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アド・スタディーズ 対談No.9

パラダイム転換の現実

―何が変わり、何が変わらないのか―①

2014/10/02

内田和成(早稲田大学ビジネススクール教授)×冨狭泰(明治大学グローバル・ビジネス研究科特任教授)
左から、冨狭泰氏、内田和成氏
(※所属は「アド・スタディーズ」掲載当時)

メディアやネット環境の大変動など、これまで経験したことのない情況の中で、われわれは何に着目したらいいのだろうか。
今回は、企業戦略におけるパラダイムの重要性を早くから提唱され、コンサルタントとしても活躍されてきた早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成氏をお迎えし、明治大学グローバル・ビジネス研究科特任教授の冨狭泰氏と、現実に起こっている様々な事例を紹介いただきながら、どのようなパラダイムの転換が起きているのか意見を交わし、将来へのベクトルを見据えていただいた。


パラダイムの魔力

冨狭:先生は、20年も読み継がれてきた『パラダイムの魔力』(ジョエル・バーカー著)という本の序文で、「私は本書を仕事のバイブルにしてきた」と書かれていますが、それはどういう理由からでしょうか。

内田:私は長年コンサルタントをやってきました。そこでは、従来のものの見方とは違う視点や視座といったものが必要なのですが、この本にはそのヒントが満載されていますし、人間や企業が陥りがちなことが事例としてたくさん紹介されています。

例えば、水深40~50メートルの海底では、光スペクトルの赤は絶対に見えないはずなのにバドワイザーの缶の文字が赤く見えたという話があります。それはなぜかと不思議に思っていたら、人間の脳があとから色をつけているからだというわけです。つまり、バドワイザーの缶は白と赤だと決め込んでいるため、実際には見えないのにそう思い込んでしまう。要は、自分はこう思っているという色眼鏡で現場を見たり人の意見を聞いていると思わぬ真実を見過ごしてしまうという指摘です。

もう1つは、人間はなぜ行動を変えられないのかについて、この本では、あまりに古いパラダイムにとらわれて新しいパラダイムが見えないからだと指摘しています。コンサルタントにとってはとても刺激的で示唆に富んだ本なのです。

冨狭:パラダイムという言葉はよく耳にしますが、どのように定義すればいいのでしょうか。

内田:本書では、「ルールであり、ルールで決めた中でどう行動すればよいかを教えてくれるもの」としていますが、仕事を効率化したり、良いものをつくるための企業のルールもパラダイムです。しかし、注意しなければならないこともあります。本来、パラダイムというのは仕事の役に立つ善玉なのですが、新しい時代への適応を邪魔する悪玉に変わってしまうこともあるからです。それはパラダイムシフトが起こった時だといえますが、逆に善玉へのパラダイムシフトが今、非常に大事になっています。

内田和成氏

冨狭:序文の中に「気づき」という言葉もありますが、それはより善玉のパラダイムに移行する契機になるということですか。

内田:例えば、夫婦で住んでいる家と駅の間にどんな店があるかを言い合ってみます。奥さんは花屋やクリーニング屋、しゃれた小物屋があると言い、夫は居酒屋やコーヒーショップ、牛丼屋を上げるというように、同じ景色を見ていてもそれぞれのパラダイムが違うために見えるものも違ってきます。

つまり、日ごろから自分なりの問題意識を持っていれば周囲の見え方も違ってくるし、ときどきスパークしたり新しいことがひらめいたりするということです。何も問題意識を持たずに現場を見たり会議に臨んでも額面どおりのことしか見えませんし、パラダイムはなかなか捉えられないともいえます。

冨狭:私は、吉田秀雄記念事業財団の委託研究で企業視点研究チームに所属しています。このプロジェクトでは2020年頃の状況を想定していますが、とりわけ感じることは、市場のプレーヤーの顔ぶれが相当変わってくるだろうということです。

今までメディア企業はメディア企業、広告主は広告主、エージェンシーはエージェンシーと、それぞれのやるべき仕事がかなりはっきり決まっていましたが、ネットの登場などでプレーヤーの仕組みが大きく変わり、新しいビジネスモデルが生まれ、パラダイムの転換が必至の状況になっていることを実感しています。

新しいプレーヤーの登場

冨狭:先生には進化するビジネスモデル戦争の本質を説いた『異業種競争戦略』という著書がありますが、パラダイム転換という今回のテーマとどう結びつくのでしょうか。

内田:昔は業界という言葉にはすごい重みがありました。業界の中でそれぞれの競争相手が競うというのが普通の状態でしたが、最近では業界を越えて新しいプレーヤーが参入してくるとか、まったく違う業界の人が自分たちのビジネスを奪う、あるいは業界の中から異端児が生まれるといった事例が増えてきています。

