カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2024No.2
クリエイティビティはどこに向かうのか 佐々木康晴氏が見たカンヌ
2024/08/28
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月17日から21日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、参加者たちの目にどう映ったのか。それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。
第2回は、今回、チタニウム部門の審査員を務めた電通グループ/電通の佐々木康晴氏へのインタビュー。今年の受賞作から見えてくる世界の広告のトレンドとは。そして、「Innovating to Impact」を掲げるdentsuが目指すクリエイティビティとは。
チタニウム部門の審査基準は「ゲームチェンジング」
──今年のカンヌ、現地入りして最初に感じたことは何ですか。
佐々木:今年はdentsuのセミナーの発表準備があったため、フェスティバル開始2日前に現地入りしました。例年、カンヌでは開始2日前くらいから、ビーチや会場周辺の施設やテントなどが一気に設営・準備される感じなのですが、今年は多くのスタッフがかなり忙しそうに動いていて、多くのプラットフォーマーやマーケティング企業がさまざまな出展を準備している様子が見えました。これは、単にパンデミックが明けて参加者が戻ってきたということだけでなく、カンヌが以前にも増してクリエイティブのお祭りから「クリエイティブ・ビジネスの場」に変わってきたためだと感じます。
──今回、審査員を務められたチタニウム部門とは。
佐々木:チタニウム部門の定義はシンプルで、“「ゲームチェンジング」なクリエイティビティを称賛する”というものです。従来のマーケティングの常識を打ち破り、業界の新たな地平を示すようなものを選ぶ。応募するときにはサブカテゴリーの区分けはなく、多様な作品を一つのものさしで審査していきます。また、他の主な部門と異なり、金賞・銀賞・銅賞という区分はなく、チタニウムライオンとグランプリの2段階だけで贈賞します。
──過去に他部門の審査員も務められた佐々木さんですが、今回、チタニウム部門の審査で特徴的なことはありましたか。
佐々木:まず、チタニウム部門は、受賞のハードルが高い分、他の部門に比べて応募はとても少ないということがあります。以前カンヌで審査したブランド・エクスペリエンス&アクティベーション部門は2500本ほどのエントリーがありましたが、今回のチタニウムは合計200本ほどでした。しかし、チタニウム部門はどのエントリーも、他の部門でグランプリをとってもおかしくないくらいの強さで、審査はなかなか大変でした。
また、先ほどお話ししたように、チタニウム部門の審査のポイントは「ゲームチェンジング」であり、各審査員がその言葉を胸に審査しますが、これはとても主観的な基準なので、人によって推す作品がかなり違ってきます。これが他の部門以上に審査のディスカッションをとても難しくするところです。今回、もう少し審査員のみんなで「2024年におけるゲームチェンジングとは何なのか」というあたりについて議論できていたら、もっと良かったのにと感じます。
さらに、チタニウム部門の審査の特徴として、ショートリストに残った作品はすべて現地で「ライブプレゼンテーション」を行い、それをもとに最終審査が行われるということがあります。プレゼンテーションとそれに続く質疑応答があるため作品の深掘りがしやすく、審査する側としてはやりやすいのですが、プレゼンテーションの巧拙でかなり審査結果が変わってくるのも確かです。今回グランプリとなった「DoorDash」も、一次審査時点ではさほど目立っていませんでしたが、プレゼンテーションによってクライアントとエージェンシーの強固な関係性が示されたこと、実施直前までの苦労が強調されたことが、最終結果に影響したと感じています。
今年のカンヌに見る3つのトレンド
──チタニウム部門はカンヌを象徴する部門でもあります。チタニウム部門から見たカンヌの今、世界の広告の今についてお聞かせください。
佐々木:今回のチタニウム部門を審査してみて、そして、その後カンヌ全体の受賞作も俯瞰(ふかん)して見たときに、以下の3つのトレンドのようなものを感じています。
(1)複数の企業やコミュニティの「クリエイティブ」なコラボレーションによる、コレクティブインパクトの創造。
これは電通では以前から推進しているB2B2S(Business to Business to Society)に近いものです。一つの企業だけでは成し遂げることが難しい大きなチャレンジを、他の企業とのコラボレーションや、コミュニティを巻き込んだ活動、それも単なる連携ではなく、「その手があったか」というクリエイティブなコラボレーションによって実現し、その結果、人々・ブランド・社会の成長を同時に実現するという事例が多く見られました。
(2)ビジネスと社会の結合を密にすることによって、win-winかつ迅速な変革を作り出す。
企業のパーパスを短期的に形にして見せるだけでは、一時期の話題は作れても、企業の持続的な成長は実現できません。企業が行うビジネスと社会とのつながりをより密にすることで、中長期的なビジネスの成長につなげていくという事例も多く見られたと思います。
(3)テクノロジーや非広告領域へのクリエイティビティの拡張による、人のエモーションへの強い刺激と社会合意形成。
ここ数年続いている傾向として、広告以外の領域でのソリューションアイデア、プロダクトやサービスのイノベーションアイデアが数多く見られましたが、どれも単にAIや新技術を使うというだけではなく、最近は人の気持ちにどう深く作用するかがより重視されるようになっています。ヒューマニティに根付いたクリエイティビティが新しい常識を作り出す、そんな事例もいくつも見られました。
存在感を示した世界各地のDentsu Creative
