カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2025No.1
PRの可能性を開く「PR思考による創造」 香田有希氏が見たカンヌ
2025/08/29
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月16日から20日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は参加者たちの目にどう映ったのか。それぞれの視点でカンヌの「今」をひもときます。

第1回は、PR部門の審査員を務めた電通PRコンサルティングの香田有希氏へのインタビュー。PR部門から見たカンヌの現在地とは。香田氏が考えるPRとクリエイティビティの関係とは。

事業そのものをPR視点を通して作り出す
──今回カンヌに入って最初に感じたことは何ですか。
カンヌライオンズに参加するのは今回が初めて、コート・ダジュールを訪れるのは約20年ぶりだったのですが、ニース・コート・ダジュール国際空港からカンヌへ向かう道中の風景は、記憶よりも古びたな、というのが正直な感想でした。それでもカンヌ中心部へ到着すると、クロワゼット通りのにぎわいは想像していた通りでした。翌日からの審査と解放された後のことを思うと、久しぶりにワクワクドキドキな感覚がありました。
──今回、香田さんはPR部門の審査員を務められました。
審査員のオファーをいただいたときは「まさか!」という驚きが大きかったですね。というのは去年、スパイクスアジアの審査員を務めたばかりでしたし、今回の審査員長とは別の審査でご一緒したことがあったものの、このタイミングで自分に声がかかるとは思っていませんでしたから。
──審査をする中で印象に残ったことはありますか。
PR部門は2009年に創設されたのですが、以来、主にアーンド(Earned)メディア(※)を通してターゲット内で発話を促し、意識・行動を変えることで課題を解決したケースが表彰されてきました。
※生活者によるSNS投稿や報道機関によるレビュー記事など企業とは直接関係のない第三者が情報を発信するメディア
近年は情報を世の中に発信する以前のサービスやプロダクトの開発に関わる事例も多く見られるようになりました。これらは、これまでの「PR部門」の概念を変えるような、事業そのものをPR視点を通して作り出しているケースと言えます。今年は、他の部門と重複受賞したケースも多く、コミュニケーションデザインの一部にPR視点が確実に入ってきていることを改めて実感しました。

──今年のPR部門の作品を通じて、社会の潮流や時代の変化として特に感じたことがあればお聞かせください。
日本でも「界隈マーケティング」がトレンドになってしばらくたちますが、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションがほぼ必須となった中でターゲットが細分化して狭くなり、向き合ううえでの課題も多様化してきました。中でもメンタルヘルスやペット、子どもの健康などに関する課題が多く見られ、一人一人のウェルビーイングをクリエイティビティの力で高めよう、高められる、という流れは業界内に身を置く人間としてうれしく思います。
他方では、既に各所で話題に上っているように、PRにおいてもAIが一つの選択肢として進化してきました。個人的には、AIで故人を復活させるような「よみがえり」の類いは慎重にプランニングする必要があると感じていますが、これからは既存のソリューションの一つとしてAIを活用することができるようになり、新たな施策を見ることができるかと思うと楽しみでなりません。
社会を動かすクリエイティブの起点となるPR思考
──PR部門から見たカンヌの今、世界のクリエイティビティの今について、感じたことをお聞かせください。
「アーンド」(アーンドメディアによってブランドの認知度や信頼を獲得すること)を追求するPR部門においては、各作品の発信者が誰であるかがとても重要です。発信者とメッセージの間に必然性が見られなければ、話題にもならず、当然ターゲットにも伝わりません。加えて、あふれる情報の中で目につくような強力なメッセージを出そうとすると、発信者であるブランド(組織)の本気度が大きな要素となる時代にもなりました。
今年も、住宅保険の適用範囲をDV(家庭内暴力)にまで広げ、商品の規定を変えたアクサの「Three Words」や、育児休暇中は支払いを一時停止できる住宅ローンを商品化したフィンランド最大手のノルデア銀行の「Parental Leave Mortgage」、米国大統領令に対抗して船上に「メキシコ湾」という名のバーを開設して地図上に表示したテカテビールの「The Gulf of Mexico (Bar)」、1973年に男性視点だった当時の常識を覆し、半世紀を超えた今でもブランドの核であり続ける名コピーを生み出したイロン・スペクト氏の生涯を描いたロレアルの「The Final Copy of Ilon Specht」など、ブランドの本気度を見せられた事例が多くありました。自分もPRに携わる者として、このような覚悟をクライアントと共有できる存在でありたいと思います。
──香田さんが考えるPRとクリエイティビティの関係についてお聞かせください。
PRとクリエイティビティの境界線はもはやかなり揺らいでいますが、PRを情報伝達手段ではなく思考として捉えると、その関係性は境界線で分けるものではなく、共創・共存していくものだと感じます。今年の受賞結果を見ても、無賃乗車対策として切符そのものを宝くじにしたインド鉄道の「Lucky Yatra」のように法制度をユーモラスに変換したり、SNS上に一見奇抜で理解が難しい動画をいくつも投稿したアメリカの老舗クッキーブランド・ナッターバターの「Nutter Butter, You Good?」のようにZ世代のカルチャーにひたすら寄り添い続けたりと、世の中を動かす装置としてのクリエイティブの起点が合意形成を神髄とするPR思考だったものも見られました。「PR思考による創造」をこれからも多く見ることができたらうれしいです。

