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うんち創薬No.1

うんちが薬に。「腸内細菌ドネーション」から始まる健康の未来

2025/10/09

「うんち創薬」という新しいビジネスをご存じでしょうか?

「うんち創薬」とは、優れた腸内環境を持つ「腸内細菌ドナー」から便を提供してもらい、腸内細菌を抽出して患者の腸に移植する「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)移植」などの医療や、創薬に取り組む事業です。同事業を推進するのが、日本発の医療・創薬スタートアップ「メタジェンセラピューティクス 」。

本連載では、メタジェンセラピューティクス代表取締役社長CEOの中原拓氏と、同事業に伴走する電通のクリエイティブ・ディレクター 佐々木瞭氏にインタビュー。「うんちのドネーション」を通じて構築される社会のビジョンや、事業の成長に電通のコミュニケーションノウハウがどう貢献できるかなどについて話を伺いました。

中原氏、佐々木氏
(左から)メタジェンセラピューティクス 中原拓氏、電通 佐々木瞭氏
<目次>
「うんち×創薬・医療」というビジネスを立ち上げたワケ

“バイオベンチャーの100均問題”を乗り越えるために必要なこと

「難病治療に社会全体が関わり合う場」を可視化するビジョンマップ

健康はおすそ分けして共有できるものに。「ヘルスシェア」という概念

「うんち×創薬・医療」というビジネスを立ち上げたワケ

──まず、本ビジネスを立ち上げたきっかけを教えてください。

中原:私は元々、情報科学を用いてゲノムやDNAなどの解析を行うバイオインフォマティクスの研究者でした。そこからビジネス寄りのキャリアにシフトしていったのですが、その中で、2018年ごろから腸内細菌のビジネスが急速に盛り上がっていく様子を目の当たりにしました。創薬の分野では、腸内細菌の研究を活用して難治性疾患の治療につなげようという動きが加速しており、アメリカでも腸内細菌を使った創薬を目指すベンチャーが次々と立ち上がっていました。

実は腸内細菌、つまりうんちの研究が進み始めたのは、2000年代前半ごろからなんです。昔はうんちなんてただの排泄物で何の役にも立たないと思われていましたが、次世代シーケンサー(NGS)(※1)を用いた解析によって、うんちに含まれる菌が実は人間の健康に寄与することがわかってきました。私自身、研究者として、まだ新しく開拓しがいがある腸内細菌という分野の研究に面白さを感じていたこともあり、ビジネスの力で研究を推進できないかと考えたんです。

※1=次世代シーケンサー(NGS)
DNAなどの塩基配列を高速かつ大量に解読する技術


ちょうどそれと同時期に、日本の腸内細菌研究の第一線で活躍する友人たちが集まって、山形県鶴岡市に「メタジェン」を立ち上げていました。その友人たちと、うんちを使った創薬事業を立ち上げようと思い、2020年にメタジェンの子会社という形でメタジェンセラピューティクスを立ち上げ、事業をスタートしました。その後、経営を分離し、現在は兄弟会社として独立して運営されています。

──腸内細菌ドネーションを、どのように医療や創薬とつなげていこうとしているのでしょうか。

中原:私たちが取り組んでいるのは、健康なうんちから取り出した腸内細菌を、腸内環境が著しく悪化している患者の腸内に、内視鏡を通じて移植するという新しい治療法の社会実装です。抗生物質を使って腸内の細菌を一度すべてリセットし、健康な腸内細菌に入れ替えることで、バランスを崩した腸内環境を正常な状態へと導いていくんです。

まだ日本には、うんちを原料とした薬はありませんが、実は、腸内細菌叢移植は指定難病である潰瘍性大腸炎や、アレルギー、ぜんそく、アトピー性皮膚炎といった免疫系疾患などに対する新たな治療法として期待が集まっています。

腸内細菌を用いた医薬品の原材料を作るには、健康な人からうんちを提供していただかなくてはならない。そこで私たちは、「腸内細菌ドネーション」という仕組みを通じて、献血のようにうんちを提供してもらう“献便”の取り組みを、電通さんと一緒に始めています。

中原氏

“バイオベンチャーの100均問題”を乗り越えるために必要なこと

──電通とプロジェクトを始めるきっかけは何だったのでしょうか?