──今年のカンヌでは、世界各地のDentsu Creativeの受賞も目立ちました。
佐々木:アワードの受賞結果でいえば、dentsuは2021年から3年連続でのグランプリ受賞に引き続き、今年もクリエイティブ・ストラテジー部門でグランプリが取れたのはとても素晴らしいことだと思います。今回グランプリを受賞したのは「A Piece of Me」という、Dentsu Creative Amsterdamの作品。そして、今回金賞をいくつか取った「Inflation Cookbook」はDentsu Creative Torontoの作品。日本だけでなく、世界各地のクリエイティブのみんなの「強み」が出はじめていて、本当にうれしいです。
──プレゼンターを務められたdentsu主催のセミナーも好評でした。
佐々木:dentsuは今年のカンヌでさまざまな発表機会をいただきました。dentsu主催のセミナーでは、五十嵐グローバルCEOと私で123年にわたるdentsuの歴史をひもときながら、「イノベーションを生むための5つの原則」について事例を交えつつお話をしました。dentsuの持つ文化や、グループ内の多様な才能のつなげ方など、dentsuが創業時からイノベーションを生み出し続けてきた「DNA」的なものを紹介できたのではと思います。2階席も埋まるくらいの多くの方々に来ていただき、聞いてくださった方やメディア、ジャーナリストの方々からの反響も多くいただきました。
後半ではカンヌと日本をリアルタイムで接続し、障害の有無や違いを超えてみんなでeスポーツを楽しむというデモンストレーションを行い、会場のみんなといっしょに楽しむことができました。こちらはDentsu Lab TokyoとNTTの共同研究の成果です。
電通(dentsu Japan)主催のセミナーではファーストリテイリングの柳井康治取締役がご登壇され、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトの背景にある思いを語ってくださって、世界のクリエイターたちが強く共感していました。ほかに、Dentsu Creativeのリーダーたちのセッションもあり、多くのクライアントの皆さまに関心を寄せていただき、dentsuにとってとても充実した年であったと感じています。
dentsuは2024年5月に新しいブランドプロポジション「Innovating to Impact」を発表しました。これは私たちがイノベーションを生み出し続けるという姿勢と、イノベーションによってビジネスの成長・人々・社会にポジティブなインパクトをもたらすという結果へのコミットメントを表しています。課題が複雑化する今、イノベーションはただ最新テクノロジーを使えば生み出せるものではありません。世界が「その手があったか」というイノベーションを求め、人の気持ちと体が強く動き出す方法を求めるなか、dentsuの持つユニークネスでお手伝いできることはたくさんありそうだと、大きな手応えを感じています。
AI時代における新クラフト主義の先頭で
──dentsuのクリエイティビティは、この先どこを目指すのでしょうか。
佐々木:私たちが提供しているクリエイティビティは、広告領域だけでなく、ビジネス・人々・社会へのインパクトをもたらし、それぞれの変革をお手伝いするものです。これを私たちは「トランスフォーマティブ・クリエイティビティ」と呼んでおり、いま世界各地のdentsuで実践が始まっています。今年のカンヌ受賞作品である「A Piece of Me」も、「Inflation Cookbook」も、その事例の一つです。
私たちのクリエイティビティは「人が中心」です。企業が一方的なメッセージをただ効率的に届け、生活者から生涯にわたって最大限の利益を得る、というためではなく、企業が人々とともにビジネスの成長をつくり、人々が社会を動かしやすくなるように、アイデアの力とその実現力で「人々の力」になれるようなクリエイティビティを目指しています。
そのトランスフォーマティブなクリエイティビティを生み出すためには、データの力で隠れたインサイトを見つけ出し、アイデアの有効性をわかりやすく示すことも重要ですし、テクノロジーの力で人々が動き出しやすい状態をつくるということも重要になります。
──今後、世界の広告はどのような方向に進んでいくと思いますか。
各種AIが急速に進化していますので、AIによるインサイトの発掘や、広告効果が最適化されたメッセージやビジュアルの自動生成、動画広告の自動生成などが各所で行われていくと思います。しかし、人々はすぐにそういった単純な「生成広告」に慣れてしまうでしょうし、また、ユーザー側もAIを使って、接する情報のフィルタリングや最適化を行っていくはずです。そうなると、あらためて、人々が本当に欲しいと思う情報やストーリーづくり、驚きのある高品質のコンテンツや体験づくりが重要になってきます。そして、それをつくるのは、(少なくともしばらくの間は)人間のクリエイターになると思います。人々の強い共感をどうつくるか。ビジネスの成長や社会の変革に、共感した人々の力をどう使わせてもらうか。「人中心」に考える力がますます重要になってくるでしょう。
そういった意味では、先ほどトレンドのところでもお答えしたように、長い期間にわたって人々の心に深く作用するようなエモーショナルなやり方で、人と企業と社会の中長期的なエコシステムをつくり、人と社会のハピネスを生み出すような「広告」が求められてくると思います。
──広告のあり方が変化していく中で、クリエイターはどうあるべきでしょう。
テクノロジーやメディアがどう変化しようと、人中心に考え、人のためにとことん汗をかけるクリエイターでありたいと個人的には思います。データやテクノロジーは使い倒す。でも、それはあくまでも、「人の気持ち」や「人が動くこと」に寄り添うために使う。そして、デザイン、ストーリー、クラフトをとことん大事にする。これは昔の広告作りに戻る懐古主義的なことではなく、AI時代における新クラフト主義的なものの始まりだと思っています。私たちクリエイターは、その先頭で誰よりも楽しく遊んでいたいですね。