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こどもの視点ラボ・レポートNo.11

【こどもの視点ラボ】2歳になってみたら、大人と一緒に歩くのは「無理ゲー」だった

2024/10/15

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こどもと一緒に歩いていると、まったく前に進まない。

すぐに立ち止まってしゃがんでは何か拾ったり葉っぱをむしったり。「早く公園に行こう」「約束に遅れちゃうよ」と言ってみたところで、急いでくれるわけもなく。目的地には一体いつ着くんだろう……と気が遠くなってしまう。だんだんイライラしてきて「ほら、早く!」と急(せ)かしてしまった経験があるママパパも多いのではないでしょうか?

以前、こどもの視点ラボの研究を文化祭で自作してくれた上田女子短期大学・関ゼミの学生さんたちは「大人とこどもの歩幅は違う。だから合わせてあげないと」という思いから、自分たちで「こどもの歩幅体験」を考案。編んだ毛糸で両足をつなぎ歩幅を狭くするそのコンテンツを、ラボメンバーの石田文子が体験させてもらいました(こどもの視点ラボNo.8)。

「もっと早く歩いてー!」と日頃思ってしまっていたけれど、もしかしてこどもは頑張って早く歩いているのかも?と思った私たちは、ラボでも「こどもの歩幅」について研究してみることにしました。

大人の歩幅は、2歳児の約2.2倍だった!

「幼児の歩幅」についての既存データが見つけられなかったため、自分たちで測定するところから始めました。被験者はラボメンバーの梅田真希子と娘のTちゃん(2歳2カ月)です。なるべく自然に歩いてほしいので、裸足の足裏を水で濡らし、その足跡を計測するという手法をとりました。

歩幅測定

歩幅の測定結果:2歳児→平均33cm
          梅田ママ→平均72.6cm
  (両者とも5歩分の平均値で算出)

同じくらいの身長(160cm前後)のラボメンバー女性2人、2歳児2人でも測定を行い、大きな誤差がないことを確認し、梅田親子の結果を採用することに。

歩幅図

大人の歩幅は2歳児のなんと約2.2倍!数値化しただけでも、なんだかこどもに無理を強いている感じがヒシヒシとしてきました。さて、実際に大人がこどもになって2.2倍の歩幅を体験するとどんな感じなのでしょう?クリエーティブ・テクノロジストの斧涼之介が「こどもの歩幅体験」を作っていきます。

大人の足と2.2倍の歩幅を可視化してみた

まずは板材をレーザーカッターで大きな足跡型にカットし、その周りにテープLEDを巻きつけて「大人の足」を制作しました。その「大人の足」を前述で出した平均歩幅の2.2倍間隔に配置し、一歩あたりを仮に0.7秒に設定して進行方向に光が進むようプログラミング。巨大な大人の足跡が光って歩いているように見えるデモを制作し、こども役のスタッフがスタート地点から同時に歩いてみました。 

2歳でウォーク制作

この実験で、大人について行くのはかなり大変そうだ、ということは分かりましたが、まだ実感が湧きません。きちんと体感するにはもっと長い距離を歩く必要がありそうです。でも、この装置で長距離用を作るのはかなり大掛かりになってしまうため、別の方法を探ることに。

驚愕!大人がゆっくり歩いても、こどもにとっては時速7.7キロ!?

そこでランニングマシンを使用し、改めて被験者の梅田さんが普段歩いている速度を測定。それを2.2倍してみることにしました。

一人で自然に歩く時の速度:4.0km/h × 2.2 = 8.8 km/h
こどもに合わせてゆっくり歩こうとした時の速度:3.5km/h × 2.2 = 7.7 km/h

※他のラボメンバー女性2人でも測定し、同様の速度感で相違ないことを確認。


え、こどもに合わせてゆっくり歩いているつもりでも、こどもにとっては時速7.7km!?早歩きぐらいかと思ったらランニングレベルなのですが!

次にプロジェクターに巨大な大人が歩く姿を投影。その背中を追ってついて行く設定で、時速7.7kmでの歩行を体験する「2歳でWALK」を実施しました。しかも「ほら早く早く」「ねぇ急いで。もうちょっと早く歩けない?」「急いでってば、もう置いていくよ!」という“急かしセリフ”つきです。こんなに頑張ってついて行ってるのに……と、ガンガン歩いていくママの無慈悲な背中を見て泣きそうになってきました。わずか数分で「これキツいかも」「ちょっと一旦、止めてください」となる始末。

2歳でWALK画像

大人がゆっくり歩いているつもりでもこんなに速いということは、「電車がきちゃう!急いで!」とママが早足になったり、もっと背が高く歩幅の広いパパについて行こうとすると、どれほど速いのでしょう?

