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いま改めて「シニア・マーケティング」を考えるNo.5

モラトリアムおじさん活性化計画「リビングラボ」始めました

2018/08/06

「シニア価値観セグメント」とは…考え方も行動も多様化・複雑化しているシニア層を理解するための新たな切り口として、“価値観”で分類したセグメント。価値観は6タイプに分類され、それぞれを「行動が積極的か控えめか」「志向が伝統的・保守的な傾向か、変化や刺激を好む傾向か」という2軸4象限上にプロットしたもの。

アクティブトラッド:リタイアして悠々自適に暮らしている方が多く、お金あり時間あり。消費も行動も積極的だが、伝統的な家族観が強い。いわゆる「アクティブシニア」と言われてきたイメージに最も近い。

ラブ・マイライフ:若さや美への追求心、アンチエイジング意識が強く、新しい物好きで情報通、流行にも敏感。「新型」のアクティブシニアの一つ。

社会派インディペンデント:人とのつながりを大事にし、新しい人脈を築くことや世代を超えた交流にも意欲的。「新型アクティブシニア」のもう一つのパターン。

淡々コンサバ:現在の生活に十分満足していて、これ以上に多くを望まない。強い主張をももたず、日々淡々と平穏な暮らしを送っている。従来言われてきた「高齢者」イメージに最も近い。

身の丈リアリスト:何かとお金がない、お金がかかるからできないという諦め感を口にする。お金を本当に持っていないわけではないが、将来不安からか消費行動は消極的。

セカンドライフモラトリアム:社会に取り残される不安感や、人や社会とつながりたい思いは強い。が、その術がわからず、これからの人生をどう過ごしたらよいのか模索している。

 

モラトリアムおじさんが動けば、社会が動く

本連載でもたびたび言及している「モラトリアムおじさん」

私たちビデオリサーチひと研究所の「VRエイジング・ラボ」では、シニア価値観セグメントの「セカンドライフモラトリアム」の男性のことを、親しみを込めてこう呼んでいます。

自分の時間の大半を使ってきた会社を定年退職し、仕事でも勉強でも趣味でもボランティアでも、何でも好きなことができる…はずなのに、いざその時が来てみると、さて何をしたらよいのか、どこに行ったらよいのか、新たな場所にどう踏み込んでいったらよいのか、迷うばかりで一歩が踏み出せずに逡巡しているモラトリアムおじさんたち。

 
図1-買い物の仕方・意識①

実は6セグメントの中で一番ボリュームが多いのがこのタイプで、シニア男性全体の3割を占めます。

一方、日本は世界トップを走る超高齢&人口減社会。シニア層の活性化は単に市場経済のためだけでなく、社会資源=人材活用という視点からも重要な課題です。

私たちは、このモラトリアムおじさんたちが動きだせば、社会的には人的資産の有効活用になりますし、経済的にも活性化するはず、と考えました。外に出れば、人と触れ合う機会が増えます。話題づくりのために情報収集にも敏感になるでしょうし、見た目にも気を使うようになります。歩いたり体を動かすことも増え、健康にもなるでしょう。

そうすると新たなニーズが生まれますし、また、消費者としてだけでなく働き手として活躍していただければ、経済の好循環がさらに加速します。

モラトリアムおじさんは、どこかに“このままではいけない”という思いがあり、社会とつながるきっかけを求めています。気持ちはある、けれど一歩が踏み出せない。誰かが誘ってくれないか、背中を押してほしい…。そんなモラトリアムおじさんが動きだすための、最初の一歩を後押しする仕組みをリサーチ会社のビジネスとしてつくれないか。思いを胸に、いろいろと試行錯誤を経て、このたび横浜市港南区社会福祉協議会(港南区社協)と共同で「リビングラボ」をスタートさせました。

 

産・官・学・民 、4者共同で社会や企業の課題を解決

「リビングラボ」とは、大まかには実際に人々が暮らすエリア(=リビングの近く)に、今まで企業にあった研究開発機能(=ラボ)を持ってきて、暮らしを豊かにするサービスや商品の開発・改善から社会課題の解決まで産・官・学・民4者で共創する活動のことです。