特に、カメラ業界の変化は非常におもしろい。かつてはフィルムメーカーとしてコダックや富士フイルム、コニカやアグフアなどがあり、カメラメーカーとしてはニコンやキヤノン、オリンパスやミノルタなどがありました。また、街中にはDPEの取次所や現像所があって、でき上がった写真はフエルアルバムやコクヨのアルバムに貼って保存し観賞するという流れでした。

ところが、デジタルカメラの登場によってまずフィルムがメモリーカードに置き換わり、プレーヤーが東芝やサンディスク、サムスンなどに変わってしまいました。現像もなくなり、プリンターメーカーがその座を奪い、アルバムも見る手段としてはマイナーになっています。同じ業界でも違うプレーヤーが出てくれば、当然、これまでの業界が中抜きされたり置き換えられるといったことが起きてきます。

冨狭:フィルム、現像、プリントの事業連鎖を諦め、大きな事業再編によって事業転換している企業もありますし、その事業を全部切り捨てて他の事業に特化するとか、BtoBに転換するような形で生き延びているところもあります。しかし、パラダイムの転換は容易なことではありませんね。

冨狭泰氏

内田:異業種競争の中でも意図せざる戦いが起こっています。例えば、ゲーム業界は今、スマホにすごく痛い目に遭わされています。任天堂は数年前までは年間で5000億円もの営業利益を上げる優良企業でしたが、それが3期連続の赤字に陥ってしまいました。任天堂はモバゲーやグリー、ガンホーより優れたゲームをつくることができるはずですが、自分たちのパラダイムに固執し、転換を図れなかったと私は考えています。

冨狭:異業種間競争といっても、ものとものでの競争、サービスとサービスでの競争という状況ではなくなっていくのでしょうね。

内田:例えば、電気自動車が爆発的に普及すると家庭でも充電できますから、ガソリンスタンドはいらなくなります。

冨狭:そうなると、ガソリンスタンドの経営者は土地利用の仕方自体を変えていかないといけなくなりますが、1企業や事業連鎖ということだけではなく、われわれの生活自体のパラダイムシフトが起こってくるような気がします。しかも、事業連鎖が変わってくると、社会インフラも組み替えていかなければならないという局面も出てくるでしょうね。

内田:1企業で変えられる部分もあるでしょうが、社会的にインパクトが大きいのはインフラが変わることによって世の中が変わることです。例えば、アマゾンが日本でなぜ成功したかというと宅急便というインフラがあったからですが、これから起こる変化でいえば、やはりコンビニがインフラになっていくかもしれない。コンビニは今や若者の店ではなく、高年齢者や一人暮らし、あるいは遠くまで出かけられない人にとってのライフラインになっているからです。

ポリシーとリーダーシップ

冨狭:ビジネスの仕組みだけではなく、企業組織のパラダイムシフトも起こっています。

例えば、メガネ21という会社では、社員の業績、待遇や給料などを、全部オープンにしてしまいました。

内田:今、日本では会社は株主のものだから株主のために経営するとか株主へのリターンを最大化する、あるいはIRをしっかりやるなどしていますが、スターバックスでは、明確に一番大事なステークホルダーは従業員、2番目に大事なのはお客さん、株主は3番目だと言い切っています。私は、グローバルスタンダードに乗るのではなく、うちはこれが一番だというポリシーのほうがよっぽど大事だと思っています。

しかも、これまでのように成長業界というものがなくなってきましたから、勝ち組になるか負け組になるかのほうが業界全体の成長よりはるかに大事になっています。そこでは企業の個性やポリシーが試されるはずです。

冨狭:もちろん、業績という意味ではシェアや売上高も重要ですが、むしろ、市場創造のリーダーシップをどこの企業がとって、どういう市場に変えようとしているのかということが一番重要なポイントになっているということですよね。

内田:そうですね。日本の企業は市場や業界他社を見ながらそれに応じていくという考え方が強い。それは国が伸びているときや競争優位にあるときにはいいかもしれませんが、今はそういう時代ではありません。いかに自分が他人から侵されないドメインをつくれるか、勝ちパターンを築けるかのほうがはるかに大事です。そうすると、人と違うことをやらなければなりませんから、大変な勇気もいるし、リーダーシップも問われるということになります。

冨狭:そういう意味で注目されている企業とか、今後10年ぐらいを引っ張っていく経営者は誰でしょうか。

内田:それは立場上コメントすることが難しいのですが、あえて言えば、ソフトバンクの孫正義社長です。あの冒険というかばくち打ちはすごくおもしろい。いつも既存のパラダイムを乗り越えようとしているからです。私はああいう人が10人出てきて3人しか成功しなくても、それで日本が変われば安いものだと思っています。

第2回(最終回)へつづく 〕


※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。