──カンヌから見たdentsuは、どうでしたか。
年々感じてはいましたが、世界のdentsuになったことをカンヌで改めて実感できました。「dentsuってどこ?」と言われることは、審査員やPR業界の中でもなくなり、ビーチハウス(カンヌライオンズ期間中のdentsuの拠点)を見ながらdentsuは世界ブランドになったんだなぁと感じました。審査を通して他国のメンバーと知り合うこともでき、特に海外に拠点が少ないPRパーソンとしてはone dentsuの強みを感じられる機会にもなりました。
dentsuは授賞式でも存在感を示し、PR部門では4作品が受賞しましたし、他の部門でも「dentsu」の名前を聞くのは誇らしかったです。
──審査以外に、刺激となるセッションやイベント、現地での交流などありましたか。
2009年のPR部門誕生年から開催されている日本から集まるPRパーソンの会があるのですが、今年、過去最大の参加人数を記録したそうです。過去に海外でお仕事をご一緒したPR仲間とも再会することができ、PRがカンヌでの16年の年月で築き上げてきたものの大きさを感じることができました。
世界のコミュニケーションの意思決定が集約される場
──今回、カンヌで審査員を経験したことで、視野が広がったようなことなどあれば、お聞かせください。
印象的だったのは、審査員全体の「多様性の質」でした。英語を母語としない人が過半数を占め、全員の出身国が異なる現地審査員団だったので、さまざまな角度から興味深い議論ができました。最終的には国籍・文化・言語が違っても、相互理解や社会に対する姿勢を「社会との合意形成」という共通の思考回路を持って各受賞作品を審査できたと思います。
──審査を終えて、改めて「カンヌ」という場について思うことはありますか?
カンヌは単なるアワードの場ではなく、「世界のコミュニケーションの意思決定が集約される場」だと感じました。カンヌで評価されるということは、文化を動かすことのできる構造を提示した、と認められることです。そして同時に、カンヌは自分たちの日ごろの仕事に対する向き合い方やその精度を見つめ直す場でもありました。部屋に缶詰めになって審査した3日間(現地入り前のオンライン審査も含めれば約2カ月)だけでなく、滞在中、常に「それは本当に効果的な課題解決策か?」「それは胸を張って次の世代に伝えていけることなのか?」といった問いを突きつけられ、今までの自分の仕事を思いっきり振り返らされる1週間でした。
今回審査員という機会をいただき、特にその問いに向き合う時間が長かったことは本当に幸運でありがたいことでした。初めてのカンヌでしたが、こういう体験ができるからこそ、一度訪れた者を引きつけてやまない唯一無二の場所なのだなと思います。
