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日本人の危機意識はどのくらい?カーボンニュートラル生活者調査No.2

“楽しい”が行動を変える。「食べチョク」に学ぶ、脱炭素社会のヒント

2025/06/12

cn気候変動が深刻さを増す中、脱炭素社会の実現は企業にとって重要な経営課題となり、社会的責任を果たす取り組みもいっそう強く求められています。2015年のパリ協定では「産業革命以前と比べて気温上昇を1.5℃以内に抑える」ことが掲げられましたが、2024年には世界の平均気温上昇がすでに約1.5℃に達し、危機は現実のものとなっています。

こうした中で注目されているのが、企業の努力だけでなく、生活者一人一人の意識と行動の変化──すなわち“行動変容”の必要性です。電通では全国5万人を対象に「カーボンニュートラルに関する生活者調査」を実施。そこからは、生活者の関心の多様性や、脱炭素を自分ごと化することの難しさが見えてきました。

本連載では、環境省が推進する「デコ活(脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動)」に参画し、実際に行動変容を後押ししている企業や団体をゲストに迎え、調査結果を交えながら議論していきます。

今回のゲストは、産直通販サイト「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデン・執行役員の松浦悠介氏。食と地域を軸に行動変容をどう生み出しているのか、電通の荒木丈志が伺いました。

食べチョク
ビビッドガーデン 執行役員 松浦悠介氏(左) 電通 パブリック・アカウント・センター 荒木丈志氏

生産者のこだわりが、正当に評価される世界をつくる

荒木:はじめに御社のことを教えていただけますか?

松浦:ビビッドガーデンは、「生産者の“こだわり”が正当に評価される世界へ」というビジョンを掲げて活動している企業です。社名の「ビビッド」には、色鮮やかな農地を日本中に取り戻したい、という思いが込められています。創業の背景には、代表・秋元の実体験があります。実家が農家だったのですが、廃業してしまったことから、「産業としてきちんと稼げる仕組みがなければ続かない」という課題意識が生まれました。

そうした思いから立ち上げたのが、産直通販サイト「食べチョク」です。食べチョクは、こだわりのある生産者から直接食材や花などを購入し、消費者が生産者に感想などを伝えることができる、オンライン上のマルシェ・直売所のようなプラットフォームです。生産者と消費者が直接つながることで、お互いに思いや背景を理解し合える関係性が生まれます。そして、規模が小さい生産者でもきちんと収益が得られる仕組みを構築することで、持続可能な一次産業の実現を目指しています。

食べチョク
食べチョクのユーザー数は110万人、登録⽣産者数は1万軒を超える(2025年4月時点)。野菜・果物をはじめ、米・⾁・⿂・飲料といった⾷材全般と、花き類を取り扱い、約5万点を超えるこだわりの逸品が出品されている。

荒木:創業者の原体験から生まれた事業なんですね。生産者が持続的に収益を挙げられる仕組みを提供しているところが印象的なのですが、食品ロスなどの社会課題への意識は、当初からあったのでしょうか?

松浦:環境負荷の低減や食品ロスに対する取り組みは、サービス立ち上げの当初からテーマとしては存在していたものの、より本格的に意識するようになったのは、ここ2〜3年くらいですね。食べチョクでは、常に「生産者のこだわりをどのように伝え、どのように消費者とマッチングさせるか」を大事にしてきました。こだわりといっても、栽培方法や珍しい品種を生産していること、大容量の家族向けセットを販売しているなど、本当に多様です。

その中の一つとして、環境負荷を抑えた生産や食品ロス対策に注力されている生産者も多く、環境に対する考え方を購入基準にする消費者も増えてきています。そこをマッチングしていくことで、食べチョクとしても脱炭素や食品ロス削減に貢献できると考えています。

荒木:今回、御社は環境省の「デコ活」推進事業に参画されていますが、その経緯や、活動内容について教えていただけますか?

