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カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2024No.3

社会課題解決の答えは世界の中にある 北風祐子氏が見たカンヌ

2024/09/19

「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月17日から21日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、参加者たちの目にどう映ったのか。それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。

カンヌライオンズロゴ

第3回は、今回、SDGs部門の審査員を務めた電通グループの北風祐子氏へのインタビュー。グローバル・チーフ・サステナビリティ・オフィサーという立場で審査にあたった北風氏の目に、カンヌはどう映ったのか。審査経験を経て感じたサステナビリティとクリエイティビティの関係とは。

 
北風祐子
北風 祐子(きたかぜ ゆうこ) 電通グループ グローバル・ チーフ・サステナビリティ・オフィサー。東京大学卒業後、電通に入社。同社初のラボ「ママラボ」を創設。顧客企業のマーケティングや新規事業の戦略プランナーとして各種企画の立案と実施に携わる。クリエーティブ局長、電通ジャパンネットワーク執行役員・初代Chief Diversity Officer、dentsu Japan Chief Sustainability Officerを経て2024年より現職。サステナビリティ戦略の策定と実行を統括し、グループサステナビリティ委員会の議長を務める。日本車いすバスケットボール連盟理事、PRIDE1000企業経営者アライネットワーク呼びかけ人、Forbes JAPAN Webオフィシャルコラムニスト、ピンクリボンアドバイザー。
連載 乳がんという「転機」https://forbesjapan.com/series/breastcancer
著書「インターネットするママしないママ」(2001年ソフトバンクパブリッシング)「Lohas/book」(企画制作、2005年、木楽舎)
 

多様なバックグラウンド、審査の場はDEIのお手本のよう

──今年のカンヌ、現地入りして最初に感じたことは何ですか。

北風:実は、現地に向けて出発した搭乗便にアクシデントがあり、いったん羽田に引き返すことになってしまい、現地到着が予定より丸一日遅れてしまったんです。カンヌの街や会場の雰囲気を味わう間もないままに早々に審査に入ったこともあって、一緒に審査にあたった審査員たちの印象が、そのままカンヌの第一印象となりました。

それは、一言で表すと、「多様性に富んでいる」ということです。SDGs部門の審査員は私を含めて10人でしたが、ポーランド、アルゼンチン、南アフリカ、パキスタン、韓国など世界各地から集まっており、うち5人は「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」「ゼネラル・クリエイティブ・ディレクター」などの肩書きを持つクリエイターたち、つまり広告を作っている側の人たちでした。残り5人のうち、3人はユニリーバやマスターカードなど企業でブランドやコミュニケーションを統括するマネージャーたち、つまり、クライアント側の人たち。1人は国連の広報部門のディレクター。そして、私です。

私自身、カンヌの審査員を務めるのは今回が初めてだったのですが、グローバル・チーフ・サステナビリティ・オフィサーという立場での視点が審査に必要とされたことは、電通グループにとっても、私個人にとっても、とても名誉なことだと受け止めています。

SDGs部門の審査員たちと(右端が北風氏)
SDGs部門の審査員たちと(右端が北風氏)

──SDGs部門とはどのような部門ですか。また、審査はどのように進みましたか。

北風:カンヌライオンズの公式サイトにもあるように、SDGs部門は「創造性を生かして世界に良い影響を与えようとする創造的な問題解決、解決策、その他の取り組みを称賛します」とうたわれています。また、その審査は「アイデア 20%、戦略 20%、実行 20%、影響と結果 40% の重み付け」で行うとされています。実際、私たちが審査を進める中でも、「社会にインパクトを与えているか」「ビジネスに貢献しているか」といったことを重視しました。

実際の審査の流れですが、まず、全てのエントリー作品のうち6割程度を事前に日本で見ていきました。それから現地に入って、まず、ショートリストに残す作品を決めていきました。その後、ショートリストに残った作品を対象に、10人の審査員で活発に討議を重ね、最後に各審査員が自分の支持する作品に投票する形で、ブロンズ、シルバー、ゴールド、グランプリを決めていきました。

審査をしている間は、そこで交わされる議論や会話の一つ一つに絶えずインスパイアされました。文化的なバックグラウンドも、積み重ねてきたキャリアも、全く違う人間が集まっているわけで、当然、考え方も全く違う。だから、議論もぶつかり合う。それでいて、「違うのは当たり前」という前提に立って、相手の意見にもちゃんと耳を傾ける。相手に対するリスペクトを忘れずに、柔軟に自分の意見を変えていける。きっと、多様な文化の中で仕事をすることに慣れている人たちが集まっていたのでしょう。まるでDEI(多様性、公平、包摂)のお手本みたいだな、と思いました。そんなふうに感じていたこともあってか、審査の場は私にとってとても心地のよいものでした。その場に実際に身を置かなければわからないこと、感じられないことが山のようにありました。リモートではこうはいかなかったと思います。対面ならではのとても貴重な体験でした。