ちなみに不動産情報の「駅から徒歩〇分」表示の基準となっている「徒歩1分=道路距離80m」の歩く速さは時速4.8km。それを2.2倍すると10.56kmということでおよそ時速11km!!いやいやいや、無理。実際にランニングマシンで11kmでも体験を実施してみましたが、ほぼ全速力。つんのめって転びそうになるメンバーも。危険!!大人の速度について来いというのは、こどもにとって間違いなく「無理ゲー」です。

この結果を持って石田文子と斧涼之介は、九州産業大学で乳幼児の身体活動や運動についてさまざまな研究をされている田中沙織先生にリモートでお話を伺いました。

こどもは10歩に1回は立ち止まるのが当たり前!?

斧:田中先生、よろしくお願いします。先生は実際の生活や保育場面での幼児の歩行について研究されていますが、こどもの視点ラボが実施した歩行体験「2歳でWALK」についてどう思われますか?

田中先生(以下、先生):とても興味深いし、面白い実験ですね。まず水に濡らした足跡を測定したところ。こどもって、どこを歩くかでだいぶ歩幅が変わってくるので、自然な環境下で測定されたというのがとてもいいと思いました。でも、幼児って実際はもっともっと歩くのが遅いですよね。

斧:と言いますと?

先生:こどもってすぐに立ち止まるじゃないですか。10歩歩いて1回止まるくらいの感覚。進んだと思ったら戻ったりもする。

石田:確かにそうですね。

先生:なので「立ち止まる」「戻る」などのこどもの特性を加味しないということであれば、この実験は平均的なスピードがとれているんじゃないかと思います。大人がこどもと歩く時にストレスなく歩ける速度も時速3〜3.5kmくらいかな、と直感的に思いました。

石田:実際にはこどもに合わせようとして時速3.5kmくらいで歩いては、こどもを待って立ち止まり、また歩き出す、ということかな、と思います。

先生:そうですね。なので実際の感覚ではこどもにとって「大人の歩行」はもっともっと速いんじゃないかと思います。こどもは大人と違って、歩いている間にも見たいものがたくさんあるんですよね。

斧:近所を歩いているだけでですか?

先生:はい。例えばこんな実験があります。大人にチンパンジーの絵を見せるとチンパンジーと分かった瞬間に、見るのをやめてしまいました。視線が動かなくなってしまうのです。でも乳児に同じ絵を見せると、チンパンジーの顔を見分けようとして関心をもってじっと見続けました 。(※1)

※1:Olivier Pascalis, Michelle de Haan, Charles A Nelson , ‘Is face processing species-specific during the first year of life?,’ DOI: 10.1126/science.1070223 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12016317/


大人は木や葉っぱだと分かった瞬間に関心が止まるのですが、こどもにとってはそれらが興味の対象なんです。なので、こどもにとっては当たり前ではないものを「なんだろう」と関心を持って見ているのに、その気持ちを引きずったまま連れていかれちゃう。そういう意味では、こどもの体感的には「大人の歩行」はもっと速いんじゃないかと思います。

石田:なるほど!確かに大人にとっては当たり前でも、こどもにとってはまだ当たり前じゃないものばかりですよね。それはかなり盲点でした。

先生:大人だって何か見たいものを見つけた時に、急かされるのは嫌ですよね。

斧:先生が幼児を研究されてきた感覚だと、先ほどおっしゃっていた10歩歩いて1回止まる、くらいが普通ですか?

先生:年齢や環境によりますが、実験対象となっている2歳児については体感的にそうですね。あと、大人が5分で行ける距離は20分くらいかかる感じかと。

石田:こどもと一緒だと移動に4倍の時間がかかる!ということですね。いや、まさにうちのこどももそうでした。10分で行ける保育園まで40分くらいかかってましたね。実際1時間以上かかることもあって泣いてました、私が(笑)。

先生:でしょうね。眠くて機嫌が悪い場合などは本当に進みませんから。

石田:でも先生がおっしゃるように「こどもは10歩歩けば1回止まるもの」「5分で行ける距離に20分かかる」と最初から思っておけば、少し心構えができそうです。

先生:そうですね、石田さんのように一度経験すると気持ち的にも対処できますが、第一子の場合は保護者のストレスが増えるのも分かります。

一方で、こどもが歩く量は昔の50%以下まで激減していた!

