新明解「戦略PR」 #23

PRは「キャズム」を超えられるか?

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    井口 理
    株式会社電通パブリックリレーションズ コミュニケーションデザイン局 局長 チーフPRプランナー

早いもので、すでに5月も終わりを迎えようとしています。新入社員にとっては研修などを終えて各部署への配属が始まっている時期かもしれませんね。5月病を乗り切ったわけですから、まずは次の3年を目指して頑張っていただきたいものです。私はすでにこの業界で25年目を迎えました。日々が楽しく過ぎていくので、あっという間だったという感触しかありません。今、PR業界は非常に注目が集まっており、またさまざまな領域を包含する仕事が増えています。まさにPRがブレイクする瞬間にいるので、まだまだやってみたいことがたくさん! ほんと、日々ワクワクで、アドレナリン放出状態なんです。

PRはみんなのものになったのか?

先日当社で試算したところ、PR市場は今後も著しく成長する、という結果が出ました。日本の広告費6兆円の中の一角を担うまでになってきているのではないかなと思うと、感慨もひとしお。PRの領域は非常に広がっており、その他の領域と融合しながら成長しているのです。例えば、PRパーソンが主軸となって作るクリエーティブもあれば、PR目線をもったクリエーターが作るモノもあるでしょう。

今や、その境界線が引きにくくなってきていますが、それでいいんです。それぞれがPRのエッセンスを各自の仕事に取り入れていくことで、PRという共通言語が流通、定着すれば我々PRパーソンとしても非常にありがたいことなのです。だって出自の違う人たちと同じテーブルで会話ができるんですよ。これってとっても楽しいことだと思いませんか?

フツーの会社もPRをやってみたいと、こぞって言い出した

フツーと書きましたが、もちろん悪気はありません。とかくPRがうまいと言われている企業というのは、やはり広告含めてコミュニケーション施策に力を入れてきた企業だと思うのです。「宣伝ばかりがうまくて実際の商品は追いついてないね」なんて揶揄される企業なんかも中にはあるのでしょうが、広告のうまい企業は、ある種の憧れをもって世間から見られていた時代が確かにありましたよね。

企業の洗練された姿を映し出すCMにより、企業価値そのものを上げてきた企業もたくさんあったと思いますし、実際にそれを見て我々も「この会社に入りたい!」と就職の熱を上げていたはずです。そんな広告上手、コミュニケーション上手な企業のみならず、広告から始めるというステップを一段跳ばしにしてPRに取り組み始めた企業が増えてきたということなんです。それを「フツーの会社」と表現してみました。

お金をかけた広告はできないけど、PRなら始めてもいいんじゃないか?と考える企業は増えていて、実際に弊社への問い合わせの電話やメールは毎日のようにあります。また最近、本屋さんの広報・PRコーナーでは初心者向けの広報・PRのノウハウ本がとても目につくようになってきました。これまで「自分には関係ない」と思っていた企業が「PRをきちんとやっていかなきゃ」、あるいは「PRってものを一度試してみたい」と思い始めたところなのだと思います。そんな関心の高まる状況において、我々プロももっとスキルを上げ、新たな領域のPRを開拓していかねばならないなと日々思う次第です。

PRは特殊技法なのか?

PRは決して特殊技法ではありません。習い、慣れれば一定のところまでは誰でもできる内容だと思います。もちろん、人とのコミュニケーションやコンテンツづくり、細部では文章力などにも才能やセンスは必要になってくると思いますが、それはさらに先を目指した場合。まずは基礎を身につけるのが大切です。「まずはトライする」というのが重要なのですが、なかなかそれ自体の思い切りが難しいんですよね。