松浦:先ほど申し上げたように、私たちは創業時から食を通じた社会課題の解決に取り組んできたのですが、食品ロス削減や脱炭素といったテーマは、これまで以上に消費者との接点の中で意識するようになってきました。その中で、今回の「デコ活」推進事業の趣旨に強く共感し、デコ活応援団に参画させていただきました。

われわれの具体的な活動内容としては、まず小売企業と連携して、夜間に余りがちな刺身を活用した「食べきり弁当」の企画を進めています。売り場や商品の設計に加えて、ポイント制度などのインセンティブを組み込むことで、消費者の皆さんが“楽しく”食品ロス削減に取り組めるように工夫しています。

また、自宅に届いた食材を無駄なく使い切るための調理法を紹介するレシピの掲載や、参加者同士が情報を共有できるコミュニティ運営にも力を入れていきます。日々の食卓の中に、環境への貢献を感じられるような体験を提供することで、行動変容のきっかけを広げていけたらと考えています。

食べチョク

生産者と消費者の“つながり”を強みに、食品ロス削減にアプローチ

荒木:「デコ活」の取り組みは、まさに御社がこれまで積み重ねてきた活動の延長線上にあると思うのですが、特に最近のプロジェクトにおける生活者の行動変容について、どのような手応えを感じていますか?

松浦:私たちは、生産側での食品ロスの削減が脱炭素社会の実現にもつながっていくと考えています。そして、食品ロスには「生産者側のロス」と「消費者側のロス」の両方がある。そのどちらもなくしていきたいと考えています。

その上で当社の強みは、「生産者と消費者がつながること」や、「背景にある思いやストーリーを共有し理解できること」にあります。これらの強みを軸に、両者のロスを減らすためのさまざまな取り組みを展開しています。インパクトの総量としてはまだ小さいのですが、反応や行動変容の“質”という意味では、手応えを感じているところです。

荒木:具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか?

松浦:まず、生産者側のロス削減については、農林水産省と連携して有機農産物の普及や啓発に取り組んでいます。また、規格外品や収穫時期がずれて余ってしまったものなど、天候によって突発的に発生するロスもありますよね。こういった場合に、生産者と消費者がダイレクトにつながっていると、「急にたくさん採れちゃいました。よかったら買いませんか?」といった発信ができます。まさにコミュニティ的なアプローチです。実際、食べチョクのシステムとして、生産者が消費者に直接メッセージを送ることができる機能を設けており、ロスが発生しそうなときの販促にもご活用いただいております。

さらに、一部の生産者はロスになりそうな食材を加工して商品化しています。私たちもプライベートブランドとして協働し、冷凍のお弁当用惣菜を開発するなど、ロスの吸収に取り組んでいます。

荒木:なるほど。直接コミュニケーションを取れるというプラットフォームの強みを生かして、ロス発生を販売機会に変えていく流れができているんですね。消費者側の行動変容についてはいかがですか?

松浦:消費者側についても、「生産者との強い結びつきがあるからこそ、ロスを意識するようになる」という点に手応えを感じています。たとえば、「農家メシ」や「漁師メシ」といった生産者独自のレシピコンテンツを活用し、大根の葉っぱや魚のアラなど、普段あまり食べない部位の活用を提案しています。「食べきる」ことの価値を再発見してもらえるような工夫です。

また、先ほどのマッチングの話にも関連しますが、「◯◯さんの野菜だから最後まで大事に食べよう」といった意識も芽生えているようです。にんじんの葉っぱ一つとっても、誰がどのように作ったのかを知ると、捨てずに食べられないか?と考えるようになる。そういった意味で、消費側のロス削減にも貢献できていると感じています。

荒木:作り手の顔が見えることで、食材への向き合い方が変わる。まさに“行動変容”ですね。

松浦:そうですね。「ただ便利に買える」以上の価値を提供していくことで、意識も少しずつ変わってきていると思います。

食べチョク

「楽しそう」「面白そう」が、人の行動を変える

荒木:生産者と生活者の間にしっかりとしたコミュニケーションの接点があることが、食品ロスの削減だけでなく、安心・安全の提供にもつながっていると感じました。食べきれる工夫のように環境的なメリットもありつつ、それだけではない、さまざまな価値を生産者から提供されている印象があります。脱炭素という言葉だけではなかなか自分ごと化するのが難しい中で、“伝え方”の観点で意識しているポイントはありますか?

