アートで価値をつなぐ「美術回路」プロジェクト #01

アートはマーケティングできるのか

  • Profilehohnishi
    大西 浩志
    東京理科大学 経営学部 准教授
  • 404tk uehara
    上原 拓真
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター

1. アートは資産?

5月10日、「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイの前澤友作社長がクリスティーズのオークションでバスキアの絵画を約62億円で落札したというニュースがありました。ふつう私たちがニュースでアートのことを耳にするのは、このようにオークションで高額落札があったときが多いのではないでしょうか。

そのせいか、最近は「どうやらアートは巨大なマネーを生むらしい」という印象を抱いている方も増えてきているのではないかと思います。アートとはアーティストが孤独に制作し、100年後に価値が認められて美術館で日の目を浴びる…というイメージは、もはやだいぶ古い美術観なのかもしれません。実際に、アートはマーケットで流通する金融商品(資産)として認められています。

スタートトゥデイの前澤社長がバスキア作品を約62.4億円で落札しコレクションに追加

電通にも企業からアート関係の相談がありますが、その数は年々増えている実感があります。アートとマーケティングという視点からアートを考えるべき時なのではないかと思い、この連載をはじめることにしました。今回の記事は、東京理科大学でアートマーケティングを研究する大西浩志准教授のご協力を得ながら、電通で美術館などアート関係の仕事をしている上原が協同で執筆(※)しています。

※執筆:1, 3, 4, 6…上原 拓真 2, 5…大西 浩志

2. 世界vs.日本 アートマーケットのいま

ところで、アートは本当にマーケティングが可能なのでしょうか?一般的にはまるで水と油の関係のように思われているかもしれません。

世界のアートマーケットは2014年に約7兆6000億円だったといわれています。同年の世界の家庭用ゲームの市場規模が約8兆円といわれているので、それに匹敵する市場規模というと、かなり大きな金額が動いていることが分かります。しかもアートの取引は公開されたものだけで測ることはできないので、実際にはもっと大きな市場だと考えられます。一方、日本ではアートマーケットの調査研究はとても少なく、産業化してるとはいえない現実がうかがえます。

また、日本のアート投資も極めて微々たるものです。冒頭で前澤氏が62億円でバスキアを落札したと紹介しましたが、あくまで例外的な存在であり、日本人のコレクターは世界と比べると非常に少なく、アートを買うことが文化として根付いていません。海外ではアートを飾っている家はたくさんありますし、記念日やお祝い事があればアートを買ってプレゼントすることは珍しくありません。子どものころからアートを価値あるものとして感じているからこそ、投資として捉えやすい土壌があるように思います。
下図1を見ると世界の美術品市場シェアのうち、米国・中国・英国のトップ3が大きく突き放しており、日本はシェア0.7%でしかありません。しかし図2を見ると、日本国民は潤沢な資産を持っていることが分かります。米国の中流階級は資産があり、美術品市場のシェアと比例していますが、中国と英国は日本よりも資産が少ないにも関わらずシェアは大きいです(※)。つまり日本人は資産があるのにアートは買わない、もしくはアートを資産としてみなしていないということが読み取れます。

※専門家によると英国の美術品市場シェアが高いのは、周辺国のコレクターがロンドンでアートを購入している人が多いためとも考えられています。さらに英国が今後EUを離脱することで、英国のマーケットに少なからず影響を与えることも危惧されています。

図1 参照:TEFAF「Art Market Report 2015」
図2 参照:クレディスイス「Global Wealth Databook 2015」

とはいえ日本もバブル絶頂の1990年頃には実業家がゴッホやルノワールなど印象派の絵画を100億円を超える額で購入し続け、巨大なマーケットを生みだした時期がありました。メセナ(企業の文化支援活動)が盛んとなり、数多くの企業が美術館を建設しました。今はバブルが去り、名画を売って美術館も撤退…とブームは風のように消え去ったかに見えます。

ですが、日本のアートマーケットはバブルに紐づいた一過性の現象だった…とはいえない事例が近年いくつか現れています。そもそも日本人はアートが大好きな民族です。昔から美術館に足を運ぶ人の数は世界トップクラスです。例えば最近では東京都美術館で行われた若冲展で入館5時間待ちになったことが話題となりました。また、若い世代を中心にアート作品を買う人が年々増えてきています(かくいう筆者たちも作品を個人的に少し買いはじめました)。後述しますが企業も再びアートに投資する事例がいくつかあります。

3. アートバーゼル香港で感じたアートマーケットの高まり

世界的なアートマーケットの隆盛。マーケットは伸び悩むものの、ふたたび注目されてきた日本のアート。私たちがこの連載を始めようと考えた背景はいくつも挙げられますが、一番の理由は電通がこれまで培ってきたマーケティングのノウハウ応用して、アートの価値を最大化できるのではないかと感じたことです。
もちろん市場や需要とは一線を画した、アーティストによる創造プロセスそのものがアートの最大の魅力です。ですが、だからといってアートの価値を高めるには作家の天才的なひらめきを待つしかない、というわけでもありません。作家たちをサポートしマネジメントする人たちは、マーケットを拡大し経済を循環させるためにあらゆる手立てを仕掛けるべきです。