ハイテク製品やサービスなどの、市場での広がり方を示す「イノベーター理論」は、みなさんご存じかと思います。非常に斬新な製品やサービスを「とにかくオモシロそうだから」と、まず「買ってみる、使ってみる」のが新しいもの好きのイノベーターで、全体の2.5%を占めます。彼らが発する情報によって「オレもやってみるべ!」と即座に反応するのがアーリー・アダプターで、全体の13.5%。この計16%がトライした後、アーリー・マジョリティーとレート・マジョリティーの各34%が「間違いなさそうだな。安心して買えそうだな」と付いてくるという理論です。これを見ていると、PRにもこの理論が当てはまるのではないかと感じるのです。

PRを積極的に活用してきた広告巧者でもある企業は、もともと広告でも新しくオモシロいことをやろうというスタンスを持っていて、PRについても早々に関心を示し、さまざまなトライアルをしてきたと思います。そしてそれらを見て「追いつけ、追い越せ」でやってきた企業。これらの企業が、先行者である16%にあたると思うのです。そして今まさに、彼らに続くアーリー・マジョリティー、レート・マジョリティーへとPRが浸透していこうとしている段階なのではないでしょうか。PRが爆発的に普及していく段階に居合わせていると考えると、非常にワクワクしますよね。

PRは「キャズム」(=深い溝)を超えられるのか?

ただし、このイノベーター理論にも、ある指摘があります。先行者16%とその後に続く層では、あまりに意識の乖離があるのではないか?というものです。そうやすやすと新しい概念は一般に浸透しないんじゃね?ということなんです。そこに何かしらの溝があるはず、ということで、これを「キャズム」と呼んでいるわけです。しかし私はそうは思いません。

たとえばiPhone。これはもう、ひとつの文化になってますよね。元々はアップル信者だけが使っていたのに、徐々にその市場を広げ、「iPhoneをカッコイイと言ってる私」あるいは「アップルの考え方に賛同する私」と自己満足するイノベーター層、アーリー・アダプター層でとどまるかと思いきや、アップルを知らない層や、結局その機能を使いこなせないであろうシニアまで(失礼!)がこぞって「iPhoneが欲しい」と言い出したわけです。これってひとつのキャズム超えですよね。

みんながみんなその機能全体を使いこなせなくても、部分的にでも自身になにかしらのメリットを感じられればそれでいいんです。私が常に言うのが「PRのエッセンスを学んでほしい」ということですが、それと一緒。レベルは違っても、さまざまなところでこういった浸透・拡散スキームの応用ができるはずなんです。

そう、私は今、このPRというモノをいかに世の中に広く知らしめ、浸透・定着を図るかを任されているのではないかと思うのです。誰かが私に言っている。「PR界のジョブズになれ」と…。おっと、いろいろ異論が出そうなんで本日はこの辺で。またお会いしましょうね。サイナラ、サイナラ、サイナラ!

プロフィール

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    井口 理
    株式会社電通パブリックリレーションズ コミュニケーションデザイン局 局長 チーフPRプランナー

    1990年電通PRセンター(現電通パブリックリレーションズ)入社。コミュニケーションデザインを手掛けるチーフPRプランナー。
     
    企業のコーポレートコミュニケーションから、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体広報まで、幅広く手掛ける。最近では、熊本県の赤い特産物をアピールするため仕掛けた「くまモンほっぺ紛失事件」のPRプランを手掛け、世界的なPR業界紙「Holmes Report」が主催するアワードで「世界のPRプロジェクト50選」に選出された他、多数の口コミを起こしたキャンペーンとして、世界的な口コミアワードである「WOMMY AWARD」を日本で初めて受賞。Holmes Report「The Innovator 25 Asia-Pacific 2016」(アジア太平洋地域のイノベーター)選出。
    その他「Cannes Lions」「Spikes Asia」PR部門、「SABRE AWARDS ASIA PACIFIC」「PRWeek Awards Asia」「ヤングカンヌPR部門日本代表選考」審査員。2013年6月に「戦略PRの本質~実践のための5つの視点~」(朝日新聞出版)を上梓。自治体PR事例をまとめた「成功17事例で学ぶ自治体PR戦略」(共著:時事通信社)も好評発売中。

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