日本人の危機意識はどのくらい?カーボンニュートラル生活者調査No.3
“借りる”から始まる、脱炭素アクション。服の循環が生む、生活者の新しい選択肢とは
2025/07/08

世界各地で異常気象が頻発し、2024年の世界の平均気温は産業革命以前と比べて約1.5℃の上昇を記録するなど、気候変動の影響はかつてない深刻さを増しています。日本でも脱炭素社会の実現に向けて政府や企業がさまざまな施策を進めていますが、生活者一人一人の行動変容なくしてこの課題は乗り越えられません。
電通では、全国5万人を対象とした「カーボンニュートラルに関する生活者調査」を通じて、気候変動に対する生活者の意識と行動の実態を継続的に明らかにしています。第14回調査では、関心の偏りや情報の届き方の多様性が可視化され、行動を変えていくには、個々の関心に寄り添った複数のプロジェクトやコミュニケーションが必要であることが見えてきました。
本連載では、環境省が推進する「デコ活(脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動)」に参画し、実際に行動変容を後押ししている企業や団体をゲストに迎え、調査結果を交えながら議論していきます。
今回は、大丸松坂屋百貨店発のファッションレンタルサービス「AnotherADdress(アナザーアドレス)」を展開する田端竜也氏、野谷亜希子氏を迎え、サービス立ち上げの背景やデコ活での取り組み、生活者の行動変容を促すヒントについて、電通の荒木丈志が伺いました。
最新のカーボンニュートラル生活者調査の結果はこちら
ファッションを「借りる」楽しみから、サステナブルな未来をつくる
荒木:まずはAnotherADdress(アナザーアドレス)の取り組みについてご紹介いただけますか。
田端:私たちは、「AnotherADdress」という月額制のファッションサブスクリプションサービスを展開しています。背景にあるのは、これまで私たち百貨店業界が物を大量に仕入れて売ることで成長してきた歴史です。かつては、モノが不足していた時代に新しい商品を提供することが、暮らしを豊かにする手段でした。しかし今はモノがあふれ、むしろ環境に対する負荷が問題視されるようになっています。
そのような状況下で、これまで培ってきた資産やノウハウを生かしつつ、今の時代にふさわしいビジネスモデルを模索した結果、たどり着いたのが「借りる」という新しい選択肢でした。ファッションをもっと自由に楽しみながら、環境にも配慮できる。そんな「褒められるビジネス」を実現したいという思いで、新規事業としてAnotherADdressを立ち上げました。

荒木:百貨店としてこのような新規事業を立ち上げようと考えた理由について教えていただけますか。
田端:ビジネス面で言えば、百貨店業界はバブルの絶頂期から30年かけて売上が半減し、非常に厳しい状況が続いています。小売業の原点である呉服屋時代から、私たちは時代の転換点ごとにビジネスモデルを変えてきました。今また、新たな変化が求められているのだと思います。
特に乗り遅れたと実感しているのがECの波でした。リアルな接客にこだわりすぎて、ネットショッピングへのシフトに対応しきれなかった。その反省もあり、次の消費行動の変化にどう備えるかを考えた時、「借りる」と「買う」をシームレスに使い分ける時代が来るのではないかと考えました。サブスクリプションサービスは、その変化に対応するための一手です。
そして参考にしたのが、アメリカで先行していたファッション×サブスクの事例です。たとえば、Rent the Runway、Stitch Fix、Le Tote といった企業がこの領域で存在感を高めており、大きなヒントを得ました。私たちも当初は彼らに出資したり、ジョイントベンチャーを模索したりして、事業開発を進めていきました。
とはいえ、社内では「小売業がレンタルビジネスを手がけるのは難しいのでは」といった懸念の声も多く、すぐにサービス化はできませんでした。しかし、将来に向けて持続可能な新たな収益源をつくるという使命のもとで、少しずつ地ならしを続けてきた結果、ようやく形にできたのがAnotherADdressです。