斧:先生は論文で「こどもの歩行量が減っている」点を危惧していると言及されていました。ラボでは幼児の歩数も測定してみたのでご覧いただけますか?

ラボメンバーのお子さん4人に小型の歩数計 を付け、お休みの日に測定してもらったものです。この歩数についてはどう思われますか?

歩数計画像

歩数測定表

先生:現代の歩行量としては、かなり妥当な数字かな、と思います。私が保育園で9時から16時までの歩行量を測定したデータだと、3、4、5歳で大体6000歩前後が多かったです。5歳で1万歩以上いくと「おお、がんばったね」という感じ。2歳だともうちょっと少なくて、平均が3000から4500歩くらい。ただ、よく動く子はもっと多いですし、小さい子ほど個人差は大きいですね。

斧:こどもの歩行量の推移のデータはあるんですか?

先生:小学生のデータならあります。1970、80年代では平均2万〜2万7000歩くらいでしたが、その20年後には平均1万歩程度で約50%、半分ほどになったといわれています。それからさらに20年たった現代ではさらにこどもたちの歩行や活動量は減少傾向にありますね。(※2)

※2:波多野 義郎(1979)ヒトは1日何歩あるくか,「体育の科学」29(1), 28-31.
中村 和彦(2004)「子どものからだが危ない!今日からできるからだづくり」, 日本標準.
塙 佐敏, 野井 真吾(2018)小学生の目標身体活動時間確保のための強度別歩数指標の試み, 「発育発達研究」(78), 13-23.


石田:半分!そんなに減っているんですか?では幼児の歩数も減っているんでしょうか?今は抱っこひも、ベビーカーなどに乗せることが多いですし。

先生:確実に減っているとは思います。抱っこひもやベビーカー、車移動に加え、今はどこの商業施設に行ってもベビーカートなどもありますしね。

斧:こどもの歩く量、活動量が減ったことで、どんな影響があるんでしょうか?

先生:活動量も大事なんですが、まずは「座っている時間が長いのがよくない」といわれていますね。1時間以上同じところに固定して座らせないこと。こどもは大人のように生活と運動を分けて暮らしていないので、活動量が減ることは体験や学びの数が減ることと直結してしまいます。コミュニケーションがうまくとれないとか、認知の発達がうまくいかないとか、要するに経験不足になっちゃうんです。

斧:座って見ているだけの時間が多いと、発達にも影響が出てしまうんですか?

先生:そうですね。「ヘルドとハインの実験」をご存知ですか?ヘルドとハインという学者が、子猫の視覚と身体能力の関係について行った実験です。(※3)

同時に生まれた子猫の一方をライド(乗り物)に乗せ、もう一方は床の上で自ら動くことができる状態で、同一の視覚条件で育てました。ライドに乗せられて育てられた子猫は、ライドから降りて歩くと障害物をよけられず、自由に動いて育った子猫は障害物をうまくよけられました。これは受動的な視覚経験は身体能力に寄与しない、ということを示しています。

受動的な視覚情報にさらされることで、このように、行動に対して積極性を失ってしまう。自分の足で歩いた経験がないから、目の前に何か景色があったとしても「これだけ動いたらぶつかるな」とか、そもそも「今見てるものが障害物だな」というのが分からないワケですね。

※3:Held & Hein, ‘Movement-produced stimulation in the development of visually guided behavior,’ Journal of Comparative and Psysiological Psychology, 56(5), 872–876. , 1963


石田:つまりベビーカーや車に乗ってばかりいると、モノとの距離感がつかめない、反射神経が育たない、ということですか?

先生:おっしゃる通りです。身体能力だけでなく自発性も育ちにくい。

石田:こ、こわいですね。うちは最初ベビーカーを嫌がって乗らなかったので保育園までの往復に苦労していたのですが、ある日、ふと「乗ってみよう」という気に本人がなって。それからはもう、正直ずっと乗せていた、という印象です……。

斧:受動的な視覚経験、というと今はスマホやタブレットを見せるスクリーンタイムも増えていると思います。それで座りっぱなしになっていることも多そうですね。

先生:そうなんですよね。たくさん動くということは、いろんなことに関心を持っていると言い換えることができます。あれに触ってみたい、あれで遊んでみたい、と。「関心のアンテナ」というか、外の世界に対する興味があるほど精神活動も高まっていきますよね。

石田:こどもを自由に活動させてあげること自体が体験や学びなのだ、ということはもっと知られるべきだな、と思いました。

斧:先生の研究資料の中で「1〜2歳は最低でも1日3時間の身体活動が必要」と読みました。

石田:え、3時間の活動?けっこう大変じゃないですか?