市場を分析し、顧客を発掘し、消費を促すサイクルを回してブランドを高める活動=マーケティングは、キュレーター・ギャラリー・批評家・コレクターなどあらゆるプレーヤーが相互に関わり合うことによって成立するものです。「アートはマーケティングできない」とよく言われますが、私たちは決してそうではないと考えます。アートとは、アーティストの周りに集う人たちが労力とロジックを積み重ねて、みんなで価値を高めるべきものではないでしょうか。マーケティングをしなければマーケットは育ちませんし、マーケットがなければアーティストは生活できません。アートとマーケティングは切っても切り離せない関係なのです。

私は最近、世界最大の現代アート見本市のアジア版「アートバーゼル香港」を訪れる機会がありました。世界中からセレブリティーが集い、世界トップのギャラリーが自慢の作品を展示・セールスする場ですが、会場だけでなくその周辺でさまざまな催しが行われていたのが印象的でした。

会場の隣にある香港アートセンターでは日本人コレクターが持つ作品を集めた展示が行われ、香港中の全てのギャラリーでも新しい展示のオープニングを迎えていました。営利活動とは関係なさそうなオルタナティブスペースやNPOでも展示やイベントがたくさん行われていました。また2019年に開館予定のアジア最大級の公立美術館「M+」はプレオープンの催しとして、中国現代美術のコレクション展を行いました。

そして肝心のアートバーゼル香港自体も数多くの企業がスポンサーし、豪華なブースを構えてVIPを接待し、連日連夜どこかでパーティーが繰り広げられてアートの会話で盛り上がる…なんともきらびやかな空間がありました。日本ではよく「美術館(非営利)とギャラリー(営利)は連携がない」といわれますが、香港では営利も非営利も関係なくみんながつながりあって一大アート空間をつくりあげていたのです。

Art Basel in Hong Kong 2016  © Art Basel
Art Basel in Hong Kong 2016  © Art Basel
Art Basel in Hong Kong 2016  © Art Basel
Art Basel in Hong Kong 2016  © Art Basel

4. 日本企業とアートの新しい関わり、企業コレクション

アートバーゼル香港にはたくさんの企業がスポンサーしていると述べましたが、日本にもその土壌がないわけではありません。実は日本の大企業の多くはアートに協賛しています。

例えば自動車メーカー。トヨタは「TAM:Toyota Art Management」というサイトを開設し、美術にまつわる情報配信や、アート関連求人の募集掲示板の役割を果たしています。日産自動車は「日産アートアワード」を開催し、国内の有望な若手アーティストを発掘・プロデュースし経済面でも支援をしています。MINI(BMWの自動車ブランド)は「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の地域再生活動に共感し、オフィシャルカーを提供しています。

自動車以外の業種でも、冒頭に紹介したスタートトゥデイの前澤社長はコレクターとして世界的にも知られ、自身が設立した現代芸術振興財団の会長を務めています。ストライプインターナショナルの石川康晴社長もコレクターで、岡山県を現代美術で活性化させる「岡山芸術交流 OKAYAMA ART SUMMIT」のプロデューサーでもあります。ほかにも大林組、ベネッセ、資生堂、パナソニック、セイコー、安川電気など事例はたくさんあります。

ネットTAM:アートマネジメント総合情報サイト
BMW MINIクーパーが協賛して大地の芸術祭のオフィシャルカーに


なぜ企業はアートをサポートするのでしょうか。その目的はさまざまですが、象徴的な側面としてマネックス証券では「アートは企業が進もうとする進路や考え方に対して揺さぶりをかけて、社員たちに大きな刺激を与えてくれる」と考えているようです。同社では毎年「ART IN THE OFFICE」と題して社内のプレスルームを開放し、公募で選んだアーティストがその場所に滞在して作品を制作し、1年間展示しています。制作期間中にマネックスの社員がアーティストと交流することで、普段、自分たちが接している分野とは別の視点を持つ人との関わりを持つことができ、視野を広げるきっかけになるそうです。

「ART IN THE OFFICE 2016」審査員一同(左より:塩見有子氏、野村しのぶ氏、藪前知子氏、成毛眞氏、松本大氏)と選出された作品案(中央 藪前氏が掲示)
左:「ART IN THE OFFICE 2015」マネックス証券社内での制作風景。約2週間の滞在中、展示スペースをアトリエとして利用。右:「ART IN THE OFFICE 2015」作品が展示してあるマネックス証券のプレスルーム外観


地域活性化、ブランディング、教育普及。企業がアートに向けた目的はさまざまですが、バブルの時とは異なる意味を見出してアートに注目しています。

税制にも変化がありました。企業で減価償却の対象となるアートの上限額はこれまで1作品につき20万円でしたが、2015年から上限が100万円に引き上げられました。100万円以下でアートを買えば、それは数年で経費として処理できてしまうのです。数十万円で買った作品が何億円にも化けるというエピソードが珍しくない昨今、アートは資産としても注目されはじめています。

5. オリンピックがアートを活性化させる?

