カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2024No.1
なぜ、今ヒューマニティとユーモアなのか。
2024/08/21
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月17日から21日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、参加者たちの目にどう映ったのか。それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。
第1回は、今回、アウトドア部門のショートリスト審査員を務めた電通東日本の林慈郎氏の現地レポート。連日アワード発表の翌日に開催されるInside the Jury Room(審査の舞台裏)やクライアント主催セミナーに参加する中で、林氏が感じたクリエイティビティの捉え方の変化とは。
今年のキーワードは、「ヒューマニティとユーモア」
今年のカンヌライオンズは、後半2日間が悪天候。青空にビーチ、というイメージのあるカンヌには珍しい景色でした。天気が悪くて残念という気持ちより、「自分たちの足元を見つめ直そう」というカンヌのメッセージを体現したような天気が、「雨降って地固まる」のように感じられ、なんだか浮世離れしていない、現実的で実りの多いカンヌだったと感じました。
アウトドア部門のショートリスト審査員を担当し、初めて審査員としてカンヌに参加しました(ショートリスト審査は、各部門の応募全体の中から約10%といわれる入賞作を選出するための審査をします。審査は事前に日本からオンラインで行いました)。
今年のキーワードは、なんといっても「ヒューマニティとユーモア」。ヒューマニティは、人間らしさ、という日本語がしっくりきます。皆さんも現地あるいは報告会など、さまざまな場でこのキーワードを目や耳にされたかと思います。カンヌに行く前は、AIの反動から「ヒューマニティ」、コロナや戦争などを背景とした社会課題解決型のクリエイティビティの反動から「ユーモア」がキーワードになっているのかな、と考えていました。しかし現地で受賞作の背景に触れ、セミナー、授賞式での熱いメッセージを聞き、各国の審査員やクライアントとの交流を通じて感じた「ヒューマニティとユーモア」は、クリエイティビティの捉え方に影響を与えてくれるものでした。
ユーモアこそがクリエイティビティの醍醐味(だいごみ)
カンヌの各部門には、業種や手法ごとのサブカテゴリーと呼ばれる分類があり、エントリーする際は該当するサブカテゴリーを選びます(ちなみに審査員たちが「このサブカテゴリーが鍵である」と口々に言うくらい、サブカテゴリーの定義を読み込み、その文脈に合致するよう応募素材を作ることが大切です)。今年からそのサブカテゴリーにUse of Humour(ユーモアの活用)が追加されました。カンヌが積極的にユーモアのあるアイデアを受け入れ、表彰しようとしていた意図がうかがえます。
今回は、審査についての理解を深めることを自身のテーマに設定し、連日アワード発表の翌日に開催されるInside the Jury Room(審査の舞台裏)に積極的に参加しました。このセッションは、各部門の審査員長と2人の審査員が、審査の舞台裏について解説してくれるものです。
実際に多くの審査員がそれぞれの部門に「楽しさが戻ってきた」と力強くメッセージしていました。デザイン部門の審査員は、ユーモアを「ヒューマンエモーション」と説明していて、ユーモアはおもしろいだけではなく、人間の感情であることに気づかされました。その上で、「デザイン部門のキーワードはセンス」と言っていて、ここはデザイン部門らしいフィルターだと思いました。
ブランドエクスペリエンス&アクティベーション部門の審査員は、「ただの広告と思って楽しもう」と、「MAKE ADVERTISING GREAT AGAIN(もう一度広告を素晴らしいものにしよう)」とどこかで聞いたことのあるような言葉の書かれた帽子をかぶって、話していました。
