デジタルの旬 #26

VR、AR、BMI、IoA…、脳とデジタルの新しい関係に迫る~理化学研究所 藤井直敬氏

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    藤井 直敬
    理化学研究所 適応知性研究チーム・チームリーダー 

VR(Virtual Reality、仮想現実)が脚光を浴びている。多様なデバイスや技術の開発が進み、ネット大手企業がVR関連に積極的に投資するなど、IT業界のホットトピックである。そして日本では、VRコンソーシアムの代表理事を務める藤井直敬氏がこの領域のキーパーソンの一人だ。興味深いことに、氏はもともと脳や神経の研究で実績のある科学者でもあり、近年ではVRの延長上でSR(Substitutional Reality、代替現実)という新しい概念を提唱し、自らVR関連のビジネスを立ち上げ、さらにBMI(Brain-machine Interface)やIoA(Internet of Ability)にも関心を持つなど、多角的な観点から「脳とデジタルの新しい関係」を追究し続けている。今回は、そんな氏に幅広いテーマで語ってもらった。
(聞き手: 電通デジタル・ビジネス局計画推進部長 小野裕三)

バーチャルリアリティーは人間の価値観を変え、一人一人の幸せをつくる

――ご自身はもともと脳や神経の研究から出発しつつ、VRやBMIなど、幅広いデジタルテクノロジーの領域に関心をお持ちですが、その魅力や可能性をどう感じていますか。

藤井:人間は、実は2万年前からずっと同じようなことで悩み続けていて何も変わっていない。そんな何も進化しない人間がもどかしくてつまらなく、腹立たしささえ僕は感じています。ですが、テクノロジーによって人の認知が変わると世界との関わり方が変化して、今までになかったような価値観の変容が起きる。そこに、今まで進化できなかった人間が進化する可能性を感じます。例えばVRなら、その人の世界を自由に操作したり人の認知を創造したりできるし、BMIは、自分と自分の外側との境界が曖昧なるような感覚をつくれる。そのように、人の認知を変えるようなテクノロジーをうまく活用して、脳を変え、世界の感じ方を変えれば、より平和で寛容な世界が実現できると考えています。

――具体的に例えば、VRはどのように人間の価値観を変えることができますか。

藤井:例えば、1枚で10万円するステーキがあるとして、そういった高価な料理はお金持ちでなければ食べることができません。しかし、VRなどのようなテクノロジーが発達することで、「1枚10万円するステーキを食べる感覚」を、100円で買える世界が来るかもしれない。経験が、デジタル化によって安くなる可能性があるのです。すると、「お金があった方が幸せだ」という価値観が変容する。その結果として、人間の幸せの質が変わり、一人一人にそれぞれの幸せをつくれる時代がやって来るかもしれません。

――最初にVRという概念が一般的に注目され始めたのは1990年代だったと思いますが、いったん下火になって、ここ最近あらためて注目されるようになってきたと感じます。ご自身では、ここまでのVRの歴史や進化をどのように見ていますか。

藤井: VRではHMD(Head Mounted Display)という、頭部に装着して使うデバイスがよく使われるわけですが、このデバイスが最初にできてから、実は既に50年ぐらいたっているんですね。なので、VRの進化には時間がかかり過ぎたと感じます。

でも、そのHMDの中身を表示するコンピューターの開発に50年かかったというのは納得できます。というのも、HMDに自然な映像を表示するには膨大な計算量が必要ですが、当時のコンピューターでは到底処理することができませんでした。ところが最近になってやっとVRという技術や考え方にコンピューターの処理能力が追い付いてきて、ものすごく精細な映像をリアルタイムでつくることが可能になりました。だからこそ今、あらためてVRが注目されるようになってきたのだと思います。

藤井氏

――なるほど。VRが広く注目されている背景には、コンピューターの処理性能の進化があるのですね。では、今後VRはどのように活用されていくのでしょう。

藤井:今、VRと呼ばれるものは、HMDを装着し、その中をのぞき込んで非日常の空間を体験するような仕組みを指しています。それはそれで面白いシステムですが、それでないとできない仕事があるわけでもないし、何かが劇的に便利になるわけでもなく、つまりそれほど必要性がない。だから今のままだと、面白いけれど活用法がよく分からない、出口の見えない技術としてVRが終わってしまいかねない。そして何より、頭にHMDを装着してわざわざ情報を取りに行かなければいけないのは、とても面倒くさい。