中原:いわゆる「バイオベンチャーの100均問題」というものをご存知でしょうか?日本では、技術や商品が難解なバイオベンチャーは、上場する際、その実態にかかわらず時価総額が一律で約100億円程度に設定されがちだという問題です。たとえどんなにユニークで社会インパクトの大きいビジネスに取り組んでいても、前例主義に「右へ倣え」で100億円程度に「値付け」されてしまう。本来であれば、科学的なポテンシャルや臨床的な進展に応じて、企業の価値が評価されるべきですが、それを評価できる投資家が日本にはまだ少ないのが現状です。そこで、知人のクリエイティブ・ディレクターに相談を持ちかけたところ、佐々木さんをご紹介いただいたんです。

佐々木:「うんちから薬を作ろうとしている会社がある」という話を聞いたとき、こんな一見奇妙で面白いテーマに本気で取り組んでいる会社があることに驚き、興味を持ちました。初めて中原社長にお会いする前、6時間にも及ぶ経営合宿の映像をいただき勉強したところ、その興味は、このビジネスが日本から生まれる意義への深い理解に変わりました。それと同時に、自分が6時間かけて理解した、このインパクトのあるテーマの裏にあるポテンシャルを、短い言葉やコンセプトでぎゅっと凝縮することで、さまざまなステークホルダーに、この会社の圧倒的な「ちがい」をもっと早く、クリティカルに伝えることができないだろうか、とも思いました。「100均問題」は深淵な問題ですが、ある種のブランディングを通じてこれを解決できないだろうか?と。

中原:当初は、相談ベースのやりとりをしながら、中期経営計画の壁打ちなどを続けていましたが、話を重ねるうちに、IPOに向けた課題が明確になっていきました。腸内細菌叢移植を行うには、健康な便を提供してもらう必要がありますが、治療に使えるかどうかの厳しいチェックを通過できる「うんちエリート」に該当するドナーはなかなかいません。そのため、できるだけ多くの人に協力してもらう必要がありますが、「うんちを集めている団体がある」ということ自体、まだ世の中にはほとんど知られていませんでした。そんな中で、どうすればドナーとして協力してくれる人を集められるのか、ということも課題になっていたんです。

そのためには、私たちとしても、きちんとブランドを構築し、より多くの方の認知を得ていくことは重要だと考えていました。そこで、ブランディングのパートナーとして電通との関係性を再定義し、現在のような関係に発展していきました。

佐々木:メタジェンセラピューティクスは、いわば、健康な人のもつ潜在能力を、病を抱える人の治療に活かすことに挑戦する唯一の医療・創薬企業であるといえます。

この「患者だけでなく健康な人、つまり社会全体と向き合ってひろがる」事業の構造は、メタジェンセラピューティクスという会社の世の中への影響範囲を非常に大きなものへ化けさせています。しかし、その「健康な人から健康がひろがる」という社会意義が、投資家など社外のステークホルダーに十分に伝わりきっていないのではないかとも感じました。

佐々木氏

やはり、こういったディープイシューに取り組む企業は、自社のもつ商品やサービス、技術がすでに目の前にある企業と比べ、事業のインパクトを短期的な数字で語りづらいため、どうしても評価が難しくなります。しかし、描いているビジョンの輪郭をはっきりと可視化していくことで、事業の未来価値を評価する難しさという問題を解消していくことができるのではないかとも思います。

「難病治療に社会全体が関わり合う場」を可視化するビジョンマップ

──「ちがいを伝える」という問題意識から、どんなアウトプットが生まれていったのでしょうか。 

中原:当初は、「事業スキームの全体像をどう表現するか」という話からスタートしました。私たちのビジネスモデルには、ドナーからうんちを集めるバイオバンクという基盤事業の上に、腸内細菌を活用した創薬事業、腸内細菌叢移植を行う医療事業、研究機関や一般企業と連携した事業開発支援といった3つの事業があります。こうした構造をただ説明するだけでなく、私たちの価値や取り組みを正しく、そして効果的に伝えていくためには、事業全体の世界観そのものを表現することが有効なのではないかという仮説に至りました。

