広告同人誌こみゅしふ〜僕と野良袋の思考的冒険〜 #02

すべての哲学は切迫感から生まれる。

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    並河 進
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター ソーシャルデザイナー/クリエーティブ・ディレクター/コピーライター

並河:じゃーん。広告同人誌こみゅしふ、第2回、はじまりました。

野良袋:はじまったね。

並河:この連載は、COMMUNICATION SHIFT、略してこみゅしふ。つまり、広告とはなにか?広告の未来とはどういうかたちか?を哲学的に考えていく連載なんだけど……。

野良袋:あ〜そういうの。そういう設定って、人間ってすごく好きだよな。自分とは何か?とか生きるとは何か?とか。そういう問いかけって、実は、最近のことなんだぜ。

並河:え、そうなんですか。

野良袋:そうさ、フーコーたちが構造主義という考え方を提示するまでは、「○○とは何か」という問いを考える人は少なかったんだ。「広告とは何か」って、そんなもの、「広告」に決まってるだろうっていう。

並河:そうなんですか?!

野良袋:たとえば、戦争があったとき、片方の国の目線と、もう片方の国の目線では、まったく違う。自分が知っている世界とは、ある目線に基づくもので、別の目線になれば、また違う正しさがそこにある。こんな考え方って、いまでは人間たちの間の常識だけどさ、世界でこの考え方が主流になったのは、20世紀に構造主義が現れてからなんだ。

19世紀までは、世界には、絶対的な理想があって、人間はどうそれに近づけていけるか、という考え方をする人のほうが多かったわけで。でも、きっとそれじゃいろいろうまく説明ができなかったんだろうな。それで、人間たちは必要に迫られて考え方を変えたわけだ。絶対的な正しさ、というものを疑ってみよう、と。

「今見えている風景とは一時的なもので、別の視点を持つことで、その風景はがらりと変わるはずだ」という考え方は、最近の人間たちのトレンドに過ぎないんだな。

だから、僕が言いたいのは、「広告とは何か」を考えていると哲学的なんて言うのは、嘘で。そういう問いをたてること自体が、一つの時代のトレンドにのっているだけってことよ。黙々と広告をつくっているほうがよっぽど哲学的ってことだってある。

並河:あ、分かる気がします。毎日木を切っているきこりとか、哲学的だなあと思うときがあります。

野良袋:考え方というのは、いつだって便宜上生まれてくるものだからさ。今、広告が窮地にいたっているとしたら、その広告の考え方とはどんな考え方で、その考え方をどう変化させたら、どうこの窮地を乗り切れるかを考える。哲学なんて、必要に迫られて生まれなければ、ほんと意味のないものだしな。

並河:おっしゃるとおりですね。

野良袋:なんで敬語?まあいいや。だから、今回から、「広告って何だ」ということを考えるのはいいんだけど、それが高尚な考え方なんだなんて一ミリも思ってほしくないわけで。

並河:確かに。広告やばい!どうすりゃいいんだ、という切迫感から生まれた哲学じゃなくちゃ、役に立たないってことですね。

野良袋:ちなみに俺はまったく切迫していないから、「野良袋とは何か?」なんて一切考えないわけだ。

並河:……なるほど。まとめると、すべての哲学は、「切迫感から生まれるべきである」ということですね。じゃあ、裏を返せば、僕は、広告は切迫的状況に立たされていると思っていて、つまり、だからこそ、今という時代は、広告に新たな哲学が生まれる絶妙なタイミングかもしれない。そう思いませんか?

野良袋:そうかもな。

次回に続きます。

プロフィール

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    並河 進
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター ソーシャルデザイナー/クリエーティブ・ディレクター/コピーライター

    1973年生まれ。
    電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表。
    社会貢献と企業をつなぐソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。「電通ギャルラボ」代表。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。上智大学大学院、東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)、『しろくまくんどうして?』(朝日新聞出版)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)、『Social Design 社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた』(木楽舎)他。

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