先生:どんな活動の強度でもいいから大体1日3時間くらい活動していればいいよってことなんですけどね。トイレまで歩いて行くことだって活動です。でもいくつかの保育園で測定した時にはこの3時間を超えていないところもありました。

斧:身体活動量が多ければ多いほどいい、とも書いてありますね。

先生:はい、2歳くらいで日常的に活発に動いていた子は体幹が鍛えられています。逆に5、6歳になった時に座っていてもじっと座っていられなかったり、座ってもグタッとしてしまう子は、2歳ごろまでさかのぼった時に歩いていなかったり運動が嫌いだった、という例が私の経験上もありました。あと浮き指にもなりやすい。指が地面につかず、ちゃんと足で踏みしめることができない、という傾向はありますね。

石田:ひえー。腹筋や体幹を鍛えてこなかったのでちゃんと座れない、浮き指で歩行や姿勢も崩れてしまうってことですね?まずい、うちの子、今小学生ですが座ってもすぐにグターッとしてしまいます!

先生:1、2歳での活動量の多い少ないは3歳以降に影響が出やすいので、保護者も気をつけにくいんですよね。

田中先生とのリモートインタビューの様子
田中先生とのリモートインタビューの様子

食事と同じように、運動も1週間でつじつまを合わせればいい

斧:3歳ごろからは1日60分以上、強度が高い運動をした方がいいとのことですが。

石田:これもけっこう大変ですよね。今は共働きで、ただでさえ忙しく毎日いっぱいいっぱいな保護者が多いと思います。私だったら「え、毎日60分運動させる?これ以上、私にがんばれと?」となってしまいそうです。

先生:分かります。でも「毎日60分運動させなきゃ」と思う必要はなくて。1週間単位くらいで帳尻を合わせればいいんです。食事も食べすぎた日があれば翌日少し控えよう、と考えますよね?運動も「平日あまり動かなかったから土日はたくさん一緒に遊ぼう」とおおらかに考えればいいと思います。

斧:なるほどです。

先生:やっぱり生活リズムと一緒に考えるのがおすすめですね。食事が少ない、寝るのが遅い、となると午前中動けませんから。

石田:早寝早起きして、よく食べればよく動ける。運動も1週間単位で帳尻を合わせればいい。そう考えるとできそうな気がします。

先生:例えば「駐車場から保育園までは歩く」「公園には歩いて行く」など、歩くエリアや時間を決めてしまうのもおすすめです。あと、こどもが立ち止まって何かに関心を示した時は、体験を増やしている時なので「あ、うちの子、今賢くなってる!」と思えばいいんです。さらにストレスが減ると思いますよ。

石田:なるほど!「あーぁ、また止まっちゃった」ではなく「うちの子、今、賢くなってる!」。めちゃくちゃいいですね。そう考えれば、もう少しおおらかにこどもを待てたのに、と思います。いやー、こどもが小さい頃に知っておきたかったお話ばかりでした。

斧:田中先生、本当にありがとうございました!

さて、今回のまとめです。

●大人の歩幅は2歳児の約2.2倍!大人に合わせての歩行は、こどもにとって時速7.7km以上の速さかもしれないので、かなり頑張ってついて来ていることを知っておきたい。

●こどもは10歩歩けば1回止まるのが当たり前で、大人が5分で行ける距離は20分かかる。その前提でおでかけの時間などを考え、イライラを減らしてほしい。

●こどもが立ち止まって何かに関心を示した時は、体験を増やしている時。「今、うちの子、賢くなってる!」と思って、なるべくおおらかな気持ちで待ちたい(待てる時は)。

●1、2歳は1日180分以上の身体活動が望ましい。1時間以上の座りっぱなしを避け「今週あまり動かなかったかな?」と思ったら、お休みの日にたくさん遊ぼう!

こどもが小さい頃、情操教育のためにいろんな習い事をさせてあげたい、いろんな場所にこどもを連れて行ってあげたい、と思っていましたが。大人が考える「体験や学び」のために、わが子が今まさに体験し学んでいる行為を急かしてやめさせていたかも、と思うと本末転倒すぎて申し訳ない気持ちになりました。忙しい時はもちろんベビーカーやカートは使いつつ、余裕がある時は、なるべく目的地に到着すること優先ではなく、こどものペースを大切に一緒に歩くことを楽しめればいいな、と思います!

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