2020年の東京オリンピックでは、世界中の観光客が東京に押し寄せます。そのときにもアートは最も期待されるコンテンツになり得ると思います。オリンピックはスポーツの祭典ですが、オリンピック憲章で「カルチュラル・オリンピアード」と呼ばれる文化プログラムの実施が規定されています。

特に2012年のロンドンオリンピックは、文化プログラムの成功事例だといわれています。同大会では2012年までの4年間で約18万件のイベントに4300万人が参加し、とてつもない経済効果を生みました。ロンドンのブランド評価は向上し、オリンピック開催後も継続して観光客数が増加しています。

さらに重要なのは文化プログラムに参加したロンドンや英国全体の人々が今もなお活動を継続し、英国の現代文化にさらなる誇りを感じるようになったことです。東京オリンピックでも同様に、2020年以降も地域に活力を与え続けるためにも、文化やその中心であるアートが必要とされるのではないでしょうか。

Piccadilly Circus Circus ©Mayor of London 2012
Piccadilly Circus Circus ©Mayor of London 2012
Sacrilege in Greenwich ©Mayor of London 2012
 

6. 日本のアートマーケットを深掘りする

巨大資本化するアート、香港当局も支援してプレーヤーが集結したアート経済圏、企業が投資するアートの考え方、そしてオリンピックにおけるアートの役割。アートは鑑賞するだけのものではなく、もはやマーケットや生態系を動かすための強力なコンテンツになっていることを、事例を交えて紹介しました。

ところで、日本にはたくさんの優れたアーティストがいます。草間彌生、村上隆、奈良美智、杉本博司の各氏は国際的に有名です。若い作家も多く、そのスタイルはバラエティーに富んでいます。ですが美術業界の人たちに話を聞くと「世界各国のアートにはマーケットがあるが、日本にはない(ただし古美術にはある)」とよく耳にします。なぜだろうと話をさらに伺っていく中で、日本のアートはマーケターの視点から見てマネタイズできるポテンシャルが十二分にあることが分かってきました。

世界では、アートは資産であり、マーケティングによって価値が高められています。2020年を迎えるにあたり、日本のアートが進むべき進路はどこにあるのか、業界から見れば“部外者”である電通の視点から答えを提示することが本連載の目的です。

さらに「美術回路」という電通社内の有志によるプロジェクトを起ちあげました。メンバーには、単なるアート好きだけではなく大学研究者やコレクター、さらにアーティストもいます。私たちは、その名が示すように、ひとつひとつの点・人・出来事をつないでいきながらアートの価値を紡いでいく活動を志しています。この連載では分析や記事だけでなく、その目標を実現するための第一歩を踏み出していきたいと思います。

ただ、私たちだけでは道を踏み外してしまうかもしれませんので、ガイド役として15年以上にわたり日本のアートマネジメントを最前線で担い、現代アートの教育を行うことでアート界で活躍するプレーヤーを数多く輩出してきたアーツイニシアティヴトウキョウ(AIT)にお手伝いいただくことにしました。次回はAIT代表の塩見有子氏と、電通でアートマーケティングを研究する若林宏保氏と議論を深めていきます。その過程の中から、皆さんとアートの隠された可能性を考えていきたいと思います。


お問い合わせ:美術回路  kairo@dentsu.co.jp

プロフィール

  • Profilehohnishi
    大西 浩志
    東京理科大学 経営学部 准教授

    ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスにてマーケティングの博士号を取得。2016年4月より現職。
    ソーシャル・メディアのマーケティング活用を専門に研究を行っている。また、米国滞在中から現代アートに興味を持ち、マーケティング理論を使ってアートマーケットの科学的研究に取り組んでいる。日本オペレーションズ・リサーチ学会「事例研究賞」、ESOMAR Asia Pacific Conference「Best International Research Presentation Award」、Leo Burnett Fellowshipなど多数受賞。

  • 404tk uehara
    上原 拓真
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター

    1981年 沖縄県生まれ。武蔵野美術大学にてアートマネジメントを専攻。2011年 電通入社。クリエイティブテクノロジーとプラットフォーム開発に従事。O2O、スマートテレビ、オムニチャネル、アートマーケティングを研究。メディアブリッジテクノロジー「Click AD」「ミテレ」を開発。2004年度 日本広告業協会 懸賞論文 新人賞。「アートテリングツアー Runda」を主宰。

バックナンバー

関連記事

続きを見る
ページ先頭へ