また、自分が担当したアウトドア部門の審査員たちからは、「ユーモアはグローバルだ」という声が聞こえてきました。確かに、ユーモアは説明的ではないので、言葉の壁を越えやすく、SNSで幅広く情報が伝わる時代ならではの表現だと改めて感じました。一方で、ユーモアの捉え方には個人差があるので、生み出す側にも多様な視点と、受け取る人たちの気持ちを想像することが求められます。実際に、いくつかの具体的なエントリーに対して、自分は感じなかった違和感を話してくれた人もいました。カンヌの審査員構成がより多様になっていることも感じた瞬間でした。
互いを必要とするパートナーシップ
一方で、「パートナーシップ」というワードも多く聞きました。人間とAI、ユーモアと社会性、といった文脈で聞くことが多かったのですが、ブランドと消費者、ブランドとエージェンシーという関係性においても、パートナーシップがキーワードになっていました。
Creative Marketer of the Yearのユニリーバのセミナーのタイトルは「You」。ターゲットでも消費者でもなく、大事なのは「あなた」と力強くメッセージしていて、コミュニケーションがよりパーソナルで人間的になってきていることを感じました。
P&Gの「The Next Creative Revolution(次のクリエイティブの革新)」と題されたセミナーでも、サイエンスとヒューマニティ、テクノロジーとクリエイティビティの対比について語られ、日常の中でMagic(魔法)を見つけることの大切さをメッセージしていました。
興味深かったのは、最終日のCreatives On The Terrace。数年前にカンヌでキーワードになっていたAuthenticity(真正性、ちなみにこの価値観は広告嫌いの若い世代の価値観を象徴する言葉だそうです)とユーモアを絡めて、「ブランドは肩の力を抜いて、リラックスして、少し楽しもう」という話がありました。実は少し力が抜けたくらいの方が、ブランドにとっての真正性につながるというのは、肩肘張らない人の方が本音で付き合える人間関係のようだと思いました。ブランドと人との関係も、リスペクトのある、パートナーシップを目指したいものです。
今回、自身が担当するブランドの担当者の方々もカンヌに来ていました。現地でカンヌの結果や審査方針について話したり、今後のビジョンについて語ったりできるのは、なんともぜいたくな時間でした。なかなか日本ではそのような時間が取れないですし、カンヌでクリエイティブシャワーを浴びた後に深く会話できることに大きな意味がありました。さまざまなセミナーで、ブランド側のスピーカーはエージェンシーに対して、エージェンシー側のスピーカーはブランドに対して、深いリスペクトを表現していて、両者の信頼関係を垣間見ました。クライアントとエージェンシーの間のパートナーシップについても、深く考えるカンヌでした。
泥くさく、かけがえのない日常を大事にしたい。
気がつけば、人間によるクリエイティビティの尊さをいろいろな角度から称賛していたカンヌだったと思います。昨年の注目キーワードだったAIそのものの話題はそこまでなく、今年は「人間によるクリエイティビティをもっと大切にしていこう」「私たちの仕事は素晴らしい」とカンヌが自分の背中を押してくれているようでした。
極め付きは、クリエイティビティへの長きにわたる貢献を表彰するLion Of St. Markを受賞した、フランスを代表する広告人、ジャック・セゲラさんが、ステージで、“Love ideas, love creativity, love life.”と声高に熱いメッセージを送ってくれたことです。アイデアの持つ力、クリエイティビティの可能性、そして人生を楽しむ、そんなシンプルなエールに深く共感しました。ちなみに今回自分が宿泊した場所のオーナーのフランス人も、週末は夜20時頃までビーチでゆっくりと過ごしていて、人生を謳歌(おうか)しているな、と感じました。
今のところAIはまだおもしろくない。一方でクリエイティビティは自由そのもの。だからこそ自分がつねにクリエイティブな状態でいたいと思いました。クリエイティブな状態は、何か気取った洗練されたようなものではなく、少し泥くさい、愛すべき自分の日常に向き合い、人の日常もていねいに見て、人と関わることで、生まれるものだと改めて再認識しました。
肩の力を抜いて、身近にいる人を思い浮かべて、その人の感情を動かすように、ていねいな仕事をしていきたい。そんなクリエイティブの原点に立ち返ることができました。