だからVRをHMDの中の世界にとどめてしまうのではなく、デバイスや空間にとらわれず自由に活用法を考えることがVRの発展の鍵になる。VRが現実空間に溶け込んだものになって、日常生活の中にデジタルな空間が紛れ込んでくる感じの方が、HMDよりもよっぽど可能性がある。例えば、現実世界に存在するあらゆる物が情報の窓口になってデバイスなしにVRの世界と接触できるとか、着けても外しても感覚が変わらないシースルーのHMDを装着することで現実空間とVRの世界が重なるとか、あるいはスマホをかざすだけでVRとつながるとか、そういう形です。とにかく、現実空間にいくつものVRのレイヤーを重ねていくような仕組みをつくり、それがシームレスにつながることで、現実空間がマルチレイヤーな情報プラットフォームになる。それがたぶんVRの出口なんじゃないかと。

――なるほど。でも、今VRで盛り上がっているのはHMDですごく見栄えのするコンテンツを見せようとするものですよね。HMDを使わない取り組みは現状でもありますか。

藤井:まだほとんどないです。というのも、VRをつくっているエンジニアたちは、見る人をバーチャルの世界に放り込みたがっているんです。せっかくバーチャルのすごい世界をつくったのだから、その世界にどっぷり浸ってほしいと思っていて、「ここまでつくり込んだぞ」というのを、どうしても自慢したくなっちゃう(笑)。

でも、そういうふうに離れたところにすごい世界をつくるのではなく、現実の側に日常を豊かにするための世界をつくった方が、よっぽど効率がいいし役に立つ。だから、現実を基点に考えてほしい。バーチャルな世界をぴょんと離れた島につくろうとするのが今のHMDだとすれば、僕はバーチャルな世界を現実から地続きにつくろうとしているわけです。これからは、空間のあらゆるところが自分の情報の窓になり、自分にとって最適な空間をカスタマイズできるようになると思います。そういうふうに、見えているものが本当にあるのかないのか分からない状態になってはじめて、本当の意味でVRが進化したといえるのではないでしょうか。

ハコスコ
藤井氏が開発したダンボール製の組み立て式VRビューワー、ハコスコ。スマホをセットして、誰でも気軽にVRを体験できる(画像をクリックすると別サイトで動画をご覧いただけます)

VRARはやがてSRに進化し、デジタルが現実世界に溶け込む

――VRは「仮想現実」を意味するわけですが、藤井さんはその延長上でSR(Substitutional Reality)、つまり「代替現実」というとてもユニークな研究を手掛けていますね

藤井:SRは、現実の世界と撮影済みの映像を混在させて、実際にはいない人や物を、あるもののように認識させるシステムです。まずユーザーに専用のHMDを装着してもらい、それに付いているカメラを通してライブ映像を見てもらいます。その後、あるタイミングで気付かれないようにライブ映像を過去に同じ場所で撮影したパノラマビデオの映像に差し替えてしまうのですが、すると、先ほどまで見ていたライブ映像と過去のビデオ映像の区別がつかなくなったユーザーが、過去の映像を「今起こっていること」として認識してしまうわけです。ですので、SRとは現実とバーチャルの世界をシームレスにつなぐ、いわばVRの進化系のようなシステムだと思っています。

――SRが興味深いのは、バーチャル空間の情報量を上げて現実に近づけるのではなく、現実空間の情報量を下げることでバーチャルと現実の境界をなくそうとした点だと思います。

藤井:従来のやり方は、「どうにかしてVRのクオリティーを上げて現実に近付けよう」と頑張ってきたわけですが、CGで作ったVRの世界は、現実と比べたらどうしても情報量が少なく、いくら頑張っても現実との間にあるギャップは埋まらない。ですから、VRを現実だと思い込むことができないんです。だったらいっそのこと逆にクオリティーを下げちゃおう、と考えたのがSRです。現実の映像をビデオのクオリティーまで下げてしまったことによって、コストをかけずに現実とのギャップがない世界をつくることができました。

――将来的に、VRはSR的なものにだんだんと変わっていくのでしょうか。

藤井:そうですね。近い将来、HMDには標準でカメラが搭載されるようになり、そうするとビデオ映像を現実の映像と重ねてみる「パススルー」が当たり前、という時代がやって来るでしょう。そうなれば、バーチャルの世界だけに限られていたVRが現実世界と重なるようになって、SRに近づいていきます。

最近ではHTCが、「Vive」というSR的な利用も可能なデバイスを開発しています。これはHMDに搭載されたカメラで現実空間にあるオブジェクトの輪郭線だけをトレースし、VRの世界に表示させるという仕組みのものです。HMDを着けている状態でも、現実空間にある椅子やテーブルといった障害物が認識できるため、つまずいたり転んだりする危険を回避できます。これをつくるのに大したコストはかかりませんし、それで危険が回避できるなら当然カメラを付けようという流れが一般化してくる。そうやってカメラが付けば、それによってできることが研究されるようになる。結果として、SRが一般化するのではと考えています。

