電通グループが当事者と共に手がける、障害者インクルージョンと事業成長の両立
2025/01/08
※この記事は、2024年6月27日「Business Insider Japan」で公開された記事を一部編集し、掲載しています。
2024年4月、「改正障害者差別解消法」が施行され、これまで民間企業においては「努力義務」とされていた、事業面での障害者への「合理的配慮の提供」が義務化された。だが、具体的にどのような施策を打てばよいか分からないという企業も多い。
そこで電通では、「インクルージョンと事業成長の共創コンサルティング」の提供を2024年3月から始めた。これは、障害者インクルージョンの専門家や当事者団体、ユニバーサルデザイン関連団体と協働し、障害者の意見を取り入れる「当事者共創型」で、インクルーシブな課題設定、戦略・事業の開発、コミュニケーションの実現などを推進し、企業の成長を支援するサービスだ。
また、電通デジタルでは、企業のウェブサイトにおいて、ウェブアクセシビリティの観点から現状分析、改善提案、実装、運用サポートまで一気通貫で対応する「ウェブアクセシビリティコンサルティングサービス」を提供している。
なぜ国内電通グループ(dentsu Japan)は業界に先駆けて攻めの姿勢で多様性対応に取り組むのか。電通 サステナビリティコンサルティング室に所属し、電通ダイバーシティ・ラボ 代表でもある林孝裕氏と、電通デジタル エクスペリエンスプロデュース部門 ウェブアクセシビリティコンサルタントの千葉順子氏に、企業を取り巻く社会背景に触れながら、それぞれの提供するソリューションの共通点や目指す姿を聞いた。
「障害社会は自分たちの未来の話」という意識に変わってきた
──まず、「改正障害者差別解消法」施行にあたり、企業をとりまく状況や現状の認識について教えてください。
林孝裕氏(以下、林):障害者インクルージョンの課題に限らず、サステナビリティ全般の課題に対して、「事業成長と両立するのか」「CSR部門がやればいいことではないのか」といった声が聞かれます。
しかし、今後事業を成長させていくには、サステナビリティに関する課題には絶対に取り組まなければなりません。企業が「義務」を超えて新たな価値創造ができるよう、インクルージョンと事業成長の両立を支援するのが、われわれの「インクルージョンと事業成長の共創コンサルティング」です。
障害は当事者に属しそれを医療や福祉で支えるという「個人(医学)モデル」から、社会が当事者に対して障害を作ってしまっているという「社会モデル」に考え方が変わってきています。「障がい」は当事者の内側ではなく社会側にあると考え、「がい」を「害」だと認めて変わっていかなければならない。
そこでわれわれは、クライアント企業に向けた価値提供だけでなく「B2B2S(Business to Business to Society)」、すなわちクライアント企業への支援を通じて社会に対する価値を広げていくことを目指しています。
──電通では、2011年に多様性課題に取り組む「電通ダイバーシティ・ラボ」を設立しました。当時、ダイバーシティはまだ事業成長ではなく社会貢献という捉え方だったと思います。いつごろから変わってきたのでしょうか。
林:2011年に社内横断ビジネスタスクフォースとして設立した電通ダイバーシティ・ラボでは、電通やクライアント企業固有の多様性に関わる課題解決をサポートし、またその成果をビジネスソリューションとして広く提供してきました。当時は、まだ「ダイバーシティ」という言葉自体がなかなか通じませんでしたね。
いつ変わったか明確に言うことは難しいのですが、当事者の課題がドラマなどのコンテンツで表現されるようになったり、パラリンピックやパラスポーツの認知も高まるなど、徐々に変わってきました。街などのハードを大きく作り替えることは急にはできませんが、ウェブサービスは比較的変えやすいことから、グローバルのITベンダーからも変化が進んできたように思います。
千葉順子氏(以下、千葉):そうですね。さらに、超高齢社会になり、「自分自身が障害をもって、またはそれと同様の状況になって長く生きる可能性が高い。そのような障害社会は自分たちの未来の話である」と多くの人が気づいてきたことも大きいと思います。われわれデジタルに慣れている世代もいずれ高齢になります。今、手当をしない理由がありません。