1990年代のアメリカで発祥したオープンイノベーションの手法のひとつで、北欧を中心に急速に発展し、近年、日本でもさまざまな事例が見られるようになっています。

私たちはこのリビングラボの仕組みを、モラトリアムおじさんを家から外に、社会に連れ出すきっかけに利用できないかと考えました。

港南区社協が抱えていた課題は、地域自治を担う人材の発掘と育成でした。これまでも定年後のシニア男性のパワーやスキルに気付いていた港南区社協は、それを地域に生かしてもらうべく、まずは家の外に出てもらうための施策をあれこれ実施していたのですが、人材発掘をさらに広げるための新たな方法を模索していました。

一方、私たちはその場を、リアルなシニアの声を直接聴ける場として、さまざまなインサイトの発見や仮説の抽出、実際の商品・サービス開発など課題解決に利用できればビジネスにつながります。

そこで私たちは、リサーチ会社としての定性調査の手法をベースに、桜美林大学老年学総合研究所の協力を得て、港南区社協と共同で、地域と企業とおじさんをつなぎ、それぞれの課題を解決する場「ビデオリサーチひと研究所型(ひと研型)リビングラボ」を開発しました。(図1)

図2 音声検索機能利用率

 

「ひと研型リビングラボ」の三つの特長

「リビングラボ」には現時点でいろいろな仕組みや解釈がありますが、私たちの「ひと研型リビングラボ」は、他のリビングラボとは異なる特長をいくつか有しています。

1.シニア男性に特化

まずは「モラトリアムおじさん」の活性化を第一目的としたため、シニア男性に特化して構築しました。繰り返しになりますが、人口の減少が予測される時代に、シニアは大事な社会の資産です。きっかけが見つけられず動けなかった人たちに行動を促すことができれば、消費や地域の問題解決など、社会のさまざまな面が活性化します。

すでに動いている人たちだけではなく、動けないでいる「モラトリアムおじさん」たちの秘めた思い=このままではいけない、何かをしたいという変化を求めるモチベーションを刺激し、一歩を踏み出すための背中を押す。そうやって刺激されて出てきたおじさんたちの活躍を見て、また別のおじさんたちが出てくる…という好循環が起こることを目指しています。

2.循環・還元型のスキーム

話し合うテーマは企業の課題と地域住民の課題、両者の解決につながるものに限っています。

「ボランティア」や「地域社会への貢献」というキーワードだけでは、地域社会デビューのおじさんたちにとってはなかなかハードルが高いものです。そこに「企業の商品やサービス開発」にも寄与する、という要素が加えたことで、より自分ゴトとして考えてもらいやすくしました。

また逆に、特定の企業色が強いものへの協力にネガティブに反応する人たちもいます。そういう人にとっては「地域社会への貢献にもなる」ということがメリットになります。

企業は意見やアイデアを出してくれた参加者に対してだけでなく、港南区社協にもインセンティブを提供する仕組みとしました。

港南区社協はこのインセンティブを、話し合いがされた地域課題解決のための費用として活用します。

企業はマーケティング課題を解決するヒントを得るだけではなく、同じ地域に暮らす当事者としてそれぞれの課題と向き合い、社会に貢献することで、事業価値を高めることができます。

ラボで生まれたアイデアや解決策を具体化するために、それぞれが役割を果たし、結果としてそれぞれにメリットをもたらす仕組み、これが「ひと研型リビングラボ」の最も大きな特長、循環・還元型スキームです。

3.ラウンドテーブル型トーク

上記の特長をより効果的に生かすのが、産・官・学・民4者が同じテーブルを囲んで話し合うラウンドテーブル型トークです。 通常グループインタビューなどの定性調査では、テーブルに着くのはインタビュアーと参加者のみ、課題を持つ企業の関係者はバックルームで一方的に聞いているのが一般的です。「ひと研型リビングラボ」では、関係者全員が同じテーブルに着き、一緒に議論し、アイデアを出し合います。

具体的にどんなものか、今年2月に実施した事例をご紹介します。

 