松浦:まさに“伝え方”が行動変容のカギだと思っています。「脱炭素しましょう」といきなり言われても、正直ピンとこない方が多いと思います。だからこそ、おいしそうとか、面白そうなど、まずはそういった興味から入ってもらうことがすごく大切だと考えています。

たとえば「農家メシを食べてみませんか?」とか「旬のフルーツが届きます」といった入り口から、食べていくうちに自然と食べきることを意識するようになり、結果的に食品ロスが減って、脱炭素にもつながっていく。そのような流れを意識しています。

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荒木:地球環境の変化とともに、産地や収穫時期も少しずつ変わってきていますよね。そういった情報を家族で共有できれば、特に子どもたちにとってはすごく身近に感じられる学びになると思います。

松浦:私たちも、次世代に“食と環境”のつながりをどう伝えていくかは重視している取り組みの一つです。以前、食育の一環として「食育やさいBOX」という企画を実施しました。土が付いたままの野菜を直送し、そこに食育用の読み物やキャラクターシールを同封することで、子どもたちが楽しみながら学べるようにしたんです。

また、農林水産省と連携して、有機農業や生物多様性をテーマにしたバスツアーを実施したこともありました。40名ほどの参加者と一緒に東京から千葉の産地に行き、実際の畑を見て学んでいただくような体験です。このようにオンラインだけではなく、オフラインの強みも活用しながら、まずは「楽しい」「面白い」と思ってもらうことを大切にしています。

荒木:現地での学びや出会いは、生活者にとっての気づきがすごく多そうですね。以前「食べチョクアワード2024」を受賞された生産者の方々からお話を伺ったとき、「食品ロスの解像度が生産者の中でも違うし、消費者が見ている世界も違うのが課題」「利益が出ないと続けられない。食品ロス削減の取り組みによる商品をブランド化し、消費者にも丁寧に伝えられると応援買いにつながる」といった意見・アイデアが挙がっていたのが印象に残っています。

松浦:おっしゃる通りで、生産者と消費者の距離を縮めることが、あらゆる面で重要です。価格の話にしても、生産者は本当に一生懸命つくっているわけですから、その分コストもかかります。そのコストを価格に転嫁しても、「この人が作っている物だったら買いたい」と思ってもらえる関係を築いていくことが理想です。そのためにも、私たちは「推しの生産者がいる世界」をつくっていきたいと考えています。

たとえば「うちのニンジンはこの農家さん」「お米はこの生産者さん」といったように、ファンのような関係ができれば、少し高くても納得して買ってもらえる。実際、今でもリピーターが多い生産者は価格も維持できていますし、そういった“ファンコミュニティ”を各地で広げていきたいと思っています。

荒木:コストの課題を解決していくためには、やはり“つくっている人の顔が見えること”が重要ですよね。

日常や地域の中にある“発見”を大切に

荒木:電通では、カーボンニュートラルに関する全国調査を継続的に行っておりまして、国民全体がどのような意識を持ち、どのような行動に関心を寄せているかを深掘りしています。その中で特に注目しているのが、「今後どんな行動をとっていきたいか」という個別アクションへの関心や実施意向です。たとえば「食事を食べ残さない(食べきり)」や「地産地消」は、実施意向が非常に高い傾向が出ています。

食べチョク

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「食べきり」に関しては、経済的メリットを感じている人が多く、「生活に負担がないならやりたい」という声がありますし、「地産地消」は「地域の役に立ちたい」という気持ちが動機になっています。

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こうした行動は、取り組みやすさや意義の実感といった面で、生活者の行動変容にとって大きなきっかけになりうると感じています。すでに御社では、生産者と消費者がつながる仕組みを通じて、地域との連携も進められているかと思いますが、地域連携に関して考えていらっしゃること、または感じている課題などがあれば教えていただけますか?

松浦:直近では地方自治体との連携に注力しておりまして、全国各地の自治体と100件を超える連携を進めてきました。取り組みを通じて気づいたのは、まだまだ私たちも知らない魅力的な地域や産品がたくさんあるということ。こだわりを持った素晴らしい生産者の方々が本当にたくさんいらっしゃるのですが、皆さん口をそろえて「見せ方が苦手で…」とおっしゃるんです。

だからこそ、私たちはそこに大きな伸びしろがあると考えています。地元では当たり前すぎて気づかれていないような価値があると思うんです。そういった地域の魅力を外の視点から再発見し、都市部や他の地域の消費者に伝えていく。そのような取り組みが結果的に、食品ロス削減や地域経済への貢献にもつながっていくと思っています。

荒木:地域の魅力を発信していく上で、消費者のモチベーションづくりにおいて意識されていることはありますか?