合理的配慮とは、ルールではなくコミュニケーションの話
──電通デジタルが実際に「ウェブアクセシビリティコンサルティングサービス」をリリースされて、企業の反応はいかがですか。
千葉:お問い合わせをたくさんいただきました。「ウェブアクセシビリティ」は、これまで公的機関に対して推奨されてきた取り組みでしたが、現代では誰もが支障なくウェブサービスや情報を利用できる状態にすることは不可欠です。
そのため、「対応したいが何から始めればいいか分からない」といったお問い合わせも多いので、われわれとしては診断サービスなども活用しつつ「まずは無理のない範囲で始め、少しずつ範囲を拡大して継続して取り組んでいくことが大切だ」とお伝えしています。
取り組み方は一つではないので、これまでわれわれが制作で培ってきたものを踏まえて、企業ごとに寄り添った改善案をご提案させていただいています。必要に応じて林さんの部署とも連携しています。
──障害者に関する認識を深める活動も行っていますか。
千葉:はい、障害にもさまざまな特性があるので、当事者にお話を聞く機会を設けています。特性は人によって異なります。一つでも多くの特性を知ることで改善のための想定の幅を広げ、サイト改善に生かしていくことが大切だと思っています。また、当事者を対象としたユーザビリティテストを実施し、改善の示唆を得ることで共により良いウェブサイトを作る活動をしていければと思っています。
──当事者も一緒に改善していくというのは、まさに電通が提唱する「インクルーシブ・マーケティング」の考え方ですね。
林:そうですね。インクルーシブ・マーケティングは、障害者だけでなく、高齢者や外国人も含め見過ごされがちなニーズや課題をもつ人びとに、プロダクトやサービスの開発段階から参加してもらうマーケティング手法です。
車いすの人と視覚障害の人とでは望む世界が違うし、視覚障害者の中でも先天的全盲の人と中途失明や弱視の人とではサポートしてほしいことが違う。どんなことをどこまですればいいのか、企業は「マニュアルやガイドラインを作ってほしい」とおっしゃるのですが、合理的配慮とはルールではなく、当事者側の要望にどう応えるかというコミュニケーションの話です。
しかも相手は大切なお客さま。外部が決めた基準に合わせればいいという話ではありません。顧客とコミュニケーションを取り、関係性を構築していくことが重要。そのためには、当事者を雇用して開発に加わってもらうのがいいのではという話にもなります。
電通デジタルはパラアスリート雇用も進めていますし、国内電通グループの一社(特例子会社)である「電通そらり」は主に知的障害者、精神障害者が中心となって社屋内のグループ各社のフロアに出向きオフィス業務を行ったり、カフェやベーカリーで働いています。内部に当事者がいる意味は大きい。クライアント企業の方々には雇用も含めて検討すべきとご提案しています。
当事者と企業が「つながりたい」と思える引力を作りたい
──dentsu Japanは、マーケティングや広告など、企業と人をつなげ、人の心を動かす事業を手がけてきました。障害者に対する取り組みでもそれが生きていると思いますか。
千葉:障害者インクルージョンは人に対することですから、ビジネスの視点だけではうまく進みません。われわれは人を一番に考え仕事をしています。
林:この領域は全員が満足する答えはありません。それでもみんなができるだけハッピーになるようにするにはどうすればいいか。われわれだけではなく、当事者やクライアント企業の方々、それをサポートしている中間支援組織の人たちと一緒に考えなければならない。
そうしたコミュニティを動かすとき、たとえばイベントを開催したりゲーム形式にしたりと、みんながワクワクして「おもしろそう」「当事者と一緒に何かを作りたい」と思えるようなクリエイティビティが重要になる。そういった演出力や制作力が、われわれに求められていると思っています。
「合理的配慮」という言葉は、斥力(離れていく力)が働いているものを無理やり近づけるような感じがしてしまう。企業と人が自然に「つながりたい」と思えるような引力をクリエイティビティによって作りたいですね。