荒木:事業化まで長い時間をかけて種をまいてこられたのですね。実際にサービスを通じて、環境負荷の低減にもつながっているかと思います。何か具体的な数値はありますか?
野谷:AnotherADdressをご利用いただくことで、1人あたり年間およそ13着分の衣類購入を抑制できているというデータがあります。また、温室効果ガスの削減効果も明らかになっており、1人あたり年間約250kgのCO2削減に寄与しています。これは杉の木18本が1年間に吸収する二酸化炭素の量、洋服7着の原料調達から生産過程で発生する二酸化炭素排出量に相当します。さらに、AnotherADdressで流通するアイテムのうち、アップサイクルで制作された衣類では、新しく洋服を制作する場合と比較し、生産・物流・使用段階にかかるCO2排出量を25分の1に圧縮できるという試算もあります。こうしたデータを見ても、AnotherADdressはファッションを楽しみながら環境にも貢献できる、意義あるチャレンジだと感じています。

服を捨てない仕組みを社会に広げる。AnotherADdressのroopプロジェクト
荒木:今回、環境省のデコ活の一環として取り組まれた行動変容プロジェクトについて、具体的に教えてください。
田端:先ほど申し上げたように、私たちはAnotherADdressを通じて、購入ではなく体験としてファッションを楽しんでいただく仕組みをつくりました。商品は自社で保管・クリーニング・修繕を徹底し、劣化すれば染め直しやリメイク、さらにデザイナーによるアップサイクルへとつなげます。それでも使い切れないものは、最終的にリサイクルへ。実際、これまでの4年間、一度も衣類を廃棄せずに運用できており、大きな手応えを感じています。
ただ、それだけでは業界全体への影響は限定的です。そこで、新たに始めたのが「roop(ループ)」という衣類循環アップサイクルプロジェクトです。これは、生活者が思い入れのある服を寄付し、それをデザイナーが再構築し、AnotherADdressで再び循環させていく新しいファッション体験の形です。服の廃棄を減らし、寿命を延ばし、技術を継承することをテーマに、皆さまの大切な服が循環し続け、未来につながる社会を目指します。
デコ活に採択された事業では、2024年に百貨店店舗やAnotherADdressユーザーから約2000点の衣類を回収。9〜10月に120人以上のデザイナーがエントリーし、東京・大阪での素材選定会を経て、約100人がアップサイクル作品を制作しました。
集大成となるイベント「roop Award 2024-2025」は、ライフスタイルの展示会「NEW ENERGY TOKYO 2024」内で開催。一次審査を勝ち上がった20組のデザイナーによるファッションショーをはじめ、アップサイクル作品の展示、パネルやトークセッション、子ども向けのワークショップ、学生デザイナーによるアップサイクル実演などを行い、「服を最後まで使い切る」「アップサイクルの価値を体感する」ことの重要性を多くの来場者と共有できたと感じています。

荒木:非常に大きなプロジェクトだったと思いますが、企画・進行する中で難しかった点はありますか?
野谷:やはり、初めての試みだったので、社内の理解を得るのに時間がかかりました。大丸松坂屋百貨店の7店舗で回収イベントを行いましたが、店舗によって温度感はさまざまで、最初は「お客様は本当に寄付してくださるのか」と懐疑的な声もありました。ただ結果的に、多くのお客様がこの取り組みに共感し、実際に足を運んでくださったことは大きな収穫です。伝え方を工夫すれば必ず届くという確信を持てました。

