出しどころが難しいのです。
つまり若者たちは、日常での何気ない感情を表す一言が、
「誰かのタブーに触れる」
「空気を乱す地雷になる」
「意図と異なるかたちで誤解される」
という感情の伝達リスクを強く意識しています。
それが特に顕著になるのは、SNSやLINEといった、「感情が可視化・拡散・再解釈される場」が常に日常にあるからだとわれわれは考えています。
今の若者たちが置かれているのは、「全方位に気を遣うことがマナー」とされる時代。そのような時代を生きる若者の思考を、電通ワカモンでは「全方位配慮思考」と表現しています。
本音を出したことで誰かを不快にさせてしまうかもしれない。あるいは、誰かの本音を受け取った自分が感情的に巻き込まれてしまうかもしれない。そうした感情(本音)の交差による疲労を回避し、心の負担を最小限に抑えたいという「感情汚染」を避ける志向が、いまや若者世代の基本的な行動価値観として根付きつつあるのです。
タイパよりも優先?「感情汚染」を避ける志向は仕事観やコンテンツ消費にも波及
「心がすり減るくらいなら、成果は二の次でいい」。今の若者たちの中には、そんなふうに働き方の価値基準を切り替えている人が少なくありません。

私たちの調査でも、「仕事での成果よりも、自分の心の安定を重視して働きたい」と答えた社会人1~3年目は75.0%。さらに、「職場で何かを成し遂げるよりも、面倒ごとなく“うまくやる”ことが大事」と答えた人も77.3%と多数にのぼりました。このように、キャリア形成に対しても「心をすり減らさない」という基準が第一に置かれるようになってきています。また、仕事選びの基準にもこの傾向は色濃く表れています。

たとえば、「キャリア形成には時間がかかるが、心の安定が保てる職場で働きたい」と答えた人は76.9%。これは、かつて若者の間で重視されてきた「タイパ(タイムパフォーマンス)」志向と真逆とも言える結果です。「早く成長したい」ではなく、「無理なく続けたい」。時間より心の燃費を大事にする感覚が、新しい時代の働き方を形づくっているのです。
この感情汚染を避ける価値観は、日常のコンテンツ消費にも広がっています。

「心に余裕がないときは長編の動画コンテンツを見るのが億劫に感じる」と答えた若年層は63.7%。「何も考えずに眺めているだけでよさそうな動画コンテンツが好きだ」とする回答も67.3%にのぼりました。できるだけ感情が汚染されない「何も考えなくていい」ものを選びたいという無意識の欲求が見え隠れしています。
このような感情汚染を避ける(できるだけ感情の負担を最小限にする)ことを重視する価値観は、仕事の姿勢、キャリア設計、日常のエンタメ選びに至るまで、現代の若年層のあらゆる行動価値観に浸透しつつあります。
人間回帰の兆し~本音でつながれる関係への憧れ~
これまで見てきたように、若者たちはコミュニケーションに対して慎重になっており、とてもリスクが高いものだと考えています。しかしその一方で、彼らの内面には「本音でつながれる人間関係」への強い渇望があることも見えてきました。

「なんでも言い合える友達が欲しい」「『本音』を言い合える相手が欲しい」といった声は大人たちよりもスコアの高い結果となりました。彼らは本音を我慢することに慣れていますが、それを望んでいるわけではありません。むしろ、自分をさらけ出せる相手をつくりにくくなっていることへの寂しさや、そうした関係を築ける未来への渇望を、静かに抱え続けているのです。
職場などのフォーマルな場面においてもその傾向は見られます。

関係性さえ築ければ、上司や先輩とももっと踏み込んだ会話がしたい。さらに、プライベートまで仲良くなれる関係を望んでいる若者も少なくありません。距離を保つことが前提になっているからこそ、本音を交わせる関係性には特別な価値が宿るのです。
このような「心からつながれる関係性」への憧れは、近年SNSなどでよく見られる「尊い」という表現にも表れています。たとえば、なんでも言い合える友人や、思い合っている恋人同士など、お互いに本音で関わり合っているような関係に対して、羨望や感動の意味を込めて「尊い」と表現されることが増えています。これは希少な本音でつながれる関係性への願望が、時代の共感語として表れたものだと捉えることができるでしょう。
電通ワカモンは、こうした傾向を「人間回帰の兆し」として捉えています。若者は人とのつながりに冷めているのではなく、むしろ本気で向き合いたいからこそ慎重なのです。誰とでもすぐ仲良くなりたいというような軽さではなく、「ちゃんと信頼し合える関係を築きたい」という静かな人間回帰の兆しが、若者の本音として浮かび上がったと言えます。
「若者まるわかりナレッジ2025」では、この記事で紹介した若者たちの「本音」にまつわる意識に加え、職場意識、つながり意識、恋愛意識、メディア意識、行動インサイトなど幅広いテーマでファインディングスをまとめています。本連載ではそのファインディングスをさまざまな角度からご紹介していきます。