広告同人誌こみゅしふ〜僕と野良袋の思考的冒険〜 #05

宇宙人との交信のために、広告人が呼ばれる日。

  • 30
    並河 進
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター ソーシャルデザイナー/クリエーティブ・ディレクター/コピーライター

並河:今日は、哲学者エマニュエル・レヴィナスの話でしたよね。

野良袋:そうそう、エマニュエル・レヴィナスは、第二次世界大戦以降活躍したドイツのユダヤ人の哲学者なんだな。レヴィナスが出てくるその直前、ドイツには、ハイデガーという有名な哲学者がいた。

ハイデガーがどんな正義を掲げていたかというと、「正義とは、100人のチームがあったとして、その100人すべてが正しいと信じることがそのチームにとっての正義なのだ。1万人の国があったとして、その1万人すべてが正しいと信じることがその国にとっての正義なのだ」という考え方で、第二次世界大戦前は、世界的にもわりと一般的な考え方だったんだ。

だけど、この考え方は、ナチスドイツのユダヤ人の大虐殺によって、行き詰まってしまった。当時のドイツの多くの国民が、もちろん全員ではないけれど、ユダヤ人への迫害を正しいと信じてしまっていて、それでこういう悲劇が起きてしまった。

ある国があって、その国の全員が正しいと思うことも、もしかしたら、間違っているかもしれない。そこで、レヴィナスが登場するわけだ

並河:なるほど。

野良袋:レヴィナスの考え方はこうだ。

たとえば、ここに1万人の国があって、1万人の人が「理解しえぬもの」がその国に現れたとき、それでも「理解しえぬままに」それを受け入れよう、と。それこそが、本当の正義なんだ、と。

並河:レヴィナス、かっこいいっす。

野良袋:でも、レヴィナスの深いところは、さらにその先にある。

なぜ、「理解しえぬもの」を受け入れるかというと、そうすることで平和が訪れるから、ではなく、人は本来的に、自分の「理解しえぬもの」に、未来や可能性を感じるようにできている、「理解しえぬもの」への渇望がある、と言っているんだな。

並河:深いですね。

…でも、この「理解しえぬもの」を受け入れよう、としてみる感覚。広告人のマインドに近いかもしれないですね。

野良袋:そう。

レヴィナスの考え方でいけば、宇宙人が地球にやってきたとき、人間では理解しえぬ宇宙人という存在を排除するんじゃなくて、 宇宙人という存在をまず受け入れる、ということなんだな。

並河:確かに、宇宙人は、人間以上の存在になりえない人間にとって、希望といえるかもしれない。

野良袋:そうそう、そういう発想が広告的で。

宇宙人が地球を訪れたとき、意外と、困り果てた政府は、広告人を呼ぶんじゃないか。

並河:それは、まあ、なんでも屋さん的に思われている、といえば、それまでですけどね。

野良袋:自覚的である、というところが大事な話で。

今は、非自覚的だからダメなんだよ。それじゃあ、ただの日和見主義と言われたって仕方ない。レヴィナス的な正義を、広告人が堂々と主張しちまえばいいと思うんだよな。俺は。

並河:それが、「ふわふわ主義」ですか。

野良袋:たとえば、な。

プロフィール

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    並河 進
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター ソーシャルデザイナー/クリエーティブ・ディレクター/コピーライター

    1973年生まれ。
    電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表。
    社会貢献と企業をつなぐソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。「電通ギャルラボ」代表。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。上智大学大学院、東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)、『しろくまくんどうして?』(朝日新聞出版)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)、『Social Design 社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた』(木楽舎)他。

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