そこから、製薬や医療の関係者だけではないすべての人が、日常生活を通じて、難病治療のために関わり合っていく世界を作っていく、というビジョンが生まれてきたんです。そうした思いを、一枚の絵に可視化してみようというアイデアが生まれ、ビジョンマップの作成につながっていきました。

ビジョンマップ

佐々木:先進医療って、一般的には限られた専門領域の中で閉じているイメージがあるかもしれませんが、メタジェンセラピューティクスが実現する腸内細菌医療の営みは、さまざまな人との開かれた関係性の上に成り立っている。このこと自体が、すごく重要なファクトだと思っていて。それを世の中や投資家、そして今後パートナーになっていく企業に向けてしっかり伝えていく必要があるよね、という話になりました。

ビジョンマップを作れば、水戸黄門の印籠みたいに、この事業が何をしていて、どんな価値があって、どんな可能性があるのかが、一目で伝わるようなものとして機能する。そんなふうに考えて作りました。実際の“印籠”の効果はどうですか? 

中原:今いくつかの会社と将来の協業について話しているのですが、ビジョンマップを作ってからは、そうした話が格段にスムーズになりましたね。例えば私たちは広くドナーを募っていて、献便に協力してくださった方には、協力費として最大5000円分の金券をお渡ししています。ただ、これまでは事業の説明をして、「健康なうんちを5000円で買っているんですよ」と言っても、なかなか本質的な意義が伝わらないことも多かったんです。でも、ビジョンマップを見せると、そうした活動の背景や世界観が一気に伝わります。相手の理解も深まりますし、「こういうビジョンのイメージを持っていること自体がうらやましい」と言ってもらえることもあり、本当に強力なツールになったと実感しています。

健康はおすそ分けして共有できるものに。「ヘルスシェア」という概念

佐々木:このビジョンマップ作成の過程で行き着いた、健康の考え方における新しい言葉があります。それが「ヘルスシェア」という概念です。日々出している、究極の不要物であるうんちで、誰かが救われる可能性がある。献便は、自分の健康を“おすそ分け”するような感覚で、人と分かち合える行為なんです。これは、なにひとつ自己犠牲を伴わない、まったく新しいドネーションの形です。

そしてこの考え方は多分、健康そのものの概念を変えると思うんです。これまで健康とは、当たり前ですが、自分のために保つものでした。それが他の誰かと共有できるものになりうるというのは、すごく大きな価値観の転換だなと。健康を「利己」から「利他」の営みに変えていく未来をひとことで表す言葉とは、「ヘルスケア」ならぬ「ヘルスシェア」なんじゃないかと思いました。

──ビジョンマップの作成と同時に、企業リブランディングを行ったそうですが、これにはどんな目的があったのでしょうか。

佐々木:元々は親会社であるメタジェンと同じロゴを使っていたのですが、やはりメタジェンセラピューティクスとして独自のコーポレートアイデンティティを示すブランドシンボルが必要だと考えました。一見、不浄で不要なものに思えるうんちを全く新しい角度から科学し、新しい価値に還元するという着眼点のユニークネスを形にできれば、この企業の違いを表現する強力なツールになっていくんじゃないかと思い、進めていきました。

「自分のうんちを誰かに提供する」という行為を、とても意義のあるかっこいいこととして捉えてもらえるようにするには、デザインを含めたリブランディングの取り組みは重要だよね、という話を中原さんとも共有しながら、方向性を考えていきました。

ロゴデータ
新たなCIの開発にあたっては、4CRプランニング局 友田菜月氏がアートディレクションを行った。

ロゴ集合画像
中原:このブランドシンボルの核となっているのは、「人から人へと健康を受け継ぐ」聖火“Torch”と、「うんちの見方を変える」という新しい視点“New Perspective”です。うんちのアイコンを見る角度を変えて、上から見た形状をモチーフにしながら、そこに“Torch”のイメージを重ねることで、情熱と命のエネルギーを感じさせるビジュアルにしています。

私たちは普段、便をただのゴミとして、トイレで当たり前のように流していますが、見る角度を少し変えるだけで、そこにはまったく新しい価値が生まれることがある。それこそが、私たちがこのコーポレートアイデンティティに込めた、大きな意義です。

※後編につづく

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