SR
画像をクリックすると別サイトでSRの解説動画をご覧いただけます

――なるほど。VRやSRとは別に、AR(拡張現実)も一般的にずっと注目されてきましたが、これについてはどういう関係と考えればいいのでしょう。

藤井: ARとVRは、現状では離れていますね。でも僕が考えているように、VRも全て現実世界にかざせばいい、というふうに現実世界とVRを重ねるようにすれば、結果としてARにも近づく。将来的にはVRもSRもARも融合していって、たぶんVRやARといった言葉もなくなるんじゃないでしょうか。いろんな形でデジタルが現実世界に溶け込んできて、そのうちにデジタルがデジタルとして認識されなくなり、環境の一部になっていくのだと思います。

今はVRを普及させることを前提で僕もやっていますが、基本的にはSRというコンテンツを将来みんなが体験できるようにするためのプラットフォームがVRだと捉えています。VRさえあまり知られていない現状で、それの二歩くらい先にいかないとSRの世界はやって来ませんからね。だから、まずはVRを先に普及させる必要があるのです。

BMIによって自他の境界が消えていく未来は、どんな世界?

――BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)にも強い関心を持たれているそうですが、最近では、機械を体内に埋め込んで脳波を読み取り義手や義足を動かすといった研究も世の中ではかなり進んでいます。今後のBMIの可能性はどうなのでしょう。

藤井:研究は進むでしょうが、実用化という点では疑問です。というのも実は、BMIは今のところあまり使い道がないんです。義手や義足を動かすのなら、脳でなくとも筋電図による筋肉からの情報で十分コントロールができますし、アイトラッキングで文字入力をやるような技術もある。それらの手段に比べると、BMIでわざわざ手術をして脳に異物を埋め込むほどのベネフィットがないし、身体の中に埋まっている機械をケアするメンテナンスも難しい。さらに、本気でBMIを実用化するなら、人の一生を確実に支えることを前提に取り組まなければなりませんが、それも難題です。結局、大層なBMIデバイスを開発しても用途がないというのが現状で、今のところはVRやSRの方に可能性があるのでは、というのが僕の見解です。とはいえ、例えば50年後、100年後といった長いスパンで考えればBMIにも可能性があるでしょう。

――長い目で見てBMIが発達していくとすると、今の検索機能みたいに、脳が「これを調べたい」と思ったら直接その答えが脳に返ってくる、みたいなことも起きえますか。

藤井:検索するだけならともかく、その検索結果を脳に戻すのは難しいです。文字が持つ意味情報などをどうやって直接脳に伝えるかが難しく、その方法はまだ誰も知らない。その一方で、脳に情報を与える技術ではなく、「マインドリーディング」のように脳の情報を読み取る技術が進化する可能性はあると思います。そうすると、筋電図で制御する義手をはるかに超えた性能の良い「BMI義手」のようなものが生まれる可能性がある。

――遠い将来にBMIで脳がデジタルネットワークにつながるとすると、その先には別の脳がたくさんつながっているわけで、その結果として「思考が外部化する」「自他の境界がなくなる」という意見も聞かれますが、どうなのでしょう。

藤井:それは、そのときにならないとわかりません。ただ、自他の境界がなくなったときになにが起きるか、ということには興味がある。ぜひ体験してみたいと思いますね(笑)。諸星大二郎さんの「生物都市」というマンガがありまして、それは「金属と生物が融合してしまう」という話で、世界中の人たちがどんどん無機物と一体化して「すごく気持ちいい」って言いながら溶けていくんです。たぶんそんな感覚なのではないかと(笑)。

藤井氏

――人工知能がやがて意識を持つようになるという議論も耳にします。ただ、それはあくまで古典的な「チューリングテスト」のように、振る舞いなどの外見から判断するだけなので、その中身に本当に意識と呼べるものがあるかは誰も分からないように思うのですが。

藤井:人がつくった人工的なシステムの振る舞いに人格を感じるということは、十分あり得ることだと思います。でも、そのような人工知能が本当に意識を持つかということは難しい問題で、それは結局のところ哲学的なゾンビなのかもしれません。しかし、たとえ外見だけであっても僕らがOKだと思えば、人間にとってそれは意識のある何かだと思いますよ。例えば、犬や猫は、話しかけても答えてくれないし、時には無視されたり、たまにはゴロゴロとすり寄ってくる。でも、そこに意識があることを僕らは疑わない。それと同じようなもので、「ここにあるのは本当に意識なのか」なんてことに悩み始めるとキリがないし、普通に一緒に暮らせるような人工物ができたら、それで十分なんじゃないかと。

IoAによって「乗っ取られる」人が増え、
社会はより便利にかつ寛容になる

――東大の暦本純一教授が提唱するIoA(Internet of Abilities)にも注目されていますね。

藤井:IoAは、人の意識がネットワークによって共有化されることを指しています。つまり、自分はここにいるけれど、「あれ、今聞こえているこの音は、誰の耳から聞こえているの?」みたいに、自分が誰の感覚を獲得しているかも分からないし、誰が自分を操作しているか分からないような、時間と空間が曖昧になる感覚ですね。

