カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2025No.2
電通×ヘラルボニー クリエイティブの力で障害のある人たちの「可能性」に光を当てる
2025/09/24
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月16日から20日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は参加者たちの目にどう映ったのか。それぞれの視点でカンヌの「今」をひもときます。

第2回は、現地で開催された電通のセミナーをリポートします。登壇したのは、電通のクリエイティブディレクター・長谷川輝波(きなみ)氏とHERALBONY(ヘラルボニー)の共同代表・松田崇弥(たかや)氏。電通とヘラルボニーは、障害に対する世の中の見方をどのように変えようとしているのか。そのカギとなるクリエイティブの力とは。

障害に対する世の中の見方を、クリエイティブの力で変える
「『障害のある人って、本当に“かわいそう”なんでしょうか? 私たちは、クリエイティブの力でその見方を変えたいんです』」
セミナーの冒頭、電通のクリエイティブディレクター・長谷川輝波氏が紹介したその印象的な言葉は、2019年にヘラルボニーの共同代表である双子の兄弟・松田崇弥氏、文登(ふみと)氏と初めて対面したとき、彼らから投げかけられたものだった。その瞬間、長谷川氏の中で何かが変わったという。
「彼らは私に、一つのアートが描かれたアイテムを贈ってくれました。それは、知的障害のあるアーティストが描いた素晴らしいアートで、彼らが立ち上げたばかりの“ヘラルボニー”というブランドのものでした。その出会いは、私の『障害』に対する見方、そして『クリエイティブ』に対する考え方、さらには(障害のある)いとこの存在(への向き合い方)にまで、変化をもたらしました」
長谷川氏とヘラルボニーは、2021年から取り組みを開始し、昨年、電通とヘラルボニーは「Future Creative Partnership(未来のクリエイティブ・パートナーシップ)」という連携をスタートさせた。活動を通して、障害に対する世の中の見方を変えることに挑んでいる。
日本には知的障害のある一方で、力強く、深く心を打つアート作品を制作している人がいる。しかしその作品の多くは、ほとんど無償に近い形で寄付と引き換えに提供されている。クオリティの高い作品であるにもかかわらず、それで生計を立てることは難しいのが現実である。
そんな状況に対して、ヘラルボニーは前例のない挑戦を続けている。契約する知的障害のあるアーティストの作品には、繰り返し表現されるパターンや模様が多く見られる。この特徴を生かし、ブランドとして、ドレスやショールなどのファッションアイテム、ライフスタイル製品を展開。さらに、そのデザインはホテルのインテリアや航空会社のアメニティ、他企業とのコラボレーションにも広がっている。
ヘラルボニーのこの取り組みは世界中で話題となり、大きな注目を集めた。「社会と生活のあらゆる空間の中に入り込んでいくことができるビジネス」として、6年間でブランドは大きく成長。ヘラルボニーの取り組みによってアーティストの収入は、15.6倍も増え、生活を支えることができる水準となった。