店舗内でディスカッション。テーマは「男性が行きたくなる商業施設とは?」

2018年2月、ダイエー港南台店地下1階イートインスペースの一角に、港南区在住の60~70代男性8人と、ダイエーの関係者、港南区社協スタッフ、VRエイジング・ラボのメンバーが集いました。司会進行は桜美林大学老年学総合研究所の連携研究員 堀内裕子氏。「男性の我が街プロジェクト」と題して開かれたリビングラボのテーマは「男性が行きたくなる商業施設とは?」。

ダイエーは、シニア男性をこれからのターゲットとして注目しており、男性にとっての商業施設の存在価値や、男性にとって居心地のいい「場」のヒントを知りたいと考えていました。

そして、港南区社協側としては、街の生活インフラとして存在する商業施設が男性の集う場所として機能することで、それが地域の活性化の起点となる可能性を探っていました。

これまで何度か港南区社協の場を借りてリビングラボのテストを実施していましたが、実際の企業課題について話し合うリビングラボはこの回が初めてであり、活発な意見交換ができるか心配もありました。しかし始まってみると、シニア男性目線の率直な意見がどんどん発信されました。具体的には「商業施設での買い物の仕方やこだわり」「欲しいサービスや居心地のいい空間」「地域男性の孤立を防ぐ居場所となり得る可能性」など。自由なアイデアや意見が飛び交う中、同じテーブルについたダイエーや港南区社協、VRエイジング・ラボのメンバーからの途中質問もバンバン出て、盛り上がるディスカッションとなりました。

実際の店舗内で実施できたことも臨場感があり、良い刺激となりました。途中シニア男性と売り場まで足を運び、商品のラインナップや陳列の仕方、POPの出し方など具体的なヒントを得ることができました。

 

実施後の気付きは「社会とのつながりを持ち、経験を生かせる場」

実施後、全ての関係者にこの取り組みについての所感を伺いました。

まず企業の立場で参加されたダイエーは、生活者視点の生きた意見がじかに聞けて非常に参考になったと評価しています。一緒にテーブルについたダイエー デジタル推進プロジェクトの吉岡素成氏からは「気付かされたのは“売り場”ではなく“買い場”として機能するように、生活者の方が何を感じているのかを、生活者視点で探らなければならないということでした。港南台をもっと良い街にしたいと願う方たちとつながりを持てたことを喜びつつ、頂いた意見を売り場やサービスに反映する方法を考えたいと思います」とのコメントを頂きました。

港南区社協側としては、企業の課題解決に参加する「リビングラボ」の存在は定年後の男性にとって社会とのつながりを持てる場、自分たちの経験や知識を生かせる場として重要な役割を果たし、それが地域の活性化に結びつくであろうと非常に期待していただきました。

そして何より、集まったシニア男性の方たちは、自分たちの意見が役に立ったと大変喜ばれていました。彼らからは、自分たちの住む街がテーマだったこともあって、こうした社会貢献の方法があることを知り、今後も参加したいという意向が届いています。

私たちも、企業も生活者もこうした機会を求めていることが改めて分かり、手応えを感じています。 この「ひと研型リビングラボ」は、2カ月に1度のペースで開催し、企業や社会や住民のさまざまな課題解決に向けたミーティングを行っていく予定です。定期的に実施することで、さらに議論が深まるとともに、新しい参加者が増え、またその人たちがシニアのオピニオンリーダー的存在になり、地域に貢献し、

ひいては市場活性化の一助となることを願っています。

私たちの『ひと研型リビングラボ』では、企業の皆さまからの課題やテーマを募集しています。

同時に、現時点では港南区在住という条件がつきますが、参加する地域住民の皆さまも募集しています。

諸条件ありますが、ご興味ありましたら、ぜひお問い合わせください。

 

お問い合わせ先はこちら。
hitoken@videor.co.jp


ビデオリサーチ ひと研究所「VRエイジング・ラボ」

ビデオリサーチのシンクタンク「ひと研究所」が、シニア市場の活性化を目指して立ち上げたシニア研究チーム。リアルなシニアを捉えマーケティング活動に生かすべく、研究活動や情報発信、企業のシニアマーケティングへのコンサルティング業務を行っています。

ひと研究所:
http://www.videor.co.jp/hitoken/#anc2