ろーかる・ぐるぐる #61

「飽きた」禁止

先日、某先輩から「天国のぶた、もう飽きたでしょ?」と言われました。メチャクチャ玉子濃厚なプリンも発売からもうすぐ3年。商品開発スタートからは5年になります。「あぁ、これが広告屋の弱点なんだよなぁ」と思いました。

広告会社の人間は多分全員、「企画」が好き。その厳密な定義はさておき、とにかく何か新しいことを始める熱狂が大好物です。一方で来る日も来る日も同じ作業を繰り返し、その中で少しずつ鍛錬を重ねていくよろこびはあまり経験していない気がします。だからでしょうか、社内の若手と新規ビジネス開発の話をしていても「どうやって立ち上げるか?」というテーマは盛り上がるのですが、「どうやって継続的に進めていくか?」となると急に他人事、迫力がなくなっちゃうことがあります。
当たり前の話ですが主体的にマーケティングを実施するメインプレーヤーであるためには、「飽きた」といって投げ出すことなんてできません。広告屋が真のマーケターになるための、大きな壁がそこにあるようです。

大学以来の友人である熊谷典博くんは創業元禄8年、仙台駄菓子「熊谷屋」の10代目です。学生時代「生クリームが大好き、餡子は大キライ」と言っていた彼も、この道二十余年、すっかり和菓子屋の旦那さんです。
そもそも仙台駄菓子とは町屋や農家の台所でくず米などを材料に生まれたものが、伊達政宗公も愛した茶道文化と相まって独自の発展を遂げたのだとか。明治期には300軒近くが商売していた庶民の文化です。
その中でも屈指の歴史を誇る老舗の看板商品は「ゆべし」。砂糖と醤油で甘じょっぱく味付けしたお餅で、福島などにも見られる伝統菓子ですが、熊谷屋でつくっているのは「くるみ」と「ごま」の2種類。ぼくはくるみの風味が好みなので圧倒的に前者がオススメです。その他にも麦こがしと餡を練り合わせた「うさぎ玉」、仙台味噌を使った「みそパン」、「きなこねじり」「しほがま」など、50を超える種類があるそうです。

先日出張の折、久々に熊谷くんと飲みました。その時、酔った勢いで「もっとビジネスを広げないの?」「毎日、同じようなことをしてたら、正直、飽きない?」と聞いてしまいました。その時彼が答えて言うには。
「飽きるとか飽きないとかの問題じゃないんですよね。毎日、駄菓子をつくるのが仕事なので。きちんといつでも同じものをつくり続けるのはとても難しいことだし。もちろんチャレンジはしますよ。祖父の8代目熊蔵は昭和の新しい駄菓子として『ささら飴』をつくったし、ぼくの代でも地元を舞台にしたアニメキャラクターとのコラボとかね。少しずつ、いろんなチャレンジはしている。でもね、あくまで基本は仙台駄菓子という伝統を伝えていくということ。ほら、『商い』は『飽きない』って言うじゃないですか(笑)」
なんか最後の親父ギャグまで10代目の貫禄たっぷりでした。そして自分の発した質問が、なんて軽薄だったのだろうと恥じ入りました。

kumagai
仙台駄菓子「熊谷屋」10代目の熊谷さん
このコラムでは「ローカルでイノベーションにチャレンジする」あれこれを書いています。実際、多くの現場には変化が足りないし、もっと主体的に変化を求めた方がよいと信じています。でも、「変化を求める気持ち」の裏側にありがちな「飽きっぽさ」は厳に戒めなくてはならないと思いました。

熊谷さんの話からも「飽きない」最大の理由は、その仕事を本気で背負っているから、本気で取り組んでいるからだとわかります。「なんか面白そうだから、一枚かんでおこうか」という程度のスケベ心だと「飽きた」ということになるのでしょう。
大胆な変化を求めながら、同時に地道な継続も怠らない。この一見矛盾する両者を実現していくことが大切なのだと、銘酒「浦霞」を飲みながらしみじみ感じた仙台の夜でした。

さて、次回ものんびり、最近美味しかった食べ物のことを書こうと思います。

どうぞ、召し上がれ!

プロフィール

  • 4
    山田 壮夫
    株式会社電通 第1CRプランニング局

    1969年生まれ。アイデアを核として広告キャンペーンはもちろん、店舗開発からテレビ番組の製作まで手掛ける。特に最近は全国の地方新聞社厳選お取り寄せサイト「47CLUB」と連携してローカルにおける商品開発作業にチャレンジしている。2009年カンヌ国際広告祭(メディア部門)審査員。慶應義塾大学(メディア・コミュニケーション)、明治学院大学(経営学)非常勤講師。著書に『〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考』(朝日新聞出版)。

バックナンバー

関連記事

続きを見る
ページ先頭へ