“HOPE CREATIVITY(希望の創造性)”
長谷川氏は、ヘラルボニーとの活動を通して、大切なことに気づいたという。
「これまで、“障害”とクリエイティブの関わりといえば、『課題を解決すること』や『困難を乗り越えること』が中心でした。もちろん、それも大切なことです。でも私は、クリエイティブにはそれ以上の可能性があると信じています。クリエイティブの力で、障害のある人の『可能性』や『希望』に光を当てること。それが、私たちが目指すかたちです」
その実例として、電通の代表的な取り組みを紹介した。
ヘラルボニーと契約するアーティストの両親から「息子のアートの収入が増えて、確定申告が必要になったんです」との報告を受けたのをきっかけに、「鳥肌が立つ、確定申告がある。」というタイトルのキャンペーンを展開。左側に確定申告書類、右側にアーティストの家族の心温まるストーリーを配置したポスターを制作、国税庁へとつながる東京メトロ千代田線・霞ケ関駅A13出口付近をはじめとする東京メトロ駅構内3カ所に掲出した。
化粧品を通じて美容を発信するポーラとソーシャルエンターテインメント・プログラムを提供するダイアローグ・ジャパン・ソサエティ、電通が共創した視覚に障害のある人のためのプログラム。参加者は、手の感覚をたよりに肌をケアし、色をのせ、自分らしさをメークで表現していく。障害の有無のボーダーを超えて、日常の中に、美しさと自信、そして喜びを届ける取り組みで、「クリエイティブが人生を豊かにする」一例である。
●「Visiongram(ビジョングラム)」
視覚に障害のある人が「世界をどう見ているか」を可視化するプロジェクト。検査データをもとに、人によって異なる「見え方」をパーソナライズしたフィルターを開発、他の人が「視覚障害のある人の見え方」を体験できるようにすると同時に、当事者自身が「自分にはこう見えている」と周囲に伝える手助けにもなっている。本人でさえ説明が難しく、親でさえ想像できなかった「見え方の世界」を共有することで、共感が生まれ、本当の意味でインクルーシブな社会の実現へとつながっていく。「クリエイティブが人と人をつなぐ」一例である。
これらの実例は、長谷川氏が“HOPE CREATIVITY(希望の創造性)”と呼ぶ新しいアプローチを象徴している。それは、障害のある人たちの「可能性」や「希望」、そして「喜び」に光を当てるクリエイティブである。
障害のある人が心から尊重される世界をつくる
続いて登壇したヘラルボニーの共同代表の松田崇弥氏は、ヘラルボニーの存在意義について、次のように語った。
「ヘラルボニーは、日本を拠点とするアートライセンシング企業です。私たちは、知的障害のあるアーティストたちの持つ圧倒的な創造性を、さまざまなコミュニケーションの形へと展開しています」
「ヘラルボニーは『慈善活動』ではありません。持続可能なビジネスです。私たちは、(障害のある人が)『支援される側』としてしか見られない社会の仕組みを変えたいと考えています」
松田氏がヘラルボニーを創設したきっかけは、知的障害のある兄の存在だという。
「彼は、笑います。悲しむこともあります。怒ることもあるし、ちゃんと感情があります。それなのに——彼のことを“かわいそう”だと言う人が多かったのです」
「私の使命——それは、障害のある人が心から尊重される世界をつくることです」
「私たちは、彼らの唯一無二のアートを、バッグや靴下、シャツなど、さまざまな製品へと展開しています。私たちは、日本各地にショップやギャラリーを展開しています。そして一番大事なのは、純粋に『美しい』『かっこいい』と思えることなんです」

ヘラルボニーは、多くの企業と多数のプロジェクトを実施してきた。2000点以上のアート作品のデータコレクションをパートナー企業に仲介することで、ライセンス料はアーティストに還元される。
「私たちのビジネスの中心にいるのは、アーティストです。彼らのクリエイティビティは、表現を通じて社会に貢献し、きちんと収入を得ることにつながっています」
「あるアーティストは『黒い丸』だけをひたすら描き続けています。あるアーティストは『迷路』という概念を、ひたすら無限に描き続けています」
「あるアーティストはすべての色を『同じ量』だけ使うことにこだわります。あるアーティストは女性の姿だけを繰り返し描き続けています」
「知的障害は、『その人にしか描けない表現』の筆になり得る。つまり、個性あふれる創造性を生み出す手段になるのです」

ヘラルボニーの活動は、社会に対しても大きなインパクトを与えている。この10年で収入が300倍になったアーティストもいる。最初は「こんなの、ただの落書きだよ」と言っていた両親も、今では「うちの子を誇りに思います」と喜んでいるという。
昨年、ヘラルボニーは国際的なアートアワード「HERALBONY Art Prize(ヘラルボニー・アートプライズ)」を立ち上げた。この賞には、多様なバックグラウンドを持つアートの専門家たちが審査員として集まっている。今年は2650件もの作品応募が65の国・地域から寄せられた。
こうした取り組みが評価され、昨年、ヘラルボニーは「LVMHイノベーション・アワード」を受賞した。これは、日本のスタートアップとして初の快挙である。
電通とヘラルボニーは、Future Creative Partnersとして、HOPE CREATIVITYの力を通じて、多様な未来を創り出すチャレンジを今後も続けていく。「障害」というテーマを中心に据え、日本国内外のさまざまなパートナーと連携しながら創造性を通じた新しい可能性をひらいていく。
最後に松田氏は、ヘラルボニーというブランド名の由来について、こう語った。
「ヘラルボニー——このブランド名は、兄が由来なんです。知的障害のある彼は、ノートにひたすら“ヘラルボニー”と書き続けていました。『この言葉に、どんな意味があるの?』と兄に尋ねると、彼はこう答えました——『わかんない!』」
「そんな兄が生み出した言葉は、世界中の検索でヒットする言葉に変わっています。知的障害のある兄と一緒に育つ中で、私はよくからかわれたり、バカにされたりしました。でも、兄・翔太という存在がいてくれたおかげで、私たち双子は誰のことも見下さない人間に育つことができました」
「今日はヘラルボニーの本当の創業者、私の兄・翔太がここに来てくれています!」
会場から湧き上がる拍手に包まれて登壇した松田翔太氏は、ヘラルボニーのアイデンティティを象徴するメッセージを叫んで、セミナーを締めくくった。
「HERALBONY, BEYOND LABELS !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