荒木:伝える工夫という点で、具体的に意識されたことはありますか?
田端:まずは知ってもらうことに全力を注ぎました。百貨店のアプリ、ウェブサイト、メールマガジンなど、あらゆるチャネルを駆使して、事前に情報を届ける努力をしました。店頭で知った時点では寄付したい服を持っていないと思いますので、いかに事前に認知を高められるかが勝負でしたね。
野谷:また、最初の会場で学生や若手デザイナーによるアップサイクルに共感して来場されたお客様が多かったことから、以降の店舗では学生に実際に店頭に立っていただくこともありました。百貨店のお客様は年齢層が高い方も多いので、次世代を担う若者が未来の服づくりに関わっているというメッセージに、心を動かされた方が多かったようです。
荒木:社内やお客様からの反応も気になるところです。イベントを経て、どのような声が届きましたか?
田端:当社代表がファッションショーの審査員として参加してくれたのですが、「来年もぜひ続けてほしい」と言ってくれました。また、会場には服を寄付してくださったお客様もご招待したのですが、イベント後に「この取り組みをもっと多くの人に知ってほしい」といったうれしいメッセージもいただきました。お客様が共感してくださったという事実が、何よりも大きな手応えです。
荒木:今回のリアルイベントを通じて、オンラインでは得られない気づきも多かったのではないでしょうか?
田端:その通りですね。ブースに来てくださったユーザーの方々から直接「使っています」と声をかけていただいたのは、やっぱりうれしかったです。服も実際に見て触ってもらうことで、安心感や納得感が増しますし、440ブランド以上取り扱っている中で、自分に似合うものを見つけてもらうにはリアルな体験がとても大事だと再認識しました。
今、AnotherADdressの利用者は7割が首都圏で、その多くが23区内の女性。ですが、都内のアッパーミドルの女性における認知度はまだ9%程度です。もっと多くの人にサービスの魅力を届けていくためにも、都心部にフラッグシップのような場を設けることが、今後の課題であり、目指すべき方向だと感じています。
サステナブルファッションは楽しさから広がる。調査結果から見えた生活者のリアル
荒木:「カーボンニュートラルに関する生活者調査」の内容についても触れていければと思います。これは、生活者の皆さんが現在どのような意識で気候変動を捉えているのかを、約3カ月に1回の定点観測で追い続けているものです。
第14回調査では、2024年に世界の平均気温上昇が産業革命以前と比べて約1.5℃に達したという事実について、全国5万人からフリーコメントを収集しました。その結果、半数近くの方が気温上昇にあまり関心がないという状況でした。一方で、子どもたちの未来に不安を感じている人や、気候変動そのものに懐疑的な見方をしている人も一定数いて、生活者の感じ方が本当に多様であるということが改めて見えてきました。
その中でサステナブルファッションに関する設問もあります。たとえば、多くの生活者が脱炭素型ライフスタイルを実践する理由として「取り組んだ方が経済的にメリットがある・得だと思ったから」と答える中で、サステナブルファッションに限っては「困っている人の役に立つと思ったから」という回答率が他よりも高かった。つまり、単にお得ということだけではなく、使い古した服が誰かの役に立つなら、という「社会的な価値」を感じる方が多いのではないでしょうか。ファッション領域特有の情緒的なつながりが、行動変容に影響を与えているのかもしれません。

田端:やはり、「環境に良いからやりましょう」というだけでは生活者の行動を変えるのは難しいと感じています。だからこそ、お客様にとってまず「楽しそう」とか「やってみたい」というメリットがあって、結果的に環境にも良いという、その順番が重要だと思うんです。これはAnotherADdressの立ち上げ当初から私たちが大事にしてきた考え方でもありますし、デコ活のアプローチにも非常に共感しています。
荒木:ファッションという分野は、特に楽しさが最初のフックになりますよね。
田端:そう思います。環境のために我慢するのではなくて、まずは着てみたいという気持ちから始まる。ところが、実際にはお金がない、時間がない、知識がないといったさまざまなハードルがあって、挑戦できない人も多い。
でもそのハードルを下げることができれば、たとえば普段スカートを履かない人が履いてみるとか、黒ばかり着ていた人が赤に挑戦してみるとか、そういう変化が生まれます。そしてそれに対して周囲の人が「似合うね」「おしゃれだね」と声をかける。そういう小さな経験の積み重ねが、ファッションの楽しさを広げていくのだと思います。
そのプロセスの中で、結果的に環境にも貢献できるなら理想的ですよね。私たちとしても、環境に良いことを前面に打ち出すのではなく、ファッションそのものの楽しさを軸に、結果としてサステナブルに貢献できるようなあり方を大切にしています。
とはいえ今回の調査を拝見すると、サステナブルファッションの認知度はまだまだ低く、順位でいえば下から6番目でした。ファッションサブスク自体の認知も半分以上の人が知らないという状態なので、ここをどう広げていくかが私たちの大きな課題だと思っています。
荒木:確かに、最初の一歩のハードルが高いというのは、どの領域にも共通する課題かもしれません。一度知って体験してしまえば楽しんで続けてくれる人は多いはずですが、その最初のきっかけをどうつくるかが鍵ですね。先ほどお話しされていたフラッグシップ的なリアルな拠点をつくるというアイデアも、認知拡大には非常に有効だと感じます。実際に体験できる場所があるだけで、ぐっと身近になりますよね。
野谷:そうですね。roopの活動もまだ1年目ということで、私たちも手探りでした。でも1年目を通じて見えてきた反省や学びをもとに、2年目はより良い形で取り組んでいきたいです。実際に「来年もあるなら参加してみたい」と言ってくださる方も多いので、続けていくことで理解や関心が広がっていくのではないかと思っています。