──企業は多様性対応を事業の成長や情報発信にどのように生かしていくべきだと考えていますか。
林:われわれが提供するソリューションの一つに「Process-facts Communication」があります。これは、結果が出てから世の中に発信するのではなく、実現に至るまでのプロセスを発信していくというもの。そこには葛藤があるかもしれないし、意見の食い違いがあるかもしれない。何をしたら成果があったのか、逆に何をしたけれどもできなかったのか。課題に向き合ったプロセス自体をコミュニケータブルなものにしようとしています。
千葉:私がこれから取り組もうとしているのは、クライアント企業と当事者をつないで、ユーザビリティテストやワークショップなどの活動を増やしていくこと。これまで想定できていなかった人たちのことをもっと知ってもらうことで、ウェブサイトはもちろん、他にも生かせるものが見つけられるかもしれません。
私自身、当事者の話を聞いて、その話を自分だけでとどめておくのはもったいないと感じたので、もっとたくさんの人に知ってもらうことで、障害者インクルージョンのスタート地点が変わるだろうし、広がりの幅ももっと大きくなると思っています。
エラーを許容することで前へ進んでいける
──最後に、それぞれの事業を通じて、多様性を持つ社会の実現に自身がどのように貢献していきたいか、意気込みをお教えください。
千葉:プロジェクトとしては、前述の通り、自分が得た知見を他の人にも広めていく活動がしたいですね。より多くの人と一緒に、より良い10年後を作っていきたい。それが社会にとっても、私自身にとってもメリットがあると考えています。
林:サステナビリティは未来論。未来を描くことは、本来ワクワクすること。当事者もクライアント企業もわれわれも、競合他社を含めて仲間を増やして、ハッピーな未来をみんなで作っていきたい。そして、10年後を明るくするために努力している人たちがビジネスで評価されるべきだと思っています。
──おっしゃる通りですね。メディアには悲観論が多い。それはわれわれ伝える側にも責任があります。
林:「一度間違ったらもうダメ」となると、失敗を恐れてチャレンジできなくなり、企業は動かないし変わらない。エラーを許容しないと進みません。今年に入って障害者関連の炎上騒動がいくつかありましたが、炎上して終わりではなく、その後、当事者と企業は議論して解決策を生み出しています。分からないのだから時には間違ってしまうことだってある。そこから何をしたかが重要。サステナビリティの課題に終わりはありません。改善の過程をメディアにはぜひ発信してほしいですね。
千葉:ウェブアクセシビリティにおいても、サイト診断をすると、「なんでこんなにできてないんだ、うちのサイトは全然ダメなんだ」と悲観的に捉えられることが多いのですが、今できてないことがダメということではなく、できてないことが分かった上で、できることを考えていくことが重要です。その気持ちをもって、まずは一つでもいいから今より良くしていこうと考えていただきたいですね。
【取材を終えて】
「分かったつもりになっているのが一番怖いんです」
取材の日、1時間余りのインタビューを終えて撮影に移ろうかというとき、林さんがふと言いました。千葉さんも隣でうなずきます。
2011年から電通ダイバーシティ・ラボに参画してきた林さん、ウェブアクセシビリティを入り口に企業にコンサルティングも行う千葉さん。多くの当事者の人たちと関わってきて、一般的には「分かっている」と言っても良さそうな二人です。
「私たちは必ず人生のどこかで障害者になる。10分の人もいれば30年の人も」という言葉にもはっとさせられました。
障害者インクルージョンに限らず、すべてのことに対して「初めがあって終わりがあるわけじゃない」(林さん)。心にとどめておきたい言葉がたくさんあったインタビューでした。
(聞き手:Business Insider Japan 共同編集長・ブランドディレクター 高阪のぞみ)
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(Business Insider Japan Brand Studio)