松浦:私たちが意識しているのは、“発見”を提供できるかどうかです。もちろん「新鮮でおいしいものを食べたい」「品質のいいものを選びたい」というニーズはありますが、それだけではなく、日常にちょっとした変化を求めている方も多いんです。たとえば、「珍しいみかんが届いたから、ちょっと一緒に食べてみようよ」といった体験が生まれる。あるいは「これはお母さんの地元でつくられた、新しい品種らしいよ」など、家族で話題になるような“きっかけ”をつくることも大切にしています。そうした小さな気づきや感動が、地域や環境に対する関心にもつながっていくと信じています。

荒木:確かに、そうした“変化を楽しめる行動変容”って、他の分野ではなかなか少ないですよね。家電の買い替えなどにはあるかもしれませんが、日々の生活の中で自然に取り入れやすいのは、やはり“食”だと思います。そういう意味でも、御社の取り組みは他の行動変容にもつながるヒントが詰まっているように思います。

その一方で、カーボンニュートラルに向けた行動変容をビジネスとして広げていく中で、難しさを感じている部分があれば、ぜひ率直にお聞かせください。

松浦:いくつかありますが、一つは行動変容を計測することの難しさですね。私たちとしては、「生産者と消費者がつながった結果、食べきるようになった」「食品ロスが減った」という手応えはあるものの、それを具体的な数値で明確に示すのはなかなかハードルが高いと感じています。

もう一つは、「知らない」「関心がない」「効果を感じられない」「自分にメリットがない」といった行動変容の“ボトルネック”への対応ですね。こうした心理的なハードルに対して、私たちのような“推し生産者とのつながり”は有効なアプローチだと考えているのですが、それが一気に広がるかというと、正直時間がかかると思っています。

だからこそ、小売店や飲食店など、日本中のさまざまな接点を持つ企業や場所と連携して、「どこに行っても行動変容のきっかけがある」状態を目指していくことが必要だと考えています。

荒木:確かに、スピード感が求められる中で、どうやって一気に広げていくかは非常に重要な課題ですね。2024年にはすでに世界の平均気温の上昇が1.5℃を超えた期間があったと言われるほど状況は逼迫していますし、これからの企業連携の中で、その可能性をぜひ広げていければと思います。

食べチョク

“濃い熱源”をつくり、共創を通じて社会に伝搬させる

荒木:最後に、今後の展望や取り組みたい課題などがあれば、ぜひお聞かせください。

松浦:まず私たちとしては、これからさらに“濃い熱源”をつくっていきたいと考えています。生産者と消費者が直につながり、その関係性の中でコミュニティが形成されていく。そこに“推し農家”ができ、学びが生まれ、食卓での食品ロスが自然と減っていく。そういった好循環を、まずはしっかりとつくっていきたいと思っています。

濃い関係性が築ければ、次のフェーズとして“広げていく”という展開が見えてくるはずです。そのためにも、どうすれば人は行動変容につながるのか、さまざまな手段やコミュニケーションを通じて解明していきたいと考えています。

そしてもう一つ、これからは“連携”もいっそう重要になると感じています。私たちの活動はビジネスであり、持続可能であることが大前提です。消費者にとってのメリットはもちろん、企業側にも中長期的に利益が積み上がっていく仕組みでなければ続けられません。資本主義社会の中でもきちんとワークするようなエコシステムを、志を同じくする方々と一緒につくっていけたらと思っています。

荒木:“つながり”が、まさにこれからのキーワードだと私も感じました。関係性が深まることで、行動変容も自然と生まれてくる。そういったつながりを広げていくことで、脱炭素社会への一歩を確実に進めていけるのではないかと思います。本日いただいたお話も、まさにそのヒントにあふれていました。私たちも調査結果を活用しながら、さまざまなプレーヤーの皆さまとともに、行動変容を促す取り組みを支援していければと考えています。ありがとうございました。

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