国、人、資金を動かすほどのインパクト

──審査をする中で、特に印象に残った作品はありますか。

北風:まず挙げたいのが、「DABBA SAVINGS ACCOUNT」です。私のイチ推しで、なんとかブロンズに残ってくれました。インドのある銀行の取り組みで、簡単に説明すると、まず社会背景としてインドの農村部の女性の多くは銀行口座を持っていないんですね。だから、お金を台所にある缶の中、例えば米が入っている缶の中に隠しておくわけです。ところが、隠し場所を見つけた夫に勝手にお金を持っていかれてしまったりするのだそうです。農村部において女性の立場は弱く、男性優位の考え方がまだまだ色濃く残っています。そこで、ある銀行が隠し底のある缶をつくって女性たちに無償で提供し、お金をためられるようにしてあげた。そして、お金がたまった頃に村の女性の集まりに銀行員がやってきて、女性たちの金融リテラシーを向上すべく、銀行口座を持つことの意味などについてレクチャーを行いました。さらには、指紋だけで口座開設できる機械を使って、希望者にはその場で口座を開設してあげました。とてもアナログですけど、インドの女性たちが置かれた現状をなんとかして変えたいという意気込みを感じました。

「DABBA SAVINGS ACCOUNT」

そして、もう一つ、「SIGHTWALKS」を挙げたいと思います。こちらはゴールドをとりました。ペルーのあるセメント会社の取り組みで、地元の自治体と連携して、視覚障害者にとってなくてはならない道路上の点字ブロックに改良を行いました。そのアイデアとは、こうです。視覚障害者は、従来の点字ブロックから「進め」「止まれ」といった情報を得ることはできましたが、「自分の周囲に今どんな建物があるのか?」「自分は目的地に着いたのか?」といったことまではわかりませんでした。そこで、そのセメント会社は点字ブロックに縦線を入れて、「縦線が2本なら銀行」「縦線が4本ならドラッグストア」といったように、視覚障害者が今立っている左側に何があるのかわかるようにしました。そのうえで、新しい点字ブロックの表示ルールについて、セミナーや音声ガイドを通して視覚障害者に丁寧に周知しました。シンプルなアイデアですが、とても学ぶところが多い。目の不自由な人の側に立ってちゃんと考えたから出てきたアイデアだと思います。他の国に広げていけるのも、いいですね。

「SIGHTWALKS」

──審査をする中で、世界の広告の潮流についてどう感じましたか。

北風:当然のことですが、アイデア・戦略・インパクトの全てにおいて優れている施策は、国や文化の違いを超えて評価されていました。インパクトについて言えば、SDGs部門の一つの特徴かもしれませんが、国を動かして法律を変えたとか、人や資金が大きく動いたとか、そういったパワーを持った作品が多かったという印象です。もはや広告領域は完全に超えています。

サステナビリティの推進に不可欠なクリエイティビティ

──カンヌ、特にSDGs部門で得た知見を電通グループはどう生かすべきでしょう。

北風:エントリー作品を審査する中であらためて感じたのは、世界の社会課題は想像以上に深刻だということです。日本では常識的に起きないようなことも世界では起きている。まずは、そうした事実を知ることが大切だと思います。

電通グループは、今年、「2030サステナビリティ戦略」を策定しました。私たちの戦略は、「困難な社会課題を解決する未来のアイデアを生み出していく」ことです。あえて「困難な」と付けているのは、日本だけでなく世界の社会課題の解決に貢献できるようなグループになっていきたいとの思いからです。クライアントもサプライチェーン(供給網)などを通して世界と密接につながっている今、社会課題解決の答えは日本の中だけにはありません。日本の中だけの考え方にとらわれていると、状況はどんどん悪くなっていくかもしれない。これからは、「答えは世界の中にある」という視点を持って仕事をしていくことが重要になってきます。

晴れた日は空の色がきれいなカンヌ
晴れた日は空の色がきれいなカンヌ

──カンヌでの審査経験も踏まえて、あらためてサステナビリティとクリエイティビティの関係をどのようにとらえていますか。

北風:私はいつも、サステナビリティとは「最高の“あとはよろしく”リレー」だと言っています。自分が生きている間にできることは限られているけれど、できるだけ最高の状態をつくって次の世代にバトンを渡していく。けれども、「最高の状態」に到達するのはとても難しい。クリエイティビティがないと、アイデアがないと、「最高の状態」はつくれない。困難な社会課題をちゃんと見つけて、理解し、解決するアイデアと戦略を考えることが求められます。一人一人の力には限界があるから、誰かと組んで力を合わせることも大切です。例えば、競合相手も含む他企業と組む、政府や自治体と組む、市民社会と組む。

競合相手と組まなければ、業界全体の脱炭素は実現できないわけですよね。普段はライバル関係にある相手と組むためには、「未来を次の世代につなぐ」という高い志や強い信念が必要です。簡単なことではないけれど、競合関係にある者が同じ方向を向くための一つのきっかけとして、クリエイティビティは突破口になるかもしれない。

サステナビリティに関する議論は、ともすれば性善説を前提とした理想論になりがちなところがあると私は思っています。一方で、クリエイティビティは、そのアイデアやインパクトにより、性善説や理想論とは違う形で人々を動かすことができる。そういった意味では、サステナビリティの推進にクリエイティビティは不可欠です。サステナビリティについて考えるとき、クリエイティビティは心理変容や行動変容のスイッチになりうる。そして、クリエイティビティは電通グループの得意領域であるので、私たちが真剣に考え、動くことで、日本のみならず、世界の社会課題の解決や持続可能な社会の実現に向けて、大きな役割を果たしていけると信じています。

 

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