つまり、IoAでは、「乗っ取られる」人が出てくるんです。離れたところにいるエキスパートの人の知見が別の人に乗り移ってアクションする。例えば医者の例で考えてみましょう。すごく難しい手術のエキスパートがいるとする。でもその人は手術のすごく難しいところだけやればいいのに、それ以外の縫ったりする誰でもできるところまでやらないといけないとしたら、せっかくのエキスパートのスキルがどうでもいいところで使われてしまうわけです。エキスパートは要所要所だけ働けばいいから、必要な時だけ手術している人を乗っ取ればよくて、逆に乗っ取られる人は何も知らなくてもいい。このように、エキスパートの時間と空間を分割していろんなところに配分できるというのがIoAの意味です。

――そのようなIoAは今後、人工知能などともつながる可能性はありますか。

藤井:つながるでしょうね。将来、人工的なシステムがより高いスキルを持つ可能性がある。専門家の知見を体得したエキスパートシステムといえるようなものが生まれ、スキルの低い人よりも高度な仕事を行う可能性がある。すると、その人工システムに身体を「乗っ取られた」状態で行動をした方がうまくいくケースが現れてくる。例えば車の運転で、ブレーキやアクセルやギアチェンジなどのタイミングを全て人工知能が教えてくれ、なんだかよく分からないけど指示通りにやったら、世界一のアクションができていた、なんてことも現実にあり得ると思います。それは人工知能が人に教育をするということでもあり、何回か繰り返していれば身体に染み付いてその人の技術になっていくことでしょう。

そのうちに、「乗っ取られる」だけの人が出てくるかもしれません。例えば、現場に入ったばかりの若い研修医が、世界一の縫合技術を持った人工知能に乗っ取られ、ひたすらすごい技術で縫合をし続ける、みたいなことです。それでその研修医が別の職務をするようになったら、手が空いた人工知能は別の研修医のところに行ってまた技術を提供すればいい。そのような形で、世界中で人工知能と人とが共存する社会がやってくるかもしれません。

――しかし、その「乗っ取られる」のに「誰が操作主体か分からない」ことがあるのだとすると、少し気持ち悪い気もしませんか。

藤井:でも例えば、野菜を誰がつくっていても野菜は野菜ですよね。それと同じです。「こんなおいしい野菜を誰がつくったの?」「なんだ、暦本さんがつくった野菜なんだ、道理でおいしいわけだ」みたいなのと同じで、乗っ取るスキルやエキスパートが匿名であってもかまわない。そのことを乗っ取られる人は気にしなくてよくて、うまくできればいいだけです。

――誰かは知らないけど、いつも私の車を上手に運転してくれてありがとう、みたいな感じですね(笑)。ところで、IoAのようなネットワークを通じて感覚的な情報や体験を共有するようになれば、人々の間に共通意識みたいなものが芽生えてくる可能性もありますか。

藤井:あり得るでしょう。たいていの物事は、どこから見るかという立場によって違って見える。でも普通、現実は一回しか体験できないから、こっちから見ているとするとあっちから見ることは想像しかできない。だけどこれからは、同じ出来事をいろんな方向から見ることが多分できるようになる。すると「あなたはあっちの視点から見たときにどう思うの? さっきと考え方は違う?」となってきて、その結果、物事は多義的だということを前提にした社会ができる。世の中の認知の仕方はしょせん一人一人の主観でしかないので、人の数だけ事実があるんだということを前提とした社会になっていくと、物事の判断の意味が変わってくるし、自分と意見が違う人への対応が変わってくると思います。

――感覚を共有することで、あなたの感覚からすればこういう世界に見えるのね、ということが理解しやすくなるわけですね。だすればIoAは、いろいろな立場の人にやさしいというか、寛容な社会をつくる可能性はありますね。

藤井:それがうまく回れば平和につながるだろうし、もしくは寛容にもつながる。できるかどうかは分かりませんけど、その可能性はありますよね。
僕が最終的に目指しているのは、より良い社会をつくること。VR、SR、BMI、IoAといったテクノロジーを通して、脳を変え、世界の感じ方を変え、人と社会がより良く発展すればいいなあと思っています。

プロフィール

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    藤井 直敬
    理化学研究所 適応知性研究チーム・チームリーダー 

    1965年広島生まれ。東北大医学部卒業。同大大学院で博士号取得。1998年から6年間、マサチューセッツ工科大研究員を務める。主要研究テーマは、適応知性および社会的脳機能解明。ハコスコ代表取締役、VRコンソーシアム代表理事。著書に『つながる脳』(毎日出版文化賞)、『拡張する脳』『ソーシャルブレインズ入門』など。

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