循環型ファッションを広げるために
荒木:最後に、AnotherADdressの今後の展望についてお伺いできればと思います。
田端:AnotherADdressとして常に考えているのは、「モノを買う」「借りる」という消費行動を、もっと自由に選べる社会をつくることです。現在はファッションや一部のアートが中心ですが、将来的には家具、家電、アウトドア用品、スポーツギアなど、あらゆるジャンルに展開できる可能性があります。買うことを否定するのではなく、買う・借りるが共存し、より良い選択ができる社会。そうすることで、消費の質は上がり、結果として環境負荷も下がる。そのような未来を目指しています。
一方で、もう一つの軸として、ファッションという手段を通じて自己実現を支援することも大切にしています。環境的に褒められるビジネスモデルでありながら、自分らしさを表現できるサービスであること。それによって、良いものを長く使う文化が広がり、リテール市場全体の価値も高まると思っています。
将来的には、使われなくなったアイテムの回収・次の人への橋渡し、修繕やクリーニング支援、さらにはリサイクルによる資源循環まで、一気通貫で担える存在になりたい。そのためにも、経済的にも成り立つサステナブルな仕組みを確立していく必要があります。
今最も課題と感じているのは、「サステナブルファッション」や「ファッションサブスクリプション」という業界自体への理解がまだ十分でないこと。だからこそ、リアル店舗の展開や、他業界の有識者・発信者との連携を通じて、より多くの方に価値を伝えていきたいと考えています。
野谷:roopに関しては、初年度の活動を踏まえて、またチームで議論を深めていく予定です。お客様にアップサイクルという選択肢をより自然に届けていくために、今後もていねいな取り組みを重ねていきたいと思っています。これまで、不要になった服の選択肢はリサイクルやクーポン獲得を目的とした寄付などが中心でしたが、そこに「デザイナーによるアップサイクル」という新たな道を提示できたことは大きかったと思っています。ただ、アップサイクルされたアイテムにまだ触れたことがないという方も多く、抵抗感がある方も一定数いるのが現状です。
そのハードルを越えるきっかけとして、AnotherADdressでの体験が生きてくるはずです。実際に着てみることで、アップサイクルの価値を感じていただき、結果として服の循環がより大きく広がる。そんな未来を目指して、次年度はより質の高い設計と運営を意識していきたいと考えています。
田端:日本のファッション界は、かつて山本耀司さんや川久保玲さんといった世界的デザイナーを輩出してきましたが、現在は他国にその勢いを抜かれている部分もあります。その背景には、リテール側にも消費者側にも買う力がなくなっており、結果的に売れるものしか市場に出せない状況があります。その結果、才能ある若手が世に出るための「離陸のチャンス」が圧倒的に足りていません。だからこそ、roop Awardのような機会を通じて、若手デザイナーのデビューの場をつくることも重要な役割だと考えています。そうすることで、新しい才能が育ち、業界全体の多様性も保たれます。単なるショーにとどまらない、未来の日本のファッションを支える仕組みになることを目指して、今後も継続的に取り組んでいきたいと考えています。
荒木:AnotherADdressの取り組みは、ファッション業界にとどまらず、これからの消費のあり方そのものを問い直す示唆に富んでいました。今後のさらなる展開にも、引き続き注目していきたいと思